突然魔法少女? 6
「なんですか?それは?」
翌日、少しばかり早く隊舎に到着した誠が目にしたのは、居眠りしている警備部の面々の横の郵便受けに大量に差し込まれた封筒を手にしたカウラだった。
「さあ……」
首をひねるカウラの手から一枚それを引き抜く要。そして彼女は思い切り大きなため息をつくとそれをカウラの手に戻した。
「誰宛?それ」
アイシャは興味深げにそれを眺めるが差出人の項目を見たとたん興味を失ったようにハンガーに向けて歩き出した。
「カウラ、それ焼いとけ」
そういい残して立ち去る要。
「誰から来たんですか?それ」
そう言いながら誠はカウラの手にある封筒を一枚手にした。それは保安隊運用艦『高雄』の機関室責任者槍田司郎大尉からのものだった。誠の表情に引きつった笑いが浮かぶ。他の封筒もすべて槍田大尉の部下である機関室の技術下士官の名前が書き連ねられている。
「見ないでも内容は分かるなこれは。本当に焼こうか?」
カウラの微妙な表情で誠を見つめている。
槍田司郎貴下の機関室の面々は管理部の菰田とはベクトルを反対側に向けた方向で誠の苦手な分野の人々だった。ともかくひたすら軟派な集団だった。室長の槍田自身も火器管制官であるパーラと付き合っていながら、『高雄』の母港のある新港基地近くの女子高生との不適切な関係で危うく逮捕されかけると言う事件があった人物で部隊の女性隊員の評価はきわめて悪い人物だった。
「ちょっと見るだけでも……」
そう言って誠は一枚の封筒を開けた。
『団地妻モノ希望』
誠はその文字を見るとカウラに封筒を返した。そしてもう一度別の封筒を開く。
『女子校生モノ希望』
今度こそと別の封筒を開く。
『とりあえずエロければオールOK』
誠はそのまま封筒をカウラに返した。
「あの人達にはちゃんと候補は決まってるって吉田さんが送ってるはずですよね」
そう言う誠に無駄だと言うようにカウラは首を横に振った。
「なにしてるの?あんた達」
ハンガーから出てきた明華。昨日の説教に疲れたのかあまり元気が無い彼女がカウラの手にある封筒の山に目をつけた。
「なにそれ?」
近づいてくる明華。その後ろからは島田がコバンザメのようについてくる。
「機関室の面々から昨日のアンケートの回答が届いて……」
「すぐに焼きなさい!」
カウラの言葉を聞くとすぐにそれだけ言って明華はハンガーに消えた。技術関係の隊員の頂点に立つ明華も時折表ざたにしたくないような女性関係の問題で引きずり出されていることもあって槍田達の話をすることは彼女の前ではタブーだった。
「知らねえぞ、槍田の旦那も……カウラさん。それうちで処分しますから」
諦めたような笑いを浮かべながら島田はそう言ってカウラの手の中の封筒の束を預かる。
「あいつ等は何とかならないのか?」
カウラは呆れたように島田に声をかけるが、白々しい笑みが島田の顔に浮かんだだけだった。実際、先月の運用艦『高雄』の出動の直後、槍田達の転属を願う署名が運行部の女性隊員から隊長の嵯峨に提出されたのは誠も知っていた。困ったような顔をしながらその署名を嵯峨が手元で抱えている理由が東和宇宙軍が技術スタッフの派遣に消極的で隊員の確保ができないからだ言う話はアイシャから聞いていた。
ハンガーの前ではちょうど先に車を降りたアイシャがアンケート用紙を西高志兵長から受け取っているところだった。
「早いねえ、なんだ?まさか組織票とか……」
そう言う要の言葉に引きつった笑みを浮かべる西。
「ああ、うちはシャムの案で行くことにしたから」
きっぱりとアイシャにそう言うとそのままハンガーの奥へと消えていく明華。
「技術部の組織票か。これは合体ロボで決まりかな」
そう言いながら右手で額をつついているカウラ。だが、アイシャの顔には不敵な笑みが張り付いていた。
「おい、アイシャ。技術部の組織票が動いたんだ。諦めろ」
要はそのままアイシャの肩に手をやった。
「ふっふっふ……」
声に出して不気味な笑い声を出すアイシャに少し引いた表情を浮かべる要。
