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突然魔法少女? 20

『じゃあちょっと待ってね』 

 そう言ってアイシャの姿が消える。誠は不安になってバイザーを外してカプセルから身を乗り出す。

 部屋を飛び出していくアイシャの後姿が見えた。そして起き上がった誠に気づいてニヤニヤと笑いながら近づいてくるのはシャムと小夏だった。

「誠ちゃん、かっこよかったよ」 

「あはははは……」 

 シャムの言葉に愛想笑いを浮かべて返す誠。隣の小夏は哀れな生き物を見るような瞳で誠を見つめている。 

「本当に面白いわね。やっぱり吉田君はこの関係の仕事に戻った方が良いんじゃないの?」 

 同じくカプセルから起きてきた春子が画面の修正をしている吉田に声をかけた。

「いやあ、いろいろとしがらみがありましてね、あの世界も。それに保安隊との契約の条項の中にいろいろと制限がありまして……なかなか」 

 そう言って照れ笑いを浮かべると吉田は再び手元のモニターに目を移す。

「おう、ワシの出番か?」 

 アイシャが戻ってきたがその後ろには禿頭を叩いている明石の姿があった。

「でも喫茶店のマスターって似合いすぎますよね、明石さんは」

 先ほどのハンター。その正体は機械帝国の脅威を知って戦う喫茶店のマスター。そんなありきたりな設定だが誠はなぜか納得していた。 

「なんじゃワレは。ワシは味とか分からんぞ。むしろこういうことは嵯峨の親父の領分じゃろが」 

 戻ってきたアイシャの言葉を軽くいなすと彼女が指し示すカプセルに体をねじ込む明石。

「はいはい、シャムと小夏!出番よ!」 

 鋭いアイシャの言葉にシャムと小夏も首をすくめながらカプセルに寝転がる。誠も体を横たえて再びバイザーをかける。

 視界が開けると中には渋い木目調の調度品を並べた喫茶店の風景があった。

『もう少し明るい雰囲気の方がシャムさんには合うんだけどなあ』 

 そんなことを思いながら誠は喫茶店のカウンターに腰をかけていた。自分の格好を見ると数年前の大学時代を感じさせるさわやかなシャツを着ているのがわかる。こういう役はさわやかな青年が似合うと思っているのでとりあえず笑みでも浮かべようとするがどこかぎこちなくなる自分を感じだ。

『ああ、誠ちゃん似合うわね。いつもこういうかっこうすれば良いのに』 

 アイシャがいつもの誠の残念なまでに野暮ったい姿を思い出させるように言った。

『そうよね。いつかは言おうと思っていたんだけど、神前君は何年着てるの?あのジャンパー』 

 そう春子に言われると誠もただ苦笑いを浮かべるしかなかった。

「しかし……なんでワシが……」 

 カウンターの中にはエプロン姿の明石が立っていた。二メートル近い巨漢が小さいカップを拭いている光景は明らかにシュールだったが、誠は黙っていることに決めた。

『じゃあ、行くわよ!シーン12、スタート!』 

 アイシャの声で明石はにやけた顔をやめて真剣にカップを拭き始める。

「マスター。君が見つけた少女達は信用できるのかな」 

 一口コーヒーを飲んだ後、誠はそう言った。実際にコーヒーの味がするわけではないが、明石ならきっと渋いコーヒーを入れそうだと思って少し口を引きつらせる。

「王子。心配するのも分かるが信じること無しには何もはじめられないですぞ。それにあなたが助けたと言う魔女にしても私達の脅威になるかもしれないですし」 

 そう言って明石は手にしたカップをカウンターに置く。相変わらず標準語を無理してしゃべっている明石の語尾に噴出しそうになりながら誠は我慢を続けていた。

「とりあえず会うことが一番でしょう」 

 これも関西弁のアクセント。しゃべる明石に違和感を感じながら誠はそのまま入り口を見つめる明石に目をやった。

「こんにちわー」 

 ドアを開け、元気そうに挨拶をするシャム。そしてその後ろにおどおどと付いてくる小夏。誠はランドセルを背負ったシャムのあまりにも自然な姿に目を奪われていた。

「お姉ちゃん!早く!」 

「でも本当に良いの?あれ、誠一お兄さん」 

 明らかに明石と誠の姿に戸惑っている小夏。

「やあ!」 

 自分でもこういうさわやか系のキャラはできないと思って笑顔が引きつる。設定では遠い親戚で大学に通うために彼女の家に下宿しているという無駄な設定がある割には同居人に挨拶するとは思えない引きつった自分の頬に冷や汗をかいた。

