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第八章 パーティーに行く話

 暑い夏の日の昼下がり、学校も夏休みに入っていて、子供達は朝のうちに倫子の店に来て駄菓子を買い、しばらく遊んだあとに他の場所へと行ってしまった。今頃は家でお昼ごはんを食べたあとに、またみんなでどこかで遊んでいるのだろう。

 そのような感じで、今この時間に子供達はこの店にいない。子供達がいなくなったあとにちらほらと近所の人が来ていたけれども、お昼のお弁当を食べ終わった後は少し暇だった。

 店内の整理も簡単に済ませてしまった倫子は、いつも座っている店の奥で、欠伸をして団扇で扇いでいた。

 ふと、外から声がかかる。

「ごめんください」

 誰かと思ったら、ガラス戸の向こうには、有治を連れたかの子が立っていた。

「どうぞ、入ってくださいな」

 倫子がそう声を掛けると、かの子はガラス戸を開けて店内へと入ってくる。有治も、急いだ様子で店の中に入り、片隅に置かれた氷水の入った桶の中を見ている。

 そういえば。と倫子はガラス戸の向こうを見てからかの子に訊ねる。

「そういえば、今日は貞治さんは一緒じゃないんですか?」

 その問いに、かの子はにこりと笑って返す。

「貞治さんは今、うちの店にいるんです」

 なるほど、貞治は大きな商家の旦那だ。自分の店をそうそう空けておくわけにもいかないのだろう。けれども、普段はかの子も店を見ているはずなので、倫子はまた訊ねる。

「かの子さんはお店にいなくていいんですか?」

 すると、かの子は桶を見ていた有治の頭を撫でて言う。

「有治がみかん水を飲みたいって言うから、時間をもらって連れてきたんです。

貞治さんも、暑いから飲ませてやってくれって」

「あらあら、そうなんですね」

 その話を聞いていたのか、有治が氷水の入った桶の中から瓶を一本取りだしてかの子に渡す。

「おかあさん、これ」

「はいはい。それじゃあ倫子さん、これを一本おねがいします」

 みかん水の瓶を渡してきながらかの子がそう言うので、倫子は手早く勘定を済ませ、みかん水の栓を抜いて有治に渡す。すると有治は嬉しそうに笑って、早速みかん水の瓶に口を付けた。

 少しずつみかん水を飲んでいる有治のことをかの子は見ていたけれども、ふと、倫子の方を向いてこう言った。

「そういえば、この前また居留地のパーティーに行ってきたんです」

「そうなんですか?」

「そうなんです」

 かの子の夫の貞治は、大きな商家の旦那と言うこともあり、居留地の方にも取引先がいるらしい。その取引先がパーティーに出ることも少なくないので、交流と親交を深め、できれば他にも新しい取引先を見つけるために、かの子は貞治と一緒に居留地のパーティーに度々行っているのだ。

「居留地のパーティーは華やかなんでしょう。私はちょっと、憧れちゃいますね」

 倫子がそう言うと、かの子は困ったように笑う。

「そうですね。居留地のパーティーはきれいな服を着た人がいっぱいいて、おいしい食事もあって、華やかです。

私も、きれいなドレスを着られるのは嬉しいんですけど……」

「けど?」

「仕事だから、ちょっとだけ堅苦しくって」

 それを聞いて、倫子はなるほどなと思う。ただ気軽に遊びに行くだけなら楽しいのかもしれないけれども、仕事に関わってくるとなると、気を使うことも多いだろう。

「貞治さんは、パーティーが好きなんですかね?」

 倫子がそう訊ねると、かの子はやはり、少し困った顔だ。

「貞治さんもパーティーは少し苦手みたいですけど、仕事だから仕方がないって」

「なるほど、大きい家も大変ねぇ」

 ふと、倫子が有治の方を見てからかの子に訊ねる。

「そういえば、パーティーの間有治君はどうしてるんですか? もしかして、連れて行ってるとか」

 それを聞いて、かの子は手を振って返す。

「いえ、有治はまだ小さいから、家でお義母さんに見てもらってるんです。ちゃんと家で良い子に待ってるらしくて」

「そうなんですね。有治君、偉いわねぇ」

 突然褒められて有治は少し驚いた顔をしたけれども、みかん水の瓶に口を付けたまま自慢げな顔をしている。

 それから、今度はかの子が倫子に訊ねる。

「そういえば、倫子さんはパーティーに行ったりとかしないんですか?

お店に舶来品を置いてるから、その関係のパーティーに行ったりはしてるのかなって思うんですけど」

 それから、それにしては倫子を居留地のパーティーで見ないけれど。とかの子は言う。

 倫子はそれを聞いてくすくすと笑う。

「私も、パーティーには行ったりしますよ。

ただ、私は両親に連れられて行くだけで、行く先は日本人同士の交流を深めるためのパーティーですけど」

「そうなんですか?」

「そうなんです。

でも、そのパーティーで舶来品を扱っている商売人ともつながりを作ったりするので、あながち面倒なだけのものではないんですよね。

それに」

 意味ありげに言葉を切る倫子に、かの子が伺うように言葉を返す。

「それに?」

「ごはんがおいしい」

 それを聞いて、かの子はころころと笑う。

「わかります。おいしいごはんがあるとうれしいですよね」

「そうなんですよ」

 ふたりで笑い合って、それから、倫子はこう続ける。

「なんだかんだで、商売をするのにパーティーに行けるのは強みですよ。取引先だけじゃなくて、顧客も見つけられるので」

「ああ、わかります。なんだかんだでパーティーに出るのは大事なんですよね」

 そんな話をしていたら、みかん水を飲み終わった有治が空き瓶を倫子に渡してきた。

「おばちゃん、ごちそうさま」

「はい。おいしかった?」

「おいしかった」

 満足げな顔をする有治に、倫子はふと思ったことを訊ねる。

「そういえば、有治君は大きくなったらお父さんみたいになるの?」

 きっとお父さんみたいに立派になると言うと、倫子は思っていた。けれども予想に反して、有治は急にふくれっ面になってしまった。

 どうしたのだろうと思っていると、かの子がくすくすと笑って有治の頭を撫でる。

「実は有治はね、貞治さんにすごく対抗心を持ってるんです」

「そうなんですか?」

「そうなんです。ことあるごとに貞治さんと張り合っちゃって」

 それから、かの子はしゃがみ込んで有治と目線を合わせて話し掛ける。

「有治は、大きくなったらお父さんよりすごくなるのよね?」

 すると、有治は両手を振り上げてこう言った。

「そうだよ! おれはおっきくなったらおとうさんよりすごくなるんだ!

それで、おかあさんをおよめさんにするんだ!」

 もしかしたら、これもいつものことなのかもしれない。かの子はにこにこと笑って有治の頭を撫でている。撫でられている有治はすっかりご機嫌だ。

「お嫁さんにしたいくらい、お母さんのことが好きなのね」

 倫子が有治にそう言うと、有治は当然といった風に返す。

「そうだよ。おかあさんがいちばん。おとうさんはごばんめくらい」

 貞治は五番目にされてしまっているけれども、間の三人には誰が入るのだろう。少しだけそれが気になったけれども、きっと有治にとって親しい誰かだろうと倫子は納得する。

 今後有治がどの程度貞治に対抗し続けるかはわからないけれども、お母さんであるかの子のことが大好きだというのは、とても微笑ましく思えた。

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