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ソルの恋 -悪役令嬢は乙女ゲー的な世界で愛を知る?-  作者: 漆沢刀也
【第五章:年下の男の子編】
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第81話:幼きルトゥの悩み

 ルトゥを誘って弟妹達と遊んだ翌日。昼食を摂って少し時間が経った頃。

 ソルは再び、ルトゥを部屋から連れ出した。押せば素直に言う事を聞いてくれるのだから、楽なものである。

 連れ出した先は、今度は庭園の片隅だ。二人で、ベンチに腰掛ける。


「あの? ソル様。僕にどんな話でしょうか?」

 おっかなびっくりといった具合に、ルトゥが訊いてくる。

「そうね。一度、あなたについて話を聞かせて欲しいっていうだけでしてよ。別に、言いふらしたりはしないから、安心なさい。私、これでも口は固い方ですの。あと、口が軽い人も、信用しませんわ」


「僕について? ですか?」

「そうですわ。ああ、あと。さっきの『ソル様』は止めなさい。あなたは使用人じゃないんですから。父と母からも、私達はあなたを家族の一員として扱うように、言われているんですのよ?」


「そうなんですか? あの? でも、突然そんな事言われても、僕は一体どうすれば? お気持ちは有り難いですけど、本家の人達にそんな――」

「つべこべ五月蝿いですわね。大人しく、私のことは『ソルお姉様』と呼びなさい。よろしくて?」

「は、はい。ソル、お姉様」


 躊躇いがちに、要求に応じるルトゥの言葉を聞いて。

 ソルは得も言われぬ快感が全身を駆け巡るのを感じた。いい。なんというか。凄くいい。ヴィエルからも『お姉様』とは呼ばれて、気分が良いが、それとはまた違った快感だ。

 思わず頬が緩みそうになるのを必死で抑える。リュンヌが言う「でゅふ❤」という笑顔は見せる訳にはいかない。

 色々と堪えながら、ソルは「それでよい」と頷いた。


「あ、でも。ユテル、は、どう呼んだらいいんでしょうか? それに、あの人はソルお姉様を『姉さん』って呼んでいたし。僕も、そそれなら、出来れば。そっちの方が。だって、恥ずかしい――」

「ええ~っ!?」

「そんなにがっかりするような話ですか?」

 ソルは精一杯に、恨めしげな視線をルトゥに送る。

 仕方ないと、ルトゥは微苦笑を浮かべた。


「分かりました。では、僕はソルお姉様って呼ばせて貰います。さっき、何だかとても嬉しそうに見えたから」

「ええ。そうして頂戴」

「でも、それなら。ユテル、兄さんでいいのかな? あの人には『お姉様』と呼ぶようには言わないんですか?」

 ルトゥの質問に、ソルは肩を竦めた。


「前にあの子にも言ってみたことあるんですけれどね? 『は?』とか、醒めた目を返してくるだけでしたわ。まあ、そういう性分でしょうから、仮に呼ばれてもあまりしっくりこない気がして、私もとやかく言うのを止めましたけれど」

「なるほど」


「あと、ユテルやヴィエルの呼び方については、本人にどう呼べばいいか訊けばいいと思いますわ」

「それも、そうですね」

 納得したと、ルトゥは頷く。


「それで、僕についてですけど。どんな話を聞きたいんですか?」

「そうね。ここに来る前。実家ではどんな風に過ごしていたんですの? 父や母からは、色々と精神的に辛い毎日を過ごしていたって聞きましたけれど」

「どうして? そんな話を?」


「知らずに、あなたにとって辛い傷を抉るような真似はしたくないからですわ。あと、悩みがあるのなら、その力になれるものがあればなりたい。それだけでしてよ。知らなければ、何もどうしようもありませんもの」

「なるほど。分かりました」

 そう言って、ルトゥは視線を地面に落とした。

 しかし、彼は口を開こうとはしなかった。


「どうしても話したくないというのなら、無理にとは言いませんわ」

「いえ、大丈夫です。ちょっと、どこから話せばいいのか迷っているだけですから」

「あまり深く考えなくていいですわよ。思い付いたところから話せば。話していくうちに、足りないと思った部分は後からいくらでも付け加えればいいだけですもの」

「そう、ですね」

 そう言って、ルトゥは大きく息を吐いた。


「ご存じかも知れませんが。僕もそんなに栄えていない地方の生まれです。僕の父は、そんな地方で騎士をしています。そんな父は、僕にも騎士になって欲しかったのでしょう。僕は小さい頃から、剣術や馬の乗り方を仕込まれて育ちました。勉強も、色々と」