『こういう役なら島田さんにでも頼んでくれよ』 

 心の中では明らかにすべる光景が想像できて誠の頬がさらに引きつる。

「お兄ちゃんがいるのなら大丈夫だよ」 

「シャム!そう簡単に大丈夫なんて言わない方が良いよ。それに呼んだのはあの頭の……あっ」 

 つい禿と言おうとしたことに気づいて口に手を当てる小夏。明石は余裕のある笑みを浮かべてみせる。いつもは『大将』だの『兄貴』だのと持ち上げている明石を禿呼ばわりしたことが相当気まずいようで小夏はうつむいたまま店内に入ってきた。

「いらっしゃい、お嬢さん達。そして小熊さん」 

「ばれていましたか」 

 そう言うとシャムのランドセルから頭を出すグリン。しばらく頭を出して明石を見つめていたが、グリンはすぐに苦しそうな顔でシャムを見つめた。

「シャム!できればランドセルを開けてもらいたいんだけど……」 

「ごめんね!」 

 そう言うと椅子に赤いランドセルを下ろしてふたを開ける。そのままカウンターに上った手のひらサイズの小熊のグリンが不思議そうに誠を見つめた。

「もしや……あなた様は……」 

「久しぶりだね、グリン」 

 誠がそう言うとグリンは平身低頭した。その様にシャムと小夏が驚いているのがわかる。

「神前寺さん……もしかして知っているんですか?グリンのこと。でも何で?」 

 小夏が神前寺誠一じんぜんじせいいち役の誠とグリンを不思議そうに見比べている。

「小夏ちゃん。この人が魔法の森の王子『マジックプリンス』様だよ!」 

 グリンの言葉に一瞬素に戻る小夏。その目は明らかに誠を見下しているような色を湛えていた。だが隣に師匠と仰ぐシャムの演技と言うよりただ単に楽しんでいる姿を見て役に戻る。

「それじゃあこのおじさんも……」 

「そうだよ。彼が僕をかくまってくれていてね。君の家にお世話になるのにもいろいろ手を尽くしてくれたんだ。そして今では機械帝国の脅威を知って協力をしてくれている」 

 誠の言葉に時々呆れている地を見せながら小夏が明石を見上げた。

「お二方、飲み物は何にする?」 

 相変わらず変なイントネーションでしゃべる明石。

「じゃあ私はオレンジジュース!」 

「シャムったら遠慮くらいしなさいよ!」 

 シャムがうれしそうに叫ぶのを止めようとする小夏。いつもの光景が展開されて誠は噴出しそうになった。

「いいんだ、気にしないでくれたまえ。これからは一緒に戦う仲間になるんだから」 

「神前寺さん、いや殿下の言うとおりだ。僕もいずれは連絡を取らないといけないと思っていたんだ……しかし殿下がこんな身近に……」 

 グリンの言葉に不信感をぬぐいきれないもののこれ以上意地を張れないと思ったように小夏がカウンターに座る。

「じゃあお嬢さんは……」 

「ホットミルクで」 

 つっけんどんに答えた小夏に笑みをこぼすと明石は飲み物の準備を始めた。

「でもカウラお姉ちゃんは知ってるの?」 

 目の前に出されたオレンジジュースを飲みながら誠を見つめるシャム。

「実は……」 

 その言葉に思わず誠は口を開く。そんな彼を明石が抑えた。

「魔力を持たない人に無用な心配をかけないほうが良い」 

 頭を振って明石はそう言うと小夏にホットミルクを差し出す。

「確かにそうかもね。カウラお姉さんは一途だからきっと無茶をするわ」 

「小夏お姉ちゃん!でも何も知らないでいるなんて!」 

 シャムはストローから口を離して明石と小夏に向かって叫ぶ。

「それでも誠一お兄ちゃんいいの?何も知らないで好きな人が戦いに赴くなんて私はやだよ!」 

 そう言うシャムが演技と言うより本音を言っているように見えて誠は地で微笑んでしまった。

「いつかは言うつもりさ。彼女は察しがいいからな、いずれ気づくはずだ。でもしばらくは時間が欲しいんだ」 

 そう言ってコーヒーを啜る誠。彼の言葉に頷きながら小熊のグリンはシャムを振り返る。

「シャム、僕達の戦いは一人の意思でやっているわけでは無いんだ。機械帝国は全世界、いや異次元も含めた領域を支配をしようとしているんだ。個人的感情ははさまない方がいい」 

