最後の焚き火-久年ヶ原
ある真夜中の日だった。
その日はいつにも増して空は黒く遠く、散りばめられた星屑が渦をなして天球を囲んでいた。無音の岩砂漠に一つの灯りが揺らめいている。火を挟んだ二つの大きさの違う影は身動きせず、じっとしていた。冬の風も今日はしんとして、ただ静寂のみが星の瞬きと共に流れていた。
体の小さい者は寝ているのであった。毛布を被り、その小さな体をさらに縮こませ、照らされた頬を赤くしながら寝息を立てている。その顔にかかる影はゆらゆらと形を変え、小さく上下する体を這った。
座っている者は何をするでもなく、ただじっと小さな者を見つめているのであった。彼はその人ならざる頭を正面に据えたまま、まるで眠るように見つめていた。
時折、熱を含んだ木がはぜる乾いた音が立つ以外には、その空間は無音であった。川をなすまばらな星々の瞬きが荒野と2人を包んでいた。
流れ星が2人の上を飛びすぎていった後、小さな者はおもむろに身体を起こした。影が形を変えて滑り、ゆっくりとその顔を照らした。座っていた者はまだ、瞳のない眼孔で彼女を見つめていた。
「…星を見たんですか?」
「ああ」
男は答えた。
大地の呼吸が聞こえそうなほどに静寂が流れていた。
「今日は晴れていますから」
女は微笑を浮かべた。
ぱちりと炎がはぜ、夜の闇に吸い込まれて消えた。
女は少し顔を背ける。衣擦れの音。
薄く口を開き、しかし閉じてしまう。
肩にかけた毛布を顔元に引き寄せ、息を吸う音がした。
「…あなたのいない世界はどこにいっても空っぽだった」
男は黙ったままだった。
「ここに来てくれてありがとう」
正面を見据えた彼女の目の縁は炎に照らされて輝いていた。涙は顎を伝ってぽつりと岩に落ちる。
「遅れてすまなかった」
男の言葉に、女は首を横に振った。
「後100年は来ちゃダメだから」
「相変わらず無理を言う」
男はその異形の顔をうっすらとした笑顔のような形に変えた。
女はゆっくりと立ち上がった。
「行くのか」
「もう帰らないと。月が出てしまう」
「そうか」
男も膝に手をつき立ち上がった。影が伸びる。
女はその裸足の足を炎に向かって進めた。
そして焚き火を抜け、男と包容を交わす。再び静寂が満ちわたる。炎がはぜる。
流れ星が瞬きよりも早く、2人の上を滑り落ちた。
一つになった影は、やがて座り込み、ともっていた炎を消した。
星々はその流れるような眼差しで、久年ヶ原を包み込んでいた。
ある真夜中の日のことである。
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