突然魔法少女? 23
あたりの景色がやみに沈みシーンの終わりを告げる。誠はすぐにバイザーとヘルメットを脱いでカプセルから出ようとして縁に頭をぶつけた。
「何やってんだよ」
呆れたような感じの要。そして起き上がった誠は腕組みをして薄ら笑いを浮かべているアイシャを見つけた。
「アイシャさん!」
「ああ、言わなくても良いわよ!じゃあ……」
そう言うとカプセルから顔を出す一同を満遍なく眺めるアイシャ。
「典型的なやっつけ。全部私が悪かったです。ごめんなさい」
頭を下げるアイシャに全員が白い目を向ける。役に対する不満と言うより明らかにアイシャの趣味だけで構成された物語に要やカウラの視線は殺気までこもっているようにアイシャに突き刺さっていた。
「だってしょうがないじゃない!これ三日で書いたのよ!」
「期間の問題じゃないと思うがな」
あっさり切り捨てるカウラ。
「まあ……がんばれ!」
白々しい笑顔を向けるシャム。彼女もオタク歴の長い人物である。設定の矛盾に気づいているのは確かだった。
「私はこういうのは良く分からないからな」
とぼけてみせる明華。三人の言葉にさらに落ち込むアイシャ。
「吉田さん、撮り直しは……」
ゆるゆると頭をもたげて画面を編集している吉田を見つめるアイシャだが、目で明らかに拒否しているその姿を見てがっくりと肩を落とす。
「そんなに落ち込まないでよ。私は楽しかったわよ」
そう言って彼らがアイシャいじめをしている間に起き上がってお茶を入れている春子。だが、彼女が先ほどアイシャの台本の致命的弱点を指摘しているだけに、自分の湯飲みを受け取っても答える気力も無いアイシャがそこにいた。
「意外とこう言うの叔父貴が得意なんだけどな」
そうぽつりと言った要に再び目を光らせるアイシャ。
「ホント?」
「嘘ついても仕方がねえだろ?胡州の斎藤一学って言う作家がいただろ?あれが確か叔父貴と高等予科の同期でいろいろと付き合いがあって、発表していない小説が有るとか無いとか親父が言ってたような……」
要の言葉をそこまで聞くとアイシャはそのまま部屋を出て行こうとするが、サラとパーラが身をもって止める。
「だめよ!どうせ隊長は断るに決まってるじゃない!」
「今からどう変えるのよ!あんたが書いたんでしょ!」
胴にしがみつくパーラ。右足を引っ張るサラ。そのどたばたを察したかのように現れたのは嵯峨だった。
「あれ?俺の出番まだ?」
明らかに空気を無視した嵯峨の登場に目を潤ませるアイシャ。嵯峨はその尋常ならざる気配に思わず後ずさりをする。
「俺のことなんか噂してた……ような雰囲気だな」
頭を掻きながら目にしたのはアイシャの鋭い視線だった。さすがの嵯峨も焦ったように身を引く。
「クラウゼ、ちょっとその目、怖いんだけど」
そう言う嵯峨の前まで早足で近づいたアイシャは嵯峨の両手を取って瞳を潤ませた。
「隊長!た・す・け・て・くださいー!」
泣きついて来るアイシャにしなだれかかられて鼻の下を伸ばす嵯峨だが、その視線の先に春子と小夏、そして要がいるのを見てアイシャを引き剥がした。
「なんだよ、そんなにひどい出来には見えなかったけどな。予定よりは」
「見てたんですね!隊長!ひどいですよ!あれでしょ?隊長は胡州の高等予科時代に作家の友達がいたとか……」
アイシャの言葉に少し首をひねった後、要に困ったような顔を向ける嵯峨。
「いいじゃねえか。知恵ぐらい貸してやれよ」
ニヤニヤ笑いながらそう言う要を見つめてさらに困惑した表情になる嵯峨。
「ああ、一学のことか?あいつは作家と言うより歌人だぞ。あいつの小説は何度か読ませてもらったけど、韻文のセンスは有るけど散文的才能はあいつにはなかったからな」
「インブン?サンブン?」
嵯峨の言葉にいつものように一人でパニックに陥っているシャム。その肩を叩いたカウラがシャムに寄り添うように立つ。
「韻文というのは詩だ。語彙のバリエーションや言葉の響きの美しさを求める文章だ。そして散文は小説や評論なんかだな。意味や内容、構築する技術が求められる」
