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火の花【短編】

作者: 風月刹華

約15年位前に書いたものを微修正して投稿

今現在はないですが、当時あった投稿サイトに上げたものです。



 闇夜を彩る数多の火

 それは、日々闇夜にあって、美しく空を輝かせる月や星の瞬きを掠れさせ

 新しい光を降らし、暗闇を引き裂く激しい音を響かせる

 目を、心を、体をその一瞬、空に奪われる


 一つ、一つ、また一つ

 次々に打ち上げられる火の花は、丸く、時には不規則に闇夜を舞う

 大勢の人が空を見上げ、その色と光、音に魅了される。

 そして、訪れる一瞬の静寂―――

 次が打ち上げられるまでの間が、恐ろしいほどに長く感じ、そして何故か不安を掻き立てられる


 何故だろう、あれほど空を覆っていた星が見えず、闇が支配する


 何故だろう、これほどの人が集まっているのに、何の音も聞こえず、静寂が支配する。


 そしてまた、闇と静寂を突き破る、火の花たちが舞い上がる

 それは、永遠に続くのではないか、と――

 いや、永遠に続いて欲しいと思いたくなるほど美しく綺麗な光―――


 始まりがあれば、終わりもある。

 続けばよいと思っていた、火の花の宴も終焉を迎え、幾度目かの闇と静寂が訪れる。

 それはもう、火の花によって突き破られるではなく、大勢の人の手の喝采によって静寂が払われ

 闇は、徐々に星の輝きが戻り、一時譲っていた空の支配権を再び取り戻す。


 火の花の宴が終り、辺りを賑わしていた大勢の人たちは帰路に付く、やがてそれも遠ざかり、静けさが訪れる

 どれ位の時が経ったか、打ち上げ台の近くにいた男はゆっくりと立ち上がり地面を見ていた目を、空へと向ける。

「終ったか…」一言。ただ短くそう呟き、彼はその場をあとにする。


 彼が進む道は、また違った喧騒に包まれていた。

 それは、この火の花たちを舞わせた、花火師たち

 それぞれの花火を批評しあい、それぞれ作った経緯を称え合う

 自ら作った物に満足し上機嫌な者

 回りの人物に褒め称えられている者

 自らは納得していない者

 明らかな失敗を犯し、師に叱責されている者

 悲喜交々それぞれが思いを発露していた


 その中を彼は一人、言葉を発する事無く歩を早める。

 聞こえてくる言葉は、彼の気持ちを苛つかせる。

 その所在は、彼もよく分からない。


 ――何故自分はこんなにも苛つくのか


 いや、それは心の奥では分かっているのかもしれない。

 以前はこうではなかった。


 ――少なくとも、数ヶ月前までは…


 なかなか抜け出せない喧騒の中を、少しずつ歩を早め歩く

 その苛つきながら歩く彼に、声がかかる


「テツ、テツじゃないか。あ、おい待てよ!」


 呼びかけの声に、答えず止まらず、彼は無視して先へと進む、声をかけた男は諦めず彼を追う。


「ちょ、待てって…っと、すんません……ちょっと通してもらえますか…っと、おいって、テツちょっとは止まれよ」


 追っている彼も、少し呆れながらも諦める事は無かった

 追っている彼は人ごみに飲まれながら進み。追われている彼は、その合間を縫うようにすいすいと抜けていく

 だが、その差は少しずつ狭まり、ついには追う彼がその腕を掴む


「捕まえたぞ…って、とまらねえのかよ」と苦笑いを浮かべる

 掴まれた腕はそのままに、彼は進んだ、かといって、それを振り解こうとはしなかった

 それが分かった追った男は、その歩に合わせて付き従う

「なぁ、とまらねえか? ここいらで話してもいいだろ?」

「悪いが、そのつもりは無い。いやならここで離せ……男と手を繋いで歩く趣味はない」

 ぶっきらぼうに言い放つ

「ったく、わーったよ付いてくよ、俺だってそんな趣味ねーよ」

 掴んでいた手を離しながら、言葉が帰ってきたからか、男は少し安心する。


 程なく喧騒を抜け、花火を見ていた大勢の客のいた堤防へと辿り着く。

 男二人、何を話すでもなくそこへ座る。先に口を開いたのは、追ってきた男だった。


