突然魔法少女? 22
「大丈夫か?神前曹長」
カウラがそう言ったのが当然だと誠も自分で思っていた。頭痛と吐き気は、今朝、要にたたき起こされたときから止まることを知らない。こうしてモニターを見ていてもただ呆然と文字が流れていくようにしか見えなかった。
「おい、医務室行った方がいいんじゃねえの?」
「誰のせいでこうなったと思って……」
とぼけた顔の要に恨み言を言おうとして吐き気に襲われて口を覆う誠。そんな様子を一目見るとロナルド・J・スミスはあきれ果てたような顔でコートの上のマフラーを首に巻きつける。
「すまないな、昨日徹夜だからどうにもねえ。あがらせてもらうぞ」
そう言ってドアのところで待っている岡部とフェデロのところへと向かう。
「お疲れ様です!」
元気良くそう彼等に良いながら部屋に入ってきたのはアンだった。その手には誠の痛い絵のマグカップが握られている。
「神前先輩。これ」
アンが差し出す渋そうな色の緑茶。普段ならアンの怪しい瞳が気になって手を伸ばさないところだったが、今の誠にはそんな判断能力は無かった。
「ありがとうな、しかし渋いな」
そう言いながら一口茶を啜るとため息をつく誠。
「おい、これじゃあ仕事にならねえな。寮で寝てた方が良いんじゃねえのか?」
「だから西園寺。こうなったのは誰のせいだとさっきから聞いてるんだ私は!」
無視されてさすがに頭にきて怒鳴るカウラ。それがきっかけでにらみ合う二人。女性上司の対立も、今の誠には些細なことに過ぎない。絶え間ない吐き気と頭痛にただ情けない笑いを浮かべることしかできなかった。
「みんないるわね!」
元気良く部屋に飛び込んできたのはアイシャだった。今朝、同じように二日酔い状態でカウラの車に乗り込んだはずのアイシャがやたら元気良くしている。その姿を見てうらやましいと言う表情で見上げる誠。
「なに?誠ちゃんまだつぶれてるの?」
「アイシャさん。なんで平気なんですか?」
そう言うのが精一杯と言う調子で言葉を吐き出す誠の背中を叩くアイシャ。思わず吐きそうになりながら再び誠が口を手で覆う。
「はい!病は気からよ!気合があれば病気なんてすぐ治るわ!」
「オメエは一年中病気だろ?」
そうつぶやいた要をにらみつけるアイシャ。だが、アイシャの手に台本のようなものが握られているのを見て要は露骨に嫌な顔をした。
「オメエが元気ってことは、昨日の続きをはじめるとか言うことか?」
そう言う要に顔を近づけていくアイシャ。要はその迫力に思わずたじろぐ。
「あたりまえじゃないの!」
アイシャはそう言うと再び第二小隊のカウラ、要、誠の顔を見回す。
「さあ!今日も張り切っていくわよ!移動、開始!」
誠はそんな元気がどこから出てくるのだろうと不思議に思いながら部屋を出て行こうとするアイシャを見つめていた。
「本当にやるんですか?」
力なく誠は立ち上がった。世界がぐるぐる回っている。
「諦めろ。ああなったアイシャは誰も止められねえよ」
そう言って立ち上がって開いたドアを支えている要。カウラは心配そうに誠の肩に手を当てた。
「大丈夫か?なんなら無理しなくても良いんだぞ」
そう言ってエメラルドグリーンの瞳を向けるカウラ。思わず自分の頬が染まると同時に、要とアンから殺気を帯びた視線が来るのを感じてそのまま部屋を出た。
「あれ?女将さんじゃんよ、あれ」
昨日、撮影に使った会議室に紺色の留袖姿の家村春子が入っていくのが見える。
「また呼び出したのか?本当にアイシャは遠慮と言うものがないな」
呆れながら誠を見つめてくるカウラ。立ち上がってしばらくは胃の重みが消えて楽になってそのまま先を行く要についていく誠。