「でも……」 

「なら君の協力は必要ない。普段の生活に戻りたまえ」 

 そう言ってカウンターから飛び降りるグリン。

「どうするつもり?一人で戦うなんて無理だよ」 

 悲しそうに叫ぶシャムの肩にやさしく手を伸ばしたのは明石だった。

「いつかはシャムにも分かる日が来るはずだ。今は黙っていておいてあげてくれ」 

 そう言うとにっこりと笑う明石だが、その表情が明らかに無理をして作り出した硬いものだったので誠は思わず噴出しそうになるのを必死でこらえた。

「分かった。でも私達だけで戦える相手なの?」 

「ふっ、子供の癖に戦況の分析は得意のようだな」 

 そんな女性の声が聞こえた後、部屋にハーモニカの旋律が響く。

「誰だ!」 

 明石のはいつの間にか開いていた窓に身を任せている革ジャンを来たテンガロンハットの影に向かって叫んだ。

「危ないところだったな。私が機械帝国の手先の時代なら貴様等の命はすでに無かった」 

 そう言ってジャンプして誠達の前に現れたのは前のカットでぼろぼろにされていたイッサー大尉役の要の姿だった。

『こてこてだよ!たぶん要さんはかっこいいつもりなんだろうけど……これじゃあ爆笑モノだよ』 

 そんな誠の心の叫びを無視して立ち上がるとハーモニカを吹き始める要。

「機械魔女イッサー大尉。君が来てくれたのか!」 

 誠はとりあえず台詞を言った。要はハーモニカを吹くのをやめ、手にしたテンガロンハットを入り口にある木製の帽子掛けに投げる。それは静かに宙をまい、みごとに帽子掛けに収まった。

 そして素早く誠の前に立つと誠のあごの下をつかんで顔を上げさせる。

「私は必ず借りは返す主義なんだ。力ならいくらでも貸すつもりで来た」 

 そう言ってにやりと笑うが、タレ目の要がそう言う表情をするととても色っぽいことに誠は気がついて頬を染めた。

「マジックプリンスとか言ったな。私に惚れると火傷するぜ!」 

 そう言って颯爽と誠の隣に席を取り、ぴったりと誠に胸を密着させてくる要。

『ああ!駄目だ!要さん完全におかしな方向に向かっちゃってるよ!』 

 誠の焦りと恥ずかしさに流れる汗を勘違いする要の姿がそこにあった。

「マスター。取り合えずワイルドターキー。12年物で」 

「あのー……イッサー大尉。うちは喫茶店だからアルコールは無いぞ」 

 暴走する要に呆れた顔で答える明石。さすがにここに来て自分の勘違いに気づいた要はすごい勢いで顔を赤く染めていった。

「まあいい。これだけの戦力が集まったんだ!」 

 恥ずかしさをごまかす大声。要は手を差し出して周りの人々を見つめた。その殺意すら感じるような視線におびえた誠は反射で彼女の手に自分の手を重ねた。さらにシャム、小夏、明石、その上にグリンまでも手を伸ばして重ねられた手のひら。

「必ず機械帝国の野望を砕いて見せるぞ!」 

 そう叫ぶ明石に一斉に声を張り上げる誠達だった。

『カット!まあ……なんというか……要ちゃん……』 

「あ?何が言いてえんだ?」 

 手を引いた要が明らかに不機嫌そうにつぶやく。

『まあ、良いわ。それじゃあ次のシーンね。今度は私も出るから吉田さん頼めますか?』 

 次のシャムの小学校の担任役で登場するアイシャ。吉田はテキストで『分かった』と返事を出す。恐らくは要の怪演に大笑いをしているんだろう。そう思うと誠は要に同情してしまった。

『じゃあ皆さんはご自由にどうぞ……要ちゃんは自重』 

「うるせえ!」 

 要の捨て台詞が響くと素早く周りが暗くなる。そしてしばらくたって再びカメラ目線に誠の視界が固定される。そこには小学校。特に誠には縁の無かったような制服を着た私立の小学校の教室の風景が広がっていた。シャムは元気そうに自分のスカートをめくろうとした男子生徒のズボンを引き摺り下ろす。そして彼とつるんで自分を挑発していた男子生徒達を追いかけ回し始めた。

