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ソルの恋 -悪役令嬢は乙女ゲー的な世界で愛を知る?-  作者: 漆沢刀也
【第四章:肖像画家編】
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第76話:残された想い

 別れは突然だった。

 ソルがベリエに告白し、ふられた翌日。彼女が学校から戻ると、彼はもう屋敷からいなくなっていた。

 ソル達が登校してさほど時間も経たない頃に、彼が屋敷を出て行ったことを両親から聞かされる。


「俺達も、色々と言って引き留めようとしたんだけれどね。ソルが最後に絵を確認して、納得しない限りはダメだとか。ちょっとした席を設けて、感謝や別れを伝えたいとも言ったんだが。どうしても、今日発ちたいと言って聞かなかったんだ」

「これ以上ここにいると、いつまでも居座ってしまいそうで、別れが辛くなるみたいなことを言っていたけれど」

「そう。なんですの」


 せめて、最後に一言くらいは交わす機会はあるものかと思っていたが。

 昨晩のあれが彼との最後の会話だと思うと、胸に穴が空いたような気持ちになる。とはいえ、こうでもしてくれないと、自分もいつまでも引きずりそうな気もしたが。


「私の絵は、どこにありますの?」

「あそこにあるよ。とてもよく描けている」

 エトゥルが居間の奥を指さす。そこには、イーゼルとキャンバスが置かれていた。

 ソルは無言で、その絵の前へと向かった。


「どう? ソルから見て、この絵で満足出来るかしら?」

「ええ、勿論ですわ。これまでにも何度も、ベリエさんが仕上げていくのを見てきたんですもの」

 ソルは頷く。

「そうか。それなら、よかったよ」

 エトゥルが安堵の声を上げた。


「それと、ベリエさんから伝言よ」

「何て?」

「『ソルお嬢様が、本当に愛し合えるお相手と結ばれることを願っています』って」

「そう」


 これは、どう考えればいいのだろう?

 けれど、あまりにも色々と突然で、非現実的で、頭が回らない。色々な感情が胸の奥で渦巻いているけれど、それが言葉にならない。


「私は、本当にそんな人と結ばれる事が出来るのかしら?」

 気付けば、ポツリと。そんなことを呟いていた。

 その声に、ソルは我に返る。


「何を言っているの? 当たり前じゃないの」

 明るい声で、ティリアが力を込めて、ソルの両肩に手を置いてくる。

「お母様」

 見上げると、すぐ傍に笑顔を浮かべるティリアの顔があった。


「この絵をご覧なさい? だって、こんなにも可愛い娘なのよ? 素敵な男性の目に止まって、ソルを幸せにしてくれるに決まっているわ」

 そうだそうだと、エトゥルも頷く。


「でも私、少し恐いんですの」

「何が?」

「この絵を王都に送って、それで誰にも見初めて貰えなくて、お父様やお母様の期待を裏切ってしまったり。私を見初める方が、私がとても受け入れられないような方なのに、無理矢理迫ってきたりしないかって。ごめんなさい、変なことを言ってしまって。そんな、恐い夢を見たものですから」

 ソルの言葉に、エトゥルとティリアは顔を見合わせる。そして、苦笑を浮かべてきた。


「ソル? お前は、何を馬鹿なことを気にしているんだ」

「だって――」

「いいかソル? 俺達がこの肖像画をベリエさんに依頼したのは、あくまでもソルを幸せを考えてのことだ。それが一番の目的なんだ。前に言わなかったか? 俺は、お前が添い遂げる相手を見付けるときは、お前を一番大事に想ってくれる男に選んで貰って欲しいって」

「そうよ。ソルが想えないような相手なんて、私達も認めないんだから」


「たとえそれが王子様だったとしても、ソルが気に入らないなら、俺はガツンと言ってやるぞ?」

「まあ、あなたったら」

 軽口を叩くエトゥルに、ソルは笑みを浮かべる。実行力はともかく、気持ちはそうなのだろう。本気でやりそうなら、かなり痛い目を見せてやる必要があると思うが。


「だからソル? 変なことを気にしなくてもいいのよ?」

 結局、以前に見た悪夢はただの不安が見せた杞憂でしかなくて。彼らが言うとおり、馬鹿な考えだったのだろう。

「ありがとう。お父様、お母様」

 でもようやく、その不安が消えた気がした。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 自室で自分の肖像画を眺めながら、ソルは大きく息を吐いた。

