第25話 「ゴミ」を食わせて道を拓け
アクアリスから帰還した俺たちを待っていたのは、最悪の状況だった。
ヴォイド・イーターの侵攻速度は予想を超えていた。
すでに辺境の3つの星系が「消失」し、難民船団が本社(旧帝都)へ雪崩れ込んできている。
本社ビルの大会議室。
銀河中の代表者たちが集まり、悲鳴のような議論を交わしていた。
「もう終わりだ! どこへ逃げればいい!?」
「ユニオンは何をしている! 守ってくれる約束だろう!」
混乱する人々を前に、俺は演壇に立った。
足は震えている。胃も痛い。
だが、俺の手には、深海から持ち帰った「鍵」がある。
「静粛に!」
俺が声を張り上げると、会場が静まり返った。
「我々には、まだ希望がある。……この『鍵』だ」
俺はプリズムを掲げた。
「敵の本拠地、ヴォイド・イーターの『巣』の中心には、古代の『精神エネルギー増幅装置』が眠っている。パンドラの力をそこで解放すれば、奴らの統率を乱し、自滅させることができる!」
「し、しかし……巣の中心だと?」
ある惑星の代表が声を震わせる。
「あそこは数億匹の虫がひしめく死の海だぞ! どうやって近づくんだ!?」
もっともな指摘だ。
ステルスも通じない。バリアも食われる。
正面突破は自殺行為だ。
だが、俺には秘策があった。
事務屋として、リサイクル業者として培った、とっておきのアイディアが。
「……道は作る。俺たちなりのやり方でな」
俺はニヤリと笑い、背後のスクリーンに一枚の図面を映し出した。
それは、巨大な「ゴミ収集船」団の編成図だった。
「作戦名『オペレーション・食べ放題』。……奴らは何でも食う。エネルギーも、金属もな」
「ええ」
「なら、食わせてやろうじゃないか。……腹がはち切れるほど大量の『毒入りゴミ』をな!」
***
決戦の日。
リサイクル・ユニオンの全艦隊が集結した。
だが、その主力は戦艦ではない。
数千隻の無人輸送船だ。
そのコンテナには、銀河中からかき集めた「廃棄物」が満載されていた。
ただし、ただのゴミではない。
リズとタルタロスが協力して作った、特製の「トラップ廃棄物」だ。
『高濃度放射性廃棄物』
『暴走寸前の欠陥エネルギー炉』
『タルタロスの排泄物(高圧縮プラズマ)』
これらを、敵の進行ルート上にばら撒くのだ。
「全艦、投棄開始!」
俺の号令と共に、輸送船団から無数のコンテナが宇宙空間へ放出された。
まるで川に流す灯籠のように、ゴミの帯が敵の大群へと向かっていく。
ヴォイド・イーターの先頭集団は、それを「エサ」だと認識した。
彼らに警戒心はない。あるのは食欲だけだ。
数万匹の虫たちが、コンテナに群がり、ガリガリと食らいつく。
その瞬間。
ドゴォォォォォン!!
コンテナの中に仕込まれていた「起爆剤」が作動し、食べた虫たちの体内で爆発が起きた。
あるいは、高濃度の有害エネルギーによって回路がショートし、機能不全に陥る。
『ギィィィィ!?』
虫たちが苦しみ、同士討ちを始める。
毒入りのエサを食べたことで、群れの統率にノイズが走ったのだ。
「今だ! 敵の陣形が崩れた!」
カトレアが叫ぶ。
「突撃! パンドラを乗せた特攻艦『アーク・ロイヤル』、発進!」
混乱する敵の大群の中央を突き破るように、俺たちの乗る最新鋭艦が加速する。
左右からは、ネメシスとタルタロスが援護射撃を行い、道を開く。
「うおおおお! 行けえええ!」
ガルドが操舵輪を握りしめ、デブリと敵の死骸を紙一重でかわしていく。
目指すは、敵の巣の最深部。
そこに鎮座する、惑星サイズの超巨大要塞型ヴォイド・イーター『マザー』の体内だ。
俺の背中で、パンドラが震えていた。
「……マスター。あの中には、私の『オリジナル』の残骸もあるはず」
「オリジナル?」
「ええ。私を作った古代人たちの……成れの果てがね」
彼女の声には、珍しく恐怖と、そして悲しみが混じっていた。
「大丈夫だ」
俺は背中に手を回し、彼女の手を握った。
「俺がついている。……お前は一人じゃない。俺のバッテリー(命)も、今だけは使い放題だ」
「……ふふ。安売りしないでよ、バカ」
パンドラが小さく笑った。
アーク・ロイヤルは、銀色の地獄を突き抜け、マザーの巨大な「口」へと飛び込んでいった。
最終決戦。
銀河の命運をかけた、体内ダンジョン攻略戦が始まる。
(続く)




