バタバタなーむパラパラ
♪ 新しい朝が来た、希望の朝~
♪ 新しい朝が来た、希望の朝~
♪ 新しい朝が来た、希望の朝~
「う~ん」
バン
バン
バン
俺は、三つ重ねて、目覚まし時計を止める。
新しい朝が来た。
希望の朝かどうかは、知らへんけど。
ガバッと俺は、跳ね起きる。
布団を蹴散らし、立ち上がる。
外から、窓を通してカーテン越しに、日の光りが、遠慮がちに差し込んでいる。
幾分暗さを秘めているものの、日の光りが差し込んでいる。
鳥の声も、鴉か雀かは知らねども、鳴き響いている。
今日もなんら変わりない、平穏な一日が始まったみたいだ。
爽やかな気分で、天空に広がる青空を思い浮かべ、俺はカーテンを開ける。
ドーン
目の前に、ビルの壁が、広がった。
灰色のコンクリート地に、ところどころ小窓を付けた、ビルの壁が広がる。
パラパラと音がするかのように、ところどころ、コンクリートは剥げている。
ビルの両脇には ‥ 俺から見て斜め左右には、三階建ての住宅展示場にありそうな家が広がる。
俺の家は、二階建て。
で、俺の部屋は、二階。
つまり、俺の部屋から空は、見られない。
家とビルと家に阻まれて、見られない。
かろうじて、ビルと家の隙間から、覗ける程度。
『そうでした』
あまりにも、日の光りが気持ち良く室内に入り込んで来ていたので、現在の環境を失念してしまった。
時計を見ると、午前十時。
おそらく、この時期においては、今の時間帯の日照明度が、MAXだろう。
幾分かの暗さを秘めたまま、一日は過ぎ去っていくものと思う。
俺は手早く、寝間着の特製スウェット上下を脱ぐ。
俺は手早く、家着の特製スウェット上下を身に付ける。
布団を申し訳程度に畳み、部屋の端へ寄せる。
部屋の引き戸を開ける。
引き戸を開けても、屋内からは、物音一つ聞こえてこない。
父よ母よ妹よ、いないのか?
いないだろうな。
父は会社、妹は学校に、とっくに行っている時間だ。
母は?
その答えは階下に降りて、テーブルの上を見た時に、判明する。
[買い物に行って来ます。
朝ごはんは、適当に食べといて。
母より。]
「ふむ」
俺は、置き書きを手に、考えを巡らす。
食パン、まだあったな。
バナナもあったし。
パン、トースターでチンして、蜂蜜でも塗るか。
そういや、ヨーグルトもあったな。
数分後、テーブルの上には、次のものが並ぶ。
トーストしたパン。
蜂蜜の瓶。
バナナ。
ヨーグルト。
ハニーディッパー。
ヨーグルトスプーン。
おお、なんとなく豪華。
俺は、テーブルに居並ぶもの達を見て、感想を心に漏らす。
ハニーディッパーを、蜂蜜の瓶に漬け、回す。
瓶から、蜂蜜を取り出す。
トーストしたパンの上に、ハニーディッパーを移動する。
ハニーディッパーを逆回しして、パンの上に、蜂蜜を垂らす。
とろ~りとろり垂らす。
ついでに、ヨーグルトにも、蜂蜜を垂らす。
おお、なんとなくセレブ。
俺は、なんとなしに満足感に満たされる。
何でもない朝食が、ホテルの朝食かの如き、満足感を覚える。
お手軽な満足感かもしれんけど、こういう満足感の積み重ねが、日々を強く過ごさせてくれるのかもしれんなー。
俺は、バナナを頬張っては思い、パンを頬張っては思いする。
バナナを片付け、パンを片付け、ヨーグルトも片付ける。
ヨーグルトスプーンを舐めて、キレイにし、ついでに、ハニーディッパーも舐めて、キレイにする。
皿、スプーン、ディッパー等を、流しまで運ぶ。
バナナの皮を、生ゴミ箱に捨てる。
蜂蜜の瓶を、棚に仕舞う。
食事の前に、うがいをした俺は、食事の後には、歯磨きをする。
念入りに歯を磨き終えた俺は、朝刊を開く。
一面見て、テレビ欄を見て、社会面から読み始める。
朝刊を読んでいる最中に、便意を催した俺は、トイレに向かう。
‥ (自主規制) ‥
ジャーーーーーーーーーーーー
ジャー ジャブジャブ キュッ
トイレを終え、とりあえず、朝の日課は全て終える。
今日は、どうしようっかな~?
俺は、考えを巡らすが、パッと、いい案が思い付かない。
『まあ、とりあえす ‥ 』
俺は、二階に上がる。
『もっぺん ‥ 』
俺は、部屋に戻る。
『寝るか』
俺は、布団に潜り込む。
昼ご飯ができたら、呼ばれるだろうから、それまで、もうひと眠りすることにする。
ほわほわぬくぬくの布団にくるまり、俺は目を閉じる。
見る夢の色は、赤色か?青色か?緑色か?
はたまた、桃色か?黒色か?
カラフルなのはいいけど、モノクロとかグレーは嫌やな~。
俺は、いつの間にやら、眠りに落ちる。
カーテン越しの日の光りが、キツい。
遠慮なんか、全然していない。
カーテン越しとはいえ、キリキリ部屋の中に差し込んでいる。
おかげで、目が覚めてしまう。
日の光りに、「こんな昼日中に、いつまで寝とんねん」とばかりに、起こされる。
もう昼過ぎにはなっているのだろう。
俺は、目覚まし時計を見る。
時刻は、午前十一時ちょっと過ぎ。
ありゃ。
まだ、一時間ほどしか眠っていない。
昼飯にもまだ早いので、俺は、もうひと眠りしようと、目を閉じる。
眠れない。
瞼が明るい。
目が冴える、頭が冴える。
部屋に差し込む、あまりにも強い日の光りに、睡眠導入を邪魔される。
「ふん?」
俺は諦めて、体を起こす。
「♪新しい昼が来た~希望の昼~」
鼻歌混じりで唄いながら、俺は、腕を連係させて、布団を畳む。
布団を、部屋の端に寄せる。
伸び、をする
「うーーーーーん」
両腕達を頭上に高々と差し上げて組み、体を縦に伸ばす。
爽やかな日の光りを浴びようと、俺は、カーテンを開ける。
ザザッザーーー
真正面から照りつける日の光りが眩しすぎて、俺は、思わず目を瞑る。
瞼を閉じても、瞼の裏側が明々と明るい。
『いやー明るい。
明る過ぎる。
真正面からの光りが、眩し過ぎる』
俺は、何か、引っ掛かる。
日の光りが、燦々と部屋に差し込んでいる。
日の光りが、燦々と差し込んでいいのか?
真正面から、差し込んでいいのか?
俺は、目が明るさに慣れるのを見計らって、おずおずと瞼を開く。
ザーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
見渡す限りの平原。
地平線が、クッキリと見える。
緑を含まない、土むき出しの平野が広がっていた。
おい、ビルは?
おい、家屋は?
おい、町は?
