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九話

 早朝の白んだ空の下、不気味な静寂が包む街の一画――壊れ、崩された壁の陰に傭兵部隊は潜み、道の先をうかがっていた。そこには夜通し戦って、満身創痍の状態で休む街の兵士達の姿があった。それを確認した部隊長は、背後で待つ傭兵達に向かって合図を出す。

「かかれ!」

 大声に合わせて傭兵が飛び出したのと同時に、休んでいた兵士達は弾かれたように飛び起き、何事かと慌てふためく。そしてすぐに奇襲されたと知ると、それぞれの武器を取り、急いで臨戦する。

「たああ!」

 頭に包帯を巻いた手負いの兵士がヴァレリウスに襲いかかってくる。だが傷のせいか、速さも勢いもない攻撃はあっさり避けられ、兵士は反撃の一打を首筋に受け、その場に倒れた。

「……ロアニス、大丈夫か」

 一人切り伏せ、ヴァレリウスは後ろにいるロアニスを見やる。

「大丈夫。こっちは――」

 そう言いかけた時、横からロアニスに向かって手斧を振り下ろそうとする兵士が現れた。

「おらあ!」

「ひっ……」

 ガキンッと派手な音が鳴り、ロアニスは咄嗟に剣で相手の手斧を受け止めた。が、その衝撃で剣は真っ二つに折れ、金髪の頭すれすれを手斧が通り過ぎて行く。驚きと恐怖に、ロアニスは思わず尻もちをついてしまう。

「終わりだ……!」

 兵士の目が冷酷に光り、手斧が振り上げられる。剣を失ったロアニスは動けずにそれを見上げる――と、その視界をさえぎり、素早く割り込んだヴァレリウスは、手斧が振り下ろされる前に兵士へ切りかかった。だが彼が切ったのと、手斧が振り下ろされたのはほぼ同時だった。

「ぐっ」

「!」

 ヴァレリウスの剣は兵士の脇腹を裂き、瞬間血しぶきが舞う。兵士は動きを止めると、よろよろと後ずさり、そのまま仰向けに倒れ、やがて呼吸をしなくなった。

「……無事か、ロアニス」

 肩越しに振り返り、ヴァレリウスは聞く。

「またヴァリーに、助けられちゃったな……ありがとう」

「お前が死んだら、エリンナが悲しむだろう。だから俺が助けてやらなきゃ――」

 その時、ヴァレリウスの身体がガクッと曲がり、地面に片膝を付いた。

「ヴァリー? ど、どうしたの?」

 ロアニスは慌てて立ち上がり、駆け寄った。正面へ回り込んで見ると、右ももに大きく切られた傷があり、大量の血が流れ落ちていた。

「兵士の攻撃、受けてたのか……!」

「上手く避けられなかった……悪いが、肩を貸してくれないか。一人じゃ立てそうにない」

「わ、わかった。つかまって」

 ロアニスはヴァレリウスの腕をつかむと、自分の肩に回してゆっくり立ち上がらせた。

「安全なところまで連れて――」

「急がなくても大丈夫そうだ。他も全部済んでる」

 言われてロアニスは辺りを確かめる。瓦礫の散乱した中に街の兵士達が何人も転がり、もう戦っている姿はどこにもなかった。仲間の傭兵達は残った兵士が隠れていないかと周囲を見て回っている。奇襲は成功したようだった。

