第19話 消えた積荷と、現場猫の憂鬱
第9開拓区での「惑星消失事件」から、二週間が経過した。
その間、特に追加の異常報告はなく、俺は日々の業務に追われてその件を忘れかけていた。
だが、現場レベルではじわじわと「異変」が広がっていたらしい。
本社ビルの物流管理センター。
ここは銀河中を行き来する輸送船の運行状況を監視する、ユニオンの心臓部だ。
その一角で、元海賊のガルドが頭を抱えていた。
「あーもう! どうなってんだよ!?」
彼が睨みつけているのは、輸送船の在庫リストだ。
「おい、第9区行きの便、また積荷が足りねぇぞ! 『レアメタル鉱石・コンテナ50個』が出荷済みになってるのに、到着報告がねぇ!」
部下のオペレーターが青い顔で答える。
「そ、それが……船長の話だと、『航行中にいつの間にか消えていた』って言うんです」
「はあ? 消えた? 魔法かよ! 居眠り運転で落としたんじゃねぇのか!?」
「い、いえ! ログを確認しましたが、ハッチの開放記録はありません。船倉の壁に小さな『穴』が開いていて、そこから中身だけが……」
「穴だと?」
ガルドは現場から送られてきた写真を見た。
輸送船の装甲に、直径1メートルほどの綺麗な円形の穴が開いている。
まるで、熱したナイフでバターをくり抜いたような、滑らかな切断面だ。
「……宙賊の仕業にしちゃあ、手口が綺麗すぎるな。センサーにも引っかからずに接近して、中身だけ抜き取るなんて芸当、俺たちでも無理だぜ」
ガルドは元プロの海賊だ。同業者の手口ならすぐに見抜ける。
だが、これは違う。もっと異質な何かの気配がする。
「社長に報告するか? ……いや、社長は今、『銀河温泉リゾート化計画』の会議で忙しい。こんな『荷物の紛失』レベルで呼び出したら、リズの姉御に殺される」
ガルドは自分の首をさすった。
最近のリズは、アランの休息時間を確保するために鬼のようなスケジュール管理をしており、些細なトラブル報告は彼女のデスクで握りつぶされる(そして彼女が密かに処理する)のだ。
「よし、俺が見に行く。……昔のツテを使って、裏ルートで調査だ」
ガルドは帽子を被り直し、愛用のカスタム宇宙船『ブラック・ジャック号』のキーを手に取った。
これが、彼にとって運命の分かれ道になるとも知らずに。
***
数日後。第9開拓区、辺境の宇宙港。
ガルドは薄暗い酒場のカウンターで、情報屋と密会していた。
「……で? 最近この辺りで妙な船を見なかったか?」
ガルドがチップ(電子マネー)を渡すと、情報屋の男は声を潜めた。
「船……とは違うな。もっと小さい、『光る虫』みたいなもんを見たって噂がある」
「虫?」
「ああ。宇宙空間を群れで飛んでるんだと。そいつらが通り過ぎた後は、船の装甲がチーズみたいに穴だらけになってるらしい」
ガルドは眉をひそめた。
宇宙怪獣の一種か? この辺りには珍しいエネルギー生命体がいるという話も聞くが。
「そいつらは何を狙ってるんだ?」
「さあな。ただ、被害に遭うのは決まって『高純度の金属』や『エネルギーパック』を積んだ船だ。……まるで、エサを探してるみたいにな」
その時。
酒場の外が騒がしくなった。
ウーウーウーッ!! と空襲警報のようなサイレンが鳴り響く。
「なんだ!?」
ガルドが店を飛び出すと、宇宙港の上空が異様な光に包まれていた。
星空の一部が歪み、そこからキラキラと輝く何かが降り注いでくる。
情報屋が言っていた「虫」だ。
だが、サイズが違う。
全長2メートルはある銀色の結晶体。それが数百、いや数千匹の群れとなって、停泊中の輸送船に取り付いていた。
ガリガリガリガリ……!
耳障りな咀嚼音が響く。
頑丈な合金製の船体が、見る見るうちに食い破られていく。
「な、なんだありゃあ……!?」
ガルドは呆然とした。
海賊時代、数々の修羅場をくぐってきたが、あんな気味の悪い光景は初めてだ。
奴らは生物でありながら、完全に機械的な統率が取れている。
「おい、やめろ! そこは俺たちのシマだぞ!」
港の警備兵がライフルを発砲する。
ビームが結晶体に直撃するが、奴らは無傷だ。
いや、ビームのエネルギーを吸収し、さらに強く輝き始めた。
「……エネルギーを食ってやがる!」
ガルドは直感した。
これはヤバい。
単なる害獣じゃない。文明の天敵だ。
彼は慌てて通信機を取り出した。
社長に報告しなければ。リズに怒られようが知ったことか。これは戦争になる!
「社長! 応答してくれ! ガルドだ! 第9区が……食われてる!!」
しかし、通信機からはザザッというノイズしか聞こえない。
上空の「虫」たちが発する妨害電波によって、全周波数が遮断されていたのだ。
「通信不能……!? くそっ、孤立したか!」
ガルドは自分の船へと走った。
ここから脱出し、直接本社へ知らせるしかない。
背後で宇宙港が崩壊する音を聞きながら、彼はアクセルを全開にした。
平和ボケしていたリサイクル・ユニオンに、最初の「痛み」が走った瞬間だった。
(続く)