そう言うカウラに分かったような分からないような表情で答えるシャム。誠はどちらかと言えばシャムは理解していないと踏んでいた。
「どっちでもいいけどよー。要するに隊長は多少は物語の良し悪しが分かるんだろ?じゃあなんで前もってこいつに教えてやんなかったんだよ」
嵯峨の後ろで腕組みをしながらランがそう言った。会議室の全員が嵯峨に視線を向ける。
「だってさあ、こいつがこう言うことに才能を開花させちゃったりしたら大変だろ?この前だって職業野球のドラフトに引っかかるかもしれないとか言う話も出てきたわけだし。うちにはこいつが必要だからな」
そう言って落ち込んでいるアイシャの肩を叩く嵯峨。
「あのー。私はこっちの分野は才能を開花させたいんですけど……」
「安心しろ!そうなったら俺が全力で潰してやる。なあ、吉田!」
嵯峨は満面の笑みを浮かべて窓際でいくつも並べたモニターを眺めている吉田に目をやる。吉田はそれを察して了解したとでも言うように黙って手を上げた。
「ひどい!なんてひどいんでしょう!この上司は」
わざとらしくそう言うとアイシャは誠に向かって歩いてくる。
「ひどいと思わない?誠ちゃん。あの人鬼よ!」
そう叫ばれても誠は何もできずに愛想笑いを浮かべていた。そのままじりじりと近づいてきて軽くアイシャの胸が誠の手に当たる。ちらりと要が蹴りを入れるようなポーズをとるのをカウラが止めているのが見えた。
「大丈夫だよ。吉田がどうせいろいろいじるんだろ?何とか見れるような作品にはなると思うぞ。それじゃあ続きをはじめるんじゃないのか?」
そう言ってそのまま手前の空いていたカプセルに寝転がる嵯峨。
「そうね、吉田さん!お願いね!」
アイシャが叫んでみるが、相変わらずモニターから目を離さずに吉田が再び手を上げた。
「次は南條家のシーンだから!お姉さん、お願い」
「はいはーい」
そう言うといつものような満面の笑みで嵯峨の隣のカプセルに身を横たえるリアナ。誠も出番があったのを思い出してまたカプセルの中に戻った。
目の前に以前、誠も見た実家の台所と寸分たがわぬ部屋のテーブルに座らせられていた。思わず吐き気を催したのは以前ここに乗っていたカブトムシの幼虫を思い出したからだった。
「……そうか。これが……」
嵯峨はさすがの切り替えで花瓶に刺された一枝の薔薇の花を見つめている。
「そうです。春子さんはカウラさんのことを思って洗脳に打ち勝って我々を救ってくれたんです」
誠はそう言うとテーブルに着く人々を見つめた。カウラは泣きつかれたように呆然とした顔で座っていた。シャムと小夏は黙って嵯峨の父親の南條新三郎を見つめていた。
「春子さん……」
嵯峨の後妻南條リアナ役のリアナはハンカチで目元をぬぐっていた。
「生き物はすべて死ぬものだ。嘆くなんざナンセンスだな」
「貴様!」
廊下に出る戸口に寄りかかって立っていたキャプテン・シルバーの世を忍ぶ仮の姿、探偵西川要子役の要がハードボイルドを気取って吐き捨てたのに地に戻ったカウラが怒鳴りつけた。
「それよりマジックプリンス。本題に入ったらどうだ?」
要はカウラの目つきをいつものように無視して誠と明石にそう言った。
「娘さんたちの協力がなければ同じ悲劇がまた繰り返されます。幸い小夏さんとシャムさんはどちらも魔法の素質があります!協力を……お願いしたいんです!」
そう言って下座の明石が頭を下げている。無茶な設定に苦笑いを浮かべる誠だが、突然思うところがあった。
『あれ、明石中佐は来てなかったよな?』
そう思う誠だったが台本どおりちゃんと嵯峨に目を向けた。
「やだ!」
「そうですか!ありがとうございます!」
明石が別の撮影だったことがすぐに分かる展開。そしてにんまりと笑う嵯峨に誠は呆れていた。
『隊長!』
そこでシーンが止まりアイシャの叫び声が響く。
「え?何?」
明らかに狙っていましたと言う表情の嵯峨に冷たい視線を送る別撮りの明石以外の面々。