「残ってる敵はいないようだな。じゃあこの先に進んで先行部隊と合流するぞ。……ん? お前、足をやられたのか」

 恰幅のいい部隊長がヴァレリウスに気付いて言った。

「すまない。しくじった」

「歩けないんじゃ、ここにいても足手まといだ。後方まで戻れ。……一緒に戻ってやれ」

「は、はい。わかりました」

 言われてロアニスは、右足を引きずるヴァレリウスを支え、後方の拠点まで引き返して行った。

「……ロアニス、ありがとうな」

「それはこっちのセリフだから。僕の身代わりに切られたの、これで二度目だ。本当、申し訳ないよ」

「俺はどうあっても死なない身体なんだ。お前が助かるならいくら切られたって構わない」

「でも、痛い思いをさせるのは忍びないよ。もっと剣術が上達すれば……」

「初陣の時よりは大分動けるようになってるじゃないか。あとは恐怖心をもうちょっと消せればいいけどな」

「襲って来る相手を見ると、やっぱりまだ腰が引けるよ……早く戦いに慣れないとね」

「慣れ過ぎるのも、問題だがな……」

 埃っぽい風が吹き抜ける街の外れ――そこに建つ音楽堂を占拠して拠点は作られていた。中へ入ると後方支援の傭兵達が忙しく動き回っており、その奥へ行った一画には簡易ベッドが並べられた野戦病院が作られている。ロアニスはそこへヴァレリウスを連れて行った。

「ええと、誰か手当てしてくれる人は……あっ、エリンナ!」

 兄の呼ぶ声に、救急箱を持ったエリンナが振り返る。

「……兄さん? ヴァリーさんも」

「こっちを頼む。ヴァリーが傷を負ったんだ」

 聞いたエリンナは小走りでやって来ると、ヴァレリウスの右ももの状態を見て険しい表情を見せた。

「切られたのね。深そうな傷……」

「ああ。そうかもしれない。だが消毒だけでもしてもらえれば数時間で治るはずだ。頼めるか?」

「もちろん。普通なら縫わなきゃいけない傷ですけど、ヴァリーさんが不死者でよかったわ」

 エリンナはベッドにヴァレリウスを座らせると、救急箱から消毒液を取り出し、それを傷口に塗った。染みる痛みをこらえ、ガーゼを貼ってもらったヴァレリウスは、そのままベッドに横になる。

「これでいいですか?」

「上出来だよ。ありがとう」

「兄さんは? 傷、作ってない?」

「僕は平気だよ。ヴァリーが守ってくれたから」

「またヴァリーさんに? ……ありがとうございます、ヴァリーさん。戦闘素人の兄のために」

「気にするな。ロアニスも懸命に頑張ってるんだ。それを助けるのも俺の役目だよ。……俺はもう大丈夫だから、お前は部隊に戻れ。遅いと隊長に怒られるぞ」

 見守っていたロアニスに言うと、その顔が微笑む。

「そうだね。あの人、短気みたいだし。じゃあ先に行ってるよ」

「行く前に、新しい剣、貰って行けよ。折られただろう?」

「そうだった。そうする」

 片手を振り、ロアニスは駆け足で去って行った。その後ろ姿を見つめながらエリンナは呟く。

「兄さん、ヴァリーさんが付いてなくて平気かな……」

「あいつはそこまで頼りないやつじゃないよ。これまで二人仕留めてるしね。それに、先行部隊の活躍で、街には手負いの兵士しか残ってない。あいつの腕でも十分対応できるはずだ」

 戦闘が始まって四日。当初は街側の激しい抵抗を受けたものの、先行したベテラン傭兵部隊により、それは次第に勢いをなくし、今日に至っては疲弊したわずかな兵士しか現れず、領主の降伏は間近な状況だった。

