表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ソルの恋 -悪役令嬢は乙女ゲー的な世界で愛を知る?-  作者: 漆沢刀也
【第四章:肖像画家編】
87/189

第77話:抜けない棘

今回とEx話を数話で、肖像画家編は終わりとなります。

 ベリエが屋敷を去ったその翌日。

 学校の昼休み。ソルはセリオを誘って、校庭へと向かった。急な申し出ではあったが、彼女は断らなかった。


 二人で、校庭の片隅に設置された、ベンチに座る。

 ソルは伏し目がちに、セリオには視線を向けない。彼女が今どんな顔をしているのか、見るのが恐いから。


「ソル様。私に話って、どのようなことでしょうか?」

「そうね」

 ソルは小さく息を吐いて、口を開く。


「ごめんなさい。私、あなたの力になれなくて。ただ、それだけが、言いたかったんですの」

「いえ、そんなことはないですよ。私は、ソル様に力を貸して貰えて、本当に良かったって思っていますから」

「でも――」

 しかし、セリオが首を横に振る気配を感じた。


「本当です。ソル様に背中を押して貰えなければ、私はきっと、今もまだずっと告白出来ないままだったと思います。そして、いつかリュンヌさんが誰かと結ばれる姿を見て後悔するんです。どうして、私はもっと早く告白しておかなかったんだって。それはきっと、告白してふられるよりも辛い結果だと思います」

「それは、そうかも知れないけれど」

 彼女が言っていたことをソルは思い出す。『たとえふられて、傷付くことになったとしても、その方が後悔しない』。そんなことを言っていた。


「それに、リュンヌさんはあの瞬間、真剣に悩んでくれました。もし、私がソル様のお力を借りることなく、一人で無策に告白していたら、ああはならなかったと思います。きっと、リュンヌさんはもっと軽く、私のことを断っていたでしょう。『君のことをよく知らないから』とか、そんなことを言って」

「そうね。それは、確かに有り得そうですわね」


「それが、リュンヌさんをそうさせるまでに、私という存在をリュンヌさんの中で大きくさせて貰えたのは、やっぱりソル様のおかげなんですよ」

「悔しくはないんですの?」

 その問いには、セリオはすぐには答えてこなかった。


「悔しい。ですよ?」

 少し待って、返ってきたその声は、震えていた。

「諦められるんですの?」


「はい。諦められます。だって、諦めるしかないじゃないですか。私は、やれるだけのことをやり切ったって。そう思いますから。ちょっぴり、清々しく思ってしまうのも、それすらも悔しいですけれど」

「そうなんですのね」


 これで、もし彼女が諦めないと答えていたら。そのときは自分はどうしていただろう? きっと、喜んで力を貸していたに違いない。ソルはそう思う。また、そう答えなかったことを少し残念に思った。

 けれど同時に、彼女の中で心の整理が付きそうなことに、安堵もしていた。


「セリオ。あなたは、強いですわね」

「強く何て、ないですよ」

 セリオから、鼻を啜る音が聞こえた。


「本当は今も、泣き出しそうなのを我慢しているんです。諦めなきゃって、言い聞かせているんです。だって、そうしないとリュンヌさんが。うっ、くっ。ひっく」

 自分で言い出した言葉に、耐えきれなくなったのだろう。セリオから嗚咽が漏れた。

 思わず、ソルは彼女を抱き締める。


「ごめんなさい。本当にごめんなさい。辛いことを思い出させるような真似をしてしまって、本当にごめんなさい」

「私の方こそ、申し訳ありません。でも、お許し頂けるのなら、もう少し、こうして頂けないでしょうか」

「ええ。ええ。よろしくてよ」

 ソルは、精一杯の力を込めて、セリオを抱き締めた。


「ソル様。一つ、お願いがあります」

「なんですの?」

「リュンヌさんの事です。リュンヌさんを大切にしてあげて下さい」

 本当に、この子はリュンヌのことが好きで、優しい子なのだなと。ソルは笑みを浮かべた。


「安心なさい。もう、虐めたりなんてしませんわよ」

「違うんです。そうじゃなくて――」

「何かしら?」

 訊くと、ソルの背中に回ったセリオの拳が、きゅっと握られた気配を感じた。


「ごめんなさい。上手く言葉にすることが出来ません。ですが、ソル様がリュンヌさんを大切にしてくれないと。私の胸は張り裂けそうになるんです。そう、してくれないと、私はソル様を絶対に許せなくなりそうなくらいに」

