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突然魔法少女? 11

 誠が意識を取り戻してまず見上げた天井は白く、ただ何も無く白く輝いて見えた。

「大丈夫か?」 

 覗き込んでいるのは勤務服姿のカウラだった。

「おっお目覚めか、うちのお姫様は」 

 医務官ドムの低い声が響く。誠は首に違和感を感じながら起き上がる。いつも要やカウラに運ばれてくる自分がどう思われているかを考えて苦笑いを浮かべる誠。

「首やっぱり痛むか?なんなら湿布くらいは出すぞ」 

 そう言うドムの表情は諦めにも近い顔をしていた。

「僕は……」 

 誠は飛んできた茶色い巨大な塊に押しつぶされて意識を失ったことを思い出した。

「まあグレゴリウス13世も悪気があった訳じゃないんだろうがな。それにしてもお前、本当にくだらない怪我とか多いな。たるんでるんじゃないのか?」 

 愚痴をこぼすドム。最近わかったことは予算の都合で専任の看護師がつかないことが彼の苛立ちの原因となっていること。事実カルテの管理や各種データの提出に彼の労力がかなり割かれていた。その膨大な作業量に誠でも同情したくなるほどだった。

「湿布は……ここか」 

 カウラは薬品庫を慣れた手つきで開ける。

「それにしても大騒ぎだな、まあいつものことか」 

 そう言うとドムは席に戻って書物を開いた。

「そう言えばドム大尉はお子さんもいるんですよね」 

 ワイシャツのボタンをはずしながらの誠の言葉に振り返るドム。

「まあな、どうだ?今回のは子供向けだろ?」 

 家族の話を振られて珍しくドムがうれしそうに振り向く。

「まあ子供向けというより大きなお友達向けだな」 

 カウラはそう言いながら首をさらけ出す誠のどこに湿布を張るかを決めようとしていた。

「だろうけど、去年の悪夢に比べたらな……」 

 そう言うドムの顔には泣き笑いのような表情が浮かんだ。それを見て誠は意を決してたずねることにした。

「そんなに去年のはひどかったんですか?」 

 ドムの顔が引きつる。乾いた笑いの後、そのまま目をそらして机の上の書物に向き合うドム。カウラも冷ややかな笑いを浮かべながら口ごもった後、ようやく話し始めた。

「確かに去年の作品はひどかった。我々の任務を映像化したわけだが……」 

「まあつまらなくはなるでしょうね。訓練とかはまだ見てられますけど、東和警察の助っ人とか……もしかして駐車禁止車両の取締りの下請けの仕事とかも撮ったんですか?」 

 誠がそこまで言ったところでドムがカウラを見つめた。カウラはしばらくためらった後、表情を押し殺した顔で誠に言った。

「確かにそれもあるが、内容の半分以上をキムの仕事だけに絞り込んだんだ」 

 キム・ジュンヒ少尉。保安隊技術部小火器管理の責任者であり、隊の二番狙撃手である。誠はしばらくそれが何を意味するかわからずにいた。

「それがどうして……」 

 そう言う誠を見てカウラとドムは顔を見合わせた。

「キムは小火器管理の責任者だろ?そしてうちの部隊の銃器の多くが隊長の家から持ってきた骨董品を使ってるわけだ」 

 そう言ってカウラは腰の拳銃を取り出す。SIGーP226。二十世紀末にドイツで開発された拳銃ということは嵯峨から聞かされていた。誠はベッドの横に置かれた勤務服とその隣に下げられた自分のベルトを見てみる。そこにあるのはP06パラベラムピストル。こちらにいたっては二十世紀初頭の銃である。

 そしてこの二つの銃の弾は同じ9mmパラベラムと言う規格のはずだが、キムには絶対にカウラの銃の弾は使うなと誠は言われていた。キムに言わせると誤作動の原因になるという話だった。

「銃は動作部品の集合体だ。ちょっとしたバランスで誤作動を起こすからな。弾薬も使用する銃にあわせて調整したものが必要なんだ。特にお前のP06はかなり神経質な銃だ。市販品の弾を使おうものならかなりの確立で薬莢が割れたり引っかかったりする誤作動を起こすだろうな」 

