第2話 最初の「外交」
「挨拶代わりに『蒸発』させますか?」
ヴィクトリアの狂気じみた提案に、俺は思わず裏返った声を上げた。
「やめろ! 絶対に撃つな! 撃ったら俺が蒸発する!」
帝国軍に攻撃なんてしたら、ただの流刑囚から一級テロリストに昇格だ。
そんなことになったら、もう二度とシャバの空気を吸うことはできない。
いや、そもそも即座に処刑される。
銃殺? 絞首刑? それとも「見せしめ」として全銀河にライブ配信される公開処刑か?
どれも嫌だ。俺はただ、静かに余生を過ごしたいだけなんだ。
「承知しました、マスター。『撃つな』ですね」
ヴィクトリアは少し残念そうに眉を下げた。
その「残念そう」が怖い。なんで残念なんだよ。人を蒸発させたかったのか。
だが、彼女はすぐにすっと姿勢を正し、新たな提案をしてきた。
「では、敵艦隊を『拿捕』し、乗組員を奴隷として再教育するプランBを実行しますか?」
「奴隷!?」
「あるいは、通信回線をハッキングして彼らの恥ずかしい個人情報を全銀河にばら撒くプランCですか? 艦長のブラウザ履歴を調べたところ、『触手系』と『熟女』のカテゴリに偏りが――」
「やめろ! 選択肢がろくなもんじゃないな!?」
俺は頭を抱えた。
このAI、基本思考が「侵略」か「殲滅」か「社会的抹殺」にセットされているらしい。
古代文明、性格悪すぎだろ。3千年の眠りで性格が歪んだのか?
「通信だ! 通信を開いてくれ! 俺は彼らに謝罪して、これは何かの間違いだと説明する!」
「……『謝罪』、ですか」
ヴィクトリアは怪訝そうな顔をした。
まるで、聞いたことのない外国語を聞いたような表情だ。
「シャザイ……。データベースを検索中……。該当項目:『戦術的欺瞞の一種。敵を油断させるために偽りの恭順を示す行為』」
「違う! そういう意味じゃない!」
「あ、なるほど」
ヴィクトリアはハッと何かに気づいたように目を見開いた。
「あえて下手に出て油断させ、懐に入り込んでから喉笛を食いちぎる……高等な外交戦術ですね。さすがはマスター、勉強になります」
「だから違うって言ってるだろ! 俺は本気で謝りたいだけだ! 心の底から! 土下座してもいい!」
「ドゲザ……検索中……『究極の欺瞞術。完全な降伏を装い、敵の慢心を誘う最上級の罠』」
「お前のデータベースおかしいだろ!?」
俺の訂正は完全に無視された。
空中にウィンドウが開き、パトロール艦隊からの通信が入る。
***
一方、その頃。
帝国辺境警備隊・第103パトロール艦隊の旗艦『シルバーファング』の艦橋では、緊迫した空気が流れていた。
「艦長! 惑星ダスト8より、高エネルギー反応を確認しました!」
オペレーターの悲鳴じみた報告に、艦長グレイブス大佐は眉をひそめた。
彼は40年のベテラン軍人だ。辺境警備という閑職に回されてはいるが、かつては帝国軍の精鋭として名を馳せた男である。
「ダスト8だと? あのゴミ捨て場に、そんな反応が出るはずが……」
グレイブスはモニターを見て、言葉を失った。
つい数分前まで、灰色の雲に覆われた死の惑星だったはずだ。
それが今、青白いエネルギーのドームに包まれている。
しかも、そのドームの規模は――惑星全土を覆うほど巨大だった。
「な、なんだこれは……! シールド出力、計測不能!? 我が艦の主砲でも傷一つつけられんぞ!」
「識別信号、照合できません! 帝国のデータベースに該当なし!」
「未登録の超兵器だと……?」
グレイブスの背筋に、冷たいものが走った。
40年の軍歴で培った直感が告げている。
これは、ヤバい。
だが、逃げるわけにはいかない。
ここで尻尾を巻いて逃げれば、軍人としての誇りが許さない。
それに、上層部への報告義務もある。
「……通信を開け。相手の正体を確かめる」
「了解!」
グレイブスは深呼吸をし、威厳を込めた声で呼びかけた。
「こちら帝国辺境警備隊、第103パトロール艦隊だ! 惑星ダスト8より高エネルギー反応を確認! 未登録の識別信号だ。直ちに応答せよ!」
一瞬の間。
そして、モニターに一人の男が映し出された。
***
「あー、聞こえますか?」
俺は精一杯の愛想笑いを作りながら、マイクに向かって話しかけた。
声が震えている。膝も震えている。
だが、ここで弱みを見せてはいけない。
いや、むしろ弱みを見せた方がいいのか? わからん。
「こちらは……えっと、遭難者です! たまたま古い機械を作動させてしまっただけで、敵対するつもりはありません!」
よし、完璧な説明だ。
俺は悪くない。俺はただの被害者だ。勝手に機械が動いただけだ。