 何故? と、ソルは思ったが。それについては、訊くのを思いとどまった。


 あのときもリュンヌは『ソル様のお世話が何よりも大事』と言っていた。となれば、自分のことを恨めしく思う感情があっても、不思議ではない。そんな彼を大切にしない女というのは、確かに許せなくもなるのだろう。

 セリオの頭に手を置いて、軽く撫でる。


「分かりましたわ。大切にします。家族同然に育って、いつも世話になっているのも、確かですものね」

 ソルはセリオの頭に手を置いて、軽く撫でる。

「それで、いいかしら?」

「はい」

 セリオは頷く。そして、ソルの胸から、押し当てていた額を離した。顔を上げる。


「ああそうでして。あと、ソル様にはお礼をしないといけませんね。正直、あまり大したものは用意出来ないのですが。マドレーヌとかでも、大丈夫でしょうか?」

「ええ、よろしくてよ」

「良かったです」


「それと、思い出しましたわ。リュンヌからの伝言があるんですの。『マドレーヌ、本当に美味しかった。ありがとう』って。そういうのは直接本人に伝えなさいと言ったんですけれどね? 今は無理って、駄々捏ねていましたわ。あれでまだ、引きずっているようですわね。『いつか、必ず直接言う』とも言っていましたけど」

 実を言うと、リュンヌの評価でどれほどの味なのか興味もあったりする。

 くすりと、セリオが笑みをこぼした。


「そうですか。美味しかったですか。よかった」

「私も、楽しみにしていますわ」

「はい、期待に添えるように、頑張りますね」

 涙を拭いながら、セリオは頷いた。


 それにしても。と、ソルは虚空を見上げて思う。セリオとの会話で、気付いた違和感。

 リュンヌは何故? ここまで、自分という女のためにそこまで自分を犠牲にするのだろうか?

 確かに、ナビキャラとしての役割はあるのだろう。しかし、自由に恋愛くらいはしてもいいだろうに。


 それだけでは片付けられない何かを秘めている? 確かに、彼は『前世で大きな悔いがある』と。そう、言っていたが。それに関係している?

 リュンヌ=ノワール。あなたは一体、どこの何者なの?

 そんな疑問が、ソルの胸の中で、棘のように引っ掛かった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 ベッドの中で横になりながら、リュンヌはぼんやりと天井を見詰めていた。

 頭の中で、何度も昨夜の出来事が思い返される。

 結局、あの出来事の影響がどんなものか分からないということで、今日は学校を休んでいる。というか、ソルに無理矢理休まされた。こんな具合に、本当に何もせずに寝て一日を過ごすのは、いつ以来かとか、ふとそんなことを思う。


 不用意な真似だった。自分の前世について話してはならない。それが、"裁定を下す者"との約束だ。その約束を破るつもりは無かったが、言おうとしたことは、彼女が気付く手がかりにはなる。そう、判断されたのだろう。


 呪いは強力だった。実際に体験するまでは、どんなものか分からなかったが。全く息が出来なかった。おかげで、あっという間に気を失ってしまった。

 それからすぐに、気がついたと思うのだが。

 そのとき、視界に入ったソルの顔をリュンヌは思い出す。


「もう二度と、あんな顔をさせるものかって、そう思っていたのにな」

 胸に深く突き刺さった棘が、傷を抉って、疼かせる。

セリオ「ソル様? 『もう、リュンヌさんを虐めない』って言ってましたよね?」

ソル「ええ、言いましたわよ?」

セリオ「また、遠い目を浮かべているのを見掛けたんですけど? 今度は何をされたんですか?」

ソル「誤解ですわっ!? ちょっと、新薬の実験台になって貰っただけですのよ?」

セリオ「それは、ソル様の中では虐めではないのですか?」

ソル「彼の『お仕事』でしてよ?」

セリオ「はあ、そうですか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