第13話 皇帝の「若返り」と、禁断の地図
リズが(俺の知らないところで)ヴィクトリアと裏取引をして、二重スパイになってから数日。
ネメシスの司令室には、新たな、そして背筋が凍るような情報がもたらされていた。
「CEO……。大変なデータが見つかりましたぁ」
リズが震える手でタブレットを差し出す。
彼女は今や、帝国情報局からの定時連絡を「傍受しました」という体裁で俺に横流ししてくれる最強の情報源だ。
「なんだこれ? ……皇帝のカルテ?」
画面に映っていたのは、ギルバート皇帝の健康診断データだった。
そこには『細胞劣化率:危険域』『余命:推定6ヶ月』という衝撃的な数値が並んでいた。
「皇帝は……もう死にかけているのか?」
「はい。だから焦っているんです。……今回の親征の真の目的は、ネメシス討伐じゃありません。この辺境宙域に眠る『ある施設』を確保することなんです」
リズが地図データを展開する。
皇帝軍の進路は、ネメシスを迂回し、危険なガス惑星帯の奥深くを目指していた。
「ここには、旧帝国時代に封印された『第零研究所』があります。……そこで研究されていたのは、『生体兵器』と『不老不死』の技術」
「不老不死……」
俺は嫌な予感を覚えた。
独裁者が最後にすがりつく、ろくでもない夢だ。
「ヴィクトリア、その研究所について記録はあるか?」
『検索中……。該当データあり。……警告。極めて危険なカテゴリーです』
ヴィクトリアの声が低くなる。
『そこに封印されているのは、古代文明が作り出し、制御不能となって廃棄した禁断のAI……コードネーム『パンドラ』。……彼女の機能は「生物の遺伝子を自在に書き換える」こと』
「遺伝子の書き換え……」
『はい。理論上は不老不死も可能です。……ですが、失敗すれば、対象を理性のない怪物に変え、周囲に感染する「バイオハザード」を引き起こします』
俺は戦慄した。
皇帝は、自分の延命のために、銀河中にゾンビウイルスをばら撒くリスクのある「箱」を開けようとしているのだ。
「……まずい。非常にまずいぞ」
俺は爪を噛んだ。
もし皇帝がパンドラを手に入れ、その力を制御できずに暴走させたら?
ネメシスどころか、人類が終わる。
「……止めなきゃならない」
カトレアが剣を握りしめる。
「皇帝軍が到着する前に、我々が先回りして確保、もしくは破壊するしかありません!」
「だが、相手は本隊だぞ? 真正面から行けば……」
ガルドが難色を示す。
「正面からは行かない」
俺は顔を上げた。
事務屋としての勘が囁いている。リスクはデカいが、ハイリターンだ。もしパンドラをこちらの味方にできれば、戦局をひっくり返せるかもしれない。
「リズ、皇帝軍の『隙』を見つけろ。……ヴィクトリア、タルタロスのステルス迷彩を使って、少数の精鋭部隊を送り込む」
俺は覚悟を決めた。
「俺も行く。……古代システムの管理者権限を知っているのは俺だけだ」
「「「ええっ!?」」」
全員が驚愕する。
「社長、正気か!? あんたは戦闘なんて……」
「できないさ。だからお前らが守ってくれ。……これは『敵対的買収(TOB)』の第2フェーズだ。皇帝が欲しがっている『最高の商品』を、目の前で横取りしてやる!」
こうして、俺ことアラン・スミシーは、安全な司令室を飛び出し、怪物とウイルスが眠る最前線の研究所へと身を投じることになった。
胃薬をポケットいっぱいに詰め込んで。




