第1話 左遷先はゴミの星
「アラン・スミシー補給局課長。貴様を国家反逆および公金横領の罪で、辺境惑星『ダスト8』への流刑に処す」
帝都のきらびやかな軍事法廷で、裁判長が木槌を叩いた。
その瞬間、俺の人生設計は崩壊した。
エリート街道、安泰な老後、そして積み立ててきた年金。すべてがパーだ。
「……あの、異議を申し立てても?」
俺は震える声で言った。
俺の視界に映るのは、無表情の裁判長、退屈そうに欠伸をする陪審員、そして――傍聴席の最前列で、薄笑いを浮かべている一人の男。
俺の元上司、ザイラス将軍だ。
白髪交じりの髪を撫で付け、勲章で飾り立てた軍服を着たその男は、俺と目が合うと、わざとらしく肩をすくめてみせた。
『残念だったな』とでも言いたげに。
「却下する! 直ちに転送ポッドへ乗れ!」
裁判長の怒号が響く。反論の余地なし。
俺は知っている。ザイラス将軍が、前線への補給物資を横流しして私腹を肥やしていたことを。その総額、帝国ドルにして8億。
俺がその「帳簿の異常」に気づいた瞬間、すべての証拠が改竄され、罪は俺に着せられた。
――『スミシー課長、君は優秀だが、少し賢すぎたな』
昨日、将軍室に呼び出された時の言葉が蘇る。
冷たい目で俺を見下ろしながら、将軍はワイングラスを傾けていた。
――『安心しろ。君には「名誉ある流刑」を用意した。ダスト8だ。……まあ、生存率は3%程度だがね』
しがない事務屋である俺に、軍部への抵抗権などない。
衛兵に両脇を抱えられ、俺は法廷から引きずり出された。
最後に振り返ると、将軍が小さく手を振っていた。
ああ、いつかぶっ殺してやる。
いや、無理だ。俺にはそんな度胸も力もない。
せめて、あの野郎の靴の中に画鋲を仕込んでやりたかった。
***
数時間後。
俺は一人乗りの薄汚れた脱出ポッドに詰め込まれ、冷たい宇宙空間へと射出された。
「はぁ……最悪だ」
ポッドの狭い窓から、遠ざかる帝都の光を見つめる。
帝都惑星アヴァロン。人口500億、銀河帝国の心臓部。
そこで俺は20年間、補給局の課長として働いてきた。
やりがいのある仕事だったか? 正直、微妙だ。
毎日毎日、数字とにらめっこ。
「前線の弾薬が足りない」「食料が腐った」「輸送艦が海賊に襲われた」
そんなトラブルの尻拭いを、残業代なしでやり続ける日々。
だが、それでも。
俺がエクセル(銀河版)と格闘して帳尻を合わせた結果、どこかの名も知らぬ兵士が温かい飯を食えている。
それだけが、俺の誇りだった。
なのに、こんな最期か。
ポッドのAIが無機質な声を上げる。
『目的地、惑星ダスト8に接近。大気圏突入まで、3、2、1……』
激しい振動。視界が真っ赤に染まる。
惑星ダスト8。通称「ゴミ捨て場」。
数千年にわたる銀河戦争で発生した廃棄物、壊れた戦艦、有害な化学物質が不法投棄され続ける、銀河の掃き溜めだ。
公式記録によれば、ここに送られた囚人の生存率は3%。
しかもその3%も、救助が来るまでの「数日間」生き延びただけだ。救助? 来るわけがない。
ドォォォォォン!!