「それが、辛かったの?」

 ソルの問い掛けに、ルトゥは答えようとしなかった。


「父のことが、嫌いなの?」

 その問い掛けにも、ルトゥは答えようとしない。

 少し待って、ソルは続ける。


「正直に言って良いですわよ。辛かったのなら。辛かったって。嫌いなら、嫌いって。私は決して、それを口外しませんわ。少なくとも、あなたの両親の耳に入るようなことだけは、絶対にしませんわ」

 そう言うと、ルトゥは小さく頷いた。


「はい。辛かったです。最初は、剣術の稽古をすることも、馬に乗ることも嫌じゃなかった。いつか、立派な騎士になるんだみたいな。そんなことを子供みたいに考えていました。けれど、僕は父の期待に応えることは出来なかった。僕がいつまで経っても。僕も僕なりに、少しは成長していたつもりだったけど。父さんは全然褒めてくれなくて。僕が思うようになってくれないことに苛立ちと失望を感じるようになったんだと思います。どんどんと要求が厳しくなって。でも、そんなの僕にはどれだけ頑張っても無理で。本当にどうしようもなくて。父さんが恐くて仕方なくなって。そうしたら、どんどん何も出来なくなってしまったんです」

「そうだったのね。それは、辛いと思うわ」


「父さんのことは、嫌いなのかどうかは分かりません。ただ、恐いと思っています。ここに来る前から、僕は剣術や馬の稽古は止めています。お医者さんと母さんが、父さんにもそうしろって言って。僕はそれを聞いて、本当に助かったって思っていました。父さんは、最初、ずっと猛反発していたんですけど。稽古を止めてから、僕が、どう言えば良いんだろう? よく分からない。ただ、気力が戻って来たような、人としてマシになってきたような。そんな感じになっていくのを実感しました。それが父さんにも伝わったのか、反発も徐々に収まっていきました」

 ルトゥはそこで、一度大きく息を吐いた。


「やっぱり、僕は父さんのことを嫌いなのかどうかは分からないです。いっその事、嫌いになれればもっと気が楽だったかも知れない。でも、父さんが騎士として立派な仕事をしているを知っているんだ。だから、僕はそんな父さんを僕は誇りに思ってる。そして、そんな父さんの期待に応えられない自分を不甲斐なく思ってる。だけど、その期待や要求は僕には重すぎて、恐いんです。ここに来る直前はもう、父さんはもう僕のことを見限ったんだと思います。目も合わせてくれなくなりました。そして、そんな父さんの背中を僕は何故か、小さく見えました。見送りの時も、父さんは僕と目を合わせようとしませんでした。僕も、目を合わせられなかったけれど。でも、一つだけ。言いました。聞いてくれたかどうかは分からないけれど。『ごめん。ここに帰ってくるときは、もう少しマシな男になって、帰ってくるから』って。それは、父さんを見返してやりたいっていう思いでも、あるかも知れないけれど」


 絞り出すような声をルトゥは吐いて。額に手を当てた。

 そんな彼の頭に、ソルは優しく手を置く。


「ルトゥ。あなたは優しい子ね」

「優しい? どこがですか? 僕は、何も出来ないような、そんな奴ですよ」

「そうやって。自分をボロボロにしてでも、期待に応えようとして、あなたのお父さんを見捨てようとしなかったからよ」

 その言葉に、ルトゥは何も応えようとしなかった。少なくとも、反発出来るだけの理由は用意出来なかったのだと、ソルは判断する。


「ただ、その優しさをこれからはあなたのためにも向けなさい」

「ごめんなさい。意味がよく分かりません」

「そうね。あなたのしたいようにすればいいっていうことですのよ。私達の都合が付く限りの範囲でですけれど、協力もしますわ。食べたい好物とか、行ってみたいところとか、ありませんの? お父様も言ってたでしょ? 『自分が何が好きなのか?』とか何とかかんとか。取りあえず今、何かありませんの?」


「今、僕がやりたいこと?」

 少しの間、ルトゥは首を捻った。

「それなら、お願いしたいことが一つあります」


「何かしら?」

「あの。昨晩にやったゲーム。またやりたいです。お昼の後とか、夜でもいいです。また、お付き合い願えないでしょうか?」

「あら? そんなことでいいの? ええ、よろしくてよ」

 たったそれだけのことに嬉しそうな表情を浮かべるルトゥを見て。ソルもまた笑みを浮かべる。

 彼の心の傷を知ることで、自身の古傷も疼くのを自覚しながら。

ソル「リュンヌ? 何ですのその顔は?」

リュンヌ「いえ、今回はいつも以上にキャラ崩壊が酷いなと」

ソル「淑女らしいと思いますけど? あなた、本当に私を何だと思っているんですの?」

リュンヌ「…………」

ソル「引っ掻きますわよ?」

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