『似合いすぎ……』

 あまりにはまるシャムの行動に誠は自然とつぶやいていた。

 チャイムが鳴る。いかにもクラス委員といった眼鏡をかけたお嬢様チックな少女が立ち上がるのを見ると騒いでいた生徒達も一斉に自分の机に戻った。

 その時ドアに思い切り何かがぶつかったような音が響いた。そしてしばらくの沈黙の後、アイシャが額をさすりながらドアを丁寧に開いて教室に入ってくる。

「先生!何したんですか!」 

 先ほどシャムにズボンを下ろされていた男子生徒が指をさして叫ぶ。周りの生徒達もそれに合わせて大きな声で笑い始めた。それが扉を開かずにクラスに入ろうとして額をぶつけた音だと言うのが分かり誠の頬も緩む。

「本当に!みんな意地悪なんだから!」 

 しなを作りながらよたよたと教壇に向かうアイシャ。なぜか眼鏡をかけているのはお約束ということで誠は突っ込まないでいるつもりだった。

「はい!静かに!礼!」 

 委員長の言葉で一斉に礼をする生徒達。

「着席!」 

 再び生徒達は一糸乱れず席に着いた。大学以外は公立学校で過ごしてきた誠は少し違和感を感じながら目の前の小学校の教室を見つめていた。アイシャは知識は脳へのプリンティングで得ているはずなので彼女の学校のイメージが良く分かった。それを見て誠はニヤニヤしながらバイザーの中の世界の観察を再開した。

