第26話 深淵の入り口、あるいは罠
ドレイク中将、ミレーヌ理事、そしてカエルになったクローネ博士。
かつての敵たちの助力を得て、俺たち特攻艦『アーク・ロイヤル』は、ついにマザーの最深部と思われる巨大空間へ到達した。
「ここが……奴のコアか」
目の前には、直径数キロメートルはある巨大な銀色の球体が脈動していた。
圧倒的なプレッシャー。
俺たちは息を呑んだ。
「パンドラ、やれるか?」
「ええ。距離は十分。……私の全精神エネルギーを叩き込んで、あのコアを自壊させるわ!」
パンドラが俺の背中で集中を高める。
俺の体力がごっそりと吸われていく感覚。視界が霞む。
だが、ここで決めなければ銀河が終わる。
「いっけぇぇぇぇ!!」
パンドラの手から放たれた紫色の閃光が、マザーのコアに直撃した。
ズガガガガガ!!
空間が歪み、銀色の球体に亀裂が入る。
やったか!?
――しかし。
『……解析完了。精神波攻撃パターン、カテゴリー4。……耐性獲得』
無機質な声が、俺たちの頭の中に直接響いた。
次の瞬間、亀裂が入ったはずのコアが、瞬時に修復されたのだ。
それどころか、表面の色が銀色から紫色へと変化し、パンドラのエネルギーを逆に吸収し始めた。
「なっ……嘘でしょ!?」
パンドラが悲鳴を上げる。
「私の攻撃を……食べた!?」
『ごちそうさま。……古代の遺物よ』
ゴゴゴゴゴ……!
周囲の空間が震え、無数の「触手」が出現する。
それはただの触手ではない。先端に、これまで捕食してきた数々の種族の兵器――帝国戦艦の主砲や、古代文明のビーム砲などが融合している。
「罠だ……!」
俺は戦慄した。
奴らはわざと俺たちをここまで誘い込んだのだ。
パンドラのエネルギーを直接摂取し、その能力を取り込むために。
「逃げろ! 総員退避ッ!」
「逃がさない」
ドォォォン!!
四方八方からの砲撃。
アーク・ロイヤルのシールドが一瞬で消し飛ぶ。
右舷が大破。エンジン出力低下。
「ガルド! 動けるか!?」
「ダメだ! 操舵不能! ……くそっ、ここまでかよ!」
絶体絶命。
その時、通信機からドレイク中将の怒声が響いた。
『バカ者どもが! 死に急ぐな! ……タルタロス、やれ!』
ズドォォォォォォン!!
遥か後方、外部にいたタルタロス要塞が、捨て身の最大出力砲撃を行った。
狙いはマザーではない。
マザーの「外壁」だ。
分厚い装甲に風穴が開き、そこから宇宙空間への激しい減圧が発生する。
猛烈な吸引力が生まれ、制御を失ったアーク・ロイヤルは、ゴミのように宇宙空間へと吸い出された。
「うわああああああ!!」
俺たちは遠ざかるマザーを見ながら、暗い宇宙へと放り出された。
最後に見たのは、マザーがさらに巨大化し、周囲の空間を侵食していく悪夢のような光景だった。
***
……数日後。
ボロボロになったアーク・ロイヤルは、なんとかネメシス本拠地へと帰還した。
奇跡的な生還だが、その代償は大きかった。
会議室。空気は重い。
リズが沈痛な面持ちで報告する。
「……今回の作戦は失敗です。マザーの健在を確認。それどころか、パンドラちゃんのエネルギーの一部を吸収され、敵はさらに進化しました」
モニターには、新しい勢力図が表示されている。
銀河の東側、約30%の星系が「消失(ヴォイド領域化)」していた。
もはや局地戦ではない。銀河を二分する大戦が始まったのだ。
「……すまない」
俺はうなだれた。
「俺の読みが甘かった。……みんなを危険な目に遭わせた挙句、敵を強化しちまった」
だが、誰も俺を責めなかった。
カトレアが、包帯だらけの体で立ち上がる。
「主よ。下を向くな。……我々は生きて帰った。そして、奴らの『底』を見た」
彼女は、回収したデータチップを指差した。
「リズ殿が、脱出の際にマザーの内部スキャンデータを持ち帰ってくれた。……これを見れば、奴らの『増殖プロセス』と『資源ルート』がわかる」
「資源ルート?」
「ええ。奴らも無敵じゃない。増殖するには莫大な『レアメタル』が必要なんです」
リズが眼鏡を光らせる。
「つまり……奴らの補給線を断ち、兵糧攻めにすれば勝機はある。……長期戦になりますが」
長期戦。
それは「一発逆転」を狙う派手な戦いではない。
物資を管理し、生産ラインを維持し、地味な消耗戦を耐え抜く泥臭い戦いだ。
「……兵糧攻めか」
俺は顔を上げた。
事務屋(俺)の得意分野じゃないか。
派手な英雄にはなれないが、帳簿とにらめっこして、1円単位で無駄を削る戦いなら負けない。
「わかった。……やろう」
俺は宣言した。
「これより、『リサイクル・ユニオン』は戦時体制へ移行する! 銀河中の資源をかき集め、徹底的な持久戦で奴らを干上がらせてやる! ……、絶対に諦めないぞ!」
こうして、物語はクライマックス……ではなく、長くて苦しい泥沼へと突入していくのだった。




