第78話:小さな来訪者
今回から新章です。年下の男の子編
夏に大分差し掛かってきたある日。
その日、ソルはユテルやヴィエルと共にリビングへと集められた。
「話って、何ですの? お父様」
「うん。ちょっと、お前達にも話しておきたいことがあってな。近々、多分学校も夏休みに入った頃からだと思うが、この家の同居人が一人増えることになる」
その言葉を聞いて、ソルは弟、妹達と顔を見合わせた。
続けて、ティリアへと視線を向ける。
「産むんですの?」
「あら? 今からじゃ無理よ?」
「そうですわよね?」
笑みを浮かべるティリアに、ソルは小首を傾げた。
「それともソルは、私が太ったって言いたいのかしら?」
軽く睨んでくるティリアに、ソルは無言で首を横に振った。
最近のティリアのお腹は、ほんの少しばかり肉は付き始めているが、流石にそんな、出産間近には見えない。
「じゃあ、新しい弟か妹でも欲しいのかしら?」
そう言って、ちらりとティリアはエトゥルへと視線を向ける。それはどこか、獲物を前に舌なめずりする肉食獣の視線のように、ソルには思えた。視線を向けられたエトゥルは、露骨に視線を彼女から逸らしたが。
エトゥルが咳払いをする。
「ああ、兎に角。そういう話ではないんだ。いつまでという期間は定められていないんだけれど、しばらくの間、遠い親戚の子がこの家に来ることになった。養育費などは出すから、うちで面倒を見て欲しいと。それで、その子と一緒に暮らして貰う事になる」
「何でまた、そんな事に?」
「うん。ちょっとその家、母親が騎士の家に嫁いだんだけど、父親の方が厳しくし過ぎたみたいでね。多感な時期も重なって、少し、精神的に参ってしまっているようなんだ。このままでは、その子が潰れてしまうから、どこか環境を変えて心を休めた方がいいという医者の勧めがあったそうだ。説得には長い時間が掛かったけど、頑固な父親も最後には折れたらしい。このまま、子供を潰すことは、流石に彼の望みではないと」
「それで、どうしてうちに?」
「その子の家には、近くに親しい親戚というのが無いんだ。そこまで余裕がある家も無い。それで、ここらあたりの親戚筋で一番、その子の面倒を見てやれる家がどこかというと、ここになった。我が家は血筋の本流みたいなところもあるから、その器量を見せなきゃいけないという事情もある」
「なるほど」
事情は把握したと、ソルは頷く。
「その子、男の子? 女の子?」
「男の子だよ。ユテルの一つ下だな。残念だったな、ユテル?」
「別に、そういう期待をしていた訳じゃないんだけど?」
からかうような父の言葉に、ユテルは醒めた口調で返した。
「名前は?」
ヴィエルの問いにエトゥルは頷いた。、
「ルトゥ=クォーメットだ。それまでの躾のせいか、大人しい子らしい。俺も、新しく増えた子供のつもりで接するから、お前達も、出来れば兄妹のように仲良くしてくれると嬉しい」
「うん」
ヴィエルも頷く。
「ええ、私も分かりましたわ」
「僕も」
「そうか。助かるよ」
子供達の賛同を得て、エトゥルとティリアは笑みを浮かべた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
家族の集まりから解散した後、自室にて。
「リュンヌ。ちょっと来て頂戴」
「何でしょうか?」
寝台に腰掛けていたソルの呼び掛けに応じ、リュンヌはすぐに姿を現した。
「さっき、両親から呼び出されて、夏休み頃から、遠い親戚の子がこの屋敷に来ることが伝えられましたわ」
「はあ。そうなんですか」
ソルは頷く。
「名前はルトゥ=クォーメットだそうよ。歳はユテルの一つ下の男の子」
「へえ」
「あなたも確か。私の攻略可能対象の情報は確認出来るんですのよね?」
「ええ、勿論出来ますよ」