「俺だって人の親やってるんだぜ。こんな禿の怪しい親父やいかがわしい探偵もどきや居候の自称娘の恋人の言うことなんて聞けるわけねえじゃん」
そう言ってふんぞり返る嵯峨。
『あの、これ物語ですから』
慌ててそう言うアイシャだが、完全に面白がっている嵯峨にはまるで無意味な言葉だった。
「やっぱり時にはシュールな展開も良いんじゃないの?こういうあからさまに食い違っている台詞って結構新鮮だろ?」
『別にポストモダンとか目指してるわけじゃないんですが……おい、アイシャ。いっそのことここから脱構造の新機軸映画にするってのはどうだ?』
吉田の一言だが、アイシャがそれに同意しないことは誠にも分かった。
『もう一度。お願いします』
はっきりとした言葉でアイシャが言った。
「だってこっちの方が面白そう……」
『もう一度。お願いします!』
今度は怒気を含んだ声でアイシャがそう言った。
「冗談の分からねえ奴だな」
そうつぶやくと大きく深呼吸をする嵯峨。
『ああ、今のところ編集と合成でどうにかしますから続きで大丈夫ですよ』
吉田の明らかに事務的な言葉を聞いて、誠は止まったままの姿の明石の顔を見つめて満面の笑みを浮かべた。
ようやく話は台本どおり進んだ。とりあえずシュール展開を希望してアドリブを飛ばしまくる嵯峨を誠とカウラが本題へと引き戻す繰り返しの末、シャムと小夏は誠達と戦うことを嵯峨が許した。
「それならお願いがあるんですけど」
またアドリブを飛ばす嵯峨。冷や汗混じりに誠が目をやる。
「この子達って変身するんでしょ?見せてくださいよ。できれば誠一とか言うどっかの馬の骨やそこのグラマーなお姉さんのやつも」
ニヤニヤ笑う嵯峨。明石が再び吉田の修正でこのアドリブに対応する会話を展開しようとしている。
「それくらい簡単なことですよ。誠一君と要子さんもよろしいですよね?」
いかにも自然に明石が笑顔を向けてくる。要が頷くのを見ると誠も嵯峨の方を見た。
「良いですよ、その程度なら」
そこで椅子から一番早く飛び降りたのはシャムだった。そのまま応接間のソファーの上に立つと彼女はジーパンのポケットから小さな杖を取り出した。
「宇宙を統べる力よ!正義を求める人々の心よ!その力を私に!勇気を私に!」
『また違う!このお話では変身呪文は無いはずだぞ!忘れてるよ、ナンバルゲニアさん!』
誠の魂の叫びもむなしく再び変身画面に切り替わる。来ていたボーイッシュなスタイルの服がはじけとび、白と青とピンクの印象的な魔法少女のコスチュームに切り替わる。
「キャラットシャム!ここに参上!」
『決め台詞要らないし!』
また誠の心を無視して立ち上がった小夏は首のイヤリングの飾りを手にする。同じように着ていた服がはじけとび、黒を基調とした魔法の服に切り替わる。
「あの、質問!」
再び嵯峨のアドリブである。これはと思い誠も覚悟を決めた。
「なんでしょうか?」
「服が飛び散ってくるくる回るのはなぜですか?」
『ストップ!』
またアイシャがシーンを止める。
「隊長!これはお約束なんで!」
「いやあ、知ってはいたけどさ。いつもなんでだろうなーって思ってたんだよ。これまで質問する相手がいなかったからさ。魔法少女とか変身なんたらとかいろいろ知ってそうな神前に答えてもらおうと……」
『隊長。こんどじっくり三日ほど私のアニメ講座を受けますか?』
甘い口調ででアイシャがそう言うと青ざめた嵯峨が首を振る。
『それじゃあここまででいいわ。後は吉田さんの腕で何とかしてもらえるでしょ?それよりお昼にしましょうよ』
その一言で画面が消える。起き上がった誠。周りの人々は手を伸ばしたり首を回したりしながら立ち上がる。
「皆さんにお弁当を作ってきたのよ」
そう言うと春子は着物の袖を握りながら部屋の隅に走る。
「いつもすいませんね。お礼は?」
『ありがとうございます!』
嵯峨の合図に一同が春子に頭を下げた。
「いえいえ、今日はリアナさんも手伝ってくれましたから」
そう言ってまた重箱が広げられる。
