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ソルの恋 -悪役令嬢は乙女ゲー的な世界で愛を知る?-  作者: 漆沢刀也
【第五章:年下の男の子編】
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第84話:守る者と守られる者

 その日、ルトゥは一人で街に散策することにした。

 いつまでという期限は設けられていない。実家に帰ることへの恐怖や不安。そういった不快な感情を感ず、帰っても大丈夫だという確信が得られるようになったら、そのときに帰る。そういう話になっている。


 本家に厄介になっている以上、あまり迷惑はかけられないと思っている。出来れば、早く帰れるようになりたいと思っている。けれど、そのことをエトゥルに伝えたら「そんな事は考えなくていい。むしろ、そうやって自分を追い詰めてしまう方が、よくない。急がば回れという言葉もあるように、ゆっくり、少しずつ治していけば良い。君がすべき事はそれだ」と言われてしまった。


 この様子では、一ヶ月かそれぐらいで帰ると言い出したら、まず信用して貰えないように思った。実際のところ、自分でもそれは少し無理な気がした。

 こんな具合なので、ここに長期間の滞在となるのは間違いない。


 だから、ルトゥは自分がこれから暮らす場所のことを少しでも知りたいと思った。

 それと、少し一人になりたいと思った。自分自身のことを見詰めたい。誘ってくれるのは嬉しいけれど、屋敷にいるとソルやヴィエルにそんな時間を奪われるような気がした。


「大きな街だな」

 知識の上では、ここも到底都会とは呼べない、片田舎の街に過ぎないことは理解している。けれど、ルトゥが生まれ育ったところは、昨日にソルと一緒に行った村のようなところだ。そういう村々の中心には街もあるが、そこの規模もこの街の三分の一か半分程度の大きさだ。

 主に川沿いに、ルトゥは散策を続ける。これならば、来た道は確実に分かるので、迷子にもならないはずだ。そんな具合に街をただ歩いているだけで、ルトゥは何か、新鮮な気分を味わえた気がする。


 ルトゥは微苦笑を浮かべた。

 こんな快感を感じたのは、久しぶりな気がする。そして、喪っていたと思っていた自分のこんな感覚が戻りつつあることに、安堵を覚える。

 実家にいた頃は、いつも重苦しさを感じていた。怠惰を司る悪魔にでも取り憑かれたのかと思うくらいに体が重くて、痛くて、眠くて仕方がなかった。何をするにも集中は出来なくて、体を動かそうとしても、すぐに辛くて動かせなくなってしまった。


 それが今では少しマシになって、こうして一人で散策しようという意欲は出てきたのだなと。そんな風に、ルトゥは思う。

 ルトゥは目に入った橋を渡って、中程までで立ち止まった。欄干に腕をおいて、流れる川を見下ろす。少し疲れた。こうしてしばらく休んで、そうしたら屋敷に帰ろうと思う。お昼ご飯までには、戻らないといけない。


「僕が、なりたいもの」

 ルトゥは独り言を呟くが、何も答えは思い浮かばなかった。ただ、川の流れを見ていると、少し考えられそうな気はした。急いで答えを出さなくてもいいということも、理解している。

 好きなものは何か? 何を楽しいと思うのか?

