第85話:男の屈辱と誇り
部屋の中で、寝台に籠もってルトゥは泣いた。
散々泣いたと思ったのに、それでも涙が溢れてきた。
どうしてこうなってしまうんだと、自分の人生は呪われているのかと嘆く。
厳しい父から離れ、自分でも心が癒えてきたことを実感し始めて、優しい人達にお世話になれるようになって。これから、ようやく新しい生活、新しい人生を踏み出せると思っていた。
その矢先だ。どうして、ちょっと街を散策しに出かけただけで、ならず者に囲まれて恐喝されないといけないのだと。
「畜生。畜生。何でだよ。僕が、どうして」
ソルとリュンヌに助けられてからのことは、ほとんど覚えていない。無理矢理脱がされた服を着せられて、小さな子供のように泣いている自分をソルがは肩を抱いて、屋敷へと連れ帰ってくれた。リュンヌは、不良を警備隊へとしょっ引いていった。
見ず知らずの人達の前で晒す醜態に、恥ずかしくて仕方がなかった。けれど、どんなに我慢しようと思っても、涙は止まってくれなかった。
昼食も、とてもじゃないけれど食べる気にはなれなかった。
屋敷に着くなり、フランシア家の人達には謝罪の言葉を口にして、こうして自室へと逃げた。嗚咽が、止まらない。
自分には、何一つとして出来ることが無い。そして、価値が無い。そんな風にしか、思えなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
目を覚ますと、部屋は光一つ無い闇に包まれていた。
いつの間にか、泣き疲れて眠ってしまったのだろうと、ルトゥは理解する。
あれから、どれくらいの時間が経ったのかはよく分からない。けれど、どれだけ耳を澄ませても人の気配を感じないくらいに静だった。だから、その様子からもう深夜になっていたのだろうと、ルトゥは判断した。
泣くだけ泣いて、眠るだけ眠ったせいか。少しだけ気分が落ち着いたような気がする。でも、それもどちらかというと、何かを考えるだけの気力すら無くなった。そんな風にも思えた。
正直、その方がいいと思った。変に何かを考えようとすると、また自虐的なことしか考えられなくなって、辛いことになりそうだったから。それなら、こうして何も考えられない方がよっぽど気が楽だった。
ぼんやりと、何を考えるまでも無く、ルトゥは闇の奥にある天井を見上げる。
そうしていると、思い出したように下半身が尿意を訴えてきた。朝から用足しはしていないのだから、当然ではある。
少しでも休みたい。こんなときにと、ルトゥは嘆息する。もうしばらくは我慢出来ないこともないが、我慢したところで不快感が続くだけにしかならない。
嘆息して、気怠げにルトゥは体を起こす。
机の上に置いた燭台に火を灯し、それを以て部屋の外へと向かう。
ドアを開ける。
と、そこでルトゥは立ち止まった。ドアノブに、袋が掛けられていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
用足しから戻り、ルトゥは自室の机に向かう。
小さな灯りの脇で、袋からパンと干し肉、お茶が入った水筒を取り出す
正直言って、食欲は無い。空腹だと体は訴えているが、あまり実感は無い。
袋には他に、手紙も入っていた。ソルからものもらしい。「気分が落ち着くお香だから、使うように」と手紙には書かれていた。効果がどれほどのものかは分からない。気休めだとは思うけれど、使うことにした。
「こんな僕でも、ここの人達はまだ――」
ルトゥの口から、乾いた笑いが漏れた。
身勝手に昼食と夕食をすっぽかしたのにも拘わらず、この屋敷の人達はこうして食事を用意してくれた。見捨てられてはいないのだと、ルトゥは思う。
あまり味のしないパンと干し肉。食欲は無いくせに、食べると体は貪欲に吸収しようとしてくるような。そんな感覚を覚える。
無言でパンと干し肉を囓っていると、ルトゥの脳裏に昼間の出来事が蘇った。
下着を残し、裸になって泣いている自分をソルが優しく抱き締めたこと。胸に頭を埋める形で抱いて、撫でてくれたこと。それを思い出す。密着した、柔らかく温かい少女の感触と甘い匂い。
かっと、ルトゥの顔が熱くなる。
「畜生っ! ふざけるなっ!」
そこから一気にパンと干し肉を喉の奥へと押し込んで。部屋の隅へと向かう。
纏めて置いていた荷物から、彼は実家から持ってきた木剣を取り出す。それを手に、ルトゥは深夜の外へと出て行った。
知られちゃいけない前回のラスト
ルトゥ「うっく。ひっく。しくしく」
ソル「よしよし。よ~しよしよし。恐かったわね。もう大丈夫よ」
ソル「(でゅふ❤ でゅふふふふ❤ うふへへへへ❤)」
ソル「(鼻血)」
リュンヌ「(これ見たら。もう、誰が犯人か分かんねえな)」