「おいしそうだね!」
「師匠も一緒に盛り付けやってたじゃないですか!」
小夏はつまみ食いをしようとするシャムの手を叩いた。
「へえ、シャムも手伝ったのか。これおいしそうだな」
そう言って紙皿を配っていたパーラから皿を受け取ったランが手を伸ばす。
「じゃあとんかつを行くぜ」
「ランちゃんそれとんかつじゃ無いよ!」
同じく皿を受け取ったシャムがいなりずしを皿に乗せながら、衣の付いたどう見てもとんかつにしか見えないものをつかんでいるランに言った。
「おい、どー見たってとんかつ……ああ、あれか」
ランはそう言うと皿に乗せたとんかつをそのまま会議室のたたんだテーブルに置いた。
「もしかしてイノシシ?」
誠の言葉に大きく頷くシャム。
「猟友会から頼まれたのか。春子さん、こいつ何キロくらい持ち込んだんですか?」
嵯峨はそう言うとランがようやく決意が付いたように皿を取り上げるのを見ながらイノシシのとんかつをつかむ。
「去年に比べると少ないわよ。だいたい20kgくらいじゃないかしら」
「好きだよね師匠も」
春子に合わせて小夏もとんかつに箸を向ける。誠もそれに手を伸ばした。
遼南の森の中で育ったシャムは狩が得意なのは有名な話だった。非番の時には猟友会のオレンジ色のベストを着てグレゴリウス13世を猟犬ならぬ猟熊にして豊川の町のはずれの農村へ向かう。近年の耕作地の放棄と山林の管理不足からトウワイノシシと呼ばれる2メートルもある巨大な遼州固有種の猪がこの豊川でも問題になっていた。
イスラム教徒の管理部長シンがいた関係で部隊には直接持ち込んではいないが、春子の『あまさき屋』には時々シャムが狩った猪を持ち込むことがあった。先月も今年の初物と言うことで実働部隊主催の牡丹鍋の会を開いて誠はそこでイノシシの肉を食べたのを思い出した。
「どうですか?要さん」
野菜に嫌いなものが多い要は早速ソースをリアナから貰ってイノシシのとんかつを頬張っていた。
「ちょっと硬いけどいいんじゃねえか?」
そうして今度は重箱の稲荷寿司に手を伸ばす。誠もそれを見てとんかつに箸をつけた。
「野菜も食わないと駄目だよー」
相変わらずの間の抜けた声で嵯峨が蕪の煮付けに手を伸ばす。それは明らかに春子の手作りのようで、優しげな笑みを浮かべながら彼女は嵯峨に目を向ける。
「お茶!持ってきたわよ」
そう言いながらポットと茶碗などをリアナとアイシャが運んできた。ついでにこちらの様子を伺いに来た楓と渡辺がモノほしそうに重箱を囲む誠達を覗いていた。
「おう、楓。旨いぞ。食えよ」
嵯峨のその声と、柔らかに笑う春子の姿を見て楓と渡辺も部屋に入ってくる。
「はい、お皿」
そう言って小夏が紙皿を二人に渡す。
「お姉さま、このカツはおいしいですか?」
そう言って要を見つめて微笑む楓だが、要は無視を決め込む。
「引き締まっていて味が濃いな。豚のカツも良いがイノシシのにもそれなりの味があるぞ」
カウラの言葉に頷くと楓は箸をイノシシカツに伸ばした。
「それにしてもできるんですか?映画」
そう言った誠をにらみつけるアイシャ。
「いえ!そんなアイシャさんを疑っているわけじゃ……だって僕が出た場面でも相当変ですよ。第一どうせみんな演技なんてしてないじゃないですか!」
「地が出て暴走してるだけってことだろ?」
そう言ったのはシャムに自分の分の稲荷寿司ととんかつを運ばせて頬張っている吉田だった。
「そこが面白いんじゃないか。うちの売りは個性だからな。いろいろと変わった連中が出てくる方がうちの宣伝にはなるだろ?」
そう言いながら吉田は休むことなくモニターに目を走らせている。
「宣伝?ならねえよ!ただ痛い映画が一つ増えるだけだ」
吐き捨てるようにそう言うと要が稲荷寿司に手を伸ばそうとする。それを取り上げるアイシャ。
「なんだよ!」
「だって宣伝にならないってことはこれは仕事じゃないんでしょ?働かざるもの食うべからずよ」
そう言って取り上げた重箱の中の稲荷寿司を口に放り込むアイシャ。勝ち誇ったように要を見ながらおいしそうに頬張る。