「あ!」
女子トイレからの突然の声に誠が目を向ける。そこには中学校の制服姿の家村小夏がいた。
「ヘンタイ!」
誠にそう言うと会議室に駆けていく小夏。それを見てにんまりと笑う要。
「また脱いだんですか?僕」
何を言い出すか分からない要から目を背けてカウラを見つめる。そんな誠には残酷な光景、カウラは首を縦に振った。
「ああ、またですか……はあーあ」
大きなため息をつくとさらに足取りが重くなる誠。さらにさっきは楽になった胃が別の意味で重くなるのを感じる。
そんな彼の前に法術特捜の部屋から出てきたのは嵯峨茜だった。その後ろにいつもおまけのように付いているカルビナ・ラーナ捜査官補の瞳に軽蔑の表情が浮かんでいるのを見て、さらに誠は消え去りたい気分になった。
「お仕事お疲れ様。それにしても皆さんお忙しいことですわね」
上品に笑う茜だが、そりの合わない要は鼻で笑うとそのまま会議室へ消えていく。
「しかし、よくあれだけのデータを東和警察から持って来られましたね。去年私が北豊川トンネルの落盤事故の資料を探しに言ったときは体よく断られましたから……何かコツでもあるんですか?」
カウラの言葉ににっこりと笑う茜。その物腰はあの保安隊隊長の娘であるということを忘れさせるような優雅なものでいつも誠は不思議な気分になった。
「まあそれだけ法術と言う存在を明らかにする必要性が高まっていたと言うことが原因かも知れないですわね。もしお父様が『近藤事件』で神前さんの力を引き出して見せなくても、誰かが表ざたにすることは東和警察も覚悟をしていたんだと思いますわ。そしておかげで私達法術特捜はこの人数でも十分活動可能な状況を作り出すことができましたし。そこだけは幸運と言っても良いんじゃないかしら」
そう言うとラーナをつれて保安隊の隊長室に向かう茜。
「確かにパンドラの箱は開かれるのを待っていたわけか」
カウラがそう言うと歩き出す。誠も吐き気を抑えながらその後に続く。
「早くしなさいよ!ダッシュ!」
会議室のドアから顔を出すアイシャの声が廊下一杯に響いた。
「それじゃあ、はじめるわよ。カウラ、誠ちゃん。準備お願い」
そう言って目の前のカプセルを指差すアイシャ。その隣でニヤニヤと笑うシャムとラン。ここがこの物語の役でいう所のヒロイン姉妹南條シャムと南條小夏の腹違いの姉、南條カウラと神前寺誠一のデートの場面だと誠にも分かった。
「ちょっと待って、アイシャさん。誠君凄く顔色悪いじゃないの」
春子のその一言は非常に助かるものだった。誠は天使を見るように春子を見つめる。だが、春子は手にしていた袋から一つのオレンジ色のものを誠に差し出した。
「あのーこれは?」
「干し柿よ。二日酔いには効くんだから。アイシャさんもさっき食べてたわよ」
手にした干し柿にため息をつく誠。逃げられない以上、多少は時間を稼ごうとゆっくりと手にした柿を口に運ぶ。
「はい、誠ちゃん!ちゃっちゃと食べる!それと春子さんと……」
「ごめんね!遅くなっちゃって!」
どたばたと入ってきたのは運用艦『高雄』艦長鈴木リアナ中佐だった。部下のアイシャに頭を下げながらあわててカプセルに頭をぶつける。
「痛いのー」
「お姉さん、あわてなくて良いですよ。まだ隊長も来ていませんから。誠ちゃん!覚悟を決めて!」
アイシャの声に押されて仕方なくカプセルに入る誠。かぶったバイザーの中には大きな川の堤防の上、見晴らしの良い光景が広がっていた。
風にエメラルドグリーンのポニーテールをなびかせるカウラ。誠はその姿を見て胸が熱くなるのを感じた。
『それじゃあ行くわよ!スタート!』