「兄は、そんなに強い人じゃないですよ。だから、やっぱりヴァリーさんに付いててもらわないと不安です」

「兄妹だろう? 腕を信じてやったらどうだ。あいつは見えないところでも頑張ってるよ。この理不尽な状況を生きるためにな」

「……そうですね。信じてあげなきゃ駄目ですよね。私も、兄が頑張ってることは知ってるし」

「そう言うエリンナもよく頑張ってるよ。怪我人の手当てなんて……血を見るのは怖くないのか?」

「あんまりひどいのは怖いですけど、でも私の契約は戦い以外にできること全部ですから。怖くてもやらないと」

「そう言う割に慣れた手付きに見えるが」

「怪我の手当ては前からよくやってたんです。兄がよく怪我してたから、それで」

「ロアニスが? 大人しそうに見えるが、怪我するようなことをしてたのか?」

 これにエリンナは一瞬、ハッとした表情を浮かべた。

「えっと、いえ、兄は時々、ドジなところもあって……道で転んだり、食器を落としたりとか……で、でも、昔の話ですから。今は大丈夫ですけど……」

 何か取り繕うような妙な口調を怪訝に思うヴァレリウスだったが、それをたずねる前に別の声が呼んだ。

「エリンナ、こっちの怪我人を頼む」

 離れたベッドから怪我人を診ていた仲間が彼女を呼んだ。その側には新たに運び込まれて来た怪我人の姿がある。

「はい、今行きます――じゃあヴァリーさん、しばらく安静にしててくださいね」

「ああ。そっちも頑張って」

 ニコリと笑い、エリンナは離れて行った。その姿を視界の端にとらえながら、ヴァレリウスは野戦病院内をぐるりと眺めた。簡易ベッドは十台置かれているが、使用されているのは半分の五台だった。怪我人はそれ以上にいたが、どれも軽傷なようで、ベッドを使うほどではないのだろう。壁際や床に座って治療を受けている姿がある。不死者のヴァレリウスも本当ならベッドを使う必要はないのだが、満床ではないし、一人で歩けるまで回復する間はゆっくり休ませてもらおうと、枕に頭をうずめた直後だった。

「どこかで、見たことある顔だ」

 すぐ側からの力の抜けた声に顔を向けると、右隣のベッドで横になった男性がヴァレリウスを見つめていた。砂埃や返り血で汚れた防具はそのままで、頭には血の滲んだ包帯が巻かれている。見つめる茶色い瞳は虚ろで、おそらくそれは怪我の影響と思われた。

「頭をかち割られたのか?」

「そこまでじゃないが、槍がグサッとな」

 三十代前後と見られる男性は、無精ひげの生えた口元をわずかに引き上げる。

「それでよく助かったな」

「普通なら即死だったろうよ。でも俺は不死者なんでな。昨日意識が戻ったところだ」

「へえ……そうか」

 ヴァレリウスに話を続ける気はなかったが、その様子に気付かない男性は続ける。

「聞くつもりはなかったんだが、聞こえちまってな。あんたも不死者なのか?」

「ああ。まあね」

「傭兵稼業は長いのか?」

「ほんの数日前になったばかりだ」

 これに男性は瞬きをする。

「本当か? これが初めてってわけじゃないだろう?」

「昔に戦ってたことはあるよ」

「だよな。あんたは見たことある顔なんだ。どこで見たかは忘れちまったが」

 ヴァレリウスは男性を見やるが、その色黒のたくましい顔立ちに見覚えはなかった。

「……そっちは、傭兵になって長いのか?」

「ここへ来たのは数ヶ月前だが、傭兵歴なら、もう随分と経つ。正確にはわからないが、七、八百年ぐらいかな」

「戦い続けてるのか……年季が入ってるね」

 男性はニッと笑う。

「何せ戦うことしか教わらなかったもんでな……戦士だった親父に付いて、十代から地域の紛争で戦って、一時は国軍にも入ったが、規律だ何だって面倒くさいからさっさとやめちまった。その後はずっと傭兵として各地を回ってる。どこへ行っても大なり小なり戦いはあるもんだ。自由と金が欲しけりゃ傭兵のほうが最適だよ」

 死ぬことのない不死者が兵士や傭兵など、戦う職を選ぶことはよく聞く話だった。彼も死なない特性を活かして傭兵を続けているのだろうが、ヴァレリウスにはその気持ちをすべて理解することはできなかった。

「仕事とは言え、命を奪うことは辛くならないか?」

 この質問に男性はフッと鼻で笑った。

「いちいち辛くなってたら傭兵なんてできやしないよ」

「そりゃそうだが、自分は死なないとわかりながら、相手を一方的に殺すっていうのは、ためらいが生まれたりしないものか?」

「しないね。敵が必死で向かって来るなら、こっちだって必死なんだ。不死者は決して死なないが、戦場で俺はもう何度も殺されてるよ。一方的な殺し合いをしてるわけじゃない」

「争いに、むなしさを感じたりは?」

「さっき言ったが、俺は戦いしか教わってこなかったんだ。各地の争い、紛争は、俺にとっちゃ生きる手段で、場所で、必要なものなんだ。つまり自分の人生に欠かせないもの……それにむなしさなんて感じるか? あり得ないだろう」