察するに、何らかの理由で、ここら辺一帯、キレイさっぱり更地になってしまったらしい。
どうやら、平原の中にポツネンと、ウチの家だけが立っているらしい。
「え~と」
おそらく、文明的な施設は、俺んとこの家しか残ってないようだ。
インフラ含め、そういうの、一切合切無くなっちゃったようだ。
ということは、電気とか水道とか、使えないだろうなー。
って、つまり、サバイバル。
俺は、外の景色を眺めてから十数秒にして、結論に至る。
そして、この辺りに存在している人間も、自分一人であることに、嫌々気付く。
『母は、買い物。
父は、会社。
妹は、学校。
決まりだな』
一人ぼっち、スタンドアローン。
『ま、いつか、一人になるであろう、一人暮らしをしなくてはいけなくなるであろう』ことは、予想していた。
ここまで急にとは、さすがに思わなかったが。
まあ、でも、想定の範囲内。
想定内だから、泣く必要性も、嘆く必要性も感じない。
そんな暇があれば、これからの対処方法を考える方が、よっぽど建設的で、タメになる。
電気が使えない可能性が大(ほとんど本決まり)だから、俺は、すぐに行動を起こす。
日が沈み、暗くなってしまっては、何もできない。
なにはさておき、生きることを考えなくてはならない。
衣食住がなんとかなれば、そうおいそれとは死なない。
衣は、充分にある。
俺の部屋の箪笥やクローゼットに、俺の服は詰まっている。
加えて、父と母の箪笥にも、父と母の服が詰まっているだろう。
この際、サイズ違いや色なんて、どうでもいい。
穴を増やせばいいことだ。
住も、当分は大丈夫だ。
ウチの家がある限り、雨露をしのぎ、寒暖の差を耐えしのぐことができる。、
台風や自身といった自然災害が来たらイチコロではあるが、それを今、気にしても仕方がない。
問題は、食、だ。
保存が利くやつは、いくらかあるだろう。
カップラーメンとかクッキーとか。
が、おそらく、電気が使えない以上、冷蔵庫に入っているものは、早急に片付けないといけない。
でないと、みすみす腐らせてしまう。
それに加えて、電気が使えない以上、電子レンジ使用前提の食品も、難しい。
湯を使うとか、温める手は考えられるが、電子レンジを使うよりも、著しく料理再現率は落ちるだろう。
つまり、食については、数日間は飽食状態になるが、その後は、飢餓状態が続くことになる。
なんと、上手くいかない。
なんと、融通が利かない。
とりあえず俺は、A4判ノートを引っ張り出す。
巻頭ページの頭に[衣]と書き付け、思いつくことを、列挙して書き付ける。
十ページ空けて、次のページの頭に、今度は[食]と書き付ける。
これも思いつくことを、羅列して書き付ける。
今度は、二十ページ空けて、次のページの頭に、[住]と書き付ける。
思いつくことを、項目別にして、書き付ける。
[衣]に要したページ数は、一ページ。
[食]に要したページは、三ページ。
[住]に要したページは、一ページ。
[食]に関することが突出していることは、目に見えて明確だった。
俺は、差し当たっての方針を決める。
『日に三食とか決めてしまわんと、腹が減ったら、飯食うようにしよ。
時間関係なく明るいうちは行動して、暗くなったら寝るようにしよ』
俺は、棚にあったチョコを口に放り込み、しっかり味わう。
チョコの後味を楽しんだ後、ペットボトルに汲んでおいた水を飲む。
これからは、水一滴も貴重になることに、そこで気付く。
気付き、次の行動に移る。
『まあ、とりあえす ‥ 』
俺は、ガサゴソする。
『もっぺん ‥ 』
俺は、布団に潜り込む。
『寝るか』
極楽だ。
睡眠を邪魔する、心の引っ掛かりの原因(主に人間関係)が無くなったのだから。
目が覚める。
ゆっくり二度寝しようとしたが、そうはいっても、数十分ほどで、目は覚めたみたいだ。
外は相変わらす、キラキラと明るい。
時計を見ると、日の入りまで、まだ充分、数時間はある。
『ほな、探検でもするか』
俺は、スラッと起き上がると、連係させて、布団を畳んだ。
ジーンズと特製Tシャツと靴下を、身に付ける。
カーテンを開け、窓を全開にする。
部屋に風が吹き込み、停滞していた空気を入れ換える。
部屋の入口の、引き戸を開ける。
引き戸も全開にしたままにし、家屋内の空気も入れ換える。
俺は、リュックを背負い、階下に降りる。
そのまま玄関の三和土に出て、スニーカーを履く。
玄関を閉め、ジーンズからカラビナを外す。
カラビナに付いたキーを手にして、考える。
『戸締りをしよう』として、考える。
『いや、する必要ないやん』
ここら辺一帯、ウチの家が一軒、あるだけだった。
ここら辺一帯、おそらくだが、人は俺一人だけだった。
鍵を掛ける ‥ 戸締りする必要はなかった。
『まあ、せっかくやから』
何が『せっかく』なのかは分からないけど、俺は錠前にキーを差し込み、鍵を掛ける。
玄関をガタガタいわし、鍵がちゃんと掛かっているか確認する。
キー付きのカラビナを、ジーンズに付け直す。
玄関口の横に止めてある、自転車の前カゴに、リュックを放り込む。
自転車にカギを差し込み、ロックを解除する。
流星のカバーが架かった、サドルに跨がる。
『ほな、行きますか。
「アムロ、行きまーす」ってか』
俺は、ペダルを漕ぎ始める。
こういう場合、向かう方向は ‥
『西でしょう』
と、俺はハッキリと決めつける。
「♪ GOGO WEST!」
俺は唄いながら、「♪ ニンニキ、ニキニキ」と口ずさみながら、自転車を進める。
辺りは、見渡す限りの、土の平原。
道無き道を、自由にルートを取って、進み行く。
大きな障害物も無く、たまに石コロが転がっているが、ノーパンクタイヤの自転車なので、気にせずズンズン進む。
シャーシャー、シャーシャー
シャーシャー、シャーシャー
シャーシャー、シャーシャー
シャーシャー、シャーシャー
自転車の風を切る音だけが、平原に響く。
まだ比較的新しい自転車なので、キイキイとかギコギコとかの音は、たまに微かにしか立てない。
シャーシャー、シャーシャー
シャーシャー、シャーシャー
シャーシャー、シャーシャー
シャーシャー、シャーシャー
見渡す限りの平原を、穏やかに進む。
なんとも、緊張感の欠片も無く、進む。
緊張感が無さ過ぎて、眠気さえ催す。
欠伸を噛み殺し、噛み殺し、噛み殺し、自転車と俺は進む。
シャーシャー、シャーシャー
シャーシャー、シャーシャー
シャーシャー、シャーシャー
シャーシャー、シャーシャー
行けども行けども、土と小さい石ッコロばっかりで、障害物どころか、自転車の安定性を脅かす物も無い。
ノーパンクタイヤの実力を、確認する機会も無い。
シャーシャー、シャーシャー
シャーシャー、シャーシャー
シャーシャー、シャーシャー
シャーシャー、シャーシャー
俺の影が、薄くなって来る。
空気の味が、変化する。
なんとなく、舌に沈み込む感じ。
俺は、空を見上げる。
