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突然魔法少女? 7

 肩で息をしながら誠は実働部隊の待機室に飛び込んだ。ようやく落ち着きを取り戻した詰め所の端末に座る隊員達。明らかに呆れたような視線が誠に注がれる。

「どうしたんだ?すげえ汗だぞ」 

 椅子の背もたれに乗りかかりのけぞるようにして入り口の誠を見つめて要が聞いてくる。誠はただ愛想笑いを浮かべながら彼女の隣の自分の机に到着した。

「慌ててるな。ちゃんとネクタイとベルトを締め直せ。たるんでるぞ」 

 カウラは目の前の目新しい端末を操作しながら声をかけてくる。

 誠は周りを見渡しながらネクタイを締め直した。楓と渡辺がなにやら相談しているのが見える。そして当然のことながらアンの席は空いていた。吉田とシャムが席を外しており、退屈そうにランが目の前に広げたモニターの中で展開されている模擬戦の様子を観察していた。

「すいません、遅れました」 

 おどおどと入ってくるアンが向ける視線から避けるように誠は机にへばりつく。第三小隊設立以降、毎朝このような光景が展開されていた。

「退屈だねえ」 

 そう言って肩をくるくるとまわす要にランの視線が注いがれている。

「なら先週の道路の陥没事故の報告書あげてくれよ」 

 ランの一言に振り向いた要が愛想笑いを浮かべている。

「おい、神前。豊川東警察署から届いた調査書はお前のフォルダーに入れてあったんだよな」 

 そう言いながら端末をいじる要。明らかにやる気が無いのはいつものことだった。誠は仕方なく自分の端末を操作してフォルダーのセキュリティーを解除した。

「サンキュー」 

 言葉とは裏腹に冴えない表情の要。カウラの要に向ける視線が厳しくなっているのを見て、誠はまたいつもの低レベルな口喧嘩が始まるのかと思ってうつむいた。

「諸君!おはよう!」 

 妙に上機嫌にシャムが扉を開く。その後ろに続く吉田は明らかにシャムに何かの作業を頼まれたと言うような感じで口笛を吹きながら自分の席につく。

「何かいいことでもあったのか?さっきは端末覗いたと思えば飛び出して行きやがって」 

 ランの言葉に一瞬頷こうとしてすぐに首を振るシャム。

「アイシャに続いてオメエ等まで馬鹿なこと始めたんじゃねえだろうな」 

 要が退屈を紛らすためにシャムに目を向ける。そんな要を見つめるカウラの視線がさらに厳しいものになるのを見て誠はどうやれば二人の喧嘩に巻き込まれずに済むかということを考え始めた。

 そんな中、乱暴に部屋の扉が開かれた。

 駆け込んできたのはアイシャだった。自慢の紺色の長い髪が乱れているが、そんなことは気にせずつかつかと吉田の机まで進んできて思い切りその机を叩いた。

「どういうことですか!」 

 アイシャのすさまじい剣幕に口げんかの準備をしていた要がアイシャに目を向けた。

「突然なんだよ。俺は何も……」 

「何で在遼州アメリカ軍からシャムちゃん支持の大量の投票があったかって聞いてるんですよ!」 

 アイシャの言葉に部屋は沈黙に包まれた。呆れる要。カウラは馬鹿馬鹿しいと言うように自分の仕事に集中する。ランは頭を抱え、シャムはにんまりと笑みを浮かべていた。

「別に……、あっそうだ。うちはいつでもアメリカさんの仮想敵だからな。きっと東和の新兵器開発については関心があるんじゃないか?」 

 表情も変えずにそう言う吉田に再びアイシャが机を叩いた。部屋の奥の楓と渡辺が何をしているのかと心配するように視線をアイシャに向ける。

「怒ることじゃねえだろうが。ったく……」 

 そこまで言った要だが珍しく真剣な表情のアイシャが顔を近づけてくると、あわてたように机に伏せた。

「よくって?この豊川に基地を置く以上は皆さんに愛される保安隊になる必要があるのよ!だからこうして真剣に市からの要請にこたえているんじゃないの!当然愛される……」 

「こいつを女装させると市役所から褒められるのか?」 

 頬杖をつきながらつぶやいたカウラ。何気ない一言だが、こういうことに口を出すことの少ないカウラの言葉だけにアイシャは一歩引いてカウラの顔を見つめながら乱れていた紺色の長い髪を整えた。

「そうだ!マニアックなのは駄目なんだよ!」 

「シャムちゃんに言われたくないわよ!」 

 いつの間にか猫耳をつけているシャム、それに言い返そうと詰め寄っていくアイシャ。

「オメー等!いい加減にしろ!」 

 要と同じくらい短気なランが机を叩く。その音を聞いてようやくアイシャとシャムは静かになった。

「あのなあ、仕事中はちゃんと仕事してくれ。特にアイシャ。オメーは一応佐官だろ?それに運行艦と言う名称だが、『高雄』は一応クラスは巡洋艦級。その副長なんだぞ。サラとか部下も抱えている身だ。それなりに自覚をしてくれよ」 

