第24話 深海のアイドル(物理)
「虚空教団……だと?」
俺は探査船のマイク越しに、目の前のパワードスーツ美女に問いかけた。
「ヴォイド・イーターを神と崇める? あいつらはただの宇宙イナゴだぞ! 食われたらお前たちだって消滅するんだぞ!」
「それが救済なのよ」
司祭の女は陶酔したように答えた。
「苦しみも悲しみもない、完全なる『無』への回帰……。この腐った銀河をリセットするには、神の捕食が必要なの」
「話が通じないタイプだ……」
俺は頭を抱えた。カルト宗教の狂信者ほど厄介な相手はいない。
「問答無用!」
カトレアが探査船のアームを操作し、牽制の魚雷(リズが即席で作った爆薬付きコンテナ)を発射する。
ドォォォン!
水中での爆発。
しかし、女は軽やかにそれを躱した。水中用パワードスーツの機動性は、鈍重な探査船とは比べ物にならない。
「遅い!」
ズドン!
女の持つ槍から衝撃波が放たれ、探査船の側面を直撃する。
「うわあああ! 浸水! 浸水したぞ!」
船内にアラートが鳴り響く。
海水がシューシューと噴き出し、足元が濡れていく。
「マスター! このままじゃ水圧で潰されます!」
パンドラが叫ぶ。
「私が出て戦うわ! ……でも、水中じゃ私の精神波も減衰しちゃう」
絶対絶命のピンチ。
だが、その時。
リズがまたしても眼鏡をクイッと上げた。
「CEO! あの女のスーツ……背中のスラスターを見てください!」
「スラスター?」
「あれ、『音響推進システム』です! 水を振動させて推進力を得ているんです! ……つまり、『音』には敏感なはず!」
「……ということは?」
「パンドラちゃん! さっきの『超音波』じゃなくて、もっと複雑な……例えば『歌』を歌えますか? 大音量で!」
「歌?」
パンドラはキョトンとしたが、すぐにニヤリと笑った。
「なるほど。推進システムに『ノイズ』を混ぜて、制御不能にするのね? ……任せて、私の美声で沈めてあげるわ!」
パンドラは探査船の外部スピーカーのボリュームをMAXにした。
そしてマイクを握りしめる。
「聴けぇぇぇ! 銀河の歌姫(自称)のデビューライブよぉぉぉ!!」
ジャジャジャーン!!(効果音)
パンドラが歌い出したのは、古代銀河文明で流行っていたとされるデスメタル……いや、もっとカオスな電子音の塊だった。
『♪破壊! 殺戮! 捕食! ラブ&ピース(物理)!!』
ズガガガガガガ!!
凄まじい音圧が水中に放射される。
その振動は、敵のパワードスーツの音響センサーを直撃し、推進システムを狂わせた。
「な、何これ!? 制御が効かない!?」
司祭の女が悲鳴を上げる。
彼女のスーツは、音波の干渉を受けてクルクルと回転し、壁に激突したり天井に頭をぶつけたりして暴走し始めた。
「今だ! カトレア!」
「承知! ……必殺、ノーチラス・パンチ!!」
カトレアが操作する探査船のアームが、回転して目を回している敵に炸裂した。
ドゴォォォン!!
パワードスーツが吹き飛び、神殿の柱にめり込んで沈黙する。
「勝った……のか?」
俺たちは息を整えた。
パンドラの歌(騒音)が止むと、再び静寂が戻ってきた。
「ひどい歌だった……」
リズが耳を塞ぎながら呟く。
「でも、効果てきめんでしたね」
俺たちは急いで浸水を止め、祭壇にある「鍵」を回収した。
三角形のプリズムのような、不思議な輝きを放つ物体だ。
「これが『精神増幅装置』の起動キー……」
俺はそれを手に取った。
ズシリと重い。
その時、倒れていた司祭の女が、壊れたスーツの中で呻いた。
「……愚かな。……鍵を手に入れたところで、どうするつもり?」
彼女は血を吐きながら笑った。
「本体の装置がある場所は……『地獄の門』の向こう側よ。……生きては帰れない場所……」
「地獄の門?」
「ふふ……ヴォイド・イーターの『巣』の中心よ。……貴方たちは、自ら餌になりに行くのね……」
女はそのまま意識を失った。
俺たちは顔を見合わせた。
鍵は手に入れた。
だが、それを使うための「本体」は、敵の本拠地のど真ん中にあるらしい。
つまり、あの銀色の虫たちの群れに、正面から突っ込んでいかなければならないということだ。
「……ハードモードすぎるだろ」
俺は天井を仰いだ。
深海から脱出し、宇宙へ戻る俺たちを待っていたのは、さらに絶望的なニュースだった。
通信機から、ヴィクトリアの悲痛な声が響く。
『マスター! 大変です! ヴォイド・イーターの大群が……第1防衛ラインを突破しました! 本社のある星系まで、あと3日です!』
タイムリミットが迫る。
俺たちは、鍵を握りしめ、最後の決戦の地へと向かう覚悟を決めた。
(続く)




