第2話 最初の「外交」
「挨拶代わりに『蒸発』させますか?」
ヴィクトリアの狂気じみた提案に、俺は思わず裏返った声を上げた。
「やめろ! 絶対に撃つな! 撃ったら俺が蒸発する!」
帝国軍に攻撃なんてしたら、ただの流刑囚から一級テロリストに昇格だ。そんなことになったら、もう二度とシャバの空気を吸うことはできない。いや、そもそも即座に処刑される。
「承知しました、マスター。『撃つな』ですね」
ヴィクトリアは少し残念そうに眉を下げたが、すぐにすっと姿勢を正した。
「では、敵艦隊を『拿捕』し、乗組員を奴隷として再教育するプランBを実行しますか? それとも、通信回線をハッキングして彼らの恥ずかしい個人情報を全銀河にばら撒くプランCですか?」
「選択肢がろくなもんじゃないな!?」
俺は頭を抱えた。このAI、基本思考が「侵略」か「殲滅」にセットされているらしい。古代文明、性格悪すぎだろ。
「通信だ! 通信を開いてくれ! 俺は彼らに謝罪して、これは何かの間違いだと説明する!」
「……『謝罪』、ですか」
ヴィクトリアは怪訝そうな顔をしたあと、ハッと何かに気づいたように目を見開いた。
「なるほど。あえて下手に出て油断させ、懐に入り込んでから喉笛を食いちぎる……高等な外交戦術ですね。さすがはマスター、勉強になります」
「違う! 俺は本気で謝りたいだけだ!」
俺の訂正は無視された。
空中にウィンドウが開き、パトロール艦隊からの通信が入る。
『こちら帝国辺境警備隊、第103パトロール艦隊だ! 惑星ダスト8より高エネルギー反応を確認! 未登録の識別信号だ。直ちに応答せよ! さもなくば反乱分子とみなし攻撃する!』
画面の向こうには、強面の艦長が映っている。
まずい、相手は臨戦態勢だ。
俺は震える喉を抑え、精一杯の愛想笑いを作った。
「あー、聞こえますか? こちらは……えっと、遭難者です! たまたま古い機械を作動させてしまっただけで、敵対するつもりはありません! すぐにシールドを解除しますので、攻撃しないでください!」
完璧な土下座外交だ。これなら許してくれるはず。
だが、画面の向こうの艦長は、なぜか顔色を青ざめさせ、後ずさりした。
『な、なんだその背景は……!?』
「え?」
俺は振り返る。
俺の背後にあるメインモニターには、ヴィクトリアが気を利かせて表示した『惑星全土のゴミをエネルギー変換し、主砲に充填中』の進捗グラフが、禍々しい赤色でデカデカと映し出されていた。
しかも、その横には『ターゲットロック:第103艦隊』の文字が点滅している。
さらに悪いことに、俺の愛想笑いは緊張のあまり引きつっており、薄暗い照明のせいで「邪悪な笑み」にしか見えない。
『き、貴様……! 我々をロックオンした状態で、白々しく「攻撃しないでください」だと!? これは脅迫か!』
「いや違います! これは自動で……勝手になってるだけで!」
『嘘をつくな! その余裕綽々な態度、そして背後に控える高位AIらしき女……ただの遭難者であるはずがない! 貴様、何者だ! 革命軍の幹部か!?』
誤解だ。完全なる誤解だ。
俺は慌ててヴィクトリアを見た。
「おい、ロックオン外せ! 早く!」
「お言葉ですがマスター、相手の火器管制システムが起動しました。こちらに向けてミサイル発射のシークエンスに入っています。防衛プロトコルに基づき、先制攻撃を推奨します」
「撃つなって言ってるだろ!」
「では、『防御』ならば許可いただけますか?」
防御? 防御ならいいだろう。撃たれて死ぬよりはマシだ。
「ああ、防御だ! 全力で守れ!」
「イエス、マスター。『全力防御』を展開します」
ヴィクトリアが指を鳴らす。
瞬間、惑星を覆っていた青白いシールドが、バヂヂヂヂ! と激しい光を放った。
帝国艦隊から放たれた数十発のミサイルが、シールドに着弾する。
本来なら爆発して終わりのはずだ。
だが、古代文明の「防御」は違った。
着弾したエネルギーをシールドが吸収し、増幅し、そして――
ドォォォォォォォン!!
倍以上の威力の閃光となって、撃ってきた艦隊へ真っ直ぐに跳ね返ったのだ。
「う、うわあああああ!?」
画面の向こうで艦長の絶叫が響く。
宇宙空間で花火のような爆発が連鎖した。
幸い、直撃はしなかったようだが、衝撃波で艦隊のフォーメーションはズタズタになり、全艦が機能を停止して漂流し始めた。
『ば、化け物め……! ミサイルを倍返しだと……!?』
『撤退だ! この惑星はヤバい! 本部に救援を要請しろ!』
通信が途絶える。
モニターには、黒煙を上げて逃げ去っていく(あるいは漂流していく)帝国艦隊の姿。
俺は呆然と立ち尽くしていた。
終わった。
完全に、帝国軍に喧嘩を売ってしまった。しかも圧勝してしまった。
「素晴らしい戦果です、マスター」
ヴィクトリアがうっとりとした声で賞賛する。
「『攻撃はしない』という宣言通り、一発も撃たずに敵を壊滅させるとは……。まさに王者の風格。このヴィクトリア、改めて忠誠を誓います」
「……帰りたい」
俺はその場に崩れ落ちた。
だが、俺の嘆きなどお構いなしに、要塞のセンサーが新たな反応を捉える。
「報告します。今の戦闘を傍受していた周辺宙域の民間船、および海賊船から通信が殺到しています。『我々を保護してほしい』『傘下に入りたい』とのことです。どう処理しますか?」
俺は頭を抱えたまま、力なく手を振った。
「……もう好きにしてくれ」
「『全て受け入れろ』ですね? 承知しました。労働力として確保します」
こうして、俺の意思とは無関係に、ゴミ惑星ダスト8への「入植」が始まってしまったのだった。