 それも、よく分からない。ただ、ここ数日、フランシア家の少年少女と過ごした時間は、楽しかったように思う。それが、自分の将来にどう結びつくとかは、思えないけれど。


「そうだよな。今すぐ、答えなんて見付かる訳無いんだ」

 今日のところは、これくらいで屋敷に帰ろう。そう考えて、ルトゥは顔を上げた。元来た道へと体を向ける。


「やあ。君、見ない顔だね。一人かい?」

 唐突に声をかけられた。目の前に、三人の少年が立っている。少年とはいってもルトゥよりは年上で。二十歳近い年頃だろう。当然、ルトゥよりも体格も大きい。


「えっと? まあ、はい。そうですけれど。最近、この街に引っ越してきました」

 威圧感を感じながらも、ルトゥは答える。


「ああ、やっぱりそうなんだ。それで? ここがどんな街か見て回っていた。そんな感じ?」

「はい。そんなところです」

 そうかそうかと。少年達は笑う。それは、一見するとフレンドリーに見えて、でも決してそうではない。そんな悪意が感じられるような笑い方だった。


「じゃあさ。俺達と一緒に街を見て回らないか? 案内するぜ?」

「いえ、結構です。もうすぐお昼なので、帰らないと」

 平静を装いながら、ルトゥはそそくさとその場を立ち去ろうとする。


「おっと、待ちなって」

 しかし、ルトゥは腕を掴まれた。

 続いて、別の少年からは肩を組まれる。


「まあまあ、そう邪険にすんなって。傷付くなあ」

「そうそう。ちょっと、一緒に遊ぼうってだけなんだぜ? お友達になろうってんだよ。なあ?」

 ルトゥの意思を無視して、少年達はルトゥをその場から強引に連れ去っていった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 胸騒ぎがした。理由はそれだけだ。

 昼食前になって、これくらいの時間には帰ってくると言っていた時間になっても、ルトゥは帰ってこなかった。

 ひょっとしたら、迷子になっているのかも知れないと思い、ソルは屋敷を出て彼を探すことにした。あらかじめ、彼から聞いていた散策ルートに沿って、それらしい姿を探す。


 けれど、見付からなかった。

 道行く人に、ルトゥを見掛けないか訊いてみたら、それらしい姿を見たという話があった。橋で佇んでいたところを友人らしき少年達と合流して、もっと下流の方へと向かっていったのだと。

 それを聞いて、ソルから血の気が引いた。ここに来てから、これまでろくに屋敷を出ていないルトゥに友人などいるはずも無い。


 川下。確か、その先には貧困層が住むあまり治安のよくないと聞く町があったはずだ。これまで、ソル一人では勿論、リュンヌとも一緒に行ったことは無い。しかし、ルトゥが連れ去られたのだとしたらそこだろうと、ソルは当たりを付ける。

 そして、如何にもといった粗末な建物が並ぶ路地をソルは走って回った。細い路地の隙間を注意深く、見落としが無いように。


 その光景は、唐突にソルの目に入ってきた。彼女は息を飲む。

 一人か二人が通るのがやっとの路地の奥で、ルトゥが服を脱がされて泣いていた。彼を三人の少年が囲んでいる。途端、ソルの頭に血が上った。


「あなた達っ! 一体その子に何をしているんですのっ!」

 大声を出して、ソルは細い路地の一本へと飛び込んだ。

 少年達は、その姿に一瞬、気圧されたような表情を浮かべたが、すぐににやけた笑みを浮かべてくる。


「あぁん? んだよテメェ? お姉さんには関係無いだろ?」

「俺達は、ちょっとこの子に用事があるんだよ。平和的にお話ししているっていうだけ」

「この街に来たばっかりだっていうからさあ? 親切に色々と案内して、ルールってものを教えてやってんの? 分かる? その授業料が払えないっていうから、こんなところまで来て貰って、払えるものが無いか確認しているだけなの」


 違う。全然、そういうのじゃないと。涙を流しながらルトゥは首を横に振る。細かい経緯は分からないが、この三人の少年がルトゥから金目のものをすべて巻き上げようとしていたのは明白だ。


「この、下衆が」

 ソルの煮えたぎった頭が、今度は一気に氷点下まで冷えた。殺気の籠もった瞳で、少年達を睨む。それは、分かるものが見れば命の危機を覚悟する代物だった。

 しかし、少年は口笛を吹いてせせら笑う。


「ふ~ん? お姉ちゃんは、ひょっとしてこの子の姉か何か?」

「へえ? 道理でこの子に負けず劣らず、良い服着ている訳だ」

「それに、結構可愛くね? いいねえ。お姉ちゃんみたいな子。俺、結構好きだよ? どう? 俺達とねんごろな関係にならない?」

 下卑た笑いを浮かべながら、少年の一人がソルへと近付いてくる。


「止めてっ! ソルお姉様には酷い事しないでっ!」

「うっせえな」

 懇願するルトゥに、彼の傍にいる少年が刃物を突き付けた。ルトゥがしゃっくり上げるような悲鳴を上げる。


「止まりなさいっ! それ以上近付くなら、後悔するわよ?」

「はあ?」

 僅かに躊躇するように、ソルに近付こうとした少年は足を止めた。

「この私が誰か分からないようですわね? 私は、この地方を治めるフランシア男爵家が長女。ソル=フランシア。手出ししてただで済むとは思わないことでしてよ?」


「なにっ!?」

 明らかに動揺した隙を見逃さず、ソルは身に付けていた小さな鞄から、ハンカチを取り出した。そして、それを広げる。


「どうですの、この刺繍? この家紋が目に入りませんの? さあ、分かったらさっさとその子をおいて立ち去りなさい。そうすれば、この場は見逃して差し上げてますわ。昼食を控えていますからね。面倒事に時間を使いたくないんですの」

