表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/78

第27話 後方の憂鬱、あるいは「集団サボり病」

 ヴォイド・イーターとの全面戦争が始まり、持久戦に突入してから三ヶ月。

 戦線は膠着状態にあった。

 リサイクル・ユニオン軍は、奪還した資源惑星を防衛ラインとし、敵の進撃を食い止めている。


 本社(旧帝都)の執務室。

 俺、アラン・スミシーは、いつものように報告書の山と格闘していたが、最近どうも様子がおかしい。


「……リズ。第4艦隊からの定期報告、まだ来てないのか?」


「あ、はいぃ……。催促してるんですけどぉ、『なんかダルいんで明日でいいっすか』って返信が……」


「はあ? ダルい?」


 俺は耳を疑った。

 第4艦隊は、真面目なカトレアが鍛え上げた精鋭部隊だ。そんなふざけた理由で報告を遅らせるはずがない。


「それだけじゃありません、CEO」

 リズが困ったようにタブレットを見せる。

「兵器工場の生産ラインも、稼働率が50%まで落ち込んでます。作業員たちが『どうせ作っても壊されるし』『俺たちの人生って何だろう』とか言って、座り込んで動かないそうで……」


「なんだそれは。五月病か?」


 俺は眉をひそめた。

 戦時下のストレスはあるだろう。だが、これほど大規模な士気低下は異常だ。

 まるで、伝染病のように「ネガティブ思考」が広がっている。


「……気になるな。パンドラ、どう思う?」


 俺は背中に(相変わらず)張り付いているパンドラに声をかけた。

 彼女は最近、やけに無口だった。

 いつもなら俺の生気を吸いながら軽口を叩くのに、ここ数日はじっと空間の一点を凝視していることが多い。


「……臭うわ」

 パンドラがポツリと呟いた。


「臭う? 俺、ちゃんとシャワー浴びたぞ」


「違うわよ、バカ。……『腐った魂』の臭いよ」


 彼女は窓の外、本社の空を指差した。


「空間の裂け目から、ドロドロした汚物が垂れ流されている。……マスターには見えないの? あの気持ち悪い影たちが」


「影?」


 俺が窓の外を見ても、いつもの星空と、忙しく行き交う輸送船が見えるだけだ。

 だが、パンドラの瞳は、この次元のものではない「何か」を捉えていた。


 その時。

 バンッ! と執務室のドアが開いた。

 入ってきたのは、前線から一時帰還していたガルドだった。


「しゃ、社長! 大変だ!」


「どうしたガルド。またヴォイド・イーターか?」


「いや、違う! ……カトレアの旦那が、おかしいんだ!」


「カトレアが?」


「ああ。自室に引きこもって出てこねぇ。『私は無力だ』『剣など捨ててしまいたい』ってブツブツ言ってて……。あの戦闘狂の姫様がだぞ!? ありえねぇだろ!」


 俺は立ち上がった。

 カトレアまで?

 これはもう、ただのストレスや疲労じゃない。

 何らかの「攻撃」を受けているとしか思えない。


「……パンドラ。お前の言ってた『影』と関係があるのか?」


「ええ、間違いなくね。……行きましょう、カトレアの部屋へ。正体を暴いてやるわ」


***


 カトレアの自室前。

 ドアの隙間から、陰鬱な空気が漏れ出している気がする。

 俺たちは中に入った。


 部屋の中は真っ暗だった。

 隅のベッドで、カトレアが膝を抱えて座っている。

 かつての凛とした姿は見る影もない。


「……カトレア」


「……主よ。申し訳ありませぬ……。私のような無能者が、貴殿の側にいる資格など……」


 彼女は虚ろな目で俺を見た。

 その肩に、何かが乗っている。

 パンドラに言われて目を凝らすと、うっすらと黒い霧のようなものが、人の形をして彼女に囁きかけているのが見えた。


『そうだ……お前は無力だ……。誰も救えない……』

『死ねば楽になるぞ……』


 幻聴じゃない。

 直接、脳内に響いてくる粘着質な声。


「なっ、なんだアレは!?」

 ガルドが叫ぶ。俺にも見えた。

 あれがパンドラの言う「影」か!


