居酒屋敷
整合性とかないけど投稿します。
「わかった」
知人、いや、Aと呼ぼう。Aは自分の横をぽんと叩いた。それはAのソファじゃないよ、と言いたくなったけれどそれはそれで面倒なことを言ってきそうだから大人しく横に座った。
「それで、なんで最近来てないんだ?」
「最近は行くのが面倒なんだ」
そう答えた。嘘を吐いているともいないとも言うことはできないけれど、これで納得してくれるなら良いだろうと思った。
「なんで面倒なんだ?」
「……勉強についていけないから?」
なんでこんなに聞いてくるんだろう。そもそも僕たちはそこまでの仲ではないと思っていたけれど、Aからすると友達なのか。
「へぇ、そのくらいの理由なら来た方がいいと思うけどな」
「まあ、そうだけど……今日は調子が優れないから帰ってくれない?」
面倒臭さがより一層強くなってきたので、目を伏せてそう言えば帰ってくれるだろうと思って、片手で頭を押さえた。
「そうか。なら横になってろ、お粥でも作ってやるよ」
「えぇ、あ、ありがとう」
また日が暮れた。
Aが作ってくれたお粥を食べた僕は、ソファに座っていた。横ではAがビール缶を片手に小さいテレビの電源を付けて何かを見ていた。この頃全くテレビを見ていなかったからリモコンが見つからなくてAは苛々していたが、そんなことは忘れたように笑っている。
「そのビール、僕にも少し頂戴」
「は?」
Aは顔を僕に向けた。
「調子悪いのに飲むのかよ」
「良いでしょ、少しくらい」
そう言うと少しビールをくれた。ビールを味わった後すぐに、酔いが来た。好きなのに、アルコールに弱いから飲めない。面倒臭いなと思う。
「ほら、すぐ酔う。馬鹿だよな」
「うるさいな」
Aと飲んだことなんてあったかな。
「君はいつ帰るの?」
「んー、そうだな」
単純な疑問を聞いただけだったのだけれど、Aは十秒ほど悩んだ。
「いつ帰って欲しい」
そのくらい自分で決めて欲しい。
「いつでもいいよ」
これは本心だった。最初は家にあげるのが嫌だったAが隣にいるのも今は特に嫌でもない。単純に、慣れの問題だったのかもしれない。
「なんだそれ」
Aはそんなことを呟いて缶を呷った。
「そういえば、そこのギターは? 弾いてないのか?」
そう言われて視線を向けた先に、埃を被ったギターがあった。バイトをしていた頃、貯めた金で買ったんだっけ。でも、数回しか触ってない。
「うん」
「へぇ、せっかく良いギター持ってるのに、勿体無いな」
確かに、勿体無い。
「すすり泣いてる」
「泣くべきはお前だよ」
呟きながらソファに戻ってきたAは缶を持ち上げて振り、中身がなくなったのかテーブルに置いた。
暫く沈黙が続いた。
「なあ」
それをまたAが壊した。
「やっぱり俺帰るわ」
「そう」
帰り支度を始めて立ち上がるAを横目に、僕はソファに寝転んで息を吐いた。
「急に来てすまんな。じゃあ帰るわ」
玄関に向かうAを見て、目を閉じかけたけれどやっぱり開けて口を開いた。
「君、なんて言う名前なの?」
立ち止まってこちらを見たAは驚いたようにも、悲しんでいるようにも、呆然としているようにも見えた。
「……覚えてないならそれで良い」
少し考えていたのか、間を置いてからAは答えた。Aがドアを開けて部屋から出ていったあと、僕は、一口飲んだだけでは満足できなかったので立ち上がった。冷えてはいないけど、他にも酒があったはず。
探して見つかったのはワインだった。それも大学生からしたら高めのワインだ。コルクを開けて、そのまま飲んだ。
「あ……」
そうしたら思い出した、Aの名前を。それだけじゃない、バイトを首になった理由も、他のことも思い出した。
「もしもし洋介、思い出した」
僕は即座にA、いや、洋介に電話をかけた。
『そうか』
彼からはそれだけ返ってきた。
「僕は現実逃避をしてたんだ」
『知ってるよ』
戻ってきた記憶は悲惨だった。
「彼女が強姦されて自殺したとか、忘れたくもなるよね」
洋介は何も言わなかった。
「じゃあね」
そうして電話を切った。僕は死のうと思って、ロープを探した。ロープはすぐ見つかった。忘れる前も自殺しようとしていたから。最後に彼女の名前も思い出したかったけれど、すぐ死にたかった。