「屁理屈言うんじゃねえよ!返せ!」
「いつから要ちゃんの稲荷寿司になったの?名前も書いてなかったし」
アイシャの言葉に頭にきたとでも言うように立ち上がって重箱を奪おうとする要。アイシャもさるものでひょいひょいと要をかわす。
「暴れんじゃねーよ!」
ランの一喝で二人ははしゃぐのを止める。誠はどう見ても小学校一、二年生にしか見えないながらも貫禄のあるランに目を見張った。やっていることは小学校だが、教師が側が明らかに大人の要とアイシャ。奇妙な光景に誠は噴出しそうになる。
「でもかなり修正するんだろ?吉田」
そんなランの一言で話の中心に戻された吉田は口にとんかつをくわえながら頷く。
「それなら最初からアタシ等のデータを打ち込んでお前が動かしゃいいじゃん」
ようやくアイシャから取り上げた重箱の中の稲荷寿司を独占して食べ始める要。
「そんな面倒なこと俺に全部任せようってのか?そんなに給料もらってないぞ俺は」
そう言った吉田は今度は嵯峨を見つめた。
「なに、俺の方見てるんだよ。それにしてもこの蕪の煮付け良い出汁が聞いてますね。かつおですか?」
「ええ、確か惟基さんはかつお出汁の煮物が好きだったと思って……」
そう言って今度はこんにゃくの似たものを取り出す春子。
「ああ、クバルカさんもどうですか?こんにゃくは嫌いだったかしら?」
春子にそう言われて複雑な表情でそのそばまで紙皿を手に歩くラン。
「すみません、いただきます」
殊勝な表情のラン。彼女をニヤニヤ笑いながら見つめているのは要だった。
「やっぱり料理ができる女が良いよな、叔父貴も」
誠は状況が分からないでランと春子を見つめていたが、ランが殺意すら感じるような鋭い視線で要を見つめたところから、深くは突っ込まない方が身のためだと思って皿の上のとんかつにかぶりついた。
「それでさあ、あとどんだけやるんだ?」
相変わらず春子の差し出す重箱から煮物を口に運びながら嵯峨がつぶやいた。
「ええと、後は。クバルカ中佐がカヌーバ皇太子に見捨てられて最後の決戦に挑むところとメカ姐御との最終決戦……」
「メカ姐御って誰?」
黙っておにぎりを食べていた明華が得意げに話すアイシャをにらみつけた。
「いやあ、お姉さん。メカお姉さん」
ニヤニヤ笑いながらつぶやく要に今にも手にした皿を投げつけそうな剣幕の明華。
「へえー、でもそう言うとリアナのことを指すんじゃないのか?」
明らかにからかうような表情に変わった明華の言葉。自分が呼ばれたと言うように不思議そうな顔をするリアナ。
「つまりカヌーバ皇太子を倒すところまでは行かないんですね」
そんな誠の言葉に首を縦に振るアイシャ。カヌーバ皇太子役と振られていた楓ががっかりしたような表情を浮かべる。要の騎士を自負する彼女はいいところを見せたいという気持ちなのだろうか。そんなことを考えながら出来るだけ目立たないようにと部屋の隅でとんかつを食べる誠。
「やっぱりあれでしょ、基本は『戦いはまだまだ続く!これまで応援ありがとうございました』じゃないの?」
完全にゆがんだアイシャの趣味に呆れた笑いを返す誠。
「ロマンだなー、いいなー」
言葉の響きだけで感動しているシャム。そんなシャムの後頭部をペンでつつく吉田。
「なによ!」
「いや、なんでもないから」
そう言うと笑顔で再び作業に戻る吉田。
「はい、飯も食ったな。次のシーンは誰が出るんだ?」
「隊長、いきなり仕切り始めないでくださいよ。次はシャムちゃんと小夏ちゃんと要の三人。それに……」
「僕が出るんだね」
そう言って会議室に入ってきたのは楓だった。あからさまに嫌そうな顔をする要。
「おい、こいつ女だぞ。皇太子って……普通男じゃないのか?」
要が指差す前で本人の言によると『チャームポイント』のポニーテールの先を翻させる楓。
「仕方ないじゃないか……先日の『保安隊イケメンコンテスト』一位になってしまう僕の美貌が罪なんですよお姉さま」
その言葉が事実だっただけに要は呆れて誠を見る。