アイシャの声に肩を寄せ合ってカウラと誠は歩いていた。秋の堤防沿いを歩く二人にやわらかい小春日和の風が吹く。
「久しぶりね、こうして二人で歩くの」
そう言いながら髪を掻き揚げるカウラ。誠は笑顔を浮かべながらカウラを見つめていた。
「そうだね、いつまでもこういう時間が続けばいいのにね」
そう言って歩く二人に高笑いが響いた。明らかに乗りに乗っている技術部部長許明華大佐の声である。
『あの人意外とこういうこと好きなんだな』
そう思いながら身構える誠。目の前に黒い渦が浮かび上がり、そこにいかにも悪な格好の機械魔女メイリーン将軍こと許明華大佐と緑色の不気味な魔法怪人と言った姿の物体が現れた。
「逢瀬を楽しむとはずいぶん余裕があるじゃないか!マジックプリンス!そしてその思い人よ!」
そう言って杖を振るう明華の顔がやたらうれしそうなのを見て噴出しそうになる誠だが、必死にこらえてカウラをかばうようにして立つ。
「何を言っているんだ!」
ここではカウラは誠の正体を知らないと言う設定なのでうろたえたような演技で明華を見つめる誠。
「なに?どう言う事なの!誠一さん」
カウラが誠にたずねてくる。しかし、そのカウラも明華の隣の魔法怪人が顔を上げたことでさらに驚いた表情を浮かべることになった。
「お母さん……」
緑色の肌に棘を多く浮かべた肌、頭に薔薇の花のようなものを取り付け、その下に見えるのは青ざめた春子の顔だった。
「オカアサン……ウガー!」
そう言うと地面から薔薇の蔓を思わせるものが突き出てきて誠とカウラの体を縛り上げる。
「残念だな南條カウラ!貴様の母はもう死んだ!今ここにいるのは魔法怪人ローズクイーン!機械帝国の忠実な尖兵だ!」
いかにもうれしそうに叫ぶ明華に呆れつつ誠はカウラを助けようと蔓を引っ張って抵抗して見せた。
「どういうことなの?誠一さん……キャア!」
実生活でも聞いたことが無いカウラの悲鳴に一瞬意識を持っていかれそうになる誠だが、やっとのことで役に入り込んで巻きついた蔓の中でもがく。
「説明は後だ!」
「誠一さん」
じっと誠を掴んで離れないカウラ。怯えて見えるその表情。これも逆の立場は実戦で何度か経験したが、抱きしめたら折れそうな繊細な表情を浮かべるカウラにはいつもには無い魅力を感じでしまう。
「おのれ、メイリーン将軍!狙っていたな!」
何とかカウラを見つめていたいと言う欲望に耐えて、視線を敵に向ける誠。上空に滞空して見下すような視線を落としながら高笑いをする明華。そしてその隣で地面に両腕から伸びる蔓を操っている怪人役の春子が見える。
『ここらへんの状況の説明が良く分からなくて没になったんだよな……第一こんなところで暴れたら大変じゃないか。軍隊が動くぞ!実際なら』
そう心の中で突っ込む誠。春子が全身の棘を立ててにらみつけたと思うと一陣の風が吹いた。両手を掲げて魔方陣を展開するがすぐに破られた。そして全身の衣服に蔓に生えた棘が刺さり、次第に赤い血が滲み出す。
「誠一さん……」
額から血を流しながら誠に手を伸ばすカウラ。誠は手にした小さなペンダントを握り締めながら悩む。
「くそ!このままでは!」
突然春子の右腕の蔓が伸ばされる。その一端が誠の左肩を捉え、棘が肉へと食い込む。そして血誠の腕の皮膚を引き裂いた部分から吹き出た血で頬を濡らすカウラ。ぎりぎりと蔓は誠の左腕にめり込み上空であざ笑う怪人役の春子に吊るされようとする誠。
その時突然、蔓の根元に光が走った。
「何!」