「とりあえずあなた達の部屋まで行くわよ」
アイシャはそのまま奥の階段へとまっすぐに向かっていく。
「馬鹿だねえ。人数的にはあと数を稼げるのは警備部ぐらいのもんだぜ。しかもマリアの姐御が組織票でアイシャに協力するなんてことはねえだろうが」
ぶつぶつとつぶやく要。誠から見ても要の言うことが正解だった。その割にはアイシャの表情は明るく見えた。
「はい!管理部は全員一致でファンタジー路線に決めましたので!」
階段を上りきったところでいきなりカウラにアンケートを渡す菰田。だが、大勢が決まったと思っているカウラは愛想笑いの出来損ないのような微妙な笑みを浮かべてそれを受け取っただけだった。
「菰田、明華の姐御が動いたんだ。諦めろ。もうシャムの要望の合体ロボで決まりみたいだから。それに……」
要の響く声に気づいたのか、突然実働部隊詰め所の扉が開いてシャムが飛び出してきた。
「アイシャ!ずるいよ!」
そう言ってアイシャの首にぶら下がろうとするシャム。
「ふっふっふはっはっはー!」
大爆笑を始めたアイシャに誠も要もカウラも何が起きたのかと戸惑いの視線をシャムに向けた。小さなシャムが両手を大きく広げて威嚇するようにアイシャを見つめている。その様はあまりに滑稽で誠は危うく噴出すところだった。
「だって同盟司法局とか東和国防軍とかから次々魔法少女支持の連絡が届いてるんだよ!確かに保安隊だけしか投票できないって決まってないけどさ」
シャムの言葉に誠は高笑いを続けるアイシャを覗き込んだ。
「この馬鹿ついに他の部隊まで巻き込みやがった」
呆れて立ち尽くす要。カウラはその言葉を聞かなかったことにしようとそのまま奥の更衣室へ早足で向かった。
「だってあのアンケートの範囲の指定は無かったじゃないの。そうよ、勝てばいいのよ要するに!」
アイシャはそう言うとそのまま誠の右手を引っ張ってカウラに続いて歩き続ける。
「何で僕の手を握ってるんですか?」
突然の状況の変化についていけない誠。だが、そんな誠にアイシャは向き直ると鋭く人差し指で彼の顔を指差した。
「それは!誠ちゃんが魔法少女デビューを果たすからよ!」
先に更衣室の前で振り返ったカウラが凍りついた。要が完全に呆れた生き物でも見るような視線を送ってくる。シャムは手を打って納得したような表情を浮かべる。
誠はなにが起きたのかまったくわからないと言うようにぽかんと口を開けていた。
「僕が魔法少女!?」
呆然とアイシャの目を見つめる誠。アイシャの目は笑ってはいなかった。
「そうよ!女装魔法少女!すばらしいでしょ?」
誠の肩を黙ったまま叩く要。誠がそちらに目を向けると要は同情のまなざしを向けながら首を振った。
「え!そうなんだ!」
わざとらしく驚いてみせるシャム。誠はその時完全に自分がはめられたことを悟った。
「あのー、アイシャさん。祭りに来た家族が見れるような作品を作らないと……」
誠の言葉に拍手をする音が聞こえた。誠は気づいて左右を見回す。
「オメー等、わざとやってるだろ」
突然、誠の鳩尾の辺りから声がして視線を下ろした。拍手をしていたのは小さなランだった。そのままアイシャにつかつかと歩み寄る。その元々睨んでいるようなランの目つきがさらに威圧感をたたえて向かってくるので、さすがのアイシャもためらうような愛想笑いを浮かべた。
「あのなあ、こいつが魔法少女って……少女じゃねーだろ!こいつは!」
そう言うとランは思い切り誠の腹にボディーブローをかました。そのまましゃがみこむ誠。
「なんだ?神前。アタシみたいなちっこいののパンチでのされるなんてたるんでる証拠だぞ!とっとと着替えて来い!」
しゃがみこんだ誠の尻を蹴り上げるラン。誠は立ち上がると敬礼をして更衣室に駆け込んだ。明らかに口論を始めたらしい二人を背に、小走りで男子更衣室に飛び込んだ誠。
「よう、盛り上がってるな」
先客のキムがいやらしい笑いを浮かべながら入ってきた誠を眺めている。
「そんな他人事みたいに……」
