本物の夫は愛人に夢中なので、影武者とだけ愛し合います
初夜。私、王太子妃ディアーヌは夫婦の寝室に入る。ベッドに腰掛けて待っていたのは、夫である王太子ヴァレリアン…ではなかった。
そこにいたのは、夫の影武者。これまで何回か公務で会ったことがあるのだ。本当によく似ているけれど、匂いと纏う雰囲気がヴァレリアンとは違う。
重要度の高い公務をすっぽかして影武者に任せたうえに、初夜まで影武者に任せようとするとは。どうせあの男爵令嬢のところに行っているのでしょう。
本当に、私の夫はどうしようもないクズらしい。この国を転覆させるだけの力をもつ大領主の娘…つまり私をないがしろにするとは。この国の未来が心配になる。
侍従たちがドアが閉めると当時に、私は聞いた。
「あなたは誰なの?」
「…誰って、ヴァレリアンだよ」
話し方も声もそっくり。だけどあなたはヴァレリアンではない。
「ごまかせないわよ。あなた、ノクティア公国使節の歓迎行事、王立病院の慰問、それから六月第一週から第三週までの国務会議のときも、ヴァレリアンの代わりをしてたでしょう」
彼はほんの少し目を見開いた。
「最後のチャンスよ、あなたは誰なの?言わないなら、ヴァレリアンのふりをして忍び込んだ曲者として捕らえさせるわ」
彼はベッドから立ち上がった。
「私はルイです」
「ルイ、ヴァレリアンとはどういう関係?他人の空似にしては似すぎているわ」
「…双子です。双子の弟」
そういうこと。ここアルシェール王国には「多胎児は縁起が悪い」という価値観がある。そのため双子や三つ子が生まれた場合には、一人だけを残してあとの子どもを殺すか、誰かに預けるかするのだ。
国王ご夫妻はルイを殺せず、身分の高さから容易に誰かに預けることもできず、兄の影武者として生きる道を与えたのだろう。「生きる道を与えた」などと偉そうに言うけれど、正統な皇子としての人生を奪っているのだから、ひどいことではある。
「ヴァレリアンに初夜を代わるように言われたの?」
「はい、王太子妃殿下」
「彼は、あの男爵令嬢のところね?」
「おそらくは」
私は紙にさらさらと指示を書きつけ、ドアの前に控えている騎士に「侍女のロゼッタに渡して」と指示した。いつ使うかは別として、王太子が初夜をすっぽかした証拠をつかんでおく必要がある。
「あなたはどこまでするように言われているの?」
「王太子妃殿下は処女でいらして、何もご存じないだろうから、適当にごまかして終われと」
「…どこまで私を馬鹿にすれば気が済むのかしら」
私はサイドテーブルに置かれている酒をグラスに注ぐ。この酒には媚薬が含まれている。初夜が成功裏に終了するように、との配慮だ。
「飲んで、やりましょう。最後までね」
「妃殿下、しかしそれは…」
「あなたの公務のこなしぶり、見事だったわ。ヴァレリアンよりあなたの子のほうが優秀なはずよ。私はヴァレリアンではなくあなたの子を産むわ」
私はルイにもグラスを差し出して、乾杯する。
「二人で彼に復讐しましょう」
ーーー
それから私はルイとだけ愛を交わすようになった。ヴァレリアンが寝室に来たときは「体調が悪い」「月のものが」「昨日あれだけしたので、もう無理」と言って断る。
そしてルイは「初めて自分がヴァレリアンでないと見破り、褒めてくれた人」である私に心酔するようになり、媚薬なしでも十分に私を愛するようになった。
ルイの愛をぶつけられすぎて、腰が痛くて立てないくらいになった私を見たときのヴァレリアンの顔は、傑作だった。でもあなたが始めたことよ、ヴァレリアン。私は付き合ってあげているだけ。
最初は「自分が寝室に行ったときだけ、妻が営みを断るのは偶然だ」と考えていた能天気なヴァレリアンも、さすがにおかしいと気づき始める。
ヴァレリアンが歯噛みしながら私とルイのことしか考えられなくなったころ、私のお腹は膨らみ始めた。
ルイが私をひざの上に乗せながら、私のお腹に手を当てる。どこからどう見ても、私たちは夫婦だ。
「ここにいるのか」
「ええ。私とあなたの子よ」
「幸せだよ」
ルイは本当に幸せそうな笑みを浮かべる。私たちが穏やかで幸せなキスを交わしていると、無遠慮にガチャリとドアが開く。
「ディアーヌ、現行犯だぞ…!俺を蔑ろにしてこの呪われた忌み子と…っ!!今すぐ堕胎しろ!!!」
私はふふっと笑う。やはりヴァレリアンは排除しておかなくてはならない。子どもに危害が及ぶのは防ぐ必要があるもの。私は近衛兵に合図する。
「王家の血を引く胎児に危害を加えようとする者を捕らえなさい。そしてこのことを国王陛下にお伝えして」
何よりも初孫の誕生を待ち望む国王は私の部屋に飛んできた。そして私を守るように抱きしめている息子と、縄をかけられて床に座らされている息子を見る。
「ディアーヌとヴァレリアンと…、ルイ…?」
国王は縄がかけられているほうがルイだと思っている。それならこのまま騙すこともできるが、それは私のポリシーに反する。それに今更「影として生きてきたルイに対する罪悪感」を発揮されて、情けをかけられても困る。我が子に危害が及ばないよう、叩き潰しておかないと。
「陛下、そちらはヴァレリアン王太子殿下です。ルイ第二王子殿下は私を守ってくださっております」
「どういうことだ…?ではヴァレリアンがお腹に危害を加えようと…つまり、ディアーヌ…」
「ええ、お腹の子は第二王子殿下のお子でございます」
「なんてことだ。ディアーヌ、なぜそんな…」
「王太子殿下が始めたことです。初夜、王太子殿下は自分の代わりに第二王子殿下を寝室にお送りになりました。そして私は第二王子殿下と愛を交わし、子を成したのです」
国王は鬼の形相でヴァレリアンを睨む。
「まことか!?」
「嘘です!あの女狐の真っ赤な嘘です、国王陛下!!」
「嘘ではございません。証拠もございます」
侍女のロゼッタが男爵邸の使用人と王宮の御者を連れてくる。私たちの結婚式の夜、ヴァレリアンが男爵邸を訪問し、朝まで過ごしたという証言が、次々となされる。
「ルイ第二王子殿下にヴァレリアンの名を与えて王太子としてくださいませ。そして現王太子殿下は、我が子に危害を加えない場所へ」
国王が要求をのまないのであれば、私の父が黙っていない。ここにいる全員の口を封じれば、信頼できる外部の者に預けた「ことの顛末を記した王太子妃の手記」が公表される。
そう告げると国王は一瞬の躊躇もせずに頷き、ヴァレリアンを王家から切り捨て、「ルイ」として離島へ流刑にした。
ーーー
私は無事に可愛い男の子を出産した。ルイ…今はヴァレリアン…にそっくりの男の子。親にも祖父母にも国民にも祝福されて生まれてきた我が子。
ルイは公務の合間を縫っては我が子と私に会いに来る。
「あなたを選んでよかったわ」
影武者を選んだ私は、愛する夫と子どもを手に入れた。