案の定、グレー雲・モノクロ雲・黒雲が、空に広がって来ている。
一面の平原。
雨宿りどころか、雨露を防ぐ隙間も無い。
『予報では、今日の天気は、どうなんやろう?』
予報はされていたやろうけど、それを知るすべはもう無い。
自分ひとりで、なんとかしなくてはならない。
『この状況で、濡れて体壊したりでもしたら、シャレにならんしな』
リュックに折り畳みの傘は入っているが、当然のことながら、雨具は無い。
手っ取り早く、効果的な対応策として、俺は、雨宿りできるところを探す。
目を皿のようにして、探す。
一面の平原。
果てなく続く地平線。
凹凸の無い土の大地。
そういうわけで、『出直しかー。あ~、なんかサクサクいかへんで、モヤモヤすんなー』の心持ちを抱えて、俺は道を引き返す。
思った通り。
家に帰り着いてまもなく、雨粒がパラパラ落ちて来た。
パラパラは、すぐにバラバラバラバラに変わり、バラバラバラバラは、すぐにザーザーに変わる。
屋根にうるさいほど降り注ぐ雨は、外の景色を曇らせる。
雨に煙る景色を、マグカップに入ったカフェオレを啜りながら、俺は見つめる。
俺は、ヨーロッパ映画の一場面のような自分に、浸る。
おもむろに右腕を挙げ、右人差し指で、曇ったガラスに触れる。
人差し指を動かし、ガラスに模様を刻む。
描いた模様は ‥
へのへのもへじ。
『ロマンティックだろうが、センチメンタルだろうが、バカげていようが、
今の状況を、前向きに捉えんといかんしな』
外は、ますます雨が降り注ぎ、視界を遮っている。
雨が降って来る前後から、空は黒い雲に、徐々に覆われて来た。
今や空は、真っ黒だ。
その為、日の光りはすっかり遮られて、辺りも家の中も、部屋の中も薄暗い。
「こんな天気で、こー暗くてはしゃーないなー」
「幸い、腹もそんなに減ってへんし」
「そうそう」
独り言、三連発。
「ここは一発」
「寝るしかないやろ」
「そうそう」
なにが「一発」かはさておき、俺は寝ることにする。
申し訳程度に畳んだ布団を、ザッと豪快に広げる。
家着のスウェットを脱ぎ、寝間着のスウェット上下を身に付ける。
素早くスルッと、布団に潜り込む。
「おやすみ」
目を閉じて、数分のちに、眠りにつく。
♪ 新しい朝が来た、希望の朝~
♪ 新しい朝が来た、希望の朝~
♪ 新しい朝が来た、希望の朝~
「う~ん」
新しい朝、が来たらしい。
希望の朝、らしい。
俺は伸びを一つして、目覚し時計を止める。
ザッ
カーテンを開け放ち、両手を腰にやり、仁王立ちになって、外を眺める。
もうすっかり、雨はあがっているみたいだ。
今日は、どちら方面を探索してみよう?
「北北西、やな」
「ヒッチコック、ですか?」
「そうそう」
朝から、独り言順調。
北北西に針路を取れ。
俺は、コンパスの針を北北西に合わせ、方向を定める。
その方向に向かって、自転車を漕ぎ出す。
シャーシャー、シャーシャー
シャーシャー、シャーシャー
シャーシャー、シャーシャー
シャーシャー、シャーシャー
昨日と景色は、変わりない。
一面の平原。
頭上いっぱいの青空。
所々に白い雲。
シャーシャー、シャーシャー
シャーシャー、シャーシャー
シャーシャー、シャーシャー
一面の平原。
頭上いっぱいの青空。
所々に白い雲。
シャーシャー、シャーシャー
シャーシャー、シャーシャー
一面の平原。
頭上いっぱいの青空。
シャーシャー、シャーシャー
一面の平原。
出発して、約一時間。
早くも俺は、飽きが来ていた。
「おんなじ景色やな」
「これから先も、おんなじようなもんやろな」
「そうそう」
シャーシャー、シャーシャー
シャーシャー、シャーシャー
シャーシャー、シャーシャー
一面の平原。
頭上いっぱいの青空。
所々に白い雲。
シャーシャー
シャーシャー
シャーシャー
平原。
青空。
白い雲。
シャーシャー、シャーシャー、シャーシャー
平原、青空、白い雲。
シャー、シャー、シャー
平、青、白。
シャー、ー、ー
へ、あ、し。
「あきた」
「いわて」
「やまがた」
「やなくて、飽きた」
「そっちか」
「そうか」
言って置くが、あくまでも、俺ひとり旅である。
精神分裂は、していない。
かれこれ、出発してから三時間弱ほどは、漕いでいる。
その間、風景は、何ら変わらず続いている。
これからも、変わりそうにない。
『ここはロシアか中国か、シベリア鉄道か!』
思わず俺は、心の中で叫んでしまう。
腹が減ったので、『休憩して飯でも食うか』と思った時、前方に《何か》が見える。
今日初めての《何か》だ。
いや、よく考えれば、この状況になってから初めての《何か》になる。
俺はとりあえず休憩をお預けにして、その《何か》を確認することにする。
シャーシャー、シャーシャー
シャーシャー、シャーシャー
『何や、あれ』
シャーシャー、シャーシャー
シャーシャー、シャーシャー
近付くにつれ、《何か》の概観が、明らかになってくる。
シャーシャー、シャーシャー
お盆に仏壇に供える、楊子で脚を付けた茄子。
シャーシャー、シャーシャー
脚を二本生やした、蒲鉾板。
シャーシャー、シャーシャー
上部の板が極太い、ハードル。
シャーシャーシャーシャー
シャーシャーシャーシャッ
《何か》の真ん前まで来た時、モノクロームな甘酸っぱい思いに、何故か囚われる。
と同時、《何か》の真ん前まで来て、それは判明した。
《何か》は、太い鉄パイプ製(と思われる)の脚に支えられた、パタパタ掲示板(昔の目覚し時計で時刻部分がパタパタ回転するやつ、の掲示板タイプ)だった。
全身漆黒に佇む掲示板は、パタパタで掲示する数字を、白くクッキリハッキリと、浮かび上がらせている。
数字は、滑らかな勢いで、変動している。
数字は、桁ごとに、独立して動いている。
数字が二桁並び、絶えず変動している。
スペースとしては、四桁分ありそうだが、左の二桁分のスペースは黒いままで動かず、右二桁分のスペースのみ動いている。
左の二桁と右の二桁の間には、白丸が縦に二つ並んでいる。
しばらく見ていると、最後の桁の数字が1~6のどれかの数字で止まると同時に、その前の桁の数字が0か1か2の数字に動いている。
つまり、最後の桁が6になったり3になったりすると、その前の桁が2になったり0になったりする。
「ようするにこれは」
「ちょっとしか測れないストップウォッチ、みたいなもんんか」
「おすそう」
一桁目は、1~6まで。
二桁目は、0~2まで、ちょっとだけカウントアップ。
が、これが、『時を刻むストップウォッチでないこと』は、分かった。
では、これは、何や?
「何や?」
「何や?」
「何や?」
余りにも不可解なので、独り言三連チャン再び。
気付いたことがある。
なんか、カウントのテンポが、一定でない。
カウントの間に、妙なバラつきがある。
そのバラつきにも、法則性がない。
キショク悪い。
なんで?なんで?
どうして?どうして?
何故なの?
