第13話 皇帝の「若返り」と、禁断の地図
帝国旗艦『インペリアル・グローリー』。
皇帝の私室は、最新の医療機器で埋め尽くされていた。
「陛下、定期検診の時間です」
侍医長が恭しく頭を下げる。
玉座に深く沈んだギルバート4世は、億劫そうに手を振った。
「……また検査か。もう結果はわかっておるわ」
「し、しかし陛下……」
「余命6ヶ月だろう。何度聞いても変わらん」
皇帝は皺だらけの手を見つめた。
70年の歳月が、この肉体を蝕んでいる。
かつては銀河最強と謳われた剣腕も、今では茶碗を持つのがやっとだ。
「陛下……実は、一つだけ方法がございます」
侍医長が恐る恐る口を開いた。
「朕を愚弄するか? 現代医学で老化は止められん」
「はい。『現代』医学では。……しかし、『古代』医学なら話は別です」
侍医長は一枚の地図データを差し出した。
「この辺境宙域に、旧帝国時代の研究施設が封印されております。そこで研究されていたのは……『不老不死』の技術です」
「……不老不死?」
皇帝の目が、初めて光を取り戻した。
「そこには、古代文明が作り出した禁断のAI『パンドラ』が眠っています。彼女の能力は『生物の遺伝子を自在に書き換える』こと。理論上は、老化の逆転も可能です」
「パンドラ……」
皇帝は地図を見つめた。
その場所は、危険なガス惑星帯の奥深く。
奇しくも、反乱者アラン・スミシーの拠点ネメシスの近くだった。
「これは……好都合だな」
皇帝の口元に、陰険な笑みが浮かぶ。
「表向きは『反乱鎮圧』として親征を宣言し、その実、パンドラを確保する。……一石二鳥ではないか」
「ご聡明でございます、陛下」
「だが、リスクはあるのだろう?」
「……はい。パンドラの技術は制御が困難で、失敗すれば対象を理性のない怪物に変える可能性があります。さらに、それが周囲に『感染』して……」
「バイオハザードか」
皇帝は鼻で笑った。
「構わん。万が一失敗しても、被害が出るのは辺境の民どもだ。帝都には影響せん。……朕が永遠に生き続けられるのなら、辺境の数億人など、取るに足らん犠牲だ」
侍医長は背筋が凍る思いだった。
だが、彼は何も言わなかった。
逆らえば、自分が「犠牲」になるだけだ。
「進路を変更せよ。第零研究所へ向かう」
皇帝の命令が下された。
150万の兵を乗せた大艦隊は、禁断の地へと舵を切った。
***
同じ頃、ネメシス要塞。
リズが震える手でタブレットを差し出した。
「CEO……。大変なデータが見つかりましたぁ……」
彼女は今や、帝国情報局からの定時連絡を「傍受しました」という体裁で俺に横流ししてくれる最強の情報源だ。
もちろん、俺は彼女がスパイだなんて知らない。
ただの優秀な秘書だと思っている。
「どうした、そんなに深刻な顔して。……これは? 皇帝のカルテ?」
画面に映っていたのは、ギルバート皇帝の健康診断データだった。
細胞劣化率:危険域(基準値の300%超過)
臓器機能:全般的に低下
神経系:退行性変化あり
余命:推定6ヶ月
「皇帝は……もう死にかけているのか?」
「は、はい。だから焦っているんです……」
リズは声を震わせた。
演技ではなく、本当に動揺しているようだ。
「今回の親征の真の目的は、ネメシス討伐じゃありません。この辺境宙域に眠る『ある施設』を確保することなんです」
リズが地図データを展開する。
皇帝軍の進路が赤い線で表示された。
その線は、ネメシスを迂回し、危険なガス惑星帯の奥深くを目指している。
「ここには、旧帝国時代に封印された『第零研究所』があります……」
「第零研究所?」
「はい。そこで研究されていたのは……『生体兵器』と『不老不死』の技術です」
俺の背筋に、冷たいものが走った。
「不老不死……独裁者が最後にすがりつく、ろくでもない夢だな」
「でも、皇帝は本気です。……彼は自分の延命のためなら、銀河中をゾンビだらけにすることも厭わないでしょう」
リズの声には、明らかな嫌悪が滲んでいた。
彼女も帝国の人間だが、さすがにこれは許容できないらしい。
「ヴィクトリア、その研究所について記録はあるか?」
『検索中……』
ヴィクトリアのホログラムが現れ、高速でデータを検索する。
『該当データあり。……警告。極めて危険なカテゴリーです』
彼女の声が低くなった。
『そこに封印されているのは、古代文明が作り出し、制御不能となって廃棄した禁断のAI……コードネーム「パンドラ」』
「パンドラ……ギリシャ神話の、あの箱を開けた女?」
『はい。彼女の機能は「生物の遺伝子を自在に書き換える」こと。……私の姉にあたる存在です』
「姉?」
『古代文明は、様々な目的のAIを製造しました。私は「要塞管理」、タルタロス姉様は「戦闘」……そしてパンドラは「生物工学」を担当していました』
ヴィクトリアの表情が曇る。
『しかし、パンドラは危険すぎました。彼女の能力は理論上、不老不死も可能です。……ですが、失敗すれば、対象を理性のない怪物に変え、周囲に感染する「バイオハザード」を引き起こします』
「感染……」
『はい。パンドラの「失敗作」は、自己増殖しながら他の生物を取り込み、怪物へと変えていきます。……古代文明は、それを制御できなくなり、研究所ごと封印しました』
俺は戦慄した。
皇帝は、自分の延命のために、銀河中にゾンビウイルスをばら撒くリスクのある「箱」を開けようとしているのだ。
「……まずい。非常にまずいぞ」
俺は爪を噛んだ。
考えろ。
もし皇帝がパンドラを手に入れ、その力を制御できずに暴走させたら?