勝利を確信していた明華の表情が驚きに満たされる。その周辺を目にも留まらぬ速度で飛んでいる光る弾、マジックボールを操っているのは小夏だった。牽制で放った魔力弾で明華達を翻弄した彼女はそのまま鎌で魔力弾に対抗して伸ばされた太い蔓を次々と切り刻んでいく。
「大丈夫!お姉ちゃん!」
上空で暴れている小夏に変わりカウラの後ろには魔法少女の衣装のシャムが立っていた。魔力弾で誠に絡みついた蔓を撃ち抜きなんとか誠も地面に放り出された。
「シャム……でもあなた、その姿は」
魔法少女のコスチュームに身を包んだシャムに驚いたように抱きかかえられながらカウラは驚いた表情を浮かべていた。そして彼女の視線の前ではぴっちりタイツ姿のマジックプリンスに変身していた誠の姿があった。
明らかに噴出そうとしているカウラ。とりあえず誠から目をそらすと彼女の前に立つ二人の妹役、シャムと上空での戦いをを切り上げて姉を守るべく降り立った小夏に目をやった。
「あなた達……」
「そう!私とお姉ちゃんは選ばれたんだよ!あの、機械帝国の手先を倒すために!」
そう言って明華を杖で指し示すシャム。カウラは驚きながら後ずさる。
「嘘でしょ?なんであなた達なの……そして誠一さん……」
カウラは噴出す危険を避けるために伏せ目がちに誠の手の中に飛び込んだ。
「これも運命なんだ。すまない、相談もできなくて」
そんな二人の光景に微笑を浮かべたシャムと小夏はそのまま視線を明華と怪人姿の春子に向けた。
「ふっ!所詮はあの餓鬼では時間稼ぎもつとまらんか。良いだろう!行け!ローズクイーン!」
明華がシャム達を指差すと、地面から蔓を抜き取った春子はそのまま鞭のようにしなる蔓で二人を襲う。
「舐めてもらっては困るわね!私にそんな攻撃が効くものですか!」
そう言うと蔓に向かって鎌を振り下ろす小夏。だが、それは完全に読まれていた。加速をかけようとする小夏の鎌の機動を読みきったローズクイーン。小夏はそのまま死角から延びてきた蔓の一撃で空中から投げ落とされる。
「お姉ちゃん!」
空中でもう一方の蔓と間合いの取り合いをしていたシャムの視線が小夏に向いた一瞬。今度はシャムに蔓が絡みつき、そのまま堤防に叩きつけられる。
「シャム!小夏!」
妹達の劣勢を見つめて叫ぶカウラ。
「ふっ。たわいも無いな!この程度の敵にてこずるとは!あの亡国の姫君の程度が知れるわ!」
明華が高らかにそう叫んだとき、叩きつけたはずのシャムが明華の前に現れその頭に杖の一撃を加えた。
「なに!先ほどの一撃で斃れなかったというのか!」
慌てて体勢を立て直す明華。その前に着地してひざから崩れ落ちたような格好で呆然とした表情で目の前の戦いを見つめていたカウラを守るように立つシャム。
「許さない!あなたはあんなに一生懸命なランちゃんを笑った……」
「許さない?それこそお笑い種だ!貴様等のような下等な有機生命体にそのようなことを言われる筋合いはない!あいつが一生懸命?当然だろう!私達と同じことをなそうとすれば必死になっても仕方の無いことだ。まあ無駄な足掻きだがな」
そう言ってあざ笑いながらシャムに叩かれた頭部を撫でる明華。
「オイル!……もしかして……」
驚愕して顔を引きつらせる明華。その迫真の演技に唖然とする誠。
『おい!オイルなのかよ!もしかして油圧シリンダーとかで動いてるの?いつの時代?』
油を払うようにして手を振った明華に狂気の表情が浮かんでいる様が見える。
「貴様!私の美しいボディーに傷をつけるとは……許さん!」
思い切り突っ込みたくなる誠。だがここで突っ込んでも始まらないと誠は台詞を繰り出そうとする。
「シャム、だめ!その人に逆らっては!」