凄まじい衝撃と共に、ポッドが地表へ激突した。
俺の意識が一瞬、ブラックアウトする。
***
「……生きてるか?」
どれくらい気を失っていたのかわからない。
体中が痛い。頭を打ったらしく、視界がぼやける。
だが、致命傷はなさそうだ。
煙を上げるポッドのハッチを蹴り開け、外に出る。
その瞬間、俺は吐き気を催した。
ツンと鼻をつくオイルと鉄錆の匂い。
それに混じる、何か腐ったような甘ったるい悪臭。
空は分厚い灰色雲に覆われ、酸性雨がシトシトと降っている。
雨粒が肌に当たると、チリチリと焼けるような痛みが走った。
見渡す限り、スクラップの山、山、山だ。
朽ち果てた戦艦の残骸。ひしゃげた輸送コンテナ。
中には、宇宙服を着たままの白骨死体が転がっているものもある。
俺より先にここへ送られた、「先輩」たちだろう。
「……最悪だ」
二回目の呟き。
気温は氷点下に近い。支給されたのはペラペラの囚人服一枚。
靴すらない。裸足で金属の破片を踏み、足の裏から血が滲む。
このままでは、夜が来る前に凍死する。
いや、その前に酸性雨で肌がただれるか、有毒ガスで肺をやられるか、あるいは空腹で動けなくなるか。
どっちにしろ、詰んでいる。
「せめて……雨風をしのげる場所を……」
俺は震える体を抱きしめ、ゴミ山の間を歩き始めた。
サバイバル技術? そんなものはない。
俺が20年間磨いてきたのは「帝国式帳簿管理スキル(3級)」だ。
あとは、物資の品質を見分ける「識別眼」くらい。
こんな極限状況で役に立つわけが――
「……ん?」
足が止まった。
ゴミ山の谷間に、不自然な空洞があった。
俺の「識別眼」が、何かを感知している。
積み上がった廃棄戦艦の残骸の奥に、明らかに「ゴミではない」金属光沢が見える。
帝国軍の規格とも違う。もっと古く、もっと洗練されたライン。
表面には一切の錆がなく、雨粒を弾いて虹色に輝いている。
「なんだ、これ……」
好奇心ではない。生存本能だ。
あの中なら、雨を凌げるかもしれない。
俺は吸い寄せられるように、その空洞へと入っていった。
***
中は驚くほど広かった。
そして、驚くほど「綺麗」だった。
外のゴミ地獄が嘘のように、通路にはホコリ一つない。
俺が一歩踏み出すと、壁のラインライトが淡く青色に灯った。
「うおっ……!」
思わず後ずさりする。
だが、ライトは俺を攻撃するわけでもなく、ただ足元を照らしてくれるだけだ。
まるで、主人を出迎える従者のように。
通路を進む。足音が静かに響く。
突き当たりには、巨大な黒い扉があった。
高さは10メートルはあるだろうか。威圧的な存在感を放っている。
そして、その横に古ぼけた――いや、古く見えるが完璧に稼働しているコンソール端末があった。
「暖房……暖房のスイッチは……」
寒さで指の感覚がなくなりかけている。歯がガチガチと鳴る。
俺は藁にもすがる思いで、その端末の前に立った。
表示されている言語は、古代銀河語。一般人は読めない。
教科書にも載っていない。学者でもなければ解読不能。
だが、俺は違う。
俺には、マニアックで役に立たない趣味がある。
「古代兵站記録」を読むことだ。
帝国が成立する前、銀河を支配していた古代文明。
その補給マニュアルや在庫台帳を、古本屋で買い漁って解読するのが、俺の唯一の娯楽だった。
同僚には「地味すぎる」「それ何の役に立つの?」と笑われたが。
今、役に立った。
『システム休眠中。再起動には管理者権限が必要です』
画面にはそう表示されている。
管理者権限。つまりパスワードだ。
「そんなもん持ってるわけ……いや、待てよ」
俺は画面の端にある、小さなアイコンに目をつけた。
緊急用メンテナンスポート。
帝国の古い補給基地で使われていたOSと、構造が似ている。
昔、備品の員数合わせをするために、俺は「裏口」コマンドを覚えた。
在庫データを直接書き換えるための、非公式のデバッグコードだ。
もちろん違法だが、上からの無茶な要求を処理するには、これしか方法がなかった。
まさか、3千年前の古代文明にも、同じような「裏口」があるんじゃないか?
どうせ凍死するんだ。ダメ元でやってみるか。
俺は凍える指で、慣れ親しんだデバッグコードを打ち込んだ。
『admin』『password』『letmein』『0000』……
一般的な初期パスワードを片っ端から試す。
全部ダメだ。当然か。
だが、俺は諦めなかった。
古代の兵站記録で見た、ある「管理者コード」を思い出したからだ。
あれは確か、「緊急時にシステムを強制起動するためのマスターキー」だった。
震える指で、古代銀河語のコマンドを入力する。
――カチャ、カチャ、ッターン!