「ふふ、見つけたわよ。……『精神体悪魔アストラル・デーモン』」

 パンドラが冷ややかに笑う。


「悪魔……だと?」


「ええ。別次元から湧いて出た、精神寄生体よ。人の心の弱みに付け込んで、宿主を廃人にする。……ヴォイド・イーターが物理的な捕食者なら、こいつらは精神の捕食者ね」


 影がこちらに気づいた。

 ニタリ、と裂けた口が笑う。


『おやおや……見つかってしまいましたか。……だが遅い。この女の心はもう我々のものだ。絶望に染まった魂は、実に美味……』


「ふざけるな!」

 俺は怒鳴った。

 カトレアは俺の大事な部下だ。それを勝手に絶望させて、餌にするだと?


「出て行け! ここは俺の会社だ! 無断欠勤させる奴は許さん!」


『ククク……威勢がいいですね。ならば、貴様の心も喰らってやりましょう……!』


 影が膨れ上がり、俺に向かって飛びかかってきた。

 物理的な実体がないため、避けることも防御することもできない。

 影が俺の胸をすり抜け、心臓を鷲掴みにするような感覚が襲う。


 ドクンッ!

 視界が暗転する。

 冷たい闇の中で、悪魔の声が響く。


『さあ、思い出せ……。日々の辛さを。将来への不安を。逃げ出したいという欲求を……!』


 俺の脳裏に、過去のトラウマが走馬灯のように駆け巡る。

 上司からのパワハラ。

 終わらない残業。

 減らされるボーナス。

 休日の緊急呼び出し。


 ああ……辛い。苦しい。

 もう何もかも投げ出してしまいたい……。


 ――と、なるはずだった。


『……ん?』

 悪魔の声が止まる。


『おい、なんだこの記憶は。……毎日深夜2時まで残業? 休日出勤が年間100日? 上司の横領の尻拭い? ……こ、こいつ、こんな地獄のような生活を10年も続けていたのか!?』


 悪魔がドン引きしている。


『うわっ、マズッ! なんだこの魂! ストレスが凝縮されすぎて毒素になってるじゃないか! 苦い! 渋い!』


「……悪いな」

 俺は意識の中でニヤリと笑った。


「俺の心は、とっくの昔に『社畜ゾンビ』化してるんだよ。……今さら絶望の一つや二つで、味が変わると思うなよ?」


『ギャアアアア! お腹壊すぅぅぅ!』


 ボンッ!

 俺の体から黒い煙が噴き出し、悪魔が弾き飛ばされた。

 奴は床を転げ回り、苦しんでいる。俺のストレス耐性が高すぎて、食あたりを起こしたらしい。


「……あー、スッキリした」

 俺は肩を回した。悪魔が出て行ったおかげで、逆に肩こりが治った気がする。


「す、すげぇ……。社長、悪魔を吐き出しやがった……」

 ガルドが口をあんぐりと開けている。


「パンドラ! 今のうちに捕まえろ!」


「了解! 【霊縛ソウル・バインド】!」

 パンドラが紫色の鎖を放ち、弱った悪魔をがんじがらめにする。


 カトレアも正気を取り戻したようだ。

 「はっ! 私は何を……?」


「大丈夫だ、カトレア。……どうやら、新しい『敵』のお出ましのようだぞ」


 俺は捕獲された悪魔を見下ろした。

 物理攻撃無効、精神攻撃特化の厄介な相手。

 だが、俺には「社畜魂」という最強の抗体があることがわかった。


「ようこそ、リサイクル・ユニオンへ。……お前ら『精神体』も、有効活用リサイクルしてやるから覚悟しろよ?」


 俺の不敵な笑みに、悪魔はブルブルと震え上がった。

 こうして、対ヴォイド戦と並行して、見えない敵との「メンタル防衛戦」が幕を開けたのだった。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