「じゃあ、自分が不死者だということには?」

「俺は幸運だと思ってるよ。ずっと戦えて金も稼げるんだ。それが飽きたって不死者もいたが、俺は根っからの戦い好きらしい。今回みたいに痛い思いもたまにするが、それでも戦場の殺伐とした空気は常に吸いたくなる。もう、身体が求めてるんだよ。戦いってものをな」

「激しい命のやり取りが、もはや生き甲斐か」

「生き甲斐……ああ、そうかもしれないな。自分が死ねない分、敵が命を懸ける姿を見るのが、俺は好きなのかもしれない。あるいは、羨ましいのか……いや、そんなことはねえか」

 発した言葉に自分で笑うように男性は目を細めた。すると直後、ハッとした表情を浮かべてヴァレリウスのほうを見た。

「……あ、少し思い出したな。あんた、王都のほうにいなかったか?」

「俺も各地を転々としてた身だからね。いた時はあったよ」

「その時、傭兵だったか? 俺の記憶じゃ、そうじゃなかったような気が……」

「傭兵じゃなかったら、なんだったと……?」

 ヴァレリウスは注意深く男性を見つめる。

「わからない。そこまではっきり憶えてないんだよな。でもあんたの顔は絶対に王都で見た気がする……ちなみに俺のことは、知らないよな?」

「ああ。悪いが覚えはない。……多分記憶違いだろう。それか、誰かと勘違いしてるのかもな。傭兵をしてれば、不死者には何人にも会って来たはずだ。その記憶がごっちゃになってるんじゃないか?」

 これに男性は納得できずに口をへの字に曲げる。

「うーん、けどなあ、見覚えがあるのは間違いないのになあ……」

「少し眠らせてもらえるか? さっきまで戦ってたもんでね」

「あ、ああ、すまない。邪魔をしたな。構わず寝てくれ」

 ヴァレリウスは視線を高い天井へ向けると、静かに瞼を閉じて寝たふりをした。たまに彼のように記憶力のいい不死者と出会うこともあり、だからヴァレリウスはあまり同種の者と関わりを持ちたくなかった。話すことで不都合な話題を出されるのを恐れているからだ。顔に見覚えがあるという男性……彼がどのような拍子に記憶をよみがえらせるかわからない。ベッドを移動してもよかったが、それで逆に怪しまれても困るので、自分から話を切り、寝たふりをするしかなかった。やはりここには長居できない。契約期間の三ヶ月、何事もなければいいが――そう願うヴァレリウスだった。

 翌日、領主は降伏し、ここでの戦闘は終わった。ロアニスも無事で、ヴァレリウスの傷も治り、各部隊は次の街を目指して移動を始めた。やることは同じで、まずはその地の領主と交渉、断られれば傭兵部隊が街を襲い、力尽くで従わせる。日が経つにつれ、領主側も防備を固め始めており、これまでのように簡単に攻めることができなくなっていた。兵士の数は増え、装備もより実戦的なものに揃えられている。しかしそれでもまだクーデター側のほうが数も力も勝っており、苦戦する場面はあっても勝利をつかむことはできていた。戦いに慣れていない領主側は王国軍に助けを求めていたが、潜ませている仲間の軍幹部のおかげか、王国軍に大きな動きはまだ見られなかった。だがまったく動いていないわけでもなく、小規模ながら各地に援軍や警戒の兵士を送ってはいた。それを見るに王国軍を抑えていられるのもあとわずかに思えた。一つでも多くの領地を占領し、国王の外堀を埋め、引きずり下ろす――その目的のために、雇われた傭兵達は武器を振るって険しい道を突き進む。仲間の死を横目に、敵を蹴散らし、また新たな地へ――傷を負い、疲弊しながら何度目かの勝利をつかんだのは、ヴァレリウス達の契約期限が目前に迫った頃だった。

