表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ソルの恋 -悪役令嬢は乙女ゲー的な世界で愛を知る?-  作者: 漆沢刀也
【第一章:転生編】
9/177

第9話:敗北と生

 目を開ける。

 体感にして、ほんの一瞬。

 しかし、そのほんの一瞬で、目の前の光景は一変していた。


 月明かりしか無かった暗い部屋は、陽光の差す明るい部屋になっている。

 そして、自分の体を抱きしめたまま、女が眠っている。ティリア=フランシア。リュンヌからも説明された、この世での母親だ。

 彼女の白い首筋が、顔のすぐ横で露わになっている。


 寝息が聞こえる。どうやら彼女は眠っているらしい。

 無防備な姿だ。その気になり、首を絞めれば、いつでも殺せる。

 そんな姿を彼女は自分にさらけ出している。


 何故?

 こんな事になった理由を考える。

 まず、日中になっていること。これはどうやら、自分が寝落ちしてしまっていたようだ。落ちていた思考力が、少し回復しているように思える。それに体力もだ。そこに、違和感を覚えるほどに。

 けれども、自分がこの女に、またもこうして抱かれている理由が、分からない。


 そして、今更ながらに気付く。

 自分はまだ、生きているのだと。

 感情が、湧かない。

 ただ静かに、ありのままを受け止める。ティリアに抱かれても、体が震えない。何も込み上げない。


「ん、んぅ」

 やがて、ティリアが身じろぎした。彼女の目が開く。

「あ、あら? ごめんなさい。寝ちゃってたわ。ソル、おはよう」

 慌てた様子で、ティリアが身を起こす。

 それに続いて、ソルも上半身を起こした。やはり、思っていた以上に体が回復しているように思う。


 無表情に、ティリアを眺める。彼女は、心底安堵したような表情を浮かべていた。その瞳から、涙が零れ手で拭った。

「良かったわ。本当に、心配したんだから。昨晩にリュンヌから、スープだけでも飲んでくれたって聞いて。私――」


 次から次へと、彼女の目から涙が溢れる。

 ああ、どうやらこの女は、本気で自分の命が助かったことを喜んでいるらしい。

 つまりは本気で、自分を心配してくれていたということ?


「奥様。お粥の準備が出来ました」

 二人の使用人が部屋に入ってくる。一人の手には湯気の立った鍋が。もう一人には、丸椅子が。

 二人はティリアの側に来て、丸椅子に鍋を置いた。

 スープとはまた違った芳しい匂いが、立ちこめる。再び鋭敏に、嗅覚が働いた。

 強い食欲が襲ってくる。


 薄ぼんやりと、これは無いのではないか。卑怯ではないかと思った。今になって、これに耐えろというのは、酷ではないのか?

 いや、逆に考えよう。

 耐える必要があるのだろうか? 食べようが食べまいが、もはや結果はどう転んでもいい。そう思う。


「さあ、ソル?」

 ティリルが匙で粥を掬い、ふぅふぅと吐息で冷ます。

 それを自分の口へと近づけた。

 異臭は無い。毒の気配はしない。


「あ~ん」

 ティリルに促されるまま、ソルは口を開けた。

 口の中に、匙と粥が入れられる。

 温かい。美味しい。

 その感覚に抵抗出来ず、ソルは粥を飲み込んだ。


 浅ましく、貪欲に体が食べ物を要求してくる。錯覚だと思うけれど、食べたものが全身に力となって、そのまま染み渡ってくるような快感。

 心が折れたと感じた。生きたいという思いに、負けてしまった。


「はい、あ~ん」

 嬉しそうに次の匙を差し出すティリアを見ながら、ソルは瞳から熱いものが込み上げるのを感じた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