「皆さん!算数の宿題はやってきましたか!」 

「はーい!」 

 元気な小学生達。中央の目立つ席についているシャムも元気に答える。

『あの、ナンバルゲニア中尉!はまりすぎ!』 

 完全に小学生になりきっているシャムに誠は苦笑いを浮かべた。

「そう!みんな元気にお返事できましたね!じゃあ早速これから書く問題をやってもらうわね」 

 そう言ってアイシャは相変わらずなよなよしながら黒板にチョークで数式を書き始めた。

『いまどき黒板は無いだろ!僕の小学校も磁力式モニターだったぞ!』 

 突っ込みたい衝動に駆られる自分を抑えて誠はアイシャの後姿を眺める。

『おい、神前』 

 出番の無い要が呼びかけてくる。

『東和ってまだ黒板使ってるのか?』 

『そんなわけ無いじゃないですか!アイシャさんの暴走ですよこれは』 

『ふーん』 

 納得したようにそう言うと黙り込む要。10問の数式を書き終えたアイシャは満面の笑みで振り向く。

「じゃあ、この問題を誰にやってもらおうかしら?」 

 アイシャがこう言うと一斉に手を上げる子供達。だが、シャムは身を縮めてじっとしている。

「あら?シャムちゃんどうしたの?」 

 ポロリとアイシャがそう言うと周りの生徒達がシャムに目を向ける。

「あ!こいつ計算苦手だからな!」 

「そうだよ!南條は算数できないからな!」 

 二人の男の子がそう言って笑う。それを見て怒ったように頬を膨らませたシャムが手を上げる。

「そんなこと無いよ!先生!私を指名してください!」 

 勢いよく立ち上がるシャムにアイシャは困ったような顔をした。

「良いの?本当に」 

「大丈夫です!」 

 そう言うとシャムはそのまま黒板に向かう。背の小さい彼女は見上げるようにして一番最初の数式を見つめた。そしてゆっくりと深呼吸をする。

『あれくらいは解けるだろ?一応あいつは高校出てるんだから』 

『そうですね』 

 要の言葉に誠も余裕を持ってシャムの方を眺めた。いわゆる鶴亀算の書かれた黒板の文字を凝視するシャム。彼女はゆっくりとチョークを手に持った。

『まさかな……分からないとか言わねえよな……』 

 シャムの動きが止まったのを見て要の口が重くなる。

 しばらく経つ。そしてチョークを手にした腕を持ち上げる。

『大丈夫なんだろうな。あいつが小学生並みなのは良いが小学生以下ってことになると問題だぞ』 

 さすがに要も保安隊のエースとして知られるシャムが小学校5年生の算数の問題ができないと言うことになれば良い恥さらしになると言うことに気づいた。

 シャムは一瞬だけ黒板に触れたがすぐに手を引っ込めた。

『おい!』 

 その姿に誠と要は同時に突っ込みを入れていた。

 誠は黒板の前で困った顔をしているシャムを見て問題を読み始めた。答えはすべて5。第一問さえ分かれば他の問題もすべて答えられるものだった。

 だが、シャムは困った顔でアイシャを見つめる。

「あらー南條さん、分からないのかな?」 

 冷や汗を流しながらヒロイン南條シャム役のシャムを見つめるアイシャ。シャムはすぐに隣にあった椅子を指差した。

「先生!届かないからこれを使って良いですか?」 

「良いわよ!」 

 さすがにこの問題が分からないわけが無いだろうとほっとしてそれを許可するアイシャ。シャムはそのままその椅子を運んでくると一番上の問題の下にそれを置く。

 そのまま問題と見詰め合うシャム。

『5だぞ!その回答5だぞ!』 

『外道!そんなこと言わなくても師匠なら分かる……はず……』 

 シャムと多くの行動を共にしている小夏でもシャムのことが心配のようでそのままシャムに連絡する。シャムはそれを聞いてすべての答えに『5』と言う正解を書き始める。

『あーあ、不自然。これまずいんじゃないですか?』 

 シャムが楽しげに何も考えずに小夏の回答を聞いて答えを書いていく有様に呆れる誠。

『あいつに空気を読めとか言うのは無駄だろ?』 

 要はそう言って乾いた笑いを漏らす。そのままシャムはすべての回答に5と言う数字を書き込むと意気揚々と自分の席に戻った。

「凄いわねシャムちゃん!全部正解よ!」 

 アイシャは明らかに不自然なシャムの行動をとがめるわけにも行かず歯が浮くような白々しさでそう言ってのけた。

「すげー南條。お前いつ勉強してたんだ?」 

「何よ!あなた達が勝手に思い込んでいただけじゃないの。ねえ、南條さん」 

 明らかにシャムの間違いを期待していた男子に言い返す女子。

「はい、全部正解ね。では次の問題を……」 

 アイシャがそう言ったとき、急に開けていた窓から強風が吹き込んでくる。教室は教科書やドリルを飛ばされる生徒達で混乱に陥った。

「なに!なんなの?」 

 そう叫んで教卓にしがみつくアイシャ。そして風にまぎれるようにして周りの小学生よりさらに幼く見えるへそだしルックの魔法幼女が現れた。

「人間?実につまらぬものだ!」 

 窓の外には満面の笑みを浮かべた保安隊副長、クバルカ・ラン中佐の勇姿が画面を埋める。

『ああ、のってるねえ、ランの姐御』 

 要の言うとおりライバル魔法少女を演じるランの表情は異常に生き生きとしていた。

『ああ、ランは結構単純なところがあるからね』 

 珍しく割り込んできた明華の一言に納得する誠達。

「何!あなたは誰!」 

 持ち前の体力で風を防ぎきったシャムがランの前に立ちふさがる。

「ふっ!キャラット・シャム!貴様のことは聞いているぞ!まず手始めに貴様から血祭りにあげてくれる!」 

 そう叫ぶとランは手を前方に差し出す。そこには青龍刀のような剣が現れた。ランはそれを手にするとその刀の刃を軽く舌で舐めた。

「あなたは……何者!」 

 シャムがそう言うと手に小さなペンほどの杖のようなものを握り締めて叫ぶ。

「へー。いい度胸してるじゃねーか……。でもなあ!死に行く定めの雑魚に名乗る名はねーんだよ!」 

 そう言ってシャムに刀を振り下ろすラン。だが、杖のようなものを握り締めていた右手に展開した魔方陣でその一撃をいなすシャム。ランの振り下ろした剣はそのまま滑り落ち、床を砕いて止まった。

「なるほど少しはできるようだな!ならば名乗ってやろう!」 

 そう言うと再びつむじ風が教室に吹きつける。生徒達は次々と砕けていく窓ガラスから逃げるようにして廊下へと飛び出していった。部屋に残っているのはシャムとアイシャ。そのアイシャも強風にあおられてパニック状態に陥っている。

「アタシは機械帝国に忠誠を尽くす者!すべてを血に染め、向かうものすべてを切り裂く定めを持つもの!ブラッディー・ラン!」 

 剣をシャムに突きつけて叫ぶラン。

『いつもよりよっぽど大人に見えるな』 

 要のつぶやきに思わず噴出した明華。誠はただ苦笑いを浮かべて二人の戦いを見つめていた。周りに人の気配が消えたのを知って、シャムのランドセルから飛び出したのは小さなグリンだった。

「今だ!変身するんだ!」 

 グリンの声にシャムは頷くと右手を掲げる。すぐさま手にしていた杖が元のサイズに戻り淡いピンク色の光を放つ。

「天空と地と海を統べる世界よ!アタシに力を!」 

 その変身の呪文が前回とまるで違うことに気づいた誠達の前で、シャムの制服がはじけるように消える。やわらかい桃色の光に包まれたシャムの体に靴やソックスや手袋などが次々と現れて前回と同じ魔法少女の姿が見え始める。

