第10話 新皇帝、誕生(してない)
タルタロスを「焼却炉担当」として仲間に引き入れてから、一ヶ月。
俺たちの勢力圏は、平和そのものだった。
ネメシスとタルタロス。
双子の要塞が並ぶ光景は、周辺星系にとって「絶対的な抑止力」として機能していた。
商業連合との同盟により物流も安定し、リサイクル事業は大繁盛。
俺は毎日、定時に起きて帳簿をチェックし、美味しい合成定食を食べ、ふわふわのベッドで寝る。
夢にまで見た「理想の隠居生活」が、ついに完成したのだ。
「ああ、幸せだ……」
俺は司令室の窓から、美しく整備された(元ゴミ溜めの)コロニーを眺めていた。
もう誰も襲ってこない。帝国もビビって手を出してこない。
俺はこのまま、名もなき管理人として一生を終えるんだ。
――そう思っていた時期が、俺にもありました。
ピンポーン。
司令室のチャイムが鳴る。
誰だ? Amazon(銀河通販)の配達か?
「入りたまえ」
俺が許可を出すと、ドアが開き、カトレア、ガルド、ロイド、そしてヴィクトリア(のホログラム)が、全員正装で入ってきた。
いや、正装どころではない。
カトレアは王家のマントを羽織り、ガルドは勲章ジャラジャラの軍服、ロイドは燕尾服だ。
そして彼らの後ろには、ベルベットのクッションに乗せられた「何か」を恭しく捧げ持つ兵士たちがいる。
「……何だ、それは? 仮装パーティーか?」
俺が尋ねると、カトレアが一歩進み出て、バサリとマントを翻して跪いた。
それに続き、全員がその場に平伏する。
「我が主よ! 準備は整いました!」
「準備? 何の?」
「とぼけないでください。……『即位式』の準備です!」
「はい?」
俺は耳を疑った。即位? 誰が? 俺が?
ヴィクトリアが嬉々として説明を始める。
「ご報告します、マスター。……いえ、『陛下』。我々の勢力圏拡大に伴い、周辺の12星系、および30の独立コロニーから、『ネメシス連合国への加盟嘆願書』が届いています。その数、署名だけで5億人分」
「5億!?」
「彼らは皆、腐敗した銀河帝国に見切りをつけ、貴方様の公正で慈悲深い(そしてゴミ出しに厳しい)統治を求めているのです。もはや、一地方勢力として振る舞うことは許されません」
ヴィクトリアが指を鳴らすと、クッションの上にあった布が取り払われた。
そこにあったのは、オリハルコン合金(元ゴミ)で作られた、眩いばかりの王冠と、錫杖だった。
「さあ、これをお受け取りください! そして高らかに宣言してください! 新国家『ネメシス銀河皇国』の樹立を!」
「いやだぁぁぁぁぁ!!」
俺は椅子から転げ落ちて後ずさった。
王様? 皇帝? 冗談じゃない!
そんなのになったら、公務だの式典だので忙殺されるし、暗殺のリスクも跳ね上がるじゃないか!
「俺は管理人がいいんだ! 公務員気質なんだよ! 責任重大なポストなんて御免だ!」
「またまた、ご謙遜を」
ロイドが眼鏡をクイッと上げる。
「陛下が権力を欲していないことは存じております。だからこそ、民衆は貴方を求めているのです。『欲なき王』こそが、真の平和をもたらすと」
「違う、ただの怠け者なだけだ!」
「照れ屋さんですねぇ」
ガルドがニカッと笑う。
ダメだ、話が通じない。
完全に外堀が埋まっている。
このままでは無理やり王冠を被せられ、バルコニーから手を振らされるハメになる。
その時。
救いの神か、あるいは破壊神か。
緊急通信のサイレンが鳴り響いた。
『警告! 警告! 超空間通信を傍受! ……発信元、銀河帝国・帝都「アヴァロン」! 皇帝直々の全銀河放送です!』
「皇帝!?」
全員の動きが止まる。
モニターが切り替わり、ノイズの向こうに、一人の男の姿が映し出された。
黄金の玉座に座る、老齢だが眼光鋭い男。
銀河帝国皇帝、ギルバート4世だ。
その横には、見覚えのある顔――俺を左遷した元上司、汚職将軍の姿もある。
『……銀河の民よ。聞け』
皇帝の声が、重々しく響き渡る。
『辺境の惑星ダスト8にて、古代兵器を悪用し、我が帝国に反旗を翻す愚か者がいると聞いた。……アラン・スミシーとか言ったか?』
名指しされた。
心臓が止まりそうだ。全銀河デビューしてしまった。
『貴様の行いは、単なる反乱ではない。秩序への冒涜だ。……よって、余は決断した』
皇帝がゆっくりと立ち上がる。
『帝国全軍、および近衛騎士団を動員し、貴様を討つ。……これは「戦争」ではない。「害虫駆除」だ。一週間後、余自らが親征し、貴様の小賢しい要塞ごと消し去ってくれる!』
ザワッ……。
通信が終わると同時に、司令室に戦慄が走った。
親征。つまり、皇帝本人が来るということだ。
それは帝国の本気度がMAXであることを意味する。戦力比は、おそらく1対10000くらいだろう。
「……陛下」
カトレアが、青ざめた顔で俺を見た。
即位式どころではない。
これは、国家存亡の危機だ。
俺は震える膝を抑えながら、必死に思考した。
逃げるか? また転移して逃げるか?
いや、今度は5億人の「国民」がいる。彼らを置いて逃げれば、彼らは帝国の粛清対象になるだろう。
俺を信じてついてきた海賊たち、難民たち、そしてカトレアやヴィクトリア。
彼らを見捨てるのか?
「(……くそっ)」
俺は唇を噛んだ。
事務屋として、一番嫌いなもの。それは「やりかけの仕事を放り出すこと」だ。
ここで逃げたら、俺の人生の帳簿はマイナスのままだ。
俺は深呼吸をし、覚悟を決めて顔を上げた。
王冠を手に取る。
ズシリと重い。これが責任の重さか。
「……わかった」
俺は王冠を、自分の頭に雑に乗せた。
少し斜めになってしまったが、直す余裕はない。
「即位してやるよ。……ただし!」
俺は呆気にとられる部下たちを見渡して叫んだ。
「俺は『皇帝』じゃない! 『最高経営責任者(CEO)』だ! この国は今日から、巨大な株式会社だ!」
「し、CEO……?」
「そうだ! 皇帝ギルバート4世が『害虫駆除』だと言うなら、こっちは『敵対的買収(TOB)』で対抗してやる!」
俺はマントを翻し、司令席にドカッと座った。
「ヴィクトリア! タルタロス! 全艦隊に通達! これより『対・帝国防衛および逆買収作戦』を開始する! ……俺たちの平穏な生活を守るために、あのクソ上司と皇帝を、社会的に抹殺してやるぞ!!」
『『『イエッサーーー!! 陛下(CEO)万歳ーー!!』』』
割れんばかりの歓声の中、俺はついに、銀河帝国との全面対決へと足を踏み入れた。
望まぬ王冠を被り、震える膝を机の下に隠しながら。
――こうして、辺境のゴミ惑星から始まった俺の物語は、第1部の幕を下ろし、銀河全体を巻き込む第2部『星系動乱編』へと続いていくのだった。
(第1部 完)
(続く? 第2部へ?)