そう言いながら誠は自分のロッカーを開く。
「だって事実として他人事だもんな。それにアイシャさんが『魔法少女』なんて言い出したらキャストにお前が少女役で出てくるぐらいのことは俺でも予想がついたぜ」
シャツを脱ぐ誠の背中を叩くキム。誠は急いで脱いだシャツをロッカーに放り込むとかけてあるカーキーのワイシャツを取り出した。
「まあ、今となってみればそうだとは思うんですが……でもこのままじゃ……」
うなだれる誠の肩に手をやる。
「まあ任せろ。こっちの選挙対策委員長はあの吉田少佐だぜ。絶対に勝ってみせる!」
そう力強く言うキム。誠は明らかに問題の根本が摩り替えられつつある現状に気づいて頭を抱えた。
「とっとと着替えないとクバルカ中佐が切れるぞ!」
そう言うとキムは更衣室から出て行った。誠は急いでワイシャツのボタンを留め、ズボンに手を伸ばす。
「あのー……」
突然誠の隣で声がした。驚いた誠が見下ろすと小柄な浅黒い肌の少年がおずおずと誠を見上げていた。
そこにはアン・ナン・パク軍曹の姿があった。意外な人物の登場に誠は思わず飛びのいた。
「いつからいたんだ!」
「はじめからいたんですけど……」
そう言って流し目を送ってくるアンに正直誠は引いていた。以前は西がアイシャ曰く『総受け』と呼ばれていた状況から第三小隊の発足とアンの配属により、『西キュンはアン君に対しては攻めだよね』と言う暗黙の了解が女性隊員の間でささやかれるようになっていた。
誠はその言葉の意味がわかるだけに目を潤ませて誠に視線を送るアンをゆっくりと後ずさりながら眺めていた。確かに上半身裸でシャツを着ようとするアンはとても華奢でかわいらしく見えた。そしてそれなりに目鼻立ちのはっきりしたところなどは『あっさり系美少年』と言われる西、そして『男装の麗人』楓と運行部の女性士官達の人気をわけていることも納得できる。
「魔法少女。がんばってくださいね」
そう声をかけてにっこりと笑うアン。誠は半歩後ずさって彼の言葉を聞いていた。
「そんな……決まったわけじゃないから。それにナンバルゲニア中尉の合体ロボ……」
「駄目です!」
大きな声で叫ぶアン。誠は結ぼうとしたネクタイを取り落とした。
「ああ、変ですね……変ですよね……僕……」
誠は『変だという自覚はあるんだな』と思いながらもじもじしたままいつまでも手にしたワイシャツを着ようとしないアンから逃れるべくネクタイを拾うとぞんざいにそれを首に巻こうとした。
「気がつきませんでした!僕が結んで差し上げます」
そう言って手を伸ばしてくるアンに誠は思い切り飛びずさるようにしてその手をかわした。アンは一瞬悲しそうな顔をするとようやくワイシャツに袖を通す。
「でも一度でいいから見たいですよね……先輩の……」
誠が考えていることは一つ。更衣室から一刻も早く抜け出すこと。誠はその思いでネクタイを結び終えるとすばやくハンガーにかけられた制服を手にして、ぞんざいにロッカーからベルトを取り出す。
「そんなに……僕のこと嫌いですか?」
更衣室の扉にすがり付いて飛び出した誠の背中に向けてつぶやくアン。
「いや……その……」
誠の背筋が凍った。仕方なく振り返るとそこには明らかに甘えるような視線を誠に向けるアンがいる。誠は戻って震える手でロッカーを閉めようとするが、アンはすばやくその手をさえぎった。そして左の手に長いものを持ってそれを誠の方に向ける。
「ごめんなさい!わ!わ!わ!」
誠は思わずアンに頭を下げていた。だが、アンが手にしていたのは誠の常備している日本刀、鳥毛一文字だった。黒い鞘に収められた太刀が静かに誠の腰のベルトに釣り下がるのを待っていた。
「これ、忘れてますよ」
アンはそれだけ言うとにっこりと笑う。誠はあわててそれを握ると逃げるように更衣室を飛び出した。
「廊下は走るんじゃないよー」
いつものように下駄をからから鳴らしながらトイレに向かう嵯峨の横をすり抜けると、誠はそのまま実働部隊の控え室へと駆け込んだ。