 そして桃色の光がはじけ飛んだときに表れたのは、魔法少女『キャラット・シャム』の姿だった。

『なあ、神前。あいつの呪文ってなんか意味あるのか?前回とかなり違う割には出来上がった姿が同じなんだが』

『ただ前のを覚えてなかっただけじゃないですか?』 

 ただ唖然とする誠。しかし、ランもあえて突っ込みをいれずにシリアスモードで変身したシャムに剣を構えて立つ。

「所詮は素人。戦いを知らないものには、死!あるのみ!」 

 そう言って切りかかるランだが、シャムは桃色の光を放ちながら宙に待ってその剣を避ける。振り下ろされたランの剣はまるで豆腐でも切るようにあっさりと机を両断していた。

「シャム!距離を取るんだ!」 

 そう言うとグリンはランの周りに結界を張る。

「分かった!」 

 シャムはそう言うと割れた窓ガラスをすり抜けて校庭へと脱出した。

「この程度の結界など!」 

 そう叫ぶとランは全身から赤い光を放射してグリンの結界をあっさりと破壊した。

「え!この力!」 

 その赤い炎のように見える力に驚いたグリンはそのまま宙に浮いてシャムの隣に並ぶ。

「こんな小細工なんか、アタシには通じねーんだよ!」 

 そう叫ぶと一気にシャムに飛翔して剣を振るうラン。再びシャムは魔方陣を展開してそれを受け止める。

『熱くなってるな、姐御。素に戻ってるじゃん』 

 そう言う要だが、明らかにバトル展開を楽しんでいるように言葉が弾んでいるのが誠にも良く分かった。

「シャム!どいて!」 

 叫び声と共に火炎がシャムとランを襲う。二人は飛びのいてその技が繰り出された上空を見上げた。そこには青い魔法少女のドレスをまとった小夏が手に魔法の鎌を身構えていた。

「お姉ちゃんだめ!これは私とランちゃんの戦いなの!」 

 そう叫ぶとシャムは杖を構えてランを見つめた。

「そう言うこった!貴様の命はアタシがもらう!」 

 一瞬で距離をつめるラン。だがすでにそこにはシャムの姿は無かった。

「なに!」 

 驚愕するランだが、背中を杖で殴られて吹き飛ばされそのまま隣の神社まで吹き飛ばされた。何とか体勢を立て直すと、その鋭い視線をシャムに飛ばす。そして杖をかざして何かを詠唱しているシャムに剣を向けた。

「そうでなきゃつまらねーな。見せてみろよ!テメーの本気を!」 

 完全にノリノリで剣を振るってシャムに襲い掛かるラン。だがすぐさま三つに増えたシャムに包囲される形となる。

「なんだ?なんなんだ?」 

 焦って周りのシャム達を見回すラン。だが、すぐに下から発せられた稲妻に巻き込まれて吹き飛ばされる。

「下ががら空きだよ!ランちゃん」 

 そう言ってそのまま空中で体勢を崩したままのランに杖を振り上げるシャム。

「そーはいかねーよ!」 

 ランは上半身だけでシャムの一撃を受け止めると、そのまま後退して距離を稼ごうとする。シャムは再び距離をつめようとするが、動物的勘の持ち主と言えども飛ぶことに慣れていないシャムにランを捕らえることは難しかった。直線的飛行と直角の変化ではランの流れるような軌道にはついていけなくなり、じりじりと間合いを広げられる。

「それじゃあ!」 

 そう言ってシャムを援護するために魔法を使おうとするグリン。だが、その前には先ほど喫茶店で別れた要、この物語の名前で言えばイッサー大尉が立ちはだかった。機械的な上半身から炎のような魔力をたぎらせる要ににらまれてもグリンはひるまなかった。