 カウラはそう言うと誠のP06を手に取りマガジンを抜く。手にした弾薬を誠の前に見せ付けた。

「傷がありますね」 

 誠の目の前の弾丸の薬莢には引っかいたような跡が見えた。

「ああ、これは一回使用した薬莢を回収して雷管を付け直して再生したものだ。P06を市販の同じ規格の弾薬で発射したらどうなるかはキムに聞いてくれ」 

 そう言ってカウラは再びマガジンに弾薬を押し込もうとするが、その強すぎるマガジンのスプリングでどうしようもなくなった。カウラはいったん手にした弾丸を誠に渡して力を込めて弾丸を押し、ようやく隙間を作って装弾する。

「もしかしてその弾と炸薬を薬莢に取り付ける作業を……」 

「延々一時間。薬莢に雷管を取り付け、火薬を計って中に敷き詰め、弾丸を押し込んで固定する。それだけの作業を映し続けたんだ」 

 ドムが苦々しげにつぶやいた。確かにそのような映画は見たくは無かった。しかも一応保安隊の仕事のひとつであることには違いないだけに誠も頭を掻きながら愛想笑いを浮かべるしかなかった。

「で、今度はどれになったんだ?ファンタジーとか、うちの子供が好きでね」 

「魔法少女ですよ」 

 誠の言葉にドムは表情を失う。

「アイシャの奴か?」 

 次第にいつもの不機嫌な調子に戻るドム。カウラは黙ってマガジンをはずした誠のP06を点検している。

「はあ、シャムさんがヒロインでライバルがランさんだとか」 

 誠の言葉に腕を組みしばらく考えるドム。

「吉田に期待だな。あいつ傭兵時代にはフリーの映像作家も兼業でやってたとか言う話も聞くしな」 

 投げやりなドムの言葉に誠は意表を突かれた。

「映像作家ですか?あの人が?」 

「俺もまた聞きだけど傭兵だって戦争が無い状態でも飯は食うからな。それにあいつの高性能の義体のメンテにどれだけの金がかかるか……それなりに稼げる仕事じゃないと生きていけないってことだろ?」 

 カウラが誠の首に湿布を貼るのを見終わるとドムは再び机の上の書物に目を向けた。

「もう平気だろ?西園寺を放置しておいたら大変だからとっとと行ってこいよ」 

 ドムの言葉を背中に受けると誠はすばやく置いてあった勤務服の上着とベルトを手にした。

「あのーカウラさん……」

 誠の一言に納得したようにカウラは白い病室のカーテンを閉める。

「アイシャの馬鹿か……」 

「違うベクトルで見に行きたくなくなる作品になるでしょうな」 

 ドムとカウラが外で愚痴をつぶやいている間にジーパンを脱いで勤務服のスラックスに足を通す。急ぐ必要は無いのだがなぜか誠の手は忙しくチャックを引き上げボタンを留めベルトを通した。そして上着をつっかけて、ガンベルトを巻くと誠はそのままカーテンを押し開けてため息をついているカウラとドムの前に現れた。

「お大事に」

 そう言うとドムは机の上の端末の前の椅子に腰掛けて仕事を始めた。誠達はそのまま一礼して医務室を出ると一路実働部隊の詰め所へと向かう。

「すいませんさっきは……」 

 実働部隊の詰め所のドアを開けた誠はそこまで言って口を閉ざした。目の前に立って金色の飾りの付いた杖を振り回しているのは第一小隊二番機パイロット、ナンバルゲニア・シャムラード中尉である。彼女が着ている白とピンクの鮮やかな服をデザインしたのが誠だけに、それが目の前にあるとなると急に気恥ずかしさが襲ってきた。

「おい、神前。アタシはこれでいいのか?」 

 黒っぽいその小さな肩を覆うような上着とスカートの間から肌が見える服を着込んでいる少女に声をかけられてさらに誠は驚く。ランは気恥ずかしそうに視線を落とすとそのまま自分の実働部隊長席に戻っていく。