 そう言うとランは再び端末の画面に目を移した。

「まあ、いいわ。つまり票が多ければいいんでしょ?それと……このままだと際限なく票が膨らむから範囲を決めましょう。とりあえず範囲は東和国内に限定しましょうよ」 

「うん、いいよ。絶対負けないんだから!」 

 アイシャとシャムはお互いにらみ合ってから分かれた。シャムは自分の席に戻り、アイシャは部屋を出て行く。

「何やってんだか」 

 呆れたように一言つぶやくとランは再びその小さな手に合わせた特注のキーボードを叩き始めた。

『心配するなよ。オメーの女装はアタシも見たくねーからな』 

 誠の端末のモニターにランからの伝言が表示される。振り向いた誠にランが軽く手をあげていた。

「なんだか面白くなってきたな」 

 そう言って始末書の用紙を取り出した要がシャムに目を向ける。必死に何か文章を打っているシャム。その様子を面白そうに見つめる要。

「おい、賭けしねえか?」 

 誠の脇を手にしたボールペンでつついてきた要が小声で誠に話しかけてくる。

「そんなことして大丈夫ですか?」 

「大丈夫な訳ないだろうが!」 

 当然誠をいつでも監視しているカウラの一言。だが、それも扉を開いて入ってきた嵯峨の言葉に打ち消された。

「はい!シャムが勝つかアイシャが勝つか。どう読む!一口百円からでやってるよ」 

 メモ帳を右手に、左手にはビニール袋に入った小銭を持った嵯峨が大声で宣伝を始める。

「じゃあ、シャムに10口行くかな」 

 そう言って財布を取り出そうとする吉田。ランは当然厳しい視線でメモ帳に印をつけている嵯峨を見つめていた。

「ちょっと……隊長。話が……」 

 帳面を手に出て行こうとする嵯峨の肩に手を伸ばすラン。

「ああ、お前もやるんだ……」 

 そこまで言ったところで帳面を取り上げて出て行くラン。さすがの嵯峨もこれには頭を掻きながら付いていくしかなかった。

 再びの沈黙だが主のいないロナルドの席を当然のように占拠してアイシャが端末で何か作業をしているのが誠にも見えた。シャムもまるで決闘でも始めそうな笑顔でちらちらとアイシャに目をやる。その頭には猫耳が揺れている。

「ふっふっふ……。はっはっは!」 

 アイシャが挑発的な高笑いをした瞬間、吉田はシャムを呼び寄せた。そして二人でしばらく密談をしたあと、不意に吉田が立ち上がった。それを見ると端末の電源を落としてロナルドの席から立ち上がり、気がすんだように伸びをしてそのまま部屋を出て行くアイシャ。それを横目にささやきあっていた吉田とシャムが立ち上がる。

「カウラ。ちょっと許大佐から呼び出しが……」 

「いちいち許可は必要ないんじゃないですか?」 

 カウラは明華の名前が出てきている以上あまり強く言えなかった。

「じゃあ!」 

 吉田とシャムが部屋を出て行く。誰がどう見ても先ほどの賭けの件であることが分かるだけに、カウラの表情は複雑だった。とりあえず諦めて画面に向かった誠だが、一通のメールが運行部班長名義で到着していることに気づいてげんなりした。運行部班長はアイシャである。先ほどの吉田とシャムの動きを見ていればアイシャが動き出すのは当然と言えた。

『昼食の時にミーティングがしたいからカウラを連れてきてね。ああ、要は要らないわよ』 

「誰が要らないだ!馬鹿野郎!」 

 隣から身を乗り出して誠の端末の画面を覗き込んでいた要が突然叫んだ。その大声に呆然とする楓と渡辺。隣で新聞を見ていたアンも要の顔をのぞき見ていた。

「もういーや。お前等も好きにしろよ!」 

 嵯峨を引き連れて戻ってきたランは諦めたようにそう言った。そとでピースサインをした嵯峨が帳面を手に戻っていく。その様子を見ていらだったような表情を浮かべていた要の顔色が明るくなった。

「それってさぼっても……」 

「さぼってってはっきり言うんじゃねーよ。どうせ仕事にならねーんだからアイシャと悪巧みでも何でもしてろ!」 

 そう言って報告書の整理を続けるラン。要はすぐさま首にあるジャックにコードを挿して何かの情報を送信した後、立ち上がっていかにも悪そうな視線をカウラに送る。思わずカウラは助けを求めるようにランを見つめていた。

「クラウゼの呼び出しか?ベルガー、ついてってくれよ。こいつ等なにすっかわかんねーからな」 

 カウラは大きくため息をついてうなだれた。要とカウラは席を立った。要の恫喝するような視線に誠も付き合って立ち上がる。表を見た三人の目にドアの脇からサラが中を覗き込んでいるのが見えてくる。要が派手にドアを開いてみせるとサラが誠達に詫びを入れるように手を合わせた。