そこは、分からない。
そこには、《何か大いなる企て》がありそうな気がするが、全く見当がつかない。
俺は、ジリジリ考える。
数分経ち、十数分経ち、数十分経つ。
埒があかん。
堂々巡ってる。
無限ループ。
『(バタバタ数字の)カウント板の正体を暴く!』については、一時、棚上げにする。
チェンジ・オブ・ペース。
煮詰まったら、気分とポジションを変えるに限る。
時間も時間なので、暗くなる前に、帰ることにする。
『明日や明日』
当面の問題である夕食に、考えをスパッと切り換えて、家路に着く。
♪ 新しい朝が来た、希望の朝~
♪ 新しい朝が来た、希望の朝~
♪ 新しい朝が来た、希望の朝~
う~ん。
♪ 新しい朝が来た、希望の朝~
♪ 新しい朝が来た、希望の朝~
♪ 新しい朝が来た、希望の朝~
いや、それは分かってますから。
今、起きますから。
俺は、目覚まし時計を止め ‥ 無い。
目覚し時計に、アラームをかけていなかった。
じゃあ、この歌声は?
爽やかな響きは?
俺は、そろそろと、目を開ける。
そろそろと、耳を澄ます。
穏やかな風景。
静かなひととき。
歌声を放っていたのは、俺の頭の中らしい。
『朝恒例の、脳内ヘビーローテーションになってしもたか』
俺は、起きる。
今日も今日とて、カウント板のところに行くつもり。
あのカウントの謎が、気に懸かってしゃーない。
暇潰し、時間潰しにもなるし。
いや~、ええ案件見つけたわ。
問題は、距離。
毎度毎度、毎日毎日、カウント板のところに行くわけにもいかない。
距離があるから、行って帰って来るだけで、一日が潰れてしまう。
なんやかんや言うても、他にもやることが、細々とある。
ええ案件だが、その案件だけに、かかずらわっていられない。
『どうしよっかな~』
京都出身プロレスラーの如く、体をくねらせ考える。
『家に居ても、カウントの動きをチェックできればいい』のは、分かる。
Webカメラとか『ケータイのムービーを飛ばす』とか考えたが、距離があり過ぎる。
そもそも、この状態では、電波が生きているわけがない。
というわけで、これらの案は、速やかに却下。
『っていうか』
というと?
『カウント板そのものを、持ってこれへんかな?』
逆転の発想。
カウント板の大きさからして、可能なような気がする。
カウント板の足元にコロコロかなんか付けて、本体部分に紐かなんか付けてたら、自転車でも引っ張れそうな気がする。
幸い、腕力は人の三倍あるから、「いざ」となったら、押し進んでしまおう。
引っ掛かるのは、動力やな。
カウント板のパタパタが動いている以上、『どっからか、何らかの動力源を得ている』と思われる。
どう得ているのかは分からないが、一番考えられるのは電力で。。
そうである場合、カウント板には、コードが付いていると考えれる。
そのコードを外さないと、カウント板を移動させることはできない。
でも、コードを外してしまうと、カウント板は、その機能を果たせないことになる。
つまり、相反する矛盾点。
『どうしたもんやろ』
と思い悩み、しばらく考え込む。
『考えてもしゃーない』
と、割合すぐに思い切る。
とにかく、一度見てみないと始まらない。
改めて、現場を確認しないと分からない。
様々な形のシュミレーションはしておくが、それらに柔軟性と弾性を持たせて、現地踏査の結果で、一番適した手法を採用することにする。
昨日、気付いていたことではあるが、認識していたことではあるが、カウント版は、やっぱり案外小さい。
陸上に使うハードルの大きさ、ぐらいしかない。
前に立って向かい合ってみると、けなげにも思えてくる。
この寂しい平原で、独りたたずむ存在。
まさに、風と共に、スタンドアローン。
早速、移動可能かどうか、確認に入る。
実際、触れて、掴んでみると ‥
お、軽い。
これなら充分、動かせそうな気がする。
移動中の安定を図る為、三点を、自転車と結び付ける必要があるな。
あと確認せなあかんのは ‥
「ふう」
カウント板に紐をくくり付け、その紐を自転車にもくくり付け終える。
カウント板の左右両足部、股間部に紐を取り付け、三点連結完了。
これで、移動中も、『バランスが、不安定になることはない』と、思われる。
カウント板の足元にも、コロコロというかキャスター取り付け、完了。
ガムテープで、グルグル巻きで取り付けただけだが、頑丈に巻き付けたので、この移動中に取れることはないだろう。
確認したけど、カウント板には、何もコードらしきものは、付いていなかった。
ソーラー的なものも、無かった。
どこから動力を得ているのか、分からない。
が、確かに、バアバタ数字は、動いている。
『ま、何らかの作用が、働いているんやろ』
今考えてもしゃーないので、取り合えず、置いておくことにする。
作業の半ば、気付いたことがある。
カウント板の左脚の足元に、朱色のキーボードが転がっていた。
デスクトップパソコンに付いてるキーボードのようなものだが、大きさ自体は、テンキーぐらいだった。
でも、数字等諸々じゃなくて、そこには英文字が記載されていた。
A~Zまでの、ローマ字二十六文字。
『なんか意味があるんやろ』
俺は、ローマ字キーを、自転車のカゴに放り込んだ。
自転車に、跨る。
自転車を、漕ぎ出す。
バタバタ数字は、相も変わらす廻る。
シャーシャー、シャーシャー
シャーシャー、シャーシャー
ペダルは、廻る。
ホイールも、廻る。
バタバタ数字も、廻る。
『意味が分からん』
分からん。
全然、分からん。
まるで、分からん。
カウント板に込められた意味、理由、将来の展望等々に考えを巡らせてみたが、取り付く島も無く、分からない。
前提として、取っ掛かりさえ無いものを、なんとか突き止めようとして考えているのだから、分からんのは、まあ道理。
でもなんか、口惜しい。
カウント板が、この状況、この境遇に、なんらかのヒントを与えてくれるのは、確実。
カウント板は、さも意味有り気に、突っ立っていたんやから。
ポイントになるのは、やっぱ、廻り続けるバタバタ数字かな~。
ローマ字キーも、さも曰くが有りそうに、そこにあったし。
まあでもまずは、バタバタ数字やろな~。
二桁やけど、一桁目が0~2で、二桁目は1~6までで。
その動きで、なんか表わしてるんやろな~。
事故の心配は無いから、思考は、廻る。
バタバタ数字も、廻る。
ホイールも、廻る。
ペダルも、廻る。
シャーシャー、シャーシャー
シャーシャー、シャーシャー ‥
カウント板を、なんとか家の中に入れる。
これで、雨の日も風の日も陽が照りつける日も、カウント板を観察できる。
一段落つくと、お茶とお菓子とペンとメモと辞書と読みかけの本を両手に、カウント板のそばに座る。
カウント板観察の体制に、本格的に入る。
まずは、何の気無しに眺める。
ボーと眺める。
ダラーと睨む。
ボー、ボー、ボー ‥
眺める、眺める、眺める ‥
ダラー、ダラー、ダラー ‥
睨む、睨む、睨む ‥
なんや、分かったことがある。
カウントは、一拍・二拍が一組で、続いている。
つまり、一つのカウントが終わると一拍の間が空き、続く一つのカウントが終わると二拍の間が空く。
それが一組になって、バタバタ数字の回転は、続いてゆく。
カウント、一拍の間、カウント、二拍の間、カウント ‥ というように。
二拍までを一組にすると、一組に表される数字は二つ。
多分、二拍で区切ってるから、二つの数字は、それぞれ独立しているはす。
数字は、01~26の二十六。
『ん、二十六?』
‥ 二十六 ‥ 二十六数字 ‥ 二十六文字 ‥
『アルファベットの文字数やん』
ということは、一つのカウントで一文字表してるってことか。
戸いうことは、一組二カウントやから、一組二文字。
謎が解けてきた感じ、がする。
何かが繋がって行く感じ、がする。
が、そこで、ちと詰まる。
『二文字セットで連なって、何かが表わされる文章?』
頭文字二文字略語?