「まあ、うちの男子は……」
そう言って今度は嵯峨を見る。そして要は深く大きなため息をついた。
「まあな。こいつが選択肢に入っていること自体おかしいんだけど……そうなっちゃったしな」
女子隊員全員にアンケートをした運用部主催の自主イベントで、ぶっちぎりのトップを楓が飾ったことにより隊の男性陣の士気が著しく落ちたことは事実だったので、ただ呆れて楓を見つめる誠だった。
「ったくこいつこういう時だけナルシストに成りやがって……」
そうつぶやいた要を見るとすたすたと歩み寄り要の手をがっちり握り締める楓。
「いえ!お姉さまに与えていただくならどんな辱めでも僕は……」
そこまで言うといきなり楓の後頭部にアイシャの台本が振り下ろされた。
「そんな個人的な趣味の話は後!ランちゃんが驚くでしょ!」
「なんでアタシが驚くんだよ。こいつらの趣味なんか別にどーでも良いからはじめろよ」
すでにカプセルの中にスタンバイしているランの文句にしぶしぶ引き下がるアイシャ。誠はとりあえずこの状況がどう展開するのか気になってカプセルの縁に腰掛けてバイザーをかけた。
しばらく暗闇が続き、すぐに以前見たアジトっぽい雰囲気の部屋が映し出される。
相変わらず楓の役のカヌーバ皇太子の前には緞帳のようなものが下りていて素顔を見ることができない。静々と進んできたラン。そのまま彼女は緞帳の前に立てひざでかしこまる。
「皇太子、メイリーン将軍の作戦は失敗しましたが……」
「もう良い!」
楓の凛とした声が響く。さすがの誠もこういう凛々しい感じは楓に向いているなあと思いながら見つめていた。
「もう良いとは?もう良いとはどういうことでしょうか?」
すがるような声で顔を上げて影だけの楓を見上げて叫ぶラン。
「有機生命体には期待するなと父上がおっしゃっていたが……貴様を見てそれが真実だと私は気づいたところだそれにメイリーンが倒れただと?」
その言葉とともにいかずちのようなものがランに放たれる。
「ウグッ」
「私を勝手に破壊されたと判断されては困るなあ」
ランはそのまま倒れこむ。そしてその視線の前に現れたのは以前の姿よりさらに機械の部分が増えて悪役っぽくなった機械魔女メイリーン将軍こと明華だった。
『アホだ、あの人アホだ』
その怪しげな笑いを見て心の中で叫ぶ誠だが、妖艶な笑みを浮かべながら動けずにいるランのあごを手で持ち上げる姿にひきつけられる誠だった。
「やはり弱いな、有機生命体は。あの程度の仕置きで動けなくなってしまうとは……」
明らかにノリノリな明華をこちらも乗っているランが見上げている。
「貴様……貴様達はじめから……」
「そうだ、お前に期待などしてはいない。運がよければあの雑魚どもの始末もできるかと思ったが、刺し違えることすらできないとは……ほとほと情けないものだな」
緞帳の後ろの楓の冷酷な声にランは唇をかみ締める。
「さあ、亡国の姫君。今すぐに父上と母上のところに行ってしまいなさい!」
そう言うと明華は鞭を振り上げた。だが、その鞭をすんでのところでかわすラン。焼け焦げたマントの下で肩で息をしながら明華をにらみつけている。
「まだ動けたとは……さすがと言っておこう」
そう言うと次々と鞭を自在に操って攻撃を仕掛ける明華。だが、傷つけられながらも致命傷は受けずに逃げる機会を探すラン。
「しつこい!いい加減に!」
そう言って一度鞭を引いたのを見るとランは手を顔の前にかざした。
「しまった!」
明華が呪文を唱えて電流を含んでいるようなエフェクトのかかった鞭の一撃を放ったのは何もいない空間だった。
「転移魔法……」
「失態だな、メイリーン将軍。ここでの処分は君に任せる。あらゆる手段を用いてこの世界を征服したまえ。いいか、あらゆる手段を使ってだ」
緞帳の裏の楓の言葉に戸惑ったような顔をする明華だが、そのまま去っていく影に深々と頭を下げた。
「あらゆる手段……仕方あるまい」
そう言うと明華は立ち上がって謎っぽい機械の中に消えていった。