「ごめんね!誠ちゃん、カウラちゃん。アイシャがどうしてもって……」 

 通信主任、サラ・グリファン中尉。いつものように姉貴分のアイシャの暴走を止められなかったことをわびるように頭を下げる。

「それよりオメエが何でこっちの陣営なんだ?」 

 要はサラの後ろにいる島田に声をかけた。

「いやあ、あちらは居心地が悪くて……」 

 そう言い訳する島田だが、付き合っているサラに引き込まれたことは誠達には一目で分かった。

「どこで遊んでるんだ?アイシャは」 

 カウラの言葉にサラは隊長室の隣の会議室を指差した。三人はサラと島田について会議室に向かう。会議室の重い扉を開けるとそこは選挙対策委員会のような雰囲気だった。

 何台もの端末に運行部の女性オペレーターが張り付き、携帯端末での電話攻勢が行われている。その中には技術部の小火器管理責任者のキム・ジュンヒ少尉や管理部の男性事務官の顔もあった。

「なんだ、面白そうじゃねえか」 

 そう言って要はホワイトボードに東和の地図を書いたものを見ているアイシャに歩み寄った。

「やはり吉田さんは手が早いわね。東部軍管区はほぼ掌握されたわね。中央でがんばってみるけど……ああ、来てたの?」 

「来てたの?じゃねえよ。くだらねえことで呼び出しやがって!」 

 あっさりとしているアイシャに毒づく要。カウラも二人の前にあるボードを見ていた。

「かなり劣勢だな。何か策はあるのか?」 

 そう言うカウラを無視して誠の両肩に手をのせて見つめるアイシャ。そんなアイシャに頬を染める誠だった。そんな中アイシャはいかにも悔しそうな顔でつぶやいた。

「残念だけどやっぱり誠ちゃんはヒロインにはなれないわね」 

「あのー、そもそもなりたくないんですけど」 

 誠はそう言うと頭を掻いた。そしてすぐにアイシャはパーラが手にしているラフを誠に手渡す。そこにはどう見てもシャムらしい少女の絵が描かれている。だが、その魔法少女らしい杖やマントは誠にはあまりにシンプルに見えた。

「これはナンバルゲニア中尉ですか?ちょっと地味ですね」 

 そう言った誠に目を光らせるのはアイシャだった。

「でしょ?私が描いてみたんだけどちょっと上手くいかないのよ。そこで先生のお力をお借りしたいと……」

 誠の魂に火がついた瞬間だった。伊達にアニメヒロインで彩られた『痛特機』乗りでは無いところを見せよう。そう言う痛々しい誇りが誠の絵師魂に火をつける。

「アイシャさん。当然他のキャラクターの設定もできているんでしょうね!」 

 そう言いながら誠は腕をまくる。ブリッジクルーが宿直室から持ってきた誠専用の漫画執筆用のセットを準備する。

「そうね。あちらがインフラ面で圧倒しようとするならこちらはソフト面で相手を凌駕すれば良いだけのことだわ!」 

 高笑いを浮かべるアイシャ。こういうお祭りごとが大好きな要はすでに机の上にあった機密と書かれた書類を見つけて眺め始めた。

「魔法少女隊マジカルシャム?戦隊モノなのか魔法少女ものなのかはっきりしろよ」 

 そう言いながら読み進めた要。だがすぐに開いたページで手を止めて凍てつく視線でアイシャを見つめた。

「おい、アイシャ。なんだこれは」 

 片目の魔女のような姿の女性のラフ画像をアイシャに見せ付ける要。

「ああ、それは要ちゃんの役だから。当然最後は誠ちゃんと恋に落ちてかばって死ぬ予定なんだけど……」 

 何事もないように言うアイシャに要はさらに苛立ちはじめた。

「おい、なんでアタシがこいつと恋に落ちるんだ?それに死ぬって!アタシはかませ犬かなにかか?」 

「よく分かったわね。死に行く気高き騎士イッサー大尉の魂がヒロインキャラット・シャムの魂に乗り移り……」 

「お姉様が死ぬのか!そのようなもの認めるわけには行かない!」 

 背後で机を叩く音がしてアイシャと要も振り返った。

 そこには楓と渡辺が立っている。楓はそのままアイシャの前に立つと要の姿が描かれたラフを見てすぐに本を閉じた。

「あのー、楓ちゃん。これはお話だから……」 

 なだめようとするアイシャの襟首をつかんで引き寄せる楓。楓はそのまま頬を赤らめてアイシャの耳元でささやく。

「この衣装。作ってくれないか?僕も着たいんだ」 

 その突然の言葉に再び要が凍りついた。誠はただそんな後ろの騒動を一瞥するとシャムが演じることになるヒロインの杖のデザインがひらめいてそのままペンを走らせた。

「楓ちゃん!」 

 濡れた視線で楓を見つめていたアイシャがそう叫んでがっちりと楓の手を握り締めた。

「その思い受け止めたわ!でも今回はあまり出番作れそうにないわね」 

「おい!今回ってことは二回目もあるのか?」 

 要が呆れながらはき捨てるように口走る。そんな要を無視してアイシャはヒロイン、シャムのデザインを始めている誠の手元を覗き込んだ。その誠の意識はすでにひらめきの中にあった。次第にその輪郭を見せつつあるキャラット・シャムの姿にアイシャは満面の笑みを浮かべた。