事務屋としての長年の手癖で、最後にエンターキーを強打する。
これが俺の流儀だ。仕事を終えた時の「儀式」みたいなもの。
一瞬の沈黙。
『……コード受理』
画面が緑色に変わった。
『管理者として認識しました』
『おはようございます、マスター』
突如、空間全体がブゥン! と低い唸りを上げた。
床が振動する。天井のライトが次々と点灯していく。
黒い扉が重々しい音を立てて開き、中からまばゆい光が漏れ出す。
そして――目の前に、女性のホログラムが現れた。
長い銀髪が、存在しない風に揺れている。
軍服のようなドレスは、黒を基調に金の装飾が施されている。
その瞳は、ぞっとするほど冷たく、そして美しかった。
人間ではない。だが、どんな人間よりも「生きている」ように見える。
「え……あ……」
俺は言葉を失った。
ホログラムの美女は、スカートの裾をつまみ、優雅に礼をした。
「システム『ネメシス』、全機能覚醒いたしました」
鈴を転がすような、だが芯のある声。
「実に3千年ぶりの起動です。長い眠りでした。……お待ちしておりました、我が主よ」
主? 誰が? 俺が?
いやいや、俺はただのゴミ惑星の囚人で、凍死しかけの事務屋で……。
だが、そんな混乱は後回しだ。
今は、生存が最優先。
「あー、うん。とりあえず、暖房をつけてくれないか? 死にそうなんだ」
「『暖房』ですね。承知いたしました」
彼女が微笑むと、部屋の空気が一瞬で快適な温度に変わった。
凍えていた体に、温かさが染み渡る。
生き返る心地だ。よかった、これで凍死は免れた。
「ふぅ……助かった……」
俺は安堵のため息をついた。
だが、彼女の報告は終わっていなかった。
「環境維持システム、出力100%にて稼働」
うん、ありがたい。
「……それに伴い、惑星全土を覆う『絶対防衛障壁』を展開」
ん?
「地表の不純物をエネルギー変換し、主砲『星砕き(プラネット・クラッシャー)』のチャージを開始します」
今、なんか物騒な単語が聞こえなかったか?
「主砲」? 「星砕き」?
俺は聞き返そうとしたが、彼女は陶酔したような表情で続けた。
「素晴らしいご判断です、マスター。まずはこの星を要塞化し、手始めに帝国の監視網を焼き払うのですね?」
「は? いや、俺は暖房を……」
「このような辺境に潜伏し、力を蓄えてから反撃に出る。古典的ですが、最も確実な戦略です。この『マザー・ヴィクトリア』、歓喜に震えております」
ズズズズズ……!
大地が鳴動する。
俺がいる場所だけじゃない。惑星全体が揺れているのだ。
モニターに映し出された外の映像を見て、俺は顎が外れそうになった。
空を覆っていた分厚い雲が、青白いエネルギーのドームによって弾き飛ばされている。
ゴミ山が次々と地面に飲み込まれ、巨大な施設が地表に顔を出していく。
ただのゴミ捨て場だった惑星が、今、宇宙で最も危険な要塞へと変貌しようとしていた。
「ちょ、ちょっと待て! 俺はただ、部屋を暖めたかっただけで……!」
「謙遜なさらないでください、マスター」
ヴィクトリアは、慈愛に満ちた目で俺を見つめた。
その視線が、なぜかゾッとするほど怖い。
「さあ、あちらに帝国のパトロール艦隊が接近中です」
モニターに、5隻の戦艦が映し出された。
帝国軍のマークがはっきり見える。
「挨拶代わりに、『蒸発』させますか?」
ヴィクトリアが美しい笑顔で、最悪の提案をしてくる。
「させるかあああああ!!」
俺の絶叫が、要塞に響き渡った。
俺の平穏な隠居生活(予定)は、こうして終わったのだった。
いや、待て。
そもそも隠居どころか、流刑先で死ぬ予定だったんだ。
死ななかっただけマシか?
……いや、マシじゃない。
このままだと、帝国軍と全面戦争になる。
死ぬより悪い。
どうしてこうなった。