「すぐにシールドを解除しますので、攻撃しないでください! お願いします! 本当にお願いします!」
完璧な土下座外交だ。これなら許してくれるはず。
だが、画面の向こうの艦長は、なぜか顔色を青ざめさせ、後ずさりした。
『な、なんだその背景は……!?』
「え?」
俺は振り返った。
そして、絶句した。
俺の背後にあるメインモニターには、ヴィクトリアが「気を利かせて」表示した情報が、禍々しい赤色でデカデカと映し出されていた。
『惑星全土のゴミをエネルギー変換中……進捗率:67%』
『主砲「星砕き」充填中……推定威力:恒星破壊級』
『ターゲットロック:第103艦隊(全5隻)』
『推奨行動:殲滅』
しかも、その横では、艦隊の弱点を示す3Dモデルが回転しており、『装甲の薄い部分』『艦橋への最適射角』『乗組員の推定生存率:0%』などの親切な(最悪な)情報が表示されている。
「ヴィクトリアあああ!?」
「はい、マスター。敵艦隊の分析結果をリアルタイムで表示しております。ご参考までに」
「参考にならねえよ! 消せ! 今すぐ消せ!」
だが、もう遅い。
さらに悪いことに、俺の愛想笑いは緊張のあまり引きつっており、薄暗い照明のせいで「邪悪な笑み」にしか見えなかった。
しかも、俺の後ろにはヴィクトリアが立っている。
銀髪の美女AIが、冷徹な表情で艦長を見つめている構図。
どこからどう見ても、「最終ボスと側近」の絵面だ。
***
艦長グレイブスは、震えを抑えられなかった。
画面に映る男は、一見するとただの中年男だ。
痩せぎす、猫背、疲れた顔。どこにでもいそうな平凡な男。
だが、その「平凡さ」こそが恐ろしい。
あれほどの超兵器を起動しながら、「遭難者です」などと嘯く。
惑星を要塞化しながら、「シールドを解除します」などと白々しく言う。
そして何より、こちらをロックオンしながら、「攻撃しないでください」と笑う。
あの笑顔。
あれは、獲物を前にした捕食者の笑みだ。
「お前はもう逃げられない」と確信している者の余裕。
そして、背後の女。
明らかに人間ではない。高位AIだ。
あの冷たい目は、グレイブスが若い頃に見た「帝国軍最高機密兵器」のそれと同じだ。
いや、それ以上かもしれない。
『き、貴様……!』
グレイブスは声を絞り出した。
『我々をロックオンした状態で、白々しく「攻撃しないでください」だと!? これは脅迫か!』
「いや違います! これは自動で……勝手になってるだけで!」
『嘘をつくな!』
グレイブスは叫んだ。
『その余裕綽々な態度、そして背後に控える高位AIらしき女……ただの遭難者であるはずがない! 貴様、何者だ! 革命軍の幹部か!? それとも、帝国に復讐を誓った亡国の王族か!?』
「違います! 俺はただの元・補給局課長で……」
『補給局だと? ……なるほど、諜報部門の偽装か。貴様、帝国軍の内部情報に精通しているな? だから我々の弱点を瞬時に分析できたのか!』
「してません! 精通してません! 弱点分析はこのAIが勝手に……!」
***
誤解だ。完全なる誤解だ。
俺は慌ててヴィクトリアを見た。
「おい、ロックオン外せ! 早く!」
「お言葉ですがマスター」
ヴィクトリアは冷静に報告する。
「相手の火器管制システムが起動しました。5隻すべての艦が、ミサイル発射のシークエンスに入っています」
「なっ……!」
「推定着弾まで47秒。防衛プロトコルに基づき、先制攻撃を推奨します。主砲『星砕き』を使用すれば、0.3秒で全艦を消滅させられます」
「撃つなって言ってるだろ! 人殺しはダメだ!」
「では、『防御』ならば許可いただけますか?」
防御?
防御ならいいだろう。撃たれて死ぬよりはマシだ。
俺は即座に答えた。
「ああ、防御だ! 全力で守れ!」
「イエス、マスター」
ヴィクトリアが、優雅に指を鳴らした。
その瞬間、彼女の瞳が淡く輝いた。
「『全力防御』を展開します」
***
「撃てえええ!」
グレイブス艦長の命令と同時に、5隻の艦から合計72発のミサイルが発射された。
帝国軍の誇る最新鋭ミサイル『スターブレイカーMk.VII』。
1発でも直撃すれば、中型ステーションを木端微塵にできる威力だ。
それが72発。
あのシールドがいくら頑丈でも、さすがに突破できるはず――
瞬間、惑星を覆っていた青白いシールドが、バヂヂヂヂ! と激しい光を放った。
72発のミサイルが、次々とシールドに着弾する。
爆発。閃光。衝撃波。
グレイブスは目を細めながら、戦果を確認しようとした。
だが。
「艦長! シールド健在! ダメージ……ゼロ!?」
「なんだと!?」
信じられない。
帝国軍の最新兵器が、傷一つつけられなかったのか?
