突然魔法少女? 27
「チキショウ!あと少し!ああ、今回はアタシのミスだ!」
要の叫び声がハンガーにこだまする。誠もカウラもそれぞれ05式のコックピットから身を乗り出してぶんぶんと腕を振り回して悔しがる要を見つめていた。
「そうね、あんたのミスだわね」
「アイシャ!オメエだって進行プランを完全にランに読まれてたじゃねえか!」
ハンガーの真ん中にオペレーションシステムを模したテーブルに座ってアイシャがニヤニヤしながら要を見上げていた。タレ目でにらみつけようとした要にアイシャが大爆笑している。
「そう簡単に貴様等に追いつかれるわけにゃーいかねーんだよ。一応、東和陸軍アサルト・モジュール部隊の教導官を勤めてたわけだかんな」
そう言って一週間前に搬入された新型の07式のコックピットから顔を出すラン。その姿は何度見ても小学生低学年のなりにしか見えない。
「ランちゃんの読みは凄いよね!完全に誠ちゃんを無力化なんて!」
元気そうに叫ぶとシャムはエースらしい白いパーソナルカラーの05式の右腕を伝って床に駆け下りる。
「それだけテメー等が神前に頼りすぎた戦術を立ててるってこった。ちゃんとテメーの世話も焼けねー奴は戦場じゃ邪魔になるだけだぞ」
そう言うとランもエレベータでシミュレーションの戦闘記録を取っているサラとパーラのところへと向かう。
「ったくなりはロリなのに……」
ぼそりと要がつぶやく。当然のように鋭い目つきでにらめつけたラン。
「おい、さっきは負けたのは自分のせいだって言ったな。じゃあグラウンド20週して来い!」
ランの目の前で「ロリータ」と「幼女」は禁句である。誠も軍事機密らしいので深くは詮索していないが保安隊実働部隊二代目隊長クバルカ・ラン中佐の幼い姿について口にするのは事実上のタブーとなっていた。技術部部長の許明華大佐との掛け合いから見ても、14年前の遼南内戦に参加していたことは分かっているので自分よりも年上らしいことは誠も知っていた。
「おい、アイシャ。おとといの続きは?」
ランがそう言ったのに誠は驚いていた。おとといまで隊全体を振り回して魔法少女モノなのか戦隊モノなのか、あるいはロボットモノかもしれない自主制作映画を作るべく走り回っていたアイシャが何も言わない。それはいかにも不自然だった。
昨日は編集を買って出た吉田がずっと会議室のモニターに向き合って画面の修正作業をしていたと言う理由があるが、今日は吉田は暇をもてあましてセキュリティーチェックと称してアイシャの隣の椅子でじっと目をつぶって、電子戦に特化したサイボーグらしく脳裏を走るシステムのチェックを行っている。
「ふっ、さすがに積極的かつ強気な戦術を本分としているクバルカ・ラン中佐。隊長を追い詰めたのも頷けるわね。誰かと違って」
「余計なお世話だ」
アイシャが不敵な笑いを浮かべながらそう言うと吉田がすかさず口を挟む。
「いやあ、そんなに力まなくても……」
つまらないものに火をつけてしまった。ランは慌ててそう言ったがすでにアイシャはギアを切り替えてオタクで痛い本性を現そうとしているところだった。
「知らねえよ、アタシは!それじゃあランニング!行ってきます!」
「逃げるんじゃねーよ!」
ランニングと称してそのまま逃げ出そうとした要をランが押さえつける。誠とカウラは仕方が無いというようにすでにシミュレータの撤収を始めたアイシャを生暖かい目で見つめていた。
「正直最後はやっつけで書いたのよね」
端末のコードを抜きながらのアイシャの言葉。アイシャに逆らうのは無駄だと諦めている吉田もすでに首のスロットのコードを抜いて機材の山に放り投げていた。