再び杖を構えようとしたシャムに叫んでいたのは倒れたまま上空を見上げているカウラだった。その言葉にシャムがためらう。
「そうだ!この改造植物魔人ローズクイーンには貴様の姉のカウラの母、南條春子を素体として使っているからな。人の心とかを持つ貴様等には手も足も出まい!まあ、もはやその言葉すら届かぬまでに徹底して洗脳・改造してやったが」
そう言って舌なめずりをする明華にどんびきする誠。普段の島田達技術部の部下達を竹刀を片手に追い立てる明華が天性のサディストであることを確認した瞬間だった。
「どうするの!シャム。ここで止めないと!」
空中には鎌を構える小夏が浮かんでいた。シャムも小夏も手詰まりと言うように明華を見つめていた。
「カ……ウラ……」
カウラを見つめていた怪人ローズクイーンが搾り出すようにそう言う。すぐに鞭のような両腕から生える蔓が痙攣を始め、もがき苦しみ始める。
「なに!何が起きた!どうしたと言うのだ?まさか記憶が?そんなはずが……」
突然の春子の状況に戸惑ったような声を出す明華。それを見たシャムが明華に突進する。
寸前で止まったシャムが杖から放たれた火の玉をゼロ距離で発射する。腹でそれを受ける形になった明華が吹き飛ばされる。その後ろに待ち構えていた小夏が振るう鎌が明華の右肩に突き立つ。
「なに!下等生命体が!ローズクイーン!」
明華の声に一人もがいていたローズクイーンが明華のところへ飛ぶ。
だが、彼女はそのまますべての蔓を明華に絡める。
「何をする!私の言うことが聞けないというのか!」
脱出しようともがく明華。そして全身タイツ姿の変身後の誠に寄りかかるようにして立っているカウラに春子は笑顔を向けた。
「カウラ。ごめんね」
そう言って春子は涙を流す。シャムと小夏は同じように涙を浮かべているカウラを見つめる。
「せっかく会えたのに……こんなことしかできなくて……」
「そんな!お母さん!」
「私の心があるうちに……意識があるうちに小夏とシャムの力で私ごとメイリーン将軍を消し飛ばすのよ!」
『ひどい話だな。自分の娘じゃない方の子供に人殺しをさせる?アイシャさん、突っ込み期待のストーリーを狙いすぎですよ』
そう苦笑いを浮かべている誠は当然画面に映らない。
「小夏!シャム!母さんを救ってあげて!」
カウラの言葉に頷く小夏とシャム。
「やめろ!貴様等!こんなことを……母親もろともと言うのか!そもそもこんなところで私は朽ちるわけには!」
焦ってもがく明華だが、がっちりと蔓に生えた棘が彼女の機械の身体に食い込んでいて身動きが取れなくなっていた。
「あなた……!許さない!」
シャムが展開する巨大な魔方陣から火炎が明華と春子に襲い掛かる。
「くー!グワー!機械帝国!万歳!」
お約束の台詞を吐いて明華はひときわ派手に爆発した。そして気づいたときには立ち上がっていたカウラはそのまま誠前まで歩いてきていた。
誠の体が光り、全身タイツの変態ユニフォームから散歩をしていたときの私服に戻る。
「誠一さん……」
カウラはそう言うとそのまま誠の手を握る。
「すまない」
誠の言葉に首を振ったカウラ。そして次の瞬間にはカウラは誠の胸の中で泣き崩れていた。
「母さん……お母さん……」
肩を震わせて腕の中で泣いているカウラの緑色のポニーテールを撫でる誠。だがシーンはすぐに別のところに切り替わる。
シャムと小夏は爆発したメイリーン将軍のいた場所を調べていた。
「これ……」
そう言って小夏が取り上げたのは一輪の真っ赤な薔薇の付いた小枝だった。
『おい!なんであの爆発で?ちょっとおかしくない?上級者過ぎるだろ!』
