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第17話 玉座の上の「老人」と「若者」

 帝国旗艦『グラン・アーク』の内部は、地獄絵図と化していた。

 パンドラの精神感応波によって、兵士たちは「廊下が溶岩に見える」「上官が巨大なブロッコリーに見える」といった幻覚に襲われ、互いに銃を向け合ったり、床を泳いだりしている。


「どけええぇぇ! 俺はブロッコリーには従わんぞ!」

「落ち着け! 私は艦長だ! ……いや待て、貴様の手がロブスターになっているぞ!?」


 そんなカオスな艦内を、カトレア率いる突入部隊は、迷うことなく最上層のブリッジへと駆け上がっていた。

 リズから入手した詳細な艦内図のおかげで、最短ルートを選べるのだ。


「邪魔だッ!」


 カトレアの剣閃が、立ちはだかる近衛兵の武器だけを弾き飛ばす。

 ガルドと海賊たちも、スタンバトンで次々と敵を無力化していく。

 殺しはしない。これは「買収」であり「虐殺」ではないからだ(あとでアラン社長に怒られるからだ)。


 そして、ついに巨大な装飾が施された扉の前へ到達した。

 皇帝の間。


「開けるぞ! ……ブリーチ!」


 ドォォォォン!!

 爆薬で扉が吹き飛び、白煙の中へ俺たちは踏み込んだ。

 ……あ、そうそう。今回もアランは参加している。

 なぜなら、パンドラが「マスターが近くにいないと出力が出ない」と駄々をこねたからだ。

 CEOなのに最前線。ホワイト企業とは程遠い。


「……来たか」


 煙が晴れると、そこには広大な空間が広がっていた。

 窓の外には、混乱する味方艦隊と、ネメシスの輝きが見える。

 そして、部屋の最奥にある黄金の玉座に、皇帝ギルバート4世が座っていた。


 彼は幻覚に惑わされていなかった。

 頭に装着した精神防壁用のヘッドギアのおかげだろう。

 だが、その顔色は土気色で、手は小刻みに震えている。


「ようこそ、反逆者ども。……そして、アラン・スミシー」


 皇帝の視線が、カトレアたちの後ろに隠れている俺を射抜く。


「貴様が……我が帝国をここまでコケにした男か。……フン、どこにでもいる凡庸な顔ではないか」


「どうも。凡庸な事務屋です」


 俺はおずおずと前に出た。背中にはパンドラが張り付いている。


「皇帝陛下。……単刀直入に言います。降伏してください」


「降伏? 余がか?」


 皇帝は乾いた笑い声を上げた。


「笑わせるな。外を見ろ。混乱しているとはいえ、まだ我が軍には数千の艦が残っている。貴様らなど、余が自爆コードを入力すれば、この船ごと道連れにできるのだぞ?」


 皇帝の手が、玉座の肘掛けにある赤いボタンに伸びる。

 自爆装置だ。


「やめろ!」

 カトレアが叫ぶが、距離がある。間に合わない。


 だが、俺は慌てなかった。

 むしろ、哀れむような目で皇帝を見た。


「……押しても無駄ですよ」


「何?」


「その自爆コード、もう書き換えましたから」


 俺はポケットから端末を取り出し、画面を見せた。


「貴方の船のメインシステムは、すでに我々のAI(ヴィクトリア&タルタロス)によって掌握されています。……今、そのボタンを押すと、自爆する代わりに『艦内放送で恥ずかしいポエムが流れる』よう設定されています」


「な、何だと……!?」


 皇帝は顔を真っ赤にしてボタンから手を離した。

 さすがに、死ぬ間際に全軍にポエムを聞かせるのは、皇帝としてのプライドが許さないらしい。


「貴様……! どこまで余を愚弄すれば気が済むのだ!」


「愚弄じゃありません。……『リストラ』です」


 俺は一歩踏み出した。


「ギルバート4世。貴方は老いた。不老不死なんて夢を見て、パンドラのような危険物に手を出した時点で、経営者失格です」


 俺は淡々と、まるで無能な部下を諭すように告げた。


「貴方が私欲のために国を傾けている間、俺たちはゴミを拾い、リサイクルし、経済を回してきました。……どっちが銀河のリーダーに相応しいか、明白でしょう?」


「黙れ! 余は皇帝だ! 神に選ばれし血統だ!」


 皇帝が立ち上がり、隠し持っていたレーザー銃を抜く。

 だが、その引き金が引かれることはなかった。


 バシュッ!


 横合いから放たれたスタンガンの電撃が、皇帝を直撃したからだ。

 皇帝は白目を剥いて崩れ落ちた。


「……え?」


 俺たちが驚いて視線を向けると、そこには一人の少女が立っていた。

 皇帝の側近のふりをして潜んでいた、リズ(ミラージュ)だ。


「リズ!?」


「お疲れ様です、CEO」

 リズは眼鏡を外し、冷徹なスパイの顔で微笑んだ。

「……これにて、帝国のトップダウン構造は崩壊しました。私の『最後の任務』、完了です」


 彼女はずっと、この瞬間を待っていたのだ。

 皇帝の懐に入り込み、俺たちが突入したタイミングで、内側から止めを刺す瞬間を。


「見事だ、リズ……!」


 俺は駆け寄り、彼女とハイタッチを交わした。


「これで終わりだ。……勝ったぞ、みんな!」


 カトレアが、ガルドが、歓声を上げる。

 俺は崩れ落ちた皇帝を見下ろし、そして玉座の通信マイクを手に取った。

 今度こそ、俺自身の言葉で、全銀河に宣言する時だ。


『……帝国全軍に告ぐ。皇帝は拘束された。繰り返す、皇帝は拘束された』


 俺の声が、幻覚から覚めつつある兵士たち、そしてネット中継を見ている何百億の民衆に届く。


『戦争は終わりだ。……これより、銀河帝国は解体され、新体制へと移行する。新しい国(会社)の名前は……』


 俺は一瞬言葉に詰まった。

 なんて名乗ろう?

 ネメシス皇国? いや、そんな仰々しいのは嫌だ。


 俺の脳裏に、ゴミ惑星で拾った仲間たちの顔が浮かんだ。

 壊れたものを直し、捨てられたものを拾い、ここまでやってきた俺たち。


『……「リサイクル・ユニオン(再生連合)」だ』


 俺は宣言した。


『過去の遺恨も、身分も関係ない。俺たちは、壊れたこの銀河を、もう一度修理する。……以上だ! さあ、みんな仕事に戻れ! 残業代は出すぞ!』


 一瞬の静寂の後。

 通信機からは、割れんばかりの歓声と、敵だったはずの帝国兵たちの安堵のため息が聞こえてきた。


 こうして、俺の「勘違い建国記」は、ついに銀河の頂点へと到達してしまったのだった。


 ……だが。

 物語はここでは終わらない。

 俺たちが皇帝を倒し、平和を勝ち取ったその瞬間。

 銀河の果て、誰も知らない暗黒の宙域で、「それ」は静かに動き出していた。


 古代文明を滅ぼした真の脅威。

 パンドラやタルタロスさえも恐れる、機械知性の天敵。


 『第3部・銀河帝国激突編』 完。

 『第4部・宇宙の脅威編』 へ続く。


(完結? それとも……?)

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