「やっぱり誠ちゃんね。仕事が早くて……」 

「クラウゼ少佐!」 

 叫んだのは島田だった。アイシャは呼ばれてそのまま奥のモニターを監視している島田の隣に行く。

「予想通り来ましたよ、シャムさんの陣営の合体ロボの変形シーンの動画……ここまでリアルに仕上げるとは……こりゃあ明華の姐御が仕切ってますね」 

 頭を掻く島田。アイシャは渋い表情で画像の中で激しく動き回るメカの動画を見つめていた。

「メカだけで勝てると思っていたら大間違いと言いたいところだけど……あちらには吉田さんがいるからねえ。それにああ見えてレベッカは結構かわいい衣装のデザインとか得意だから……」 

「あちらはレベッカさんとシャムさんですか」 

 下書きの仕上げに入りながら誠が口を開く。そこに描かれた魔法少女の絵にカウラは釘付けになっていた。アイシャのデザインに比べて垢抜けてそれでいてかわいらしいシャムの衣装に思わず要と誠の押さえ役という立場も忘れて惹きつけられているカウラ。

「でもまあ、合体ロボだとパイロットのユニフォームとかしか見るとこねえんじゃないのか?」 

 そう言った要の顔を見て呆れたように首を振るアイシャ。

「あなたは何も知らないのね。設定によっては悲劇のサイボーグレディーとか機械化された女性敵幹部とか情報戦に特化したメカオペレーターとかいろいろ登場人物のバリエーションが……」 

「おい、アイシャ。それ全部アタシに役が振られそうなキャラばかりじゃねえか!」 

 要はそう言ってアイシャの襟首をつかみあげる。

「え?大丈夫よアタシの頭では全部構想はできているんだから」 

 得意げに胸を張るアイシャに要は頭を抱える。

「オメエのことだからもうすでに設定とかキャスティングとか済ませてそうだな、教えろよ……さっきのは却下な。悲劇のヒロインなんかやらねえからな」 

 挑発的な表情でアイシャに顔を寄せる要。だが、アイシャは要の手を払いのけて襟の辺りを直すと再び誠の隣に立った。

「やっぱりいつ見ても仕事が早いわよねえ。この杖、やっぱり色は金色なの?」 

 アイシャは会議机の中央に箱ごと並んでいたドリンク剤のふたをひねると誠の隣に置いた。夏コミの時と同じく誠はその瓶を右手に取るとそのまま利き手の左手で作業を続けながらドリンク剤を飲み干した。

「ちょっと敵役の少女と絡めたデザインにしたいですから。当然こちらの小さい子の杖は銀色でまとめるつもりですよ」 

 ドリンク剤を飲み干すと、誠は手前に置かれたアイシャのラフの一番上にあった少女の絵を指差した。 

「これってもしかして……」 

「ああ、それはクバルカ中佐よ。あの目つきの悪さとか、しゃべり口調とか……凄く萌えるでしょ?」 

 アイシャに同意を求められたカウラは首をひねった。誠の作業している隣では楓と渡辺がアイシャが作ったキャラクターの設定を面白そうに眺めていた。

「あの餓鬼が受けると思うのか?」 

 散々アイシャの書いたキャラクターの設定資料を見ながら笑っていた要が急にまじめそうな顔を作ってアイシャを見つめる。

「ええ、大丈夫だと思うわよ。ああ見えてランちゃんは部下思いだから」 

 真顔で答えるアイシャを挑発するように再び腹を抱えて笑い始める要。タレ目の端から涙を流し、今にもテーブルを殴りつけそうな勢いに作業を続けていた誠も手を止める。

「あのちびさあ……見た目は確かに餓鬼だけどさ。クソ生意気で目つきが悪くて手が早くて……それでいて中身はオヤジ!あんな奴が画面に出ても画面が汚れるだけだって……」 

 腹を抱えて床を見ながら笑い続ける要が目の前に新しい人物の細い足を見つけて笑いを止めた。

 要は静かに視線を上げていく、明らかに華奢でそれほど長くない足。だが、それも細い腰周りを考えれば当然と言えた、さらに視線を上げていく要はすぐに鋭い殺意を帯びたつり目と幼く見える顔に行き当たった。

「で、ガキで生意気で目つきが悪くて手が早くて中身がオヤジなアタシが画面に出るとどうなるか教えてくれよ」 

 淡々とランは要を睨みつけながらそう言った。要はそのままゆっくりと立ち上がり、膝について埃を払い、そして静かに椅子に座る。

「ああ、誠とかが仕事をしやすいようにお茶でも入れてくる人間がいるな。じゃあアタシが……」 

 そう言って立ち上がろうとする要の襟首をつかんで締め上げるラン。

「でけー面してるな西園寺。悪いがアタシはさらに付け加えて気がみじけーんだ。このまま往復びんた三十発とボディーブロー三十発で勘弁してやるけどいいか?」 

 要を締め上げるランの顔の笑みが思わずこの騒ぎを見つけた誠を恐れさせる。

「やめて!アタシは女優よ!」 

「お約束のギャグを言うんじゃねーよ!」 

 そう言ってその場に要を引き倒したランだが、さすがにアイシャとカウラが彼女を引き剥がす。さすがにその行為はただの冗談だったようでニヤリと笑うと制服の襟を整えてランは立ち上がった。