誠は引きつりそうになる頬を震わせてカウラを抱きしめている。だが、一抹の不安を感じて振り向くとブーツが目の前にあった。
顔面にめり込んだロングブーツの甲に跳ね飛ばされてカウラを置いたままぶっ飛ばされる誠。蹴り飛ばしたのはレザースーツに身を包んだ要ことキャプテンイッサーこと私立探偵西川要子役の要だった。
『なんで……こんな……』
バーチャルシステムでなければ完全に首が折れていた蹴りに顔と首を押さえながら立ち上がる誠。
「こいつはすまねえな」
そう言ってにんまりと笑いながら泣き崩れていたカウラをにらみつける要。役を忘れて要をにらみ返すカウラ。
「お姉さん……これ」
そう言って小夏とシャムがカウラに先ほどの薔薇の小枝を渡す。しっかりと枝を手に取り涙するカウラ。
「機械帝国の鬼将軍と呼ばれたメイリーン将軍。あっけない最後だったな。自分の作った魔人に裏切られるとは。まあ魔人なんぞの下級生物を使う奴らしい最後と言えるか……」
そう言った要に平手を食らわすカウラ。
「それだけ?あなたはそれだけなの?お母さんは殺されたのよ!それに下級生物?あなたは所詮機械なのね!人の心なんて分かりもしないくせに……」
『おいおい、なんで要さんが機械帝国とつながってること知ってるんだよ!おかしいだろ?さっきまでシャムさんと小夏が魔法が使えるのも知らなかったのに!』
だがそんな突込みをするまでも無く要の表情が明らかに本心から出てくる怒りで満たされているのが誠にも分かった。本物のサイボーグである要。彼女を機械呼ばわりする台詞は初めからあった。カウラはそれを正確に読んだだけだった。それでも要の逆鱗に触れたことだけは誠も分かる。そのまま誠は引きつった笑いを浮かべながら二人の合間に立った。
「止めるんだ!二人とも。そんなことをしても春子さんは帰ってこないんだ!」
『まあこれはお話だけどね。要さんもカウラさんも熱くなり過ぎよ』
淡々と役を終えて茶々を入れる春子。
『お母さんは黙って』
『ハイハイ』
急に怒りをみなぎらせていた要が噴出した。家村親子のやり取りがつぼに入った、そんな感じだった。さすがにここはアイシャか吉田が止めるだろうと誠は思ったが二人はそのままシーンを続けることを選んだようだった。
「そうね、私にもできることがあれば協力するわ。それよりあなたは誰?」
カウラの一言で全員の目が点になる。
『知らないでびんたしたんですか?ちょっと順番間違えてませんか?』
まだ止まらないシーンに呆れながら誠はカウラと要を見ていた。
「私はこの子達と志を同じくする者。機械帝国を滅ぼすための正義の使者。キャプテンシルバーとは私のことよ!」
「あっ。ダサ!」
「おい!小夏!今、何言った?何言った?え?」
要の叔父の嵯峨譲りのネーミングセンスの無さには定評があるが、こうして要の口から出てくるとさらに違和感が漂っていた。小夏は変身を解かずに鎌を掲げて要との間合いを詰めようとする。それを見た要は右手に持っている小さな紐を掲げる。
銀色の光とともにビキニの水着のようにも見える体と西洋の甲冑を思わせる兜をかぶったキャプテンシルバーの姿に変身する要。手には銀色の鞭が握られている。
「お?やろうってのか?外道!」
そう言って小夏も鎌を構える。
「二人とも!喧嘩は駄目だよ!」
シャムが慌てて二人の間に立った。小夏は手にした鎌を消して普通の中学生らしいセーラー服に戻る。要も鞭を納めて革ジャンにジーンズと言う普段の要と同じ格好に戻った。
「じゃあ後で訓練を施してやろう!お前も一緒にな!」
そう言ってすぐに手を胸の前でクロスして魔法を使って消える要。誠はただ目の前の出来事を呆然と見つめているだけだった。