第18話 平和ボケした日常と、深淵からのノイズ
銀河帝国との決戦から半年。
俺たちが立ち上げた『リサイクル・ユニオン』は、戦後の混乱を乗り越え、かつてない繁栄を迎えていた。
本社ビル(旧帝都宮殿)の最上階。
CEO執務室は、今日も平和な喧騒に包まれていた。
「CEO~! 第7星系の観光協会から、『アランまんじゅう』の商品化許諾申請が来てますぅ!」
リズが楽しそうにタブレットを見せる。
「社長! 警備隊の連中が『暇すぎて筋肉が落ちる』って言うんで、ジム作っていいか?」
ガルドがダンベル片手に乱入してくる。
「アラン様。本日のランチは、合成松阪牛のステーキですわ」
パンドラ(背中に張り付き中)がメニューを読み上げる。
「……平和だ」
俺はふかふかの椅子に沈み込み、極上の合成コーヒーを啜った。
半年前まで処刑台行き確定だったのが嘘のようだ。
書類の山はあるが、命を狙われる心配はない。これぞ理想の「勝ち組社畜ライフ」だ。
だが、そんな平和な執務室の片隅で、ヴィクトリアのホログラムだけが、険しい表情で一点を凝視していた。
「……ヴィクトリア? どうした、フリーズしたか?」
『……いえ、マスター。少し気になるデータがありまして』
彼女が空中に投影したのは、銀河の最果て、第99観測ステーションからの定期通信ログだった。
『通常、このステーションからは1時間ごとに気象データが送られてくるのですが……ここ3時間、通信が途絶えています』
「通信機が故障したんじゃないか? 古い設備だし」
『そう思って、自動修復プログラムを送ったのですが……応答がありません。いえ、正確には「接続先が存在しません(404 Not Found)」というエラーが返ってきます』
「存在しない?」
俺は首を傾げた。
ステーションが丸ごと消えたわけじゃあるまいし。
『そして、通信が切れる直前の音声データに、奇妙なノイズが混じっています』
ヴィクトリアが再生ボタンを押す。
ザザッ……ザザザッ……。
ただの砂嵐のような音。
だが、よく耳を澄ますと、その奥から微かに聞こえる音があった。
ガリガリ……バリバリ……。
まるで、巨大な虫が硬い殻を噛み砕くような、湿った咀嚼音。
そして、それに重なるような、金属的な「歌声」。
『……オ……腹……スイ……タ……』
「ッ!?」
俺の背筋に冷たいものが走った。
今、何か言ったか?
「パンドラ、聞こえたか?」
背中の少女に問うと、彼女は顔面蒼白になって震えていた。
「……嘘よ。まさか、あいつらが……」
パンドラが耳を塞ぐ。
「消して! その音を消して! ……『捕食信号』だわ!」
執務室の空気が一変する。
ガルドがダンベルを落とし、リズがタブレットを取り落とす。
『警告。第99観測ステーション周辺の星系にて、質量の消失を確認。……星が、食われています』
ヴィクトリアが無機質に告げる。
モニターに映し出された星図の端っこが、黒いシミに侵食されるように消えていく。
平和な日常は、唐突に終わりを告げた。
深淵の底から、決して目覚めさせてはいけない「何か」が、俺たちの銀河を見つけたのだ。
「……総員、第一種戦闘配置だ」
俺は震える声で命じた。
リサイクル・ユニオンの本当の戦いは、ここから始まる。