「じゃあさっき言ってたな、茶を入れてくれるって。とっとと頼むわ」 

 そう倒れた要に言いつけるとランは誠の隣に座った。騒動が治まったのを知ってどたばたを観察していた隊員達もそれぞれの仕事に戻った。

「でもすげーよな」 

 気分を変えようとランは誠の絵に集中するさまを感動のまなざしで見つめている。誠は今度はシャムの使い魔の小さな熊のデザインを始めていた。

「こんなの誰が考えたんだ?」 

 そう言いながら後ろに立つアイシャに目を向けるラン。だが、ランは振り返ったことを若干後悔した。明らかに敵意を目に指を鳴らすアイシャ。強気な彼女がひるんだ様子で手にしたラフを落としてアイシャを見上げている。

「あのー……そのなんだ……」 

「中佐。ここでは私は『監督』とか『先生』と呼んでいただきたいですね。それと常に私に敬意を払うことがここでのルールですわ」 

「おっ……おう。そうなのか?」 

 言い知れぬ迫力に気おされたランが周りに助けを求めるように視線を走らせる。だが、この部屋にいる面子は先月配属になった楓と渡辺以外は夏のコミケのアイシャによる大動員に引っかかって地獄を見た面々である。彼等がランに手を貸すことなどありえないことだった。

 明らかにランはと惑っていた。それは誠にとっては珍しくないがランには初めて見る本気のアイシャの顔を見たからだった。明らかに気おされて落ち着かない様子で回りに助けを求めるように視線をさまよわせる。

「ちょっとクラウゼさん。見てくださいよ」 

 ようやくランを哀れに思ったのか、島田はそう言うと会議室の中央の立体画像モニタを起動させた。そこには5台の戦闘マシンの図が示されていた。それぞれオリジナルカラーで塗装され、すばやく変形して合体する。

「ほう、これは姐御がシャムに妥協したわね。合体ロボなんてナンセンスって話してたの聞いたことあるもの」 

「妥協ねえ……」 

 真剣にそのメカを見つめているアイシャに冷めた視線のカウラがつぶやいた。そもそも合理的な思考の持ち主であるカウラには合体の意味そのものがわからなかった。アイシャや誠の『合体・変形はロマンだ!』と言い出して保安隊の運用している05式の発売されたばかりのプラモデルの改造プランを立てる様子についていけない彼女にはまるで理解の出来ない映像だった。

「リアリズムとエンターテイメントの融合は難しいものなのよ。たとえば……」 

「おい!お茶!」 

 演説を始めようとするアイシャの後頭部にポットをぶつける要。振り向いたアイシャだが、要はまるで知らないと言うように手を振るとテーブルにポットと急須などのお茶セットを置いた。

「とりあえず先生に入れてあげて!」 

 アイシャの先には首をひねりながらシャムの役の魔法少女の服装を考えている誠がいた。

「そんなに根つめるなよ。アレだろアイシャ。とりあえずキャラの画像を作ってそれで広報活動をして、その意見を反映させて本格的な設定を作るんだろ?」 

 そう言った要の手をアイシャは握り締めた。

「要ちゃん!あなたはやればできる子だったのね!」 

 そのまま号泣しそうなアイシャにくっつかれて気味悪そうな表情を浮かべる要。カウラは黙ってお茶セットで茶を入れ始めた。

「でもすげーよな。本当によく考えてるよこれ。でもまあ……アタシはもうちょっとかわいいのがいいけどな」 

「違います!」 

 ランの言葉に要から離れたアイシャが叫んだ。突然のことに驚くラン。

「かわいいは正義。これは昔からよく言われる格言ですが、本当にそうでしょうか?かわいい萌え一辺倒の世の中。それでいいのかと私は非常に疑問です!かわいさ。これはキャラクターの個性として重要なファクターであることは間違いないです。私も認めます。ですが、すべてのキャラがかわいければよいか?その意見に私はあえてNo!!と言いたいんです!」 

 こぶしを振りかざし熱く語ろうとするアイシャに部屋中の隊員が『またか』と言う顔をしている。

「なんとなくお前の哲学はわかったけどよー、なんでアタシはへそ出しなんだ?シャムの格好はどう見てもドレスだって言うのに。それと……」 

 ランが自分が書かれているアイシャ直筆の設定画を手に取っている。だが、アイシャは首を振りながらランの肩に手を伸ばし、中腰になって同じ目線で彼女を認めながらこう言った。

「これはセクシーな小悪魔と言うキャラだからですよ。わかりますよね?」 

 思い切りためながらつぶやいたアイシャの言葉にランは頬を赤らめた。

「……セクシーなら仕方が無いな。うん」 

 ランのその反応に机を叩いて笑い出す要。さすがのランも今度はただ口を尖らせてすねて見せる程度のことしかできなかった。

「あの、アイシャさん。この女性怪人、名前がローズクイーンってベタじゃないですか?」 

 誠がそう言いながら差し出したのは両手が刺付きの蔓になっている女性怪人の設定画だった。

「そのキャラはあえてベタで行ったのよ。その落差が良い感じなの!」 

 ついていけないというように自分の分のお茶をすするカウラ。要とランはとりあえず席に座ってお茶を飲みながら誠とアイシャの会話を聞くことにした。一方せっかく用意したシャム陣営の合体ロボの合体変形シーンをスルーされた島田はサラに肩を叩かれながら再び端末でネット掲示板に宣伝の書き込みをする作業を再開していた。