 覚悟を決める。

「リュンヌ。来て」

 でも、囁く程に小さな声になったのは、これなら来てくれなくても言い訳がつくという、そんな臆病な心によるものからだったかも知れない。


 部屋に、静寂が続く。

 やはり、そうなるかと、ソルは自嘲する。

 けれど、それも十も数えるかどうかという話。


「お呼びでしょうか。ソル様」

 これまで通り、リュンヌは召喚に応じた。応じてくれたことに、ソルは少し驚く。期待していたはずなのに。

 肖像画から視線を上げないままに、ソルは訊いた。


「リュンヌ? 怒っているかしら?」

「何をですか?」

 感情の籠もらないリュンヌの声。それが、余計にソルの心臓を締め付けた。


「私が、あなたと叩いたことをですわ」

 リュンヌが大きく溜息を吐いてくるのが聞こえた。

「何を言うかと思えば、そんなことですか。そんなことで、いちいち怒りませんよ。あと、人を呼ぶときはもっとはっきりと呼んで下さい」

 それは、心底呆れたと言わんばかりの、いつもの彼の口調だった。


「だいたい、いつも酷いのに扱き使ってくれているでしょうが。そんなことを謝るより、もう少し飲ませる薬のことを気にして欲しいくらいです」

「な、なんですのその言い草は? 言っておくけれど、私は絶対に謝りませんわよ?」

 ソルは思わず顔を上げて、リュンヌを睨み付ける。が、リュンヌは肩を竦めるだけだった。ソルは唇を尖らせる。

 こんな態度を取られるのなら、あれこれと悩んだ自分が馬鹿みたいじゃないかと。


「ただ、話がセリオの事だというのなら、もう少し時間を頂けないでしょうか。僕もまだ、心の整理がついていないので」

「構いませんわ。元々、それを話すつもりはありませんでしたもの。とはいえ、少しは関係がある話なのかも知れないけれど」

「そうですか。それなら、僕も構いません」

 ソルは頷いた。


「もう終わった話ですけれど。一応、言っておこうと思いましたの。私は、ベリエに告白して、ふられましたわ」

「え? そうなんですか?」

「ええ、だからきっと、あの人も私と顔を合わせづらくなって、こうしてさっさと屋敷を出て行ったのでしょうね」

 リュンヌは何も答えなかった。


「でも、やっぱり分かりませんの。あの人は、あんなにも私のことを好きだって言ってくれたのに。いざそれに応えようとしたら、こうして去ってしまった。私を幸せにすることは出来ないからとか言っていましたけど。なら、本当に私のことを想ってくれていたのかって。でも、疑おうとしても、この絵を見るとやっぱり疑えなくなって。あの人の気持ちが、分からないままで。だから、リュンヌなら少しはあの人の気持ち分かるのかもって、参考に、話を聞かせて欲しいんですの」


 そう言うと。

 リュンヌは半眼を浮かべ、大きく溜息を吐いてきた。

「本当に、馬鹿ですかあなたは?」


「なっ!?」

 人が真剣な思いで訊いているのに、何なのその態度?

 途端、ソルの目がつり上がる。


「そんなもの。本気で愛していたに決まっているでしょうが。でなければ、そんな絵が描ける訳ありません」

「でも、それなのにあの人は私を拒絶して――」

「それも、ベリエさんが言ったとおりです。変に疑わなくていいですから。本気でソル様を想っていたけれど。自分では幸せに出来ないと考えて、身を引いたんです」


「そうなの?」

「そうですよ。男って生き物は、本気で女を愛するときには覚悟や責任を持つんです。相手を一生、命を懸けて幸せにするという決意とか。そんなものをまるで感じないのなら、そいつは男でも何でもありません。ソル様も嫌いなタイプだと思っていましたが? そういう、軽薄で女を大事に思わない男は」

「ええ、嫌いですわ」

 ソルは大きく頷く。


「ベリエもそれだけの想いをソル様には抱いていたんですよ。だから、現実的にソル様を幸せに出来るかを冷静に考えて、それは違うと考えたから、身を引いたんでしょう。本人としても、悔しかったんじゃありませんか? 一番にソル様を想うからこそ、身を引くことが最善だって考えるのは」

