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第15話 パンドラの「対価」は重すぎる(物理的に)

「グオオオオオッ!」


 クローネ博士が解き放った最強の生体兵器『タイラント・オメガ』が咆哮する。

 身長5メートル。全身が筋肉の鎧で覆われ、右腕は巨大なチェーンソーのように変異している。


「カトレア、ガルド! 頼んだ!」

「承知ッ!」

「へっ、デカブツが! 風穴空けてやる!」


 二人が同時に仕掛ける。

 カトレアの剣が閃き、ガルドのショットガンが火を噴く。

 だが――


 ガギィン!

 剣は皮膚に弾かれ、散弾は筋肉にめり込んで止まった。


「なっ……硬い!」

「嘘だろ!? 戦車の装甲より硬ぇぞ!」


「無駄だ無駄だぁ!」

 博士が高笑いする。

「オメガの皮膚は、オリハルコン繊維を編み込んで強化してある! 貴様らの貧弱な武器など通じん!」


 裏拳一発。

 カトレアとガルドが紙屑のように吹き飛ばされ、壁に激突した。

 強い。次元が違う。

 オメガがゆっくりと、俺の方へ向き直る。


「ひぃっ……!」

 俺は後ずさり、背後のカプセルにぶつかった。

 死ぬ。

 そう思った瞬間、俺のポケットの通信機が鳴った。


『……ねえ、管理者さん』

 頭の中に直接響くような、甘く、冷たい少女の声。

『助けてほしい? ……なら、契約しましょ』


「だ、誰だ!?」


『後ろよ』

 カプセルの中で、眠っていたはずの少女が目を開け、ガラス越しに俺を見ていた。

 パンドラだ。

 彼女は唇の動きだけで告げた。


『私をここから出して。……対価として、あのゴミ掃除をしてあげる』


「わ、わかった! 出してやる!」

 俺はコンソールを叩き、カプセルのロックを解除した。


 プシュウウウッ!

 蒸気と共にガラスが開き、中からパンドラがふわりと降り立つ。

 薄いエネルギーのドレスを纏った彼女は、あくびをしながらオメガを見上げた。


「ふぁぁ……。目覚めの運動には丁度いいかしら」


「パンドラ!? なぜ目覚めた!」

 博士が狼狽する。

「オメガ! やれ! その失敗作を破壊しろ!」


 オメガがチェーンソー腕を振り下ろす。

 だが、パンドラは動かない。

 ただ、指先をパチンと鳴らしただけだ。


「【分解デリート】」


 ブォン。

 音が消えた。

 オメガの巨大な体が、細胞レベルでバラバラにほどけ、瞬時にドロドロのスープとなって床に崩れ落ちた。


「……は?」

 俺も、博士も、言葉を失った。


「遺伝子結合を解除しただけよ。……脆いわね、最近のオモチャは」

 パンドラはつまらなそうに鼻を鳴らすと、トテトテと俺の方へ歩いてきた。


「さて、契約履行の時間よ、マスター」

「えっ、何をする気だ?」


 彼女は俺の背中に飛び乗り、首筋にぴたりと張り付いた。

「充電よ。……私のコアは空っぽだから、貴方の生体エネルギーを吸わせてもらうわ」


「うわっ、重い! なんか体力が吸われてる気がする!」

「じっとしてて。……んっ、悪くない味ね。ブラック企業のストレスで熟成された、哀愁漂うオジサンの味……」


「どんな食レポだ!」


 その時、俺の通信機からヴィクトリアの怒声が響いた。


『マスター! そいつから離れてください!』

 ホログラムで現れたヴィクトリアが、鬼の形相でパンドラを睨む。


『その泥棒猫キャット! 私のマスターに何張り付いてるんですか!』


「あら、久しぶりねヴィクトリア。……嫉妬? 見苦しいわよ」

 パンドラが俺の肩越しにせせら笑う。


「貴女には実体がないものねぇ。私はこうして、マスターの体温と養分を独り占めできるけど?」


『キィィィィ! ぶっ殺す! タルタロス姉さん呼んで主砲撃ち込むわよ!』

『やってみなさいよ。マスターごと蒸発するけど?』


 バチバチと火花が散る。

 最強の生物兵器と最強の要塞AIによる、醜い姉妹喧嘩の勃発だ。


「お、おい……博士は?」

 俺が視線を戻すと、クローネ博士が腰を抜かして震えていた。


「私の……最高傑作が……」


「うるさいわね、ハゲ」

 パンドラが手を振る。

「【変異モーフィング】。……貴方はカエルがお似合いよ」


 ボシュッ!

 博士が消え、床には白衣を着たウシガエルが一匹。

 「ゲロゲロ!(何をする貴様!)」


「ひぇぇ……」

 ガルドが顔を引きつらせて後ずさる。

 一撃必殺、生体吸収、変身魔法。

 とんでもないジョーカーを目覚めさせてしまったようだ。


 俺は背中に重み(物理的にも精神的にも)を感じながら、カエルを瓶に詰め、撤退を命じた。

 これから始まる、パンドラとの共同生活(充電地獄)を予感して、胃が痛くなった。


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