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第21話 銀色の悪夢、孵化する絶望

 ネメシスの高速艦『ヴェンジェンス』で第9区へ急行する道中、俺たちはパンドラから緊急レクチャーを受けていた。


「いい? よく聞いて。奴らの名前は『ヴォイド・イーター』」


 司令室のモニターに、パンドラの記憶データから再現された映像が流れる。

 それは、星々を覆い尽くす銀色の津波だった。


「太古の昔、私たちを作った文明を食い尽くした『宇宙の掃除屋』よ。……奴らは金属生命体の一種で、個体としての意識はない。群れ全体で一つの巨大な演算処理を行っているわ」


「目的は何だ? 侵略か?」

 カトレアが問う。


「もっとシンプルよ。『食事』と『増殖』。……奴らにとって、私たちの艦も、惑星も、ただのエサに過ぎない」


 パンドラは続ける。

「一番タチが悪いのは、その『適応力』。奴らは受けた攻撃エネルギーを解析し、数分で耐性を獲得して吸収してしまう。ビーム兵器は逆効果よ」


「……だからガルドは『実弾』と言ったのか」

 俺は拳を握りしめた。

 単純な物理的衝撃なら、エネルギー吸収はできないはずだ。


『マスター! 第9区に到着します! ……これは、ひどい』


 ヴィクトリアの声と共に、リアルタイムの映像がメインスクリーンに映し出された。

 俺たちは息を呑んだ。


 そこにあったはずの宇宙港や採掘コロニーは、跡形もなくなっていた。

 デブリすら残っていない。ただの「無」が広がっている。

 そして、その虚空の中心に、無数の銀色の結晶体が集まり、巨大な脈動する「まゆ」のような球体を作っていた。


「あれが……奴らの巣か?」


『生体反応あり! あの繭の近くに、一隻の小型船が漂流しています! ……ブラック・ジャック号です!』


 映像がズームされる。

 ガルドの愛機だ。

 だが、船体は穴だらけでボロボロ。エンジン部分からは火花が散り、周囲を数百匹の「虫」に取り囲まれている。

 虫たちは船体に齧り付き、最後の一口を味わおうとしているように見えた。


「ガルド!!」


 俺はマイクを握りしめ、叫んだ。


「カトレア! 全艦突撃だ! 奴らを蹴散らしてガルドを回収しろ!」


「承知! 全砲門、実弾兵器装填! ビームは撃つな、エサになるぞ!」


 ズドドドドドドッ!!

 ネメシス近衛艦隊から、無数のレールガン弾頭とミサイルが一斉に発射された。

 物理的な鉛の嵐が、宇宙空間を切り裂く。


 ドガァァァン!!

 着弾。

 ガルドを取り囲んでいた虫たちが、次々と粉砕され、銀色の破片となって飛び散る。

 効いている! まだ奴らは「実弾」への耐性を持っていない!


『ギギギ……!』

 虫たちが不快な音を立てて散らばる。


「今だ! ガルド、聞こえるか!?」


『……しゃ、社長……!?』


 ノイズ混じりの通信が繋がった。

 ガルドの声は弱々しい。


『へへっ……来てくれたんすか……。もうダメかと……』


「バカ野郎! 社員を見捨てるブラック企業じゃないって言っただろ! すぐに回収する!」


 救助艇がブラック・ジャック号にドッキングし、ガルドを収容する。

 間一髪だ。

 だが、俺たちが安堵したのも束の間だった。


 ドクン。

 中央の巨大な「繭」が、心臓のように大きく脈動した。


『警告! 高エネルギー反応! ……繭の内部から、超巨大質量が出現します! 孵化します!』


 パキィィィィン!!

 繭の表面に亀裂が走り、中からまばゆい光が溢れ出した。

 現れたのは、さっきまでの小型種とは次元が違う怪物だった。


 全長1キロメートル。戦艦サイズの超巨大個体。

 背中には六枚のエネルギー翼を持ち、全身が鏡のような装甲で覆われた「女王蜂クイーン」だ。


『……ギシャアアアアアア!!』


 真空の宇宙を震わせる咆哮。

 それと同時に、周囲の虫たちが一斉に統率された幾何学的な陣形を組み、こちらへ向き直った。


「……お出ましね」

 パンドラが冷や汗を流す。

「あれが群れの『中継サーバー』よ。……あいつがいる限り、虫たちは無限に湧いてくるわ」


 ただの害虫駆除だと思っていた戦いが、神話級の怪物との死闘へと変わった瞬間だった。

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