「邪魔だよ!キャプテン・イッサー!」 

『キャプテン・イッサー……語呂合わせ?それとも思いつき?』 

 誠は時々見せるアイシャのすさまじいネーミングセンスに口を開けたままこの画面を見つめていた。

「おい、これは女と女の信念をかけた戦いなんだ。野暮なことはよしにしようや!」 

 再びわけのわからないベクトルでの自己陶酔モードに入った要がやけに良い笑顔でグリンを見つめる。

「そうだよ!これはアタシとランちゃんの戦い!誰にも邪魔はさせないよ!」 

 そう言うとシャムはランに一直線に飛んでいく。

「なるほど!アタシに本気を出させたいわけだな!」 

 ランもまた力の限り自分の身長を超える剣を振りかざす。二人の得物が激突し、強烈な光があたりを覆った。

「なに?なにが起きたの!」 

 上空でまぶしさに目をつぶってしまう小夏。

「シャム!」 

 思わず叫んでいるグリン。そして強力そうなこぶしを握り締めて笑みを浮かべる要。

 三人に見守られる中、強烈な光がいくつもの稲妻で当たりを染めながら次第に薄くなっていく様子が見て取れた。

「やるもんだな……」 

 肩で息をしてシャムの桃色に輝く杖に受け止められた剣を腰の鞘に収めるラン。その赤いドレスはぼろぼろに破れ、頬にはいくつもの傷が見て取れた。

「ランちゃんもね」 

 同じく魔法少女の衣装をぼろぼろにしながら杖を掲げるシャム。そのまま息を整えながら二人は上空で見詰め合った。

『青春だねえ』 

 突然抜けたような声が響いたので誠は驚いた。いつの間にか会議室に紛れ込んでいた嵯峨がウィンドウ越しに割り込んでくる。

『惟基さん。良いんですか?お仕事は』 

 春子の言葉に誠もいくつか付け足したい気分だった。

『ちょっとくらい匿ってくれたっていいじゃないですか』 

『サボるな!』 

 女性としてはハスキーな張りのある声。それが遼州同盟司法機関特務実働部隊、通称『特務公安隊』隊長の安城秀美のものであることは誠にもすぐに分かった。昨日同盟本部に法務司法執行機関および治安関係団体幹部会議を『頭が痛い』と言って欠席して隊長室で刀を研いでいたところは誠も目撃していた。 

『春子さん、嵯峨特務大差はお借りしますから』 

『どうぞご自由にお使いください』 

 春子に見放されて落ち込んでいるだろう嵯峨の顔を想像して思わず笑いそうになる誠。再び誠が画像に意識を向けるとすでに逃げ去ったランを見送るシャムの姿があった。

「シャム!せっかく捕まえられるチャンスだったのに!」 

 すでに戦いは引き分けに終わりランが逃げ去った後だった。小夏はシャムのところまで降下すると責め立てた。でも口を真一文字に結んだシャムは謝るつもりはないというように小夏をにらみつける。

「良いじゃねえか!このくらいの気迫が無けりゃあ戦いなんてできないもんだ」 

 相変わらずどう見ても敵の魔女と言うか機械人間のように見える要が良い顔でシャムの頭を撫でる。

「そんなスポーツじゃないんだよ!いつかは決着をつけなきゃいけない……」 

 そう叫ぶグリンの口に手をやる要。

「それよりこのままにしておくつもりか?」 

 要はそう言うと下の光景を見下ろした。グリンだけでなくシャムも小夏も眼下の光景を眺めた。神社と小学校の木々の頭の部分が焼け焦げ煙を揚げている。一方ランが突風を吹かせた影響で小学校のガラスがすべて砕けて無残な姿を晒していた。