 少年達に、更に動揺が広がる様子が見て取れた。


「おい? どうするよ?」

「どうするもこうするも。本当かどうかも分からねえし」

 それでいい。と、ソルはほくそ笑む。これで、よほど身の程を弁えない、救いようの無い馬鹿でない限りは、身を引くだろう。


「は、はったりだ。そんな、本物のお嬢様がこんなところに一人で来る訳ないだろ」

「そうだよな?」

「どうせ、そのハンカチだって偽物に決まってる。知らねえと思って、それっぽいものを見せているだけだぜ」

「ビビることはねえ。こっちには、人質だっているんだ」


 ソルは舌打ちした。こいつらは、救いようの無い馬鹿だった。

 気を取り直した少年が、再びソルに近付いてくる。

 これは、覚悟を決めるしか無いと、ソルは鞄に手を入れた。


"お前達。ソル様に何しようとしている?"


 その瞬間。不意に、ソルの背中からリュンヌの声が響いた。抑えてはいるが、はっきりと、激しい怒気を孕んでいることが分かる声だ。

 つかつかと、彼もまた路地の中へと入ってくる。リュンヌはすらりと、鞘から木剣を抜いた。

「近付くな! その木剣でどうしようってんだ? 言っとくが。それ以上近付いたら、この女とガキがどうなっても知らねえぞ」


 しかし、そんな脅しにも怯むこと無く、リュンヌは彼らに近付いていく。

「聞いてんのかてめえ。こんな狭い場所でそんなものが振り回せるとか思ってんのかよ? こっちは三人だぞ?」

 ソルの脇を通り過ぎて数歩。そこで、リュンヌは歩みを止めた。

「へへ。そうだよ。そうしてそこで大人しく――」


「どうか出来ると思っているのか?」

 静かな声が、リュンヌの口から発せられた。

「何、だと?」

 リュンヌは上段に剣を構える。


「一度しか言わない。大人しくその子から離れて、この場から立ち去れ」

 再び、少年達は迷う。だが、それもまた数秒のことだった。


「ざっけんなこらぁ!」

「なっ!?」

 驚いた声を出したのは、リュンヌでもソルでも、ルトゥでもない。ソルやリュンヌから見て一番近くにいた少年が発したものだ。後ろから突然、突き飛ばされてきた。

 ほぼ反射的にだろう。容赦なくリュンヌは突き飛ばされてきた少年を上段から叩き伏せる。


「おらあっ!」

 突き飛ばした方の少年が、いつの間にか取り出した刃物を手に、リュンヌへと向かう。突き飛ばされた方の少年を盾にしたという格好だ。

 その直後。


「――がはっ!?」

 地面に転がって悶絶したのは、突き飛ばした方の少年だ。すれ違いにリュンヌに突かれた脇腹を抑えている。


「ひっ!?」

 続けて、ルトゥを刃物で脅していた少年。そいつに、リュンヌは突進する。


「ひぎゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 何が起きたか分からないままに、彼も悲鳴を上げた。手にしていた刃物が手からこぼれ落ちる。少年の左肩に、木剣が深くねじ込まれていた。


 そんな一部始終を見届けて、ソルは肩を竦め嘆息する。

「やれやれ、リュンヌに良いところを取られてしまったわね」

 ソルは鞄から小さな霧吹きを取り出した。


 以前にリオンに助けられたときから研究、開発していた護身用スプレー。その試作品だ。

 それを最初に倒された少年の顔に近づけ。ぷしっと噴射する。軽い腹いせ。

 声にならない悲鳴が、路地裏に響いた。

ルトゥ「ねえ? 僕を喝上げしていたあの人達は、これからどうなるの?」

ソル「ルトゥ? いいですこと? 世の中には、知らなくて良いことが沢山あるんですのよ?(にっこり)」

ルトゥ「アッハイ」

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