「痛てて……」

 薄曇りの昼下がり、林や野原に囲まれた道を傭兵集団が列をなして歩いて行く。その中にいるロアニスは右腕に負った切り傷を妹に手当てされながら歩いていた。

「……よし、これで大丈夫」

 包帯を巻くまでもない傷は、染みる消毒液を塗られて手当てを終えた。

「手の傷、増えてきたな……」

 自分の右腕をまじまじ見ながらロアニスは呟く。その肌には小さな傷がいくつも刻まれていた。

「仕事をしてる証拠よ。大きな傷がないのが幸いね。それにしても、怪我人の治療ぐらい、ゆっくりさせてくれてもいいのに」

 エリンナは不満げに言う。

「時間を無駄にする余裕がなくなってきたんだろうよ。三ヶ月も経てば王国軍も本格的に動くはずだからな。だが、これ以上俺達が傷付くことはなくなる」

 ヴァレリウスの言葉にエリンナは小首をかしげる。

「え? どうして? 戦いはまだ……」

「三ヶ月が経つって言っただろう? 俺達の契約期限だ」

 忘れていたのか、兄妹はあっと小さな声を漏らす。

「そうか、三ヶ月が期限だったね」

「毎日忙しくて、そんなこと頭になかったわ」

「二人はどうする? ここで終わらせれば戦いも雑用もしなくて済むが……」

「エリンナはともかく、仮に僕が契約更新を望んだとしても、今の剣の腕じゃ断られるかもね。ヴァリーや仲間に助けられてばっかりで大した役に立ててなかったから……。でもヴァリーなら間違いなく続けてほしいって頼まれるよ。どうするの? そう言われたら続けるのか?」

「俺は初めから決めて――」

「ヴァレリウス」

 不意に呼ばれて顔を向けると、列の前からリュデが歩いてやって来た。

「……何か用か」

「そろそろあなた、契約が切れる頃でしょう? だから気持ちを聞いておこうと思って」

 リュデは微笑みながら言う。

「リュデさん、私達、今ちょうどその話をしてたんですよ」

「あらそうなの? じゃあちょうどよかったわね。……ヴァレリウス、最初とは気持ちは変わったかしら?」

「変わらないね。っていうか、移動中に聞くのか? 次の場所で落ち着いて話すことだろう」

「その通りだけど、有能な人材には早めに確認してるのよ。契約終了してからじゃ遅い場合もあるから。……再契約をする気は?」

「最初に言っただろう。三ヶ月でやめるって」

「ええ。でもここにいれば、もっと稼ぐことができるわよ。去っても行く当てはあるの?」

「あんたらが各地で騒いでるせいで当てなんかないよ。それでも静かなところを見つけて質素に暮らすさ」

「この状況が続く限り、静かな場所なんて簡単には見つからないわ」

「だったら国外へ出てもいい。あんまり気は乗らないが、騒ぎが収まるまでの辛抱だ」

「この戦いの、私達の力にはなってくれないの?」

「その気はないね」

 これにリュデは深い溜息を吐いた。

「……責任を全うしてはくれないのね」

「責任? 一体何の責任だ? 契約が終了すればそんなものは関係ないだろう」

「まあいいわ。期限までまだ数日残されてる。その時にもう一度意思を確認させてもらうから、それまで頑張ってちょうだい」

 口の端で笑って見せると、リュデは三人を通り越して列の後方へ消えて行った。

「……ヴァリーはやっぱり残ってほしい人みたいだね。僕は見向きもされなかったよ」

 ロアニスは苦笑いを浮かべて言う。

「ヴァリーさん、再契約はしないんですか?」

「ああ。もう十分だ」

「でも、剣が扱えるヴァリーさんなら、リュデさんが言ったようにもっと稼げると思うけど……」

「三ヶ月分の給料があれば、しばらくは生活できる。その間に別の仕事を探すよ。……それで、二人は? 契約できれば続けるのか?」

 兄妹は眉をひそめた表情でお互いの顔を見合う。

「僕達は、まだちゃんと決めてないけど……」

「忙しくて話し合ってなかったから……」

「そうか。じゃあしっかり話して決めればいい。残るにしろ去るにしろ、お前達とはもうすぐお別れだな。残りの仕事、頑張って片付けよう」

「う、うん。そうだね……」

 笑みを見せるロアニスだったが、そこに侘しい感情が滲んでいることを、それを見つめるエリンナに憂いがあることを、ヴァレリウスは気付いていなかった。

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