あ、略語続きやったら、意味なす文章にはならへんか。
なら、韻を踏んだリリック。
あ、ありそう。
でも、そもそも、この辺りの母国語でないアルファベットの組み合わせで、リリックの文章が分かるか?
なんか、暗号とか乱数表みたいなものが、あるのかもしれない。
きっと、そうやろう。
なんや、喉元まで来てる。
解けそうな感じが、する。
じゃあ、その暗号表だか乱数表を、手に入れたらええんやん。
『それがあったら、苦労せえへんちゅうねん!』
振り出しに戻る思考に、自分で自分に憤る。
『ああ!』
はい、やり直し。
アルファベットを組み合わせて、何かを表わしているのは、間違いないと思う。
それが、何を表わしているのか?
文?
または、図?
はたまた、記号?
廻り回って、やっぱり数字?
いや、ここは直感通り、まだ文字にこだわってみよう。
単純に、アルファベットを二つ並べて、考えることにする。
ABCDEFGHIJKLMNOPQRSTUVWXYZ
ABCDEFGHIJKLMNOPQRSTUVWXYZ
う~ん。
一桁目を、全部Aにしてみる。
AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
ABCDEFGHIJKLMNOPQRSTUVWXYZ
ん?
あ、なんか、読める気がする。
あ あぁ あぁ あ ぁ あ ぁ
あばかだえふがはいじからまなおぱくらさたうばわくやざ
AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
ABCDEFGHIJKLMNOPQRSTUVWXYZ
なんやかんやと、一応全部読めた。
大きい《あ》と小さい《ぁ》があるけど、半分以上は、二文字で一文字になるのか。
言わば「二数字 = 二文字で、一文字を表わす」ってことやね。
‥ 二文字で一文字 ‥ 二文字で一組 ‥ 二文字で一組で一文字を表わす ‥ 二文字で一組で一文字のやつ?!
これか!
これなのか!
来たか、二文字で一文字!
‥ ほんまに、来てるのか?
二文字で一文字、表わしてんのか?
改めて考えて思ったけど、物理現象とか言語法則とかに、反してるぞ。
矛盾していることに、答え求めてんぞ。
相反するアプローチを統合できず、考え悩む。
せっかく、光が見えたと思ったのに、また薄闇に消えようとする。
光は、地平線に落ちるが如く、薄闇の中、消え去ろうとする。
『ああ、落ちかけの夕日みたいやな』
真っ赤で橙色で、朱色もそこらかしらに混ざっている夕焼けを、生々と連想する。
消え去ろうとする日が、暗闇に沈む前に一瞬、光を強める。
光が、俺を射る。
『朱色?』
俺の色?
口紅?
赤備え?
いや、違う。
もっと最近の感じで、デジタルな感じ。
「 ‥ こいつやん」
カウント板の横に置かれる、朱色のローマ字キーを眺める。
二十六文字やね。
二十六文字やんな。
二十六文字やし。
‥ 二十六文字!
二十六文字なのか!
そうか!
ローマ字変換!
ローマ字変換は、確かに、二文字一組で一文字を表わす。
《K》《A》で《か》、《S》《A》で《さ》 ‥ 。
一文字で一文字を表わすもの(母音のもの)、も五文字ある。
《A》で《あ》、《I》で《い》、《U》で《う》、《E》で《え》、《O》で《お》。
ということは ‥ ということは!
カウント板のバタバタ数字に掲示される数字は、ローマ字ということになる。
01はAで、10はJで、20はTで26はZで ‥ 。
数字とローマ字の対応を、表にして書き出してみる、
ABCDEFGHIJKLMNOPQRSTUVWXYZ
12345678901234567890123456
00000000011111111112222222
これを、カウント板のバタバタ数字が掲示する数字と対応させて、文字をとらえる。
とらえた二文字一組を合わせて、日本語の一文字にする。
13・15ならM・Eになって、日本語の「め」となる。
02・21ならB・Uになって、日本語の「ぶ」になる。
26・05ならZ・Eになって、日本語の「ぜ」になる。
それを連ねて、文章にする。
文章を重ねて行くと、何らかの意味が浮かび上がるに違いない。
解ける!
イケる!
早速、解読を試みる。
いや~あ、すいませんね。
先、見えました。
いや、全然、見えないんですけど。
明らかに、以前より、ドツボに嵌っているんですけど。
ローマ字変換を試してみたものの、判明した字を繋げても、意味ありそうな文章にはならなかった。
俺の考え方が、根本から間違っているのか?
いや、二文字(バタバタ数字二つ)一組の考え方には、自信がある。
それとも、アプローチの仕方が、間違っているのか?
いやこれも、『ローマ字変換だ!』ということにも、根拠は無いが、確たる自信がある。
じゃあ何が?
俺の知識不足か?
日頃の行いの悪さか?
太陽の黒点状況か?
いままで判明したものを、幾らか抜き出して挙げる。
くうふいしきしきそくぜくうくうそくぜしきじゆそうぎようしき
ぜしよほうくうそうふしようふめつふくふじようふぞうふげん
意味が分からん。
取り付く島も無い。
取っ掛かりになるヒントも無い。
マツダユウサクの如く、「なんじゃこりゃー!」だ。
でも、分からんままでも、とりあえず、続きを変換してみる。
‥ むむみようやくむむみようじないしむろうしやくむろうしじん ‥
‥ しんじつふここせつはんにやはらみつたしゆそくせつしゆわつ ‥
数時間、カウント板を観察して、変換作業を繰り返して、分からんなりに、分かったことがある。
何故かは知らねども、同じセンテンスというか文面というか、文章が繰り返されている。
繰り返されるセンテンスを、抜き出してみよう。
かんじざいぼさつぎようじんはんにやはらみつたじ
しようけんごうんかいくうどいつさいくやくしやりししきふいくう
くうふいしきしきそくぜくうくうそくぜしきじゆそうぎようしき
やくぶによぜしやりしぜしよほうくうそうふしようふめつふくふじよう
ふぞうふげんぜこくうちゆうむしきむじゆそうぎようしき
むげんにびぜつしんにむしきしようこうみそくほう
むげんかいないしむいしきかいむむみようやくむむみようじん
ないしむろうしやくむろうしじんむくしゆうめつどうむちやくむとく
いむしよとくこぼだいさつたえはんにやはらみつたこしんむけいげ
むけいげこむうくふんりいつさいてんどうむそうくきようねはん
さんぜしよぶつえはんにやはらみつたこ
とくあのくたらさんみやくさんぼだいこちはんにやはらみつた
ぜだいじんしゆぜだいみようしゆぜむじようしゆぜむとうどうしゆ
のうじよいつさいくしんじつふここせつはんにやはらみつたしゆ
そくせつしゆわつぎやていぎやていはらぎやていはらそうぎやてい
ぼうじそわかはんにやしんぎよう
分かった。
即、分かった。
だって、最後に宣言してるやん。
これは、《般若心経》ですか。
般若心経の経文、ですね。
そういう目で見ると、親しみあるキーワードが、浮かび上がって来る。
「かんじざいぼさつ」
「はんにやはらみつた」
「いつさいくやく」
「しきそくぜくうくうそくぜしき」
「ふくふじよう」
「むむみようやくむむみようじん」
「ぎやていぎやていはらぎやていはらそうぎやてい」
「ぼうじそわかはんにやしんぎよう」
小文字が大文字になってるから、分かりにくかったんかもしれん。
般若心経であることは、無事分かった。
で、これをどうしろと?