「でも良いんですか?あまさき屋にはお世話になっているのは認めますけど……これって春子さんですよね、演じる人は」 

 誠は涼やかな表情と胸などを刺付きの薔薇の蔓で覆っただけの胸のあたりまで露出した姿の女性の描かれた紙をアイシャに差し出す。

「すげー!本当にオメーが描いてるんだなこれ」 

 声を上げたのはランだった。だが、アイシャはすぐにそれを手に取り真剣な目で絵を見つめていた。カウラの隣で黙っているのに飽きてアイシャの後ろに来た要がイラストを見てにやりと笑う。

「これはいいのか?胸とか露出が多すぎだろ?これじゃあ春子さん受けないんじゃねえの?」 

 そう言って要は誠の頭を叩く。その手を振り払って誠は次のキャラを描き始めた。

「確かにこれはやりすぎだな……」 

「これで行きましょう!」 

 カウラの言葉をさえぎってアイシャが叫ぶ。すぐさまその絵はパーラとサラに手渡された。

「要ちゃんの言うとおりとりあえず軍にはこれを流して宣伝材料にすれば結構票が稼げそうね。シャムちゃんは女性キャラが苦手だから男ばかりでむさくるしい各部隊の票はこちらが稼げるはずよ!あとは……」 

 要をまじまじと見つめるアイシャ。その雰囲気にいたたまれないように周りを見回す。だが、要の周りには彼女を見るものはほとんどいなかった。それどころか一部の彼女の視線に気がついたものは『がんばれ!』と言うような熱い視線を送ってくる。

「いつアタシがそんなこと……」 

 そう言う要をアイシャが睨みつける。要が一斉に『お前がやれ』と言う雰囲気の視線を全身に受けると頭を掻きながら身を引く。アイシャは誠が修正した設定画をめくってその中の一つを取り出した。

「それ、アタシだな」 

 そんなランの言葉に再び厳しい瞳をランに向けるアイシャ。だがすでにランは諦めきった様子を見せていた。それを満足げに見下ろすアイシャ。

「なんだよ、アタシがなんかしたか?え?」 

 最後の抵抗を試みるラン。だがアイシャの瞳の輝きにランは圧倒されて黙り込んでいた。

「中佐。お願いがあるんですけど」 

 その言葉の意味はカウラと要にはすぐ分かった。要は携帯端末を取り出して、そのカメラのレンズをランに向ける。カウラは自分が写らないように机に張り付いた。

「なんだ?」 

「ぶっきらぼうな顔してくれませんか?」 

 アイシャの意図を察した要の言葉にランは呆然とした。

「何言い出すんだ?」 

 ランは呆れながら要を見つめる。

「そうね、じゃあ要を怒ってください」 

「は?」 

 突然アイシャに怒れといわれてランは再び訳がわからないという顔をした。

「あれですよ、合成してイメージ画像に使うんですから。さあ怒ってください」 

 すでにアイシャの意図を察している上でアイシャの狙いに否定的なカウラまでそう言いながら笑っている。気の短いランは周りから訳のわからないことを言われてレンズを向けている要に元から悪い目つきで睨みつけた。

 合成されたシャッターの音がする。要はすぐさまそれをアイシャに渡した。

「これ結構いい感じね。採用」 

「なんだよ!いったい何なんだよ!」 

 ランはたまらずアイシャに詰め寄った。

「静かにしてね!」 

 そう言ってアイシャはランの唇を指でつつく。その態度が腹に据えかねたと言うようにふくれっつらをするランだが、今度はカウラがその表情をカメラに収めていた。

「オメー等!わけわかんねーよ!」 

 ランは思い切り机を叩くとそのままドアを乱暴に開いて出て行った。

「怒らせた?」 

「まあしょうがねえだろ。とっとと仕事にかかろうぜ」 

 そう言うと要は誠の描いたキャラクターを端末に取り込む作業を始めた。それまで協力する気持ちがまるで無かった要だが、明らかに今回のメインディッシュがランだと分かると嬉々としてアイシャの部下を押しのけて画像加工の作業を開始するために端末の前に座っていた。

 そんな騒動を横目に正直なところ誠はかなり乗っていた。

 夏のコミケの追い込みの時にはアイシャから渡されるネームを見るたびにうんざりしていたが、今回はキャラクターの原案と設定が描かれたものをデザインするだけの作業で、以前フィギュアを作っていた時のように楽しく作業を続けていた。

「神前は本当に好きなんだな」 

 ひたすらペンを走らせる誠を呆れたように見つめるカウラ。だが、彼女も生き生きしている誠の姿が気に入ったようでテーブルの端に頬杖をついたまま誠のペンの動きを追っている。

「なるほど、これがこうなって……」 

 パーラとサラの端末に取り込んだ誠の絵を加工する様子を楽しそうに見ているのは楓と渡辺だった。

「やってみますか?」 

 そんなサラの一言に首を振る楓。

「これ、もしかして僕かな」 

 画面を指差して笑う楓に思わず立ち上がったカウラはそのままサラの前の画像を覗き込んだ。そこには男装の麗人といった凛々しいがどこか恐ろしくも見える女性が映し出されていた。