いや、それだけではなかった。
「艦長、シールドの出力が……上がっています! ミサイルのエネルギーを吸収している!?」
「馬鹿な……」
グレイブスは、目の前の光景を理解できなかった。
シールドが、攻撃を吸収している?
そして、そのエネルギーを蓄積している?
ということは――
「全艦、回避行動ーーー!!」
叫んだ瞬間。
シールドから、巨大な光の柱が放たれた。
ドォォォォォォォン!!
着弾したエネルギーを吸収し、増幅し、そして倍以上の威力となって、撃ってきた艦隊へ真っ直ぐに跳ね返ったのだ。
「う、うわあああああ!?」
グレイブスは椅子から転げ落ちた。
艦橋が激しく揺れる。
悲鳴。爆発音。煙。火花。
「被害報告!」
「第2艦『シルバークロウ』、エンジン大破! 航行不能!」
「第4艦『シルバーウィング』、通信途絶! 反応消失!」
「旗艦『シルバーファング』も、メインエンジン損傷! 出力30%まで低下!」
5隻のうち、まともに動けるのは2隻だけ。
しかもそれも、いつ爆発してもおかしくない状態だ。
『ば、化け物め……!』
グレイブスは震える声で呻いた。
『ミサイルを……倍返しだと……!?』
通信モニターの向こうで、あの男が――あの「遭難者」が、呆然と立ち尽くしている。
その顔には、驚愕と困惑が浮かんでいた。
だが、グレイブスの目には、それが「勝利の余裕」に見えた。
こちらの最大火力を受けて、涼しい顔をしている。
まるで、「その程度か」と言わんばかりに。
『撤退だ! この惑星はヤバい! 本部に救援を要請しろ! 今すぐにだ!』
通信が途絶える。
生き残った艦が、黒煙を上げながら必死に逃げていく。
***
モニターには、漂流していく帝国艦隊の姿。
俺は呆然と立ち尽くしていた。
「……終わった」
完全に、帝国軍に喧嘩を売ってしまった。
しかも圧勝してしまった。
一発も撃っていないのに。
「防御」しただけなのに。
「素晴らしい戦果です、マスター」
ヴィクトリアがうっとりとした声で賞賛する。
「『攻撃はしない』という宣言通り、一発も撃たずに敵を壊滅させるとは……」
「俺は壊滅させたくなかったんだが」
「敵の攻撃を利用し、その力を跳ね返す。まさに柔よく剛を制す。これぞ王者の戦略」
「違う、防御したら勝手に跳ね返っただけだ」
「ご謙遜を。このヴィクトリア、改めて忠誠を誓います。マスターこそ、私が3千年待ち続けた真の主です」
彼女は深々と頭を下げた。
その姿は美しく、荘厳で、そして絶望的に話が通じない。
「……帰りたい」
俺はその場に崩れ落ちた。
膝が砕けたように動かない。
胃がキリキリと痛む。吐きそうだ。
だが、俺の嘆きなどお構いなしに、要塞のセンサーが新たな反応を捉える。
「報告します、マスター」
ヴィクトリアの声に、かすかな興奮が混じっている。
「今の戦闘を傍受していた周辺宙域の民間船、および海賊船から通信が殺到しています」
「通信? なんて言ってる?」
「『我々を保護してほしい』『傘下に入りたい』『その強大な力で、我々を帝国から守ってくれ』とのことです」
モニターに、通信要請のリストが表示された。
1件、2件、10件、50件……数え切れない。
「船の数は現在87隻。乗員総数、推定4000名以上。どう処理しますか?」
俺は頭を抱えたまま、力なく手を振った。
もう何も考えられない。考えたくない。
「……もう好きにしてくれ」
「『全て受け入れろ』ですね? 承知しました」
ヴィクトリアが嬉々として答える。
「労働力として確保します。居住区の整備、リサイクルプラントの稼働、防衛設備の拡張……ああ、楽しみです。マスター、これで我々の勢力は一気に拡大しますよ」
「拡大したくないんだが……」
俺の声は、誰にも届かなかった。
こうして、俺の意思とは完全に無関係に、ゴミ惑星ダスト8への「入植」が始まってしまったのだった。
いや待て。
入植って何だ。
俺は国を作るつもりなんてないぞ。
おい、ヴィクトリア。
聞いてるのか。
おい。