暗号解いても、謎が深まっただけのような気がしますが?
まあ、次の手順は、薄々見当がついてますけどね。
意味ありげに、朱色にたたずむローマ字キー。
これで、「ローマ字変換で、般若心経を打て」ってことでしょう?
なんか誰かの『目論見通り』のような気が強くしますが、この際、それに乗っちまいます。
それしか、手はあらへんし。
ローマ字キーを手に取り、般若心経を打ち込む。
最初の文字、《か(K+A)》を打ち終えると同時に、ローマ字キーは光る。
本体全体が発光して、周りを朱色の光で照らす。
すると、ガーーーと音がして、ローマ字キーから、紙が排出される。
紙は、手帳大の大きさで、左半分のそのまた左半分の真ん中へんに、入力した文字が印字されている。
えーっ、プリンター付いてたん!
カウント板といい、ローマ字キーといい、どんな動力で動いとんねん。
驚くのは、動力の件だけではなかった。
幾ら印刷しても(失敗も、かなりした)、紙もインクも尽きることはなかった。
タタットンッ ‥ ガーーー
タタットンッ ‥ ガーーー
タタットンッ ‥ ガーーー
タタットンッ ‥ ガーーー ‥
印刷された紙が、般若心経全文字分 ‥ 四百三十一文字分揃う。
バラバラになっても困るので、空いている右部分を、二箇所ホッチキス止めして、製本することにする。
ガッ ‥
ガッ ‥
ガッ ‥
ホッチキスの芯が、通らない。
やはり、四百三十一枚では、無理があったか。
いくら、卓上ホッチキスでも、四百三十一枚は無理か。
そら、無理やわな。
ヘタッたホッチキスの芯を、抜く。
グリグリして、抜く。
穴を開けて、紐を通して、製本することにする。
しかし、卓上のパンチャーもあることはあるが、例の如く、一度に穴を開けられる枚数には限りがある。
で、穴を開ける作業を、四十回ほど繰り返す。
それを二穴開けなければいけないから、×2で、約八十回。
途中で、ネバーエンディングストーリーのテーマが、頭に流れて来た。
穴に、紐を通す。
紙を揃えても、微妙に穴の位置はズレていて、一致しない。
よって、四百三十一枚、一枚一枚に紐を通さざるを得ない。
途中で、メビウスの輪のイメージが、頭に浮かんだ。
両穴に紐を通し終えると、紐をしっかと結ぶ。
それでも紐が抜けたり、紙が破れたりして、バラバラになる可能性があるので、上から製本テープを貼る。
紐を通して閉じた縦長部分に、表裏・天地・背表紙と、ガッチリ貼り付ける。
製本具合を確かめる為、本の背を右手に取り、左手でページをパラパラめくる。
めくった具合は、しっかりしている。
手製にしては、割合キッチリと製本できたようだ。
ハンドメイド《般若心経》経本、出来上がり。
パラパラパラ
パラパラパラ ‥
1ページ一字。
めくっていて、気付く。
『これ、似とんな』
似てる?
何に?
いや、パラパラ漫画に。
なるほど。
そういや。
1ページ一絵。
1ページ毎に、少しずつ違う絵が一つ。
パラパラ、ページをめくると、その絵が動いているように見える。
むっちゃ簡易な、お手軽なアニメーション。
でも、アニメの、映画の、動画の、大もと。
文字は、少しずつ変わっていくわけではない。
だから、動いているようには見えない。
でも、なんか、不思議な感じに囚われる。
ちょっと、プチトリップしているような感じ。
これも、経文のなせる業か。
しかも、めくっていると、めくるだけで、お経を読み上げているような気分にもなってくる。
ハンドメイド《般若心経》経本を、パラパラめくるだけで、般若心経を読んだような気がする。
まるで、チベット佛教によく見られる、マニ車(お経の入ったドラムを回転させると、回転させた数だけ、そのお経を読んだ効果があるという物)。
まあ、日本にも、似たようなもんが沢山あるけどね。
パラパラ パラパラ ‥
めくる。
パラパラ パラパラ ‥
パラパラ パラパラ ‥
めくる。
めくり倒す。
パラパラ パラパラ ‥
パラパラ パラパラ ‥
パラパラ パラパラ ‥
めくりあがってます。
《パラパラ般若心経》が出来上がってから、すこぶる短時間で、数十回、般若心経を読み上げたことになる。
俺が、この俺が。
いやー、まいったな。
俺、むっちゃ功徳積んでんのとちゃう?
そこに、♪ 着信音。
『へっ?』
電波、生きてんの?
奏でる音楽は、よれよれのレインコートを着た、野暮ったいロサンゼルス市警の警部が出て来そうな音楽。
「はい」
「あ、出た。
アシュラくんですか?」
誰や?
俺の名前、知ってるぞ。
「そうですけど」
警戒を込めて、返答する。
相手は、予想外の言葉を返して来る。
「カンノンですけど」
ええー、カンノンさん!
ウチの地域の、町長さんみたいなもんやん。
全然、面識無いやん。
「 ‥ カンノンさん、ですか?」
「はい」
「ウチの地域の偉い人の、カンノンさんですか?」
「偉いかどうかは分からんんけど、はい」
「そのカンノンさんが、なして僕に、電話してきはったんですか?」
「いや、話せば長いことながら ‥ 」
長かった。
でも、聞いてくれ。
「《ジタマ》って星、知ってます?」
「いえ」
「太陽系にあるんですけど。
その星は、あらゆる地域が連合して、統一国家を作ってるんです。
その星の国家認定宗教の一つに、ウチの星の宗教が選ばれまして」
「はあ」
「その星の政府からウチの星の政府に、要請があったんです」
話が、見えない。
先が、読めない。
何、これ?
「 ‥ え~と ‥ 」
「 ‥ あ、もう少し、我慢して聞いててください。
その要請というのが、ザックリまとめると、次のようなものだったんです。
「 私の星も、そちらの星と同じ宗教《dbk》を、採用致しました。
星全体の人口の三割強を占める信者が、現在います。
ただ、問題は、今伝わっている教えが、
「本筋のものかどうか」が、疑われることです。
私の星に伝わって来た《dbk》は、
“枝分かれの枝分かれ、又聞きの又聞き“みたいな感じで、
“本家の師匠の弟子の弟子の弟子、または弟子の弟子の知り合い“
みたいな人から伝わったもの、に過ぎません。 」
‥ アシュラくん? ‥ 」
「 ‥ 」
「 ‥ アシュラくん?
聞いてます?」
「 ‥ はい!聞いてます!」
「もう少し我慢して聞いてください。
「 そこで、《dbk》本家本元であるそちらの星から、
言わば正しい教えの《dbk》を伝えてくれる方々を沢山、
派遣していただけないでしょうか?