「役名が……カヌーバ黒太子。アイシャ。悪役が多すぎないか?」 

 カウラの言葉にアイシャは一瞬天井を見て考えた後、人差し指をカウラの唇に押し付けた。

「カウラちゃんこれはあれよ……凛々しい悪役の女性キャラってそれだけで萌え要素なのよ」 

「そんなお前の偏った趣味なんて聞いてねえよ」 

「要ちゃんはちゃんと今回出番をたくさん用意するからがんばってね」 

 壁に寄りかかってぶつぶつとつぶやいている要にアイシャが笑いかける。

「ケッ!つまんねえな」 

 そう言い残して要は出て行った。カウラは追った方がいいのかと視線をアイシャに送るが、アイシャは首を横に振った。そして要が放置していった端末を覗いたサラは手でOKと言うサインを送っている。たまたま生き抜きに頭を上げていた誠は要がなんやかんや言いながら仕事をしていたことに思わず笑みを浮かべていた。

「島田君!そっちの宣伝活動はどうよ」 

「ええ、まあ順調ですね。あちらもうちと同じでシャムさんやレベッカさんの絵を使ってキャラクターの設定を始めたみたいですけど……」 

「ちょっと見せて」 

 アイシャはすっかりこの部屋の指揮官として動き回っている。誠は再び頭を上げた。さすがに集中力が尽きてアイシャが島田の端末の画像を見て悪い笑いを浮かべるのを見ながら首を回して気分転換をしてみる。

「これなら勝てるわね。シャムちゃんやレベッカの絵は女性向けっぽいところがあるから。遼北軍みたいに女性の多いところだと危なかったけど……東和軍は男性比率は80パーセント以上!逃げ切れるわよ」 

 勝利を確信するアイシャ。確かに彼女が『東和限定』と言う設定に持ち込んだ理由が良くわかってきた。遼北軍は70パーセント以上、外惑星のゲルパルトなどでも60パーセントは女性兵士、人工的に作られた兵士である『ラストバタリオン』で占められていた。

 アイシャと運行部での彼女の部下であるサラとパーラはその『ラストバタリオン』計画の産物だった。他にもカウラや楓の部下と言うより愛人と言われる渡辺かなめも同じように人工的にプラントで量産された人造女性兵士である。

 先の大戦で作られた人造兵士達は技術的な問題から女性兵士が多く、保安隊の配属の『ラストバタリオン』の遺産達もほぼすべて女性だった。それを知り尽くしているアイシャに不敵な笑みが浮かぶ。

「でもあちらにお姉さんがついたのは痛いわね」 

 アイシャが独り言のようにつぶやいた。カウラと楓の顔色が変わる。

「鈴木中佐があちらに?菱川重工を押さえるつもりか?」 

 そんな楓の言葉に再び作業に戻ろうとした誠が視線を向けた。

「お姉さんは泣き落としに弱いからしょうがないわよ。それにあちらが軍と警察だけに限定していた範囲を広げるならこちらも攻勢をかけましょう」 

 アイシャは笑顔で島田の耳元に何かを囁いた。

「マジですか?」 

「大マジよ!」 

 島田の顔色が変わったのを見て誠はそちらに目を向けた。そんな彼の視線を意識しているようにわざと懐からディスクを取り出したアイシャは島田にそれを手渡した。

「なんだそれは?」 

 場に流されるままのカウラが島田が端末に挿入するディスクを見つめる。そのディスクのデータがすぐにモニターに表示された。数知れぬ携帯端末のアドレスが表示される。カウラはそれを見てさらに頭を抱えた。

「それって……」 

「ちょっとした魔法で手に入れた同志達の端末のアドレスよ」 

 何事も無いように答えるアイシャに誠は開いた口がふさがらなかった。非合法活動のにおいがぷんぷんする個人データ。こういうことなら吉田の真骨頂が見れるのだが、さすがの吉田もこんなことではハッキング活動をするほど汚くは無い。

「どうやって集めた?場合によっては刑事事件モノだぞ!」 

「そんなに怖い顔しないでよ。アタシのホームページのメールマガジン登録者のデータよ。これもメールマガジンの一部のサービスってことで」 

 それでも一応は個人データの流用をしてはならないと言う法律がある。それを思い出して誠はため息をつくしかなかった。アイシャの趣味はエロゲ攻略である。女性向けだけでなく男性向けのデータも集めたその膨大な攻略法の記されたページはその筋の人間なら一度は目にしたことがある程の人気サイトになっていた。

 そしてアイシャは隠し球はそれだけではないと言うように携帯端末から電話をかける。

「今度は何をする気だ?」 

 カウラはそう言って誠を見つめる。

「あ、私よ。例のプロジェクトが発動したわ。情報の提供頼むわね」 

 そう言うとアイシャはすぐに通信を切る。

「誰にかけていた?」 

「あ、小夏ちゃんよ」 

 カウラの問いに即答するアイシャに誠は感心するより他になかった。小夏は以前はシャムの子分格だったが、中佐で明石のあとをついで二代目保安隊副長に就任することが確定したランの登場で今では彼女の手下となっていた。