ネメシスどころか、人類が終わる。
「……止めなきゃならない」
カトレアが剣を握りしめた。
「皇帝軍が到着する前に、我々が先回りして確保、もしくは破壊するしかありません!」
「だが、相手は本隊だぞ?」
ガルドが難色を示す。
「真正面から行けば、いくらタルタロス級でも……」
「正面からは行かない」
俺は顔を上げた。
事務屋としての勘が囁いている。
リスクはデカい。だが、ハイリターンだ。
「もしパンドラをこちらの味方にできれば、戦局をひっくり返せるかもしれない」
「味方に? あの危険なAIを?」
ガルドが眉をひそめる。
「ヴィクトリア、パンドラは制御可能なのか?」
『……正直に申し上げます。私にも確信はありません』
ヴィクトリアが珍しく歯切れ悪く答える。
『パンドラは、古代文明の中でも「異端」でした。彼女は非常に気まぐれで、自分の「美学」に合わないことは絶対にしません。……ですが、マスターが彼女の「興味」を引くことができれば、協力を得られる可能性はあります』
「興味……」
「リズ、皇帝軍の『隙』を見つけろ」
俺は決断した。
「ヴィクトリア、タルタロスのステルス迷彩を使って、少数の精鋭部隊を送り込む準備をしてくれ」
「了解ですぅ……。でも、CEO、あなたは……」
「俺も行く」
「「「ええっ!?」」」
全員が驚愕する。
「社長、正気か!? あんたは戦闘なんて……」
ガルドが叫ぶ。
「できないさ。俺の戦闘力はゴミだ」
俺は苦笑した。
「だが、古代システムの管理者権限を持っているのは俺だけだ。パンドラの封印を解くにも、交渉するにも、俺が行かなきゃ意味がない」
「しかし、主よ……」
カトレアが不安そうな顔をする。
「だからお前らが守ってくれ。……これは『敵対的買収(TOB)』の第2フェーズだ。皇帝が欲しがっている『最高の商品』を、目の前で横取りしてやる!」
俺は胸を張って宣言した。
だが、内心は胃が痛かった。
怪物とウイルスが眠る研究所に、戦闘力ゼロの事務屋が突入する。
正気の沙汰じゃない。
俺はポケットに胃薬を詰め込みながら、出撃の準備を始めた。
***
一方、帝国旗艦。
皇帝の私室で、密談が行われていた。
「陛下、先遣隊から連絡が途絶えました」
汚職将軍が報告する。
「研究所に近づいた途端、通信が……」
「それは想定内だ」
皇帝は動じなかった。
「あの研究所には、封印された怪物どもがいる。先遣隊は『露払い』だ。奴らが怪物を引きつけている間に、朕の親衛隊がパンドラを確保する」
「御意。……しかし陛下、情報局から気になる報告が」
「何だ?」
「ネメシスから、小型の艦艇が発進したとのことです。……向かう先は、第零研究所の方角かと」
皇帝の目が細くなった。
「アラン・スミシーか。……奴も気づいたか」
「追撃いたしますか?」
「いや、放っておけ」
皇帝は冷笑を浮かべた。
「あの研究所は『墓場』だ。どれほどの猛者でも、あの怪物どもの前では肉塊になる。……アラン・スミシーが自ら死地に飛び込むのなら、手間が省けるというものだ」
「ご聡明でございます」
「むしろ、奴らが怪物を減らしてくれれば好都合だ。朕は後から悠々と、パンドラを回収すればよい」
皇帝は高笑いした。
彼は確信していた。
たかが元事務官ごとき、あの地獄を生き延びられるはずがないと。
だが、皇帝は知らなかった。
アラン・スミシーという男が、「予想外」を起こし続けてきた男だということを。