それらの方々の衣食住は、保障します。
また、《dbk》の伝導に従事していただく限り、
最低限の収入の保障もします。
一応、当星は、太陽系を始めとする銀河系全体で、
最も裕福と言われています。
また、星自体も大きく、来ていただいた方の住む所にも
困らないと思います。 」
という訳なんです。
で、ウチの星の政府が、最後の一文にピンと来まして」
「はあ」
「「ええやん、これ。みんなで行こうや」ってなもんで、
星の住民全員が行くことになりました」
「 ‥ えっ?」
「知ってはると思いますけど、ウチの星の寿命は、
『あと六、七年』ってとこで、移住する星を探していたんです。
その件もからめて、先方に相談・交渉したら、
先方も願ったり叶ったりだったみたいで、二つ返事でOKだったんです」
「はあ」
「先方の星では、少子高齢化が進んで、労働力確保に、
頭を悩ましていたんです。
でもって、星が大きいから、土地だけはあるから、
ウチの星の住民が全員移住しても、ビクともしないわけです」
「はあ」
「で、ウチの星全員が移住したと、こういうわけです」
「はあ」
ちっとも、「もう少し」やないし。
全然、俺の現状と関係無いし。
そうや。
なんで、俺の家だけ残って、俺独りぼっち?
なんで、カウント板はスクッと立っていたの?
なんで、カンノンさんから電話が来る?
なんで?
なんで?
「そこで ‥ 」
「 ‥ あの ‥ 」
「 ‥ はい? ‥ 」
「 ‥ あの ‥ いつになったら
‥ 俺に関わって来るんですかね ‥ 」
「 ‥ あ、はい。
次から関わって来るんで、もう少し我慢して下さい」
ホントに?
ホンマに?
「そこで、先方とウチの政府が再度、相談・交渉した結果、
「住民や建物、その他諸々丸ごと、テレポートさせちゃおう」
みたいなことになりまして」
「はい?」
「テレポートというか、瞬間移動というか、ワープというか ‥
一番近い概念は、空間転送やと思います。
先方には、ウチの星全域を転送しても、充分余裕のある土地が、
余っていたんです。
で、先方とウチの政府で日時を決めて、実行しました」
「 ‥ え~と ‥ 」
「ハイ?」
「僕ら全然、聞いてないんですけど?」
「はい。
説明してませんから」
「 ‥ はい?」
返答が、あっさり過ぎるやろ。
この重要事を、説明してない?
多大なる、説明責任放棄やないか!
「住民及び建物のみならず、川や山といった自然環境も、
地表丸ごと転送するんで、『日常生活に、何ら支障は無い』と思って、
みなさんには、これと言って、説明してません」
そういうことね。
それなら、仕方無いか ‥ って、やっぱりあかんやろ!
俺の憤りに気付かずスルーして、カンノンさんは続ける。
「まあ、言わば」
「はあ」
「“星の地表面丸ごと転送”と言っても、あえて例えるなら、
丸ごと剥いた卵の殻を、その卵より大きいボールに、
貼り付けるようなもんです」
分かったような分からんような、説得力があるような無いような物言い。
でも、なんとなく感覚で分かる。
でも、貼り付ける時、殻にヒビ割れ入るやん。
「でも、ボールに貼り付ける時、卵の殻にヒビ割れが入りますよね。
が、実際の転送には、スーパーコンピュータを駆使して、
言わば、ヒビ割れの影響が出ないように、転送しました」
それは、良かった。
一安心。
問題は無かったわけやね。
「でも、ここで、些細な問題が起こりまして ‥ 」
えっ?
問題あったんかよ!
そうなんですか?!
しかも、いつになったら、俺に関わって来んねん。
長げーよ。
そうそう、ほどほどにしえください。
そうは言っても、まだ話続けたはるし、一生懸命、説明しようとしてくれたはるし ‥
目上の人やし ‥
そうですね ‥
俺の顔三つ(中央、左、右)が、心の中で会話する。
我慢して、もうちょっとだけ、聞いてみようや。
もうちょっとだけやぞ。
そうですね、ホンマに、もうちょっとだけですよ。
自己分裂を、なんとか治める。
俺のことだけに、二人(?)の気持ちも分かる。
いい加減にして欲しい。
「スーパーコンピュータとはいえ、誤差が起こりまして。
0.0000000001%くらいの誤差なんですが ‥
それによって、いくつかの座標点で、転送できなかった地表及び建物が、
あったんです」
「はい」
「それが、ウチの地域にもあることが分かりまして、
それに該当するのが ‥ 」
「 ‥ ウチの家やったと」
「はい」
「その家の中にいた俺も、転送されなかったと」
「はい」
ふう。
やっと、繋がった。
長かったなー、ここまで。
でも、これで一件落着。
みんなのとこへ、俺も無事に転送されて、めでたしめでたし。
『この状況から、オサラバできる』ってことか。
でもよく、放っとかずに、フォローしてくれたなー。
「でもよく、放っとかずに、手、差し伸べてくれましたねー」
「はい ‥ あの正直、『放っぽっとこか』と思ってたんです ‥ 」
「なんですと!」
「あ、誤解しないでください。
建物だけやったら、置いておこうと思ってたんです。
でも、万が一、まだ住民がいたらいけないので、手を打ったんです」
「手を ‥ ?」
「それが、バタバタ、数字が変わるやつです」
「あれですか!」
カウント板!
あれには、そんな意味が!
でも、カウント板を置くことが、何故、住民発見の手になるのか?
なんで、なんで?
「もし、人がいたら、遅かれ早かれ、
バタバタ数字時計(=カウント板)は見つかる。
見つけた人は、バタバタ数字時計を見つけて、
何らかのアクションを起こさはる。
『そのアクションを発見して、救助活動を起こそう』と、
思っていたんです」
「はい」
「でも、問題が一つ、ありまして ‥ 」
「はい」
「『そのアクションをどうやってサーチするか?』が、問題やったんです。
バタバタ数字時計には、通信機能とかそういった類のものが、
一切付いてないんで」
「はい」
「その時、考えたんですよねー。
バタバタ数字時計は、廃品利用。
使わなくなって、捨てようと思って倉庫に仕舞ってたけど、
まだ捨ててなかったもの。
そんなもんで、『まだ使えるものが、他にないかな』と」
「はあ」
「ありました。
ええのが、ありました」
「はあ」
「今では、通信機能の付いたプリンタ等に、ほぼ駆逐されたんですけど、
一時期、通信機能の付いたラベルライターを使ってたんですよ」
「ラベルライター?」
「商品名の方が分かり易いかもしれませんね。
テプラとか、ああいうやつです」
「あれ!」
名前とか短い文とかを、カラーテープに打ち出して、物に貼るやつ。
そういえば、昔、よく使こてたなー。
「そのラベルライターは、
通信機能の付いたプリンタが出て来たのもあるんですが、
文字が、かなり左寄りに印字されるんで、使わなくなってたんです。
印字する物の大きさも、手帳大サイズがデフォルトでしたし」
「はあ」
「それで、
“バタバタ数字時計を見て、表示される数字に謎を感じ、
その謎を解いて、
左寄りラベルライター(=ローマ字キー)を使ってくれれば、
通信機能が働いて、こちらにSOS発信が届き、
生存者確認ができる仕組み”
を作って、設置しました」
「はあ」
「それで案の定、アシュラくん宅から発信がありましたんで、
アシュラくん宅に連絡した次第です」
「はあ」
引っ掛かる。
疑問点が三つ、引っ掛かる。
なんや、釈然とせん。
その疑問点が引っ掛かって、素直に『助かってよかった』と、爽やかに思われへん。
一つ目。
何故、暗号化してあるのか?