「テツ、お前のアレ、すごかったなぁ。師匠も絶賛してたぜ。あれほどの五色牡丹はそうないって」

 追ってきた男が打ち上げられた花火を褒める。

「そう…か」とテツと呼ばれた男が短く、何も感情が乗らない声で答える

「はぁ…やっぱそう言う反応か」半ば分かっていたのか、その言葉を聞いて、彼は溜息と共に苦笑する


「……師匠には会ったか?」溜息のあと、少し間を置きそう尋ねる

「いや、会っていない…合わせる顔が無いさ」自嘲気味にそう語り、空を見上げる。

「そんなことは無いだろ、師匠は話したがっていたぞ、今からでも遅くないさ戻らないか?」


「それは…」テツは少し迷い

「いや、やはり、今は無理だ。俺一人の問題でもない。しばらく一人にしてくれ…アキ、お前だけ戻れ」

 今までとは打って変わって言葉を発する。

「しばらく一人って、まさか、工房にも戻らないつもりじゃないだろうな?…てか、アキで止めるな、アキトだ、ア・キ・ト」

 何が気に障ったのか、アキと呼ばれた男は、その呼び名を訂正させる

「相変らずだな…そう呼ばれたくないか」

「当たり前だ。女みたいで嫌なんだよ…いや、話がそれたな、ま、俺が悪いんだが」そう言い、アキトは頭を掻く

「で、どうなんだ?」気を取り直し聞きなおす。

「そうだな…しばらく工房には顔を出さない」

「そうか。なら、そう師匠には伝えておく」アキトがそう答えると、彼もまた空を見上げ、言葉が途切れる


 少し、時が流れ、辺りに淡い光が漂う。

「蛍か…」そう短く言ったのはテツだった。

「ん?そうだな」それが合図だったかのように、テツは話し始める


「アレは、俺の責任だ。いまさらあわせる顔が無いのは分かっていてどうして追ってきた?」

「そうだなぁ…ありゃ、お前だけの責任じゃないさ、みんなの責任だ…って師匠も言ってた。それに、幸いと言うか奇跡的というか、死んだ奴はいなかったしな」

「死んだ同然の奴はいたろう…」

「おいおい、外傷のある奴なんて居なかったろ、あーいや、軽度のやけどの奴はいたが、死んだ同然って…」

 

 言っている途中で何かに気がついたのか、アキトはハッとする

「花火…か」

「そうだ、折角作ったものが、アレでダメになったやつは結構いた。俺や師、それにお前のも無事だったが、それこそ奇跡みたいなものだ」

「そりゃそうだが…だけどよ…」そのアキトの言葉をさえぎり

「いいんだ、小規模とは言え、事故を起こしたのは俺だ。大事に至らなかっただけでも救いさ、俺だけが恨まれるならそれでもいい。あの工房さえ存続できるならな」


 そう言うと、テツは立ち上がる

「おい、何処へ」

「帰るのさ、お前と話していたら楽になった。どうもさっきまで、自分でも分からない苛立ちがあったようだ」

「なぁ、テツ。戻ってくるよな?」

「さぁ、気が向いたら戻るかもな」空を見ていた目をアキトに向け、静かに笑う。

「じゃぁな、元気でやれよ、アキ」背を向け歩き出し、右手を軽く上げる

「あぁ。お前もな、テツ…って、だから、最後にアキで止めるなよっ!てめ、言いなおせー」

 それに笑って答える、テツ。

 静かな堤防で、笑い声と、軽い怒号がこだまする


 夜空に咲いた火の花は一瞬で、その作り手の思いを咲かせる。

 作られたものは、打ち上げるまでわからず、製作者はそれを待ちわびる。

 それを失ったものは、愕然とし、責めるのはお門違いと分かっていながらも、彼を無言のまま責めた。

 テツはその無言の責めを受け入れ、それでも尚、自らの物を作り上げ、打ち上げた。

 彼は、その出来に不満も満足も達成感も得られなかった。ただ、無くしたものが少しでも救われたかと、それだけを思った――


 わずかな時間、人々を魅了した火の花が消え。今はいつも通りの星空が輝く。

 そして、静けさの戻った大地では、緑の淡い光が不規則に舞っていた――




最後までお読みいただきありがとうございます。

評価や感想いただけると嬉しいです。


設定がふわっとしてますので、細かいご指摘は避けていただけると助かります^^;


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