 シャムは『人間皆友達』と言うおめでたいキャラである。だが、ランの名前をちらつかせてアイシャが小夏にアプローチをかけて寝返らせたと言う光景を想像しまった誠は、ただこの状況を見なかったことにしようと目の前の絵に没頭することにした。

「勝てるわね」 

「まあ勝つだろうな。勝ってもまったく自慢にはならないがな」 

 余裕の表情を浮かべるアイシャを表情を浮かべることを忘れたと言うように見つめているカウラ。ようやく彼女はアイシャがどんな物語を作ろうとしているかと言うことに関心が向いてアイシャのキャラクターの設定資料の束をサラの隣の机から取り上げた。

「南條シャム。南條家の三人姉妹の末っ子。小学5年生」 

「そうよやっぱり魔法少女は小学生じゃないと!」 

 カウラの言葉に胸を張るアイシャ。そんなアイシャを完全に無視してカウラはさらに読み進める。

「魔法の森の平和を守る為にやってきたグリンに選ばれて魔法少女になる……魔法の森って……」 

 そこでアイシャをかわいそうなものを見るような視線で眺めるカウラ。だが、そのような視線で見られることに慣れているアイシャはまったく動じる様子が無い。

「おてんばで正義感が強い元気な女の子……まあアレも女の子だな。背と胸が小さいことを気にしている」 

 ここまでカウラが読んだところで会議室の空気が緊張した。だが、カウラはさすがにこれに突っ込むことはしなかった。胸を気にしていると言うことを自ら認めるほどカウラは愚かではなかった。

「勉強は最悪。かなりのどじっ娘。変身魔法の呪文はグリン……グリン?ああこの絵か。魔法熊?熊ってなんだ?まあいいか、が『念じればかなうよ』と言ったのに変身呪文を創作して勝手に唱える。しかも記憶力が無いので毎回違う……まあシャムだからな」

「そうでしょ?シャムちゃんだもの」 

 二人のこの奇妙な会話に誠はただ笑いをこらえるのに必死だった。だがその我慢もすぐに必要が無くなった。

「よう!」 

 突然会議室の扉が開き、入ってきたのは嵯峨。雪駄の間抜けな足音が会議室にこだまする。

「隊長、なんですか」 

 島田の作業を注視していたアイシャが顔をあげる。嵯峨は頭を掻きながらそれを無視すると娘の楓などを眺めながら誠に歩み寄る。

「やっぱり、お前はたいしたもんだなあ……」 

 誠の書き上げたイラストをしみじみと見つめる嵯峨。その後ろからタバコを吸い終えて帰ってきた要が珍しそうに眺める。

「叔父貴がなんで居るんだ?」 

「仲間はずれかよ、傷つくよなあ……」 

 嵯峨はそう言いながらふらふらと端末を操作している島田の方に歩いていく。

「あちらはシャムが空回りしていたけどこっちはかなり組織的みたいだねえ」 

 そう言うとアイシャが立ちはだかって見えないようにしている端末のモニターを、背伸びをして覗き込もうとする。

「一応秘密ですから」 

 アイシャに睨みつけられて肩を落す嵯峨はそのまま会議室の出口へと歩いていく。

「ああ、そうだ。一応これは本職じゃないから、あと三十分で全員撤収な」 

 そう言い残して出て行く嵯峨。誠がその言葉に気がついたように見上げれば窓の外はすでに闇に包まれていた。

「え、五時半?」 

 アイシャの言葉に全員が時計に目をやった。

「省エネ大臣のシン大尉が来ないうちってことですかね」 

 手だけはすばやくタイピングを続けながら島田がつぶやいた。誠もこれが明らかに仕事の範囲を逸脱しているものだということは分かっていた。もうそろそろ配属四ヶ月を過ぎて、おそらくこの馬鹿騒ぎは嵯峨と言う中央から白い目で見られている危険人物が隊長をやっているから許されるのだろうとは理解していた。おかげで保安隊の評価が中央では著しく低いことの理由もみてとれた。

「じゃあ誠ちゃんとカウラ、パーラとサラ。ちょっと片付け終わったら付き合ってくれるかしら」 

「アタシはどうすんだ?」 

 要が不機嫌そうに叫ぶ。同じように島田が手を止めてアイシャを見上げ、楓と渡辺がつまらなそうな視線をアイシャに投げる。

「もう!いいわよ!来たい人は着替え終わったら駐車場に集合!続いての活動は下士官寮でと言うことでいいわね!」 

 そんなアイシャの言葉に全員が納得したと言うように片づけを始める。誠はデザイン途中のキャラクターの絵をどうしようか悩みながらペンを片付けていた。

「途中みたいだが良いのか?」 

 カウラはそう言うと描き途中の絵を手にしていた。何枚かの絵を眺めていたカウラの目がエメラルドグリーンの髪の女性の姿を前にして止まる。

「これは私だな」 

 そう言いながら複雑そうな笑みを浮かべるカウラ。『南條家長女』と誠の説明書きが入ったその絵の女性の胸は明らかにカウラのそれに似て平原だった。

「神前……まあ良いか」 

 以前のカウラには聞かれなかったような明るい調子の声がしたのを確認すると誠は肩をなでおろした。

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