「ちょっと幾つか、聞いていいですか?」
「ハイ、どうぞ」
「なんで、暗号になってるんですか?」
「ああ、それですか」
「それです」
「ただ単に、左寄りラベルライターを打つだけでは、
他の生き物でもできますよね?」
「まあ、他の動物でも、触っている弾みとか、動いている弾みとかで、
意図せず打ってしまうことは、考えられます」
「ですよね。
もし、生存している動物がいれば、その可能性が有り得ます。
でも、その場合、『ハチャメチャな言葉の並びになる』と思われます」
「はい」
「だから、左寄りラべルライターから、
意味のある言葉が並んで送られて来たら、対応することにしました」
「はあ」
「そして、
“偶然、意味のある言葉の羅列が送信される”のを防ぐ為にも ‥ 」
「そちらが設定する文章を暗号化して、
それを送信してもらうようにしたわけですか」
「ハイ」
「もし、人間だけど、暗号が解けない為に、
変な文章とかを送ってしまった場合は、考えなかったんですか?」
「それは、考えましたけど、そこまで考えても仕方がないんで」
「はい?」
「それは、その時はその時で」
「 ‥ そうですか ‥ 」
二つ目。
何故、暗号を解いた答えが、般若心経?
「で、暗号なんですけど」
「ハイ」
「なしてまた、般若心経なんですか?」
「ハイ、般若心経は ‥ 」
「はい」
「一見、規則性の無い文字並びですけど、
一通り解読すれば、意味のある文字列になりますから」
「でも、あまり佛教等に関心が無い人や、お経に詳しくない人は、
分からない可能性も考えられますね?」
「でも、一区切りでも解読して送信してもらえれば、
こちらで、『般若心経かどうか(意味ある文字列かどうか)』
は分かりりますから」
「なるほど。
しかし、なしてまた、般若心経をセレクトしたんですか?」
「はあ ‥ まあ、私のテーマソングみたいなものですし ‥
ウチの地域に住んでいる人だったら、『おお、カンノンさんの歌!』
と思って、『ヒントになるかなー』と考えたんです」
「わりと、個人的な理由?」
「そう言えば、そうなりますね」
「 ‥‥ そうですか ‥‥ 」
三つ目。
何故、転送できていない建物(人)を見つけ出す為に、廃品ばっかり再利用したのか?
「カウント板というか、バタバタ数字時計と」
「ハイ」
「ローマ字キーというか、左寄りラベルライターを使ったわけですよね?」
「ハイ」
「どっちも、使っていなかった廃品を、再利用したわけですよね?」
「ハイ」
「“転送できていない建物(人)を見つけ出す”って状況は、
わりと切実でスピード重視の状況やないですか?」
「まあ、そうですね」
「確実性を期すなら、新品を使ってもいいと思うんですが?」
「そこはほら、実際的な問題で」
「はあ?」
「何かと「自然保護!経費削減!」と、世論がうるさいんですよ」
「はあ」
「それで まあ、有権者や納税者を納得させる為にも、
『“エコでリサイクルな廃品再利用”をして、
しかも経費削減までしてますよ』
と明確に示して、それに添った手法を考えて、実行したわけです」
「はあ」
「まあ、無事、アシュラくんも見つかったんで、
『この手法を採用して、結果的にも良かった』と、そういうわけです」
「あくまで、“世論への対面を、第一に考えた手法”を採用して、
『不転送者(建物)のことは、二の次』にしたということですか?」
「そこまで突き詰めて言われてしまっては、困ってしまいます。
まあ、そちらは助かったわけだし、こちらは救助できたわけだし、
『万事OK』で、いいじゃないですか」
「 ‥‥‥ そうですか ‥‥‥ 」
「と、話している間に、転送座標の再計算が終わったようです」
「はい?」
「すぐにでも、転送します。
準備はいいですか?」
「えっ?
ホンマに今すぐですか?」
「ハイ。
何か不都合ありますか?」
「不都合は無いんですけど、確認したいことが」
「ハイ。
何ですか?」
「転送される範囲なんですけど、
どれぐらいの範囲で、転送されるんですか?」
「建物と、その敷地丸ごとの、地表面全部くらいですかね」
「ああ、それなら大丈夫です」
自転車、カウント板含め、その他諸々一切合財、敷地内に入っている。
「それじゃあ、行きますよ。
お母さんもお父さんも妹さんも、首長くして待っておられるんで」
「ホンマですか~?」
「いや、首長くしては言い過ぎかもしれませんけど、待ってはおられます」
「ああ、それなら、分かります」
「分かりますか?」
「分かります。
そういうポジションなんで」
「そういうポジションですか ‥ 。
こちらは、イマイチ分かっていないんですが、
まあ分かったことにしておきます」
「お願いします」
「それじゃあ、改めて行きますよ」
「はい、お願いします」
「 ‥ 10 ‥ 」
いざ、別れるとなると、この星から離れるのが、名残惜しい。
「 ‥ 9 ‥ 」
さらば我が星、我が記憶。
「 ‥ 8 ‥ 」
この状況から離れるのも、なんか名残惜しい。
「 ‥ 7 ‥ 」
なんせ、誰の目にも気兼ね無い、気楽な日々やったからなー。
「 ‥ 6 ‥ 」
誰の行動や言動も無かったから、対人関係のストレスなんか、溜まりようが無かったし。
「 ‥ 5 ‥ 」
計画立てて、日々過ごしてたから、健康的な規則正しい生活やったし。
「 ‥ 4 ‥ 」
正直、カウント板の謎を解く日々は、リアルに充実してたような気がするし。
「 ‥ 3 ‥ 」
近年まれに見る、ワクワク感があったし。
「 ‥ 2 ‥ 」
あ、でも、風呂には入って置きたかったなー。
「 ‥ 1 ‥ 」
この状況になってから入ってないし、臭うやろなー。
顔三つとも、手三つとも、汚れてるやろうし。
あ、でも、水道もガスも通ってなかったし、しゃーないか。
「 ‥ 0 ‥ 」
そういや ‥
夏の日差し。
青い空。
白い雲。
蝉の声。
吹き抜ける風。
雑草を刈る音。
水を掛ける音。
おはぎの匂い。
線香の香り。
曼珠沙華。
「 ‥ かんじざいぼさつぎようじんはんにやはらみつたじ ‥ 」
「 ‥ かんじ ‥ さつきよう ‥ はんにや ‥ みつたじ ‥ 」
「 ‥ しようけんごうんかいくうどいつさいくやくしやりし ‥ 」
「 ‥ しよう ‥ かいくう ‥ いつさい ‥ やりし ‥ 」
「グダグダやん」
「だって、おとうさん、おきょう、むすかしくとなえてんねん」
「いやいや、難しく唱えてませんから。
フツーですから」
「だいたい、ボクには、おきょう、むずかしいねん」
「ほな、パラパラにしたら?」
「そうする。
おかあさん、パラパラ出して」
「はい」
パラパラ パラパラ ‥
パラパラ パラパラ ‥
パラパラ パラパラ ‥
「はい、もう三回、となえました」
「速やっ!」
「おとうさんが、おそいねん」
「いや、それは、反則気味やろ」
「そうなん?おかあさん」
「う~ん、ギリオッケー」
「ギリオッケーかよ!」
「お爺ちゃん、お婆ちゃん、ご先祖さん的にも、OKちゃう?」
うん、ギリギリ、オッケー。
そうですね。
さもあらん。
{了}