「でも、それを実行した?」

「そうです。自分ではない誰かに、ソル様を本当に幸せにしてくれることを託して」


「そう。リュンヌがそう言うのなら、きっとそうなのね」

「もう少し、ソル様は男心ってものを理解した方がいいと思いますよ? 本気で」

「五月蝿いですわ」


 まったく、どうしてこう、こいつはこんなにも口が減らないのかと。

 ひょっとしたら、セリオはこんな奴と結ばれなくて正解だったのではないかと。そんなことをソルは思い直した。あんないい子は、こんな奴には勿体なさ過ぎる。


「でも、どうしてまた、急にベリエに告白を? ソル様、あの人の事がそんなにも好きだったんですか?」

「気にならなかったと言えば、嘘になりますわ。あの人と結ばれたなら、幸せになれるとも思ってましたし。ただ――」

「ただ?」


「あの人に言われましたの。『私"が"いいのか』。それとも『私"で"いいのか』って。それを訊かれたら、やはりそこまでの想いだったとは、それも言えませんわね」

「なるほど」

「それに、あの時は違うって言いましたけれど。やっぱりリュンヌへの当て付けという側面は大きかったですわね。そこも、見抜かれていましたわ」


「僕ですか? 何故そこに僕が?」

「私がさっさと片付けば、あなたも晴れて自由に恋愛出来るって思ったんですのよ」

 ふてくされるように、白状する。


「そんなことを考えていたんですか」

 リュンヌから、また呆れたような声が帰ってきた。

「本当に、ソル様は馬鹿ですね」

 けれど、その口調は、ほんの少しだけ優しい気がした。


「僕のことなんか、気にしなくていいんですよ。ソル様は、ソル様が本当に想える相手と結ばれればいいんです。それが、僕の望みでもあるんですから」

「分かりましたわよ」

 なら、事あるごとに「想える相手はいないのか」とか、聞かないで欲しいとも思うが。


「でも、そうなると。流石に少し不安にはなりますわね。これで、もう三人に連続してふられたんですもの。本命はアストル王子ですけれど。私が本当に想うことが出来て、私を本当に想ってくれる殿方って、いるのかしらね?」

 だから、ベリエからの想いも、不安で確かめたくなってしまった。


「大丈夫ですよ」

「そう?」

 リュンヌは頷く。

「ええ、絶対に大丈夫です。何故なら――」


 続く言葉は、無かった。

 ぱくぱくと、声も無くリュンヌの口が開閉する。

「リュンヌ? 急にどうしたの?」


 リュンヌは自身の喉に手を当てた、これまでに見せた事が無いような、動揺した表情が浮かんでいる。

「――かっ!? はっ!?」

 次の瞬間、リュンヌの首の周りに赤い光が浮かんだ。

 リュンヌは口を大きく開けて、目も大きく見開き、膝から崩れ落ちる。苦悶の表情を浮かべながら、舌を突きだして。


 まさか、息が出来ていない?

 そういえば、リュンヌの首が、細くなっている? まるで、赤い光に喉を締め付けられているかのように。

 あまりにも突然の出来事に、ソルは動揺を抑えることが出来ない。慌てて駆け寄るものの、こんなのどうすればいいのか。


「リュンヌ? ちょっとリュンヌっ!? しっかりして!」

 青ざめるソルの前で、リュンヌは悶絶し続けた。

エトゥル「俺なら言うぞ。ソルのためだったら、相手が王子様だろうとガツンと言ってやるからな。俺、そういう男だから」

 暗転。

 瞬間移動。

エトゥル「(ん? どこだここ? 凄い立派な部屋なんだけど?)」

エトゥル「(あれ? 急に目の前に現れた目の前の少年、ひょっとして王子様? 俺、会ったこと無いけど。何故かそんな気がする)」

アストル「そうか、其方の気持ちは私としてもとても気になるところだ」

アストル「是非とも、其方の率直な思いを聞かせて欲しい」

アストル「さあ、ガツンと言ってみてくれ」

 デ~デレデデ♪ デンデデデデ♪ デデン♪ テレテテテ~♪

エトゥル「…………(生唾を飲む)」

エトゥル「…………(取りあえず、目の前にあるお茶を手に取る)」


エトゥル「――っていう夢を見たんだ」

ソル「何故だか、猛烈に古い感じがしてなりませんわ。ナウなヤングには到底分かりそうにないような」

リュンヌ「ソル様には言われたくないと思います」

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