「おい、やっつけなのかよ。まったくストーリーができたのは俺のおかげなんだぜ」
吉田はそうこぼすとシャムから紙コップを受け取る。シャムは奥から鍋を持って出てきた技術部の西高志兵長と紙コップを持ったレベッカ・シンプソン中尉からさらに紙コップを受け取る。
「おう、甘酒か。レベッカが朝から何やってるのかと思えば……」
半ば呆れながらランがテーブルに置かれた大きな鍋の蓋を開ける。しろいどろどろの甘酒がかぐわしい香りをハンガー一杯に拡げた。
「そんなことを言うとあげませんよ」
レベッカはそう言いながらいつの間にか吉田の後ろに列を作っていた整備兵達に甘酒を振舞い始める。
「しかし、こうしてみるともう冬なんだな」
その列の中にいつの間にかいたカウラがエメラルドグリーンの髪に手をやる。
「なんだ?人造人間でも風雅ってもんが分かるんだ」
要の言葉にそれまで隣の甘酒を覗き見ながら機器を片付けていたアイシャが立ち上がる。
「ひどい偏見!私達も一応人間よ!取り消しなさいよ!」
顔を近づけてつばきを飛ばすアイシャに一歩もひかない要。すぐさまジャンプしたランが要の頭をはたいた。
「馬鹿やってんじゃねーよ。甘酒やらねーぞ」
そう言いながら保安隊副長特権で甘酒の列に割り込んで手にしたコップを傾けるラン。
「それより子供が酒飲むのは……」
「アタシは大人だ」
カウラの言葉を切り捨てるとランはそう言って甘酒を飲み干した。
「これ、おいしいですよ。要さん」
誠の一言になぜか機嫌を悪くした要は黙って実働部隊の詰め所のあるハンガー奥の階段に向かって歩き出した。
「素直じゃねーな。あいつも」
その様子を紙コップの中の甘酒で体を温めながら見守るラン。
「あの、じゃあ僕も遠慮します」
誠の言葉にレベッカに代わって甘酒を振舞っていたアイシャが目の色を変える。
「そんな、あいつのわがままに付き合う必要なんて無いわよ」
そう言うとアイシャは警備部のスキンヘッドの兵士から甘酒の入ったコップを奪って誠に持たせる。
「別にそんな……」
「いいから!持っていきなさいよ……これもね」
そう言うとアイシャはもう一杯の甘酒のコップを誠に持たせる。彼女の笑顔に背中を押されるようにして誠はそのまま要のあとをつけた。
誠が甘酒を持って振り返ると要の姿は無かった。早足でそのまま階段をあがって管理部の白い視線を浴びながら隣の詰め所に飛び込む。
「なんだ?……うん。旨そうだな」
第四小隊小隊長ロナルド・J・スミス特務大尉が誠の手の中の甘酒に視線を向けていた。
「ああ、これならハンガーでレベッカさんが配ってますよ」
「あいつは……まあ良いか。ジョージ、フェデロ、行くぞ」
端末のモニターのグラビアを見ていたフェデロ、報告書にペンでサインをしていた岡部がロナルドの言葉で立ち上がる。そしてロナルドは鼻歌を歌いながら出て行った。
そして誠はそっぽを向いて机の上に足を投げ出している要を見つめた。
「お姉さま。また喧嘩ですか?」
奥の席でモニターを覗きながら第三小隊小隊長の嵯峨楓少佐が声をかけてくる。
「うるせえな!」
そう言うと要は目を閉じる。
「ここ、置いておきますから」
誠はそう言って要の分の甘酒を机の端に置いた。
「いいですね、甘酒ですか。遼南でも時々飲むんですよ」
第三小隊三番機担当のアン・ナン・パク軍曹が甘えた声を出して誠の手の中の甘酒を見ている。
「遼南にもあるのか。楓様……」
いかにも飲みたそうな二番機担当の渡辺かなめ大尉。そう言われた楓はキーボードを打つ手を止める。
「そうだな。少し休憩と行くか」