「作ったんですか?あの人達」 

 誠は運行部の人々の勤勉さにあきれ果てた。そして誠の机に置かれたラーメンを見つめた。

「あ、もう昼なんですね」 

 そう言う誠に白い目を向けるのは彼の正面に座っている要だった。

「もう過ぎてるよ。伸びてるんじゃないのか?」 

 要の言葉に誠はそのままラップをはずしてラーメンを食べ始める。汁を吸いすぎた麺がぐにぐにと口の中でつぶれるのがわかる。

「伸びてますね、おいしくないですよ」 

「それだけじゃないだろうな、あそこ。大分……味が落ちたな」 

 そう言いながらじっと要は誠を見つめている。隣の席のカウラも誠に付いていたために冷えたチャーハンを口に運んでいた。

「おい、神前。なんとかならねーのかよ!」 

「何がです?」 

 麺を啜りながら顔を向ける誠にもともと目つきの悪いランの顔が明らかに敵意を含んで誠をにらみつけている。

「えー!ランちゃんかわいいじゃん!」 

「そうだ!かわいいぞ!」 

 シャムと要がはやし立てる。それを一瞥した後、ランのさらに凄みを増した視線が誠を射抜いた。

「でも、このくらい派手じゃないと……ほら、子供に夢を与えるのが今回の映画の趣旨ですから」 

「まあ、演じている二人はどう見ても自分が子供だからな」 

 要のつぶやきにあわせてランが手にした杖を思い切り要の頭に振り下ろした。先端のどくろのような飾りが要の頭に砕かれる。

「ああ、この杖強度が足りねーな。交換するか」 

「おい!糞餓鬼!何しやがんだ!」 

 真っ赤になって迫る要を落ち着いた視線で見つめるラン。二人がじりじりと間合いを詰めようとしたとき、詰め所のドアが開いた。

「はーい!こんどは完全版の台本できました!」 

 アイシャの軽やかな声が響く。全員が彼女のほうを向いた。

「ちょっと待て、いくらなんでも早すぎるだろ?それにアタシ等の意見もだな……」 

「吉田さんが協力的だったから。やっぱりあの人こういうこと慣れてるわね。今回は誠ちゃんが嫌がったプロットを組み合わせたら結構面白く出来から。それじゃあ配りますよ!」 

 そう言ってサラとパーラが手にした冊子を次々と配っていく。

「題名未定ってなんだよ」 

 受け取った要がつぶやく。

「プロットを組み合わせただけだからしょうがないのよ。なに?それとも要ちゃんが考えてくれるの?」 

 アイシャが目を細めるのを見てあからさまに不機嫌になった要は仕方なく台本を開く。

「役名は……ここか」 

 カウラはすぐに台本を見て安堵したような表情を浮かべる。深刻な顔をしていたのはランだった。彼女はしばらく台本を自分の机の上に置き、首をひねり、そして仕方がないというようにページを開いた。

「ブラッディー・ラン。血まみれみてーな名前だな」 

「いいじゃねえか。……勇名高き中佐殿にはぴったりであります!」 

 いやみを言って敬礼する要をにらみつけるラン。そして誠も台本を開いた。

『マジックプリンス』 

 まず目を疑った。だが、そこには明らかにそう書いてあった。そしてその下に『神前寺誠一』と名前が入る。

「あの、アイシャさん?」 

「なあに?」 

 満面の笑みのアイシャを見つめながら誠は言葉に詰まる。

「僕もあれに変身するんですよねえ?」 

「そうよ!」 

 あっさりと答えるアイシャ。昨日調子に乗ってデザインしたあからさまにヒロインに助けられるかませ犬役。そして自分がその役をやるということを忘れて描いた全身タイツ風スーツの男の役。

