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第1話 左遷先はゴミの星

「アラン・スミシー補給局課長。貴様を国家反逆および公金横領の罪で、辺境惑星『ダスト8』への流刑に処す」


 帝都のきらびやかな軍事法廷で、裁判長が木槌を叩いた。

 その瞬間、俺の人生設計は崩壊した。

 エリート街道、安泰な老後、そして積み立ててきた年金。すべてがパーだ。


「……あの、異議を申し立てても?」

「却下する! 直ちに転送ポッドへ乗れ!」


 反論の余地なし。

 俺は知っている。上司である将軍が、自身の横領を隠蔽するために、部下である俺にすべての罪をなすりつけたことを。

 だが、しがない事務屋である俺に、軍部への抵抗権などない。


 数時間後。

 俺は一人乗りの薄汚れた脱出ポッドに詰め込まれ、冷たい宇宙空間へと射出された。


「はぁ……最悪だ」


 ポッドの狭い窓から、遠ざかる帝都の光を見つめる。

 俺はただ、物流の数字を合わせ、前線の兵士に缶詰を届ける仕事を真面目にこなしてきただけなのに。

 ポッドのAIが無機質な声を上げる。


『目的地、惑星ダスト8に接近。大気圏突入まで、3、2、1……』


 激しい振動。視界が真っ赤に染まる。

 惑星ダスト8。通称「ゴミ捨て場」。

 数千年にわたる銀河戦争で発生した廃棄物、壊れた戦艦、有害な化学物質が不法投棄され続ける、銀河の掃き溜めだ。

 生存率は極めて低い。


 ドォォォォォン!!


 凄まじい衝撃と共に、ポッドが地表へ激突した。


***


「……生きてるか?」


 煙を上げるポッドのハッチを蹴り開け、外に出る。

 ツンと鼻をつくオイルと鉄錆の匂い。

 空は分厚い灰色雲に覆われ、酸性雨がシトシトと降っている。見渡す限り、スクラップの山、山、山だ。


「寒いな」


 気温は氷点下に近い。支給されたのはペラペラの囚人服一枚。

 このままでは、夜が来る前に凍死する。

 俺は震える体を抱きしめ、雨風をしのげそうな場所を探して歩き出した。


 サバイバル技術? そんなものはない。

 俺にあるのは「帝国式帳簿管理スキル(3級)」と「物資識別眼」だけだ。

 だが、その識別眼が奇妙なものを捉えた。


「……なんだ、あれは」


 ゴミ山の谷間に、不自然な空洞があった。

 積み上がった廃棄戦艦の残骸の奥に、明らかに「ゴミではない」金属光沢が見える。

 帝国軍の規格とも違う。もっと古く、もっと洗練されたライン。


 俺は吸い寄せられるように、その空洞へと入っていった。


 中は驚くほど広かった。

 ホコリ一つない通路。足音に合わせて、壁のラインライトが淡く青色に灯る。

 突き当たりには、巨大な黒い扉。

 そして、その横に古ぼけたコンソール端末があった。


「暖房……暖房のスイッチは……」


 寒さで指の感覚がなくなりかけている。

 俺は藁にもすがる思いで、その端末の前に立った。

 表示されている言語は、古代銀河語。一般人は読めない。

 だが、俺はマニアックな「古代兵站記録」を読むのが趣味の地味な男だ。なんとなく意味がわかる。


『システム休眠中。再起動には管理者権限が必要です』


「管理者権限? そんなもん持ってるわけ……いや、待てよ」


 俺は画面の端にある、緊急用メンテナンスポートに目をつけた。

 帝国の古い補給基地で使われていたOSと、構造が似ている。

 昔、備品の員数合わせをするためによく使った「裏口バックドア」コマンド。まさか、ここでも通用しないか?


 どうせ凍死するんだ。ダメ元でやってみるか。

 俺は凍える指で、慣れ親しんだデバッグコードを打ち込んだ。


 ――カチャ、カチャ、ッターン!


 事務屋としての長年の手癖で、最後にエンターキーを強打する。


『……コード受理。管理者アドミニストレーターと認識しました』

『おはようございます、マスター』


 突如、空間全体がブゥン! と低い唸りを上げた。

 黒い扉が重々しい音を立てて開き、中からまばゆい光が漏れ出す。

 同時に、目の前に女性のホログラムが現れた。

 長い銀髪に、軍服のようなドレス。その瞳は、ぞっとするほど冷たく、そして美しかった。


「え……あ、おはよう」


 俺は呆然と挨拶を返す。

 ホログラムの美女は、スカートの裾をつまみ、優雅に礼をした。


「システム『ネメシス』、全機能覚醒いたしました。実に3千年ぶりの起動です。お待ちしておりました、我が主よ」


「あー、うん。とりあえず、暖房をつけてくれないか? 死にそうなんだ」


「『暖房』ですね。承知いたしました」


 彼女が微笑むと、部屋の空気が一瞬で快適な温度に変わった。

 生き返る心地だ。よかった、これで凍死は免れた。


「環境維持システム、出力100%にて稼働。……それに伴い、惑星全土を覆う『絶対防衛障壁イージス・フィールド』を展開。地表の不純物ゴミをエネルギー変換し、主砲『星砕き』のチャージを開始します」


「ん?」


 今、なんか物騒な単語が聞こえなかったか?

 俺は聞き返そうとしたが、彼女は陶酔したような表情で続けた。


「素晴らしいご判断です、マスター。まずはこの星を要塞化し、手始めに帝国の監視網を焼き払うのですね? この『マザー・ヴィクトリア』、歓喜に震えております」


 ズズズズズ……!

 大地が鳴動する。

 俺がいる場所だけじゃない。惑星全体が揺れているのだ。

 モニターに映し出された外の映像を見て、俺は顎が外れそうになった。


 空を覆っていた分厚い雲が、青白いエネルギーのドームによって弾き飛ばされている。

 ただのゴミ捨て場だった惑星が、今、宇宙で最も危険な要塞へと変貌しようとしていた。


「ちょ、ちょっと待て! 俺はただ、部屋を暖めたかっただけで……!」


「謙遜なさらないでください。さあ、あちらに帝国のパトロール艦隊が接近中です。挨拶代わりに『蒸発』させますか?」


 ヴィクトリアが美しい笑顔で、最悪の提案をしてくる。

 俺の平穏な隠居生活(予定)は、こうして終わったのだった。


(続く)

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