そんな楓の声に横を向いてしまう要。
「西園寺さん……」
誠は彼女の正面の自分の席に座った。
「あいつ等と一緒にいろよ。アイシャとか……」
「お姉さま!」
いじけたような調子の要に楓が声を荒げた。目を開けて楓の顔を見ると、すこしばつが悪そうにアイシャが『変形おかっぱ』と呼ぶ耳にかかるまで伸びたこめかみのところが一番長くなっている髪をかきあげる要。
「飲む」
そう言って手を伸ばす要。誠はようやく笑顔を浮かべて甘酒を要に手渡した。楓は安心したようにまことを見て頷くとアンと渡辺を連れて出て行く。誠と要。二人は詰め所の中に取残された。
「ごめん」
ぶっきらぼうに手を伸ばして軽くコップを包み込むようにして手に取った。そしてゆっくりと香りを嗅いだ後、一口啜って要がそう言った。
「別に謝る必要は無いですよ。ただ要さんにも楽しく飲んで欲しくて……」
「あのさあ、そんなこと言われるとアタシは……」
楓達が甘酒を求めて出て行って二人きりの部屋。少し照れながら楓は両手で紙コップの中の甘酒を見つめていた。
「ふう、良いな。レベッカも胸以外に特技があるじゃねえか」
ようやく気が晴れたのか少し明るい調子で再び甘酒を含んだ要がため息をつく。酒豪と言う言葉では足りないほどの酒好きな要だと言うのに、なぜか頬が赤く染まっていた。
「なんか顔が赤いですよ?」
誠の言葉に要は机から足を下ろす。そして素早くコップを置くとひきつけられるように誠を見る。そして突然何かに気づいたように頭を掻いた。
「き、気のせいだ!気のせい」
そう言って慌てた要がつい甘酒のコップを振って中身を机にこぼした。
「大丈夫ですか!」
誠はハンカチを取り出して要の机に手を伸ばした。その手に要の手が触れる。
「うっ……」
大げさに飛びのく要。奇妙な彼女の行動に誠は違和感を感じていた。
「どうしたんですか?」
「うん……」
黙り込んでいた要だが、誠の目を見るとすぐに視線をそらしてしまう。
「ああ、ちょっとトイレ行ってくるわ。たぶんアイツ等が来るころには戻るから」
そう言うと早足で部屋を出て行った要。誠は要の半分ほど甘酒の残ったコップと取残された。
「ねえ……」
後ろから突然女の声がして飛び上がる誠。そこにはいつの間にかアイシャが立っている。誠は思わず飛びのいて危うく手にした甘酒をこぼしそうになった。
「そんなに驚かなくてもいいじゃないの。それより要が今何しているか知りたい?」
明らかに悪いことを考えているときの表情のアイシャ。こういうときのアイシャの口車に乗って何度煮え湯を飲まされたかを思い出す誠。そしてアイシャの頭の中がエロゲで支配されていることも知っていた。
「遠慮します!」
「そう、でも要はきっと知ってほしいと……」
「なんでそうなるんですか!」
きっぱりそう言うと誠は自分の席に座りなおす。
「ふーん。本当にニブチンね。おかげで私は……」
にんまりと笑い口に手を添えるアイシャ。大体こういう時はろくな話をしないのを知っているので誠は避けるように自分の席から隣に立っているアイシャを見上げた。
「ニブチンで結構です!」
そう言うと目的も無く端末を起動させる誠。
「なにか気になることでもあるの?」
明らかに慌てている誠をからかうような調子で見つめるアイシャ。
「別に……」
「まあ、いいわ。それならその端末しまって頂戴。ラストの撮影の準備、要が戻ったらすぐできるようにしておきましょう。まあしばらくは戻ってこないと思うけど」
意味ありげに笑うとアイシャはそのまま部屋を出て行く。あっけに取られる誠も部屋の外を歩いているラン達の姿を見て端末を終了させた。