第11話 戦争は「家電」で止められる
銀河帝国皇帝ギルバート4世による「親征(戦争)」宣言から、24時間が経過した。
一週間後には、銀河最強の大艦隊がここへやってくる。
ネメシスの司令室は、重苦しい空気に包まれていた。
「兵力差は1対10000……。正面からぶつかれば、3分で蒸発しますね」
ヴィクトリアが冷徹なシミュレーション結果を表示する。
「ならば、奇襲をかけるか? 地の利を活かして……」
カトレアが剣呑な表情で作戦盤を睨む。
「いや、違う」
俺、アラン・スミシーは首を横に振った。
「火力で勝負しても負ける。……この戦争、戦う前に勝つぞ」
「は? 戦う前に?」
ガルドが目を丸くする。
「ああ。いいか、戦争ってのは『兵站(物流)』と『民意』で決まるんだ。……皇帝は俺たちを『害虫』と呼んだ。なら、俺たちは銀河中の民衆にとって『なくてはならない益虫』になればいい」
俺はホワイトボードに大きく書いた。
【オペレーション・お値段以上】
「ヴィクトリア、リサイクルプラントの稼働状況は?」
「はい。資源ゴミを変換して、生活物資をフル生産中です」
「よし。……今から作る製品のラインナップを変更する。武器弾薬じゃない。……『全自動洗濯機』『瞬間湯沸かしポット』『高機能エアコン』だ」
「「「はあぁ!?」」」
幹部全員が素っ頓狂な声を上げた。
「帝国領の辺境惑星は、インフラがボロボロだろ? 毎日冷たい水で洗濯して、暑さに耐えてる。……そこに、俺たちの超技術で作った『魔法のような家電』を配るんだ」
「配るって……売るんですか?」
ロイド(広報担当)が聞く。
「いや、『無料』だ」
「正気ですか社長!? 大赤字ですよ!」
ガルドが叫ぶ。
「これは『先行投資』だ。……製品にはこう刻印しておけ。『アラン・スミシーからの平和の贈り物』とな」
***
数日後。帝国軍の進軍ルート上にある惑星群で、奇妙な現象が起きた。
空から無数の輸送ポッドが降り注ぎ、中からピカピカの家電が現れたのだ。
貧しい農村の老婆が、恐る恐るスイッチを押す。
ブォォォン……。
エアコンから涼しい風が吹き出し、家の中が一瞬で快適な温度になる。
「あぁ……なんて極楽じゃ……」
「ばあちゃん、見てくれ! この洗濯機、泥だらけの服を入れたら乾燥までしてくれたぞ!」
歓喜の声が上がる。
そして、製品の側面にはデカデカと輝く『ネメシス社製・平和モデル』のロゴ。
SNS(銀河ネット)は大騒ぎになった。
『帝国は税金を取るだけだが、ネメシスはエアコンをくれる!』
『アラン様こそ真の名君では?』
『#ネメシス神 #皇帝ケチ』というハッシュタグがトレンド入りし、爆発的に拡散された。
そして、その効果はすぐに現れた。
帝都を出発した皇帝の大艦隊が、補給のためにある惑星に寄港しようとした時のことだ。
『……陛下、報告します』
汚職将軍が青ざめた顔で玉座に駆け寄る。
『惑星知事より入電。「民衆がネメシス製の冷蔵庫を守るために座り込みをしており、港が使えません」とのことです!』
「何だと!?」
ギルバート皇帝が激昂する。
『さらに、現地の整備兵たちも「アラン様の製品を壊すような戦争には協力できない」とボイコットを……』
「ええい、たかが家電ごときに!」
皇帝はグラスを床に叩きつけた。
「なら、強制徴発しろ! 逆らう者は反逆罪で処刑だ!」
『そ、それが……無理に奪おうとすると、暴動が起きる寸前で……。これ以上強行すれば、後方の補給線が維持できません!』
兵站の崩壊。
アランの狙いはこれだった。
民衆を味方につけることで、帝国軍を「侵略者」の立場に追いやり、足元から崩していく。
それは、ビーム一発撃たずに敵の足を止める、事務屋ならではの冷徹な計算だった。
「……面白い。アラン・スミシー、小賢しい真似を」
皇帝の目が冷たく光る。
彼は懐から通信機を取り出した。
「情報局長を呼べ。……『毒』を盛る時が来たようだ」
家電による平和攻勢に対し、帝国は裏の手段――最強のスパイ『ミラージュ(リズ)』の投入を決断する。
光と闇の情報戦が、静かに幕を開けた。