「ざまあみろ!調子に乗っていろいろ描くからそう言う目にあうんだよ!」 

 要が誠の肩を叩きながら毒を吐く。その後ろで魔女姿のランが大きくうなづいている。

「じゃあアタシの憧れの人が誠ちゃんなんだね!もしかしてそのままラブラブに……」 

 そんなシャムの無邪気な言葉が響き渡ると三人の女性の顔色が青くなった。そんな空気を完全に無視して誠の腕にぶら下がるシャム。口元を引きつらせながらそれを眺めるアイシャ。

「あ!そうだった!じゃあ台本書き直そうかしら」 

 そう言ってアイシャが要の手から台本を奪おうとする。要は伸ばされたアイシャの手をつかみあげると今度はシャムの襟をつかんで引き寄せた。

「おい、餓鬼は関係ねえんだよ……ってカウラ!」 

 シャムの言葉にいったん青ざめた後に、頬を真っ赤に染めて誠を見つめていたカウラが要に呼びつけられてぼんやりとした表情で要を見つめていた。

「オメエが何でこいつの彼女なんだ?」 

 カウラを指差す要。誠は台本の役の説明に目を落とす。

『南條カウラ、ヒロイン南條シャムの姉。父、南條新三郎の先妻の娘。大学生であり自宅に下宿している苦学生神前寺誠一(神前誠)と付き合っている』 

 自然と誠の目がカウラに行く。カウラもおどおどしながら誠を見つめた。

「アイシャ。さっき自分が神前の彼女の役やるって言ってなかったか?」 

 大声で叫ぶ要に長い紺色の髪の枝毛をいじっているアイシャ。

「そうよ、そのつもりだったけどどこかの素直じゃないサイボーグが反対するし、どうせ強行したら暴れるのは目に見えてるし……」 

「おい、誰が素直じゃないサイボーグだよ!」 

 叫ぶ要を全員が指差した。ランに助けを求めようとするが背の低いランは要の視界から逃げるように動いた。

「神前!テメエ!」 

「なんで僕なんですか?」 

 誠はずるずると後ずさる。要はアイシャ達から手を離してそのまま指を鳴らしながら誠を部屋の隅に追い詰めていく。

「オメエがはっきりしないからこうなったんだろ?責任とってだな……」 

 そこまで言ったところで要の動きが止まる。次第にうつむき、そのまま指を鳴らしていた手を下ろして立ち尽くす要。

「あ、自爆したことに気づいたね。誠ちゃんがなにすれば許すのかなあ」 

 小声でシャムがランに話しかける。その間にも生暖かい二人の視線に目が泳いでいる要が映っていた。

「そうだな……なんだろな」 

「本当に素直よねえ、要ちゃんはだから面白いんだけど」 

 そうランに言ったアイシャの顔面に台本を投げつける要。

「ったく!やってられるかよ!」 

 そのまま要は走って部屋を飛び出していく。

「あーあ。怒らせちゃった。どうするの?アイシャちゃん。このお話、要ちゃんの役はやっぱり要ちゃんじゃないと似合わないわよ」 

 シャムの言葉にアイシャは台本をぶつけられて痛む頬をなでながら苦笑いを浮かべる。

「市からの委託事業の一つだからな。一応これも仕事だぞ。神前、迎えに行け」 

 小さな魔女の姿のランがそう誠に命令する。小悪魔チックな少女が軍の制服の誠を見上げて命令を出すと言う極めてシュールな絵に見えたが、誠には拒否権が無いことに気づいた。

「じゃあちょっと……」 

 そう言って頭を下げると誠は部屋を出て廊下に飛び出した。そして誠は立ち止まった。

『要さんの行きそうなところ……』 

 誠には見当も付かなかった。要はそのきつい性格からあまり他人と行動することが少ない。カウラやシャムと一緒にいるのはだいたいが成り行きで、誠も時々いなくなる彼女がどこにいるのかを考えたことは無かった。

「とりあえず射場かな」 

 そう思った誠はそのまま管理部のガラス張りの部屋を横目にハンガーの階段を下りる。整備員の姿もなく沈黙している05式を見ながらグラウンドに飛び出した。

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