「そのルトゥですけれど。ひょっとして、攻略可能対象の一覧の中にいる。あの、ルトゥ=クォーメット何ですの? 金髪碧眼の、小さな男の子の」
「ちょっと待って下さい。確認しますから」
そう言って、しばしリュンヌは虚空を見上げる。
「ああ。はい、確かにその通りです」
首肯するリュンヌの姿を見て。
「でゅふ❤」
ソルの顔は大きく歪んだ。
リュンヌの顔が大きく引き攣る。
「ちょっと待ったっ!? ソル様? 一体何をお考えなのですか? 今、絶対に正ヒロインがしちゃいけない顔してますよ?」
「い、嫌ですわねえ。そんなことは、ないですわよ」
とは言いつつも、ソルは口元からじゅるりと涎が垂れ落ちそうな気配を感じ、思わず口元を手の甲で拭う素振りをした。
「うあああああああああぁぁぁぁぁぁっ!?」
リュンヌが頭を抱えて叫ぶ。
「ちょっと待った? いや、待って下さい。ソル様? ソル様ってそういう趣味の持ち主だったんですか? そういう意味で、子供好きだったりするんですか?」
「何を言っているんですの? 人を変態みたいに言わないで下さいまし」
「本当ですか?」
「ええ、本当ですわ」
しかし、絶対に信じられないと言わんばかりの半眼をリュンヌは向けてくる。
ソルは、そんな彼の視線から目を逸らした。
「まあ、ほんのちょっと。ちょっとだけね? こういう可愛い男の子っていうのも、好きでしてよ?」
「どういうところが?」
「こう? まだ穢れていないっていうんですの? 何も知らない無垢な男の子を私色に染め上げられるみたいな? そんな可能性に、ゾクゾクっとした感覚が背中を駆け上るんですの。特にルトゥってば、アストル王子にも少し似ていますし?」
「うわぁ」
ソルの答えに、リュンヌはドン引きした声を返してきた。
「まあ、恋人としては見られないかも知れませんけれど」
「ああ、はい。あくまでも、本命はアストル王子、なんですよね?」
「ええ、勿論でしてよ」
ソルは大きく頷いた。
「じゃあ、ルトゥのことはどうしようっていうんですか?」
「恋人、とまではいかなくても、こう? 可愛がって差し上げたいと思いましてよ? 仲良くしたいですわね」
「具体的には?」
リュンヌに訊かれて、ソルは真顔になる。
「リュンヌ? あなた、乙女に何て事訊くんですの? 破廉恥な」
「いや、それソル様ですよね? ソル様、絶対に人前で言えないような破廉恥なこと考えてましたよね?」
「そんな訳ないじゃありませんの。決して『あのくらいの男の子は、恐らく色に興味を覚え始めた頃』『私の超絶技巧で淫靡に奏でてみせるわ』といった、あなたが隠し持っている秘戯画集みたいなことは考えていませんわよ?」
「ちょっと待って!? 本当に、それはどこから見つけ出したっ!?」
「隠し場所は、もう少し捻った方がよろしくてよ?」
わなわなと両手を震わせて、リュンヌが呻き声を上げる。
そして、少し時間を掛けて、彼は呼吸を整えた。
「と、取りあえず。否定されてはいましたけど、もし本当にそんな事考えていらっしゃるのなら、止めた方がいいですよ」
「何故ですの? 勿論、考えていませんけど?」
「ええと? ソル様。そういうご経験、あるんですか?」
「本気で引っかかれたいんですの?」
すかさず、ソルは爪を立てて構えて見せた。
「つまり、無いんですよね? ソル様が貞淑な淑女であらせられたと確認出来て、安心しました」
「だから、何ですの?」
「そういう、童貞や処女が頭の中でどれだけ妄想していようと、いざとなると腰の振り方も分からないものですからね? 処女の床上手なんていませんからね?」
「あなたこそ、まるで経験者みたいに言うんですのね?」
そう、半眼を浮かべて訊くと。
リュンヌはぷいっと顔を背けた。なお、この後、どれだけ問い詰めようと彼は口を割らなかった。
ユテル「物凄く久しぶりに出番があった気がする」
ソル「いつも、工作室に引き籠もっているからでしてよ」