「分かりましたよ!後で明石司令に報告します!」 

 そう言うとグリンは両手を広げた。彼の手からあふれ出た光の粒が小学校と隣の鎮守の森を包む。木々は再び生き生きと茂り始め、小学校の砕けた窓ガラスが元に戻っていく。

『これは凄いな』 

『え?カウラさん来てたんですか?』 

 突然のカウラの声に少しばかり焦る誠。次のシーンは明石の喫茶店に誠に会いにカウラがやってくる場面になるはずだった。

 画面では小学校の屋上に舞い降りてもとの制服姿に戻るシャムが映されていた。

『おい、アイシャ。ちょっといろいろといじりたい場面があるんだが……少し休憩ってことにならないかな』 

 吉田の声が響く。

『そうですか、じゃあしばらく休憩しましょう』 

 映像関係の責任者の吉田の一声で、バイザーの中に映っていた画面が消える。誠はそのままヘルメットを外してカプセルから起き上がる。

「あー疲れた……あっ!食べちゃったんだ!ずるいんだ!」 

 いち早く飛び上がるようにして起きていたシャムが入り口に置かれたおはぎが入っていた重箱が空になったのを指して膨れっ面をしている。

「だって硬くなったらもったいないじゃない!」 

 そう言って重箱に蓋をしているサラ。その脇ではシャムの怒っている姿が面白いのか、珍しくニコニコ笑いながら明華と明石が口を動かしている。

「よし、それじゃあ仕事に戻るぞ」 

 そう言うとカウラは誠の襟首をつかむ。シャムとサラ達がにらみ合っている状況を見物していた誠は要の手を引っ張って会議室から廊下へと歩き出した。

「なんだよ神前。アタシは仕事は終わってるんだよ!」 

 そう言って逃げ出そうとする要に誠は泣きついた。

「僕の端末の画面をどうにかしてくださいよ」 

 廊下に出た誠の言葉に頭を掻く要。そして思い出したように要が手を打ったところから彼女が自分のしたことを忘れていることに誠はただ呆然としていた。

「分かったよ。しかし、オメエ等仕事が遅いねえ」 

「電子戦対応装備のサイボーグを基準で判断されてはたまらないな」 

 そう言ってカウラは要を余裕の表情で一瞥するとそのまま実働部隊の部屋へと向かう。部隊長の余裕を見せられた要は明らかに含むところがあると言う表情でカウラについて歩く。

「まあ、しゃあねえかな。隣の怖い警視正殿の面目を潰すわけにもいかねえだろう……しな!」 

 そう言うと要は法術特捜の間借りしている部屋のドアを開けた。ドアには茜が張り付いていたが、誠と目が会うと空々しい笑顔を浮かべて茜は奥へと消えていった。

「信用ねえな、神前は」 

「え?僕がですか?」 

 不満そうな誠の声を聞くといかにもうれしそうな笑顔を浮かべて早足で詰め所に向かう要。さっさと部屋に入ったカウラに二人は顔を見合わせてドアを開く。

「おっとロナルドの旦那、戻ってたんだ」 

 要の言葉に誠も部屋の中を覗き込む。コーヒーを飲みながら誠の端末の画面を見ながら談笑している第四小隊の三人の姿が見える。

「おっと!マジックプリンスとキャプテン・イッサーの登場だ!」 

 地声の大きいフェデロ・マルケス中尉の声に照れ笑いを浮かべる誠。一方、隣にいた要は先ほどの自己陶酔演技を思い出したのか顔が真っ赤になっていく。

「おい、フェデロ!あんまりからかうなよ」 

 慎重派のジョージ・岡部中尉はそう言うと誠の端末の前から自分の席へと戻る。そんな部下達に肩をすぼめてそのまま自分の席に戻って仕事をはじめる第四小隊小隊長、ロナルド・J・スミス上級大尉。

「まあいいや、神前ちょっと待ってろ」 

 誠のモニターは相変わらず映画の画面が映し出されていた。吉田がシャムとランの戦いの場面で画面を固定しているようで、スローで再生しながら映像効果を付け加えている様子が分かる。要は端末のモニターのジャックに首筋から取り出したケーブルをつなげた。

 すぐさま画像が切り替わり、茜に指示されたプロファイリング資料が映し出される。

「ああ、これでようやく仕事ができそうですよ」 

「そうか。それなら今隊長室に呼び出された奴の分までがんばれや」 

 要はそう言うと自分の席に戻る。

「呼び出された?」 

 そう言ってカウラの顔を見ると彼女はすぐにドアの外を指差した。隊長室をノックしているアイシャの姿が見える。

「ああ、安城さんが来るのが分かってれば対策も立てれたのにねえ。吉田の奴、知ったんだろうな」 

 連続放火事件のファイルをモニターで眺めながらコメントをくわえる作業を続けているカウラが画面を見たままそう言った。嵯峨がどうしても下手に出なければならないまじめに仕事をすることを要求する相手。それが安城秀美少佐だった。司法局の特殊部隊でも一番精鋭とされる機動部隊の指揮官の来訪で嵯峨が形式的なお小言をアイシャにしなければならなくなった様子を見ながら誠は大きくため息をついた。

「たぶんそうだろう。性格悪いねえ吉田の電卓野郎は」 

 要は机に足を投げ出してそのまま天井を見ながら人の悪そうな笑みを浮かべていた。誠はようやく連続放火事件の資料の整理を終えて最後の車上荒らしの事件の資料を探すために画面をスクロールさせていた。

「でもこれでしばらくはアイシャに付き合う必要もなくなるな」 

 そう言って笑う要。それに誠は愛想笑いを浮かべるしかなかった。

「じゃあ仕事がんばれよ」

 要に言われて苦笑いを浮かべる誠。カウラはすでに仕事に集中していた。


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