第74話:砕けた想いの行方
2025/09/09
イラストを入れました。
セリオの告白に、リュンヌは何も言おうとしなかった。
それが、どういう意味なのかを理解して、ソルは胸が締め付けられる。
やがて、セリオの声が聞こえてくる。それもまた、どこか遠くの出来事のように思えた。
「お願い。します。はっきり、言って、下さい。私、覚悟はして、きましたから」
「うん。そう、だね」
絞り出すような、リュンヌの声。
「ごめん。僕は、君とは付き合えない」
セリオの啜り泣く声が、聞こえてくる。
ソルは思わず耳を塞ぎたくなった。けれど、それをやってはセリオの覚悟を踏みにじる様な気がして、思いとどまった。自分は最後まで、見届けるためにここにいるのだから。彼女もそれを望んでいたのだから。その責任は、果たさなくてはいけない。
「あり、がとう。ござい、ます。はっきり、言ってくれて」
ソルは歯を食いしばった。
何故? どうしてこんな結末になるのかと、納得がいかない。
「理由を、訊いても、いいですか?」
「今は、僕にとってはソル様のお世話が何よりも大事だから」
セリオの泣き笑いが聞こえてくる。
「やっぱり、そう、なんですね」
「うん」
セリオの深呼吸が、何度も繰り返される。
「分かりました。リュンヌさん。本当にありがとうございました。マドレーヌ、悪くならないうちに、ちゃんと食べて下さいね?」
「うん。大事に食べるよ」
「約束、ですからね?」
「うん、約束する。それと、僕の方こそ。こんな僕のことを好きだって言ってくれて、本当にありがとう。ずっと、忘れないから」
「いいえ。私の方こそ、リュンヌさんを好きになれて、幸せでした。それでは、失礼します」
セリオが駆け足で、この場から遠離っていくのが聞こえた。
リュンヌが、深く溜息を吐く。
「セリオ。本当に、ごめん」
それが、ソルの我慢の限界だった。
無言で、告白の聖樹の裏から姿を彼に現す。
その姿を見て、リュンヌの目が大きく見開かれる。
「ソル様? どうして? ここに?」
リュンヌの問い掛けには答えない。無言で、彼に詰め寄る。
そして、彼の襟首を両手で掴んだ。
「どうしてよ?」
「何が? ですか?」
「どうして、あの子を振ったって訊いているんですのよっ! あなた、何を考えているんですの?」
激情をリュンヌにぶつける。
リュンヌは、堪えるように唇を噛み締めた。
「これは、ソル様が仕組んだことなんですか?」
「少し、手伝いをしただけですわっ! でも、今はそんなこと関係ないでしょっ!」
あまりに興奮しすぎて、目眩がしそうになる。ソルは、何度も荒い息を繰り返した。
「何で? あの子が本当にあなたのことを想っていたことくらい、分かるでしょ?」
「ええ、よく分かります」
「とても可愛くて、素直で、そんな女の子だって事くらい。分かるでしょ?」
「はい。分かっていますよ。そんなことは」
「好みじゃなかったの?」
「そんなことは、ありませんよ」
「私の世話とやらが、あの子の想いよりもそんなにも大事なんですの?」
その問いには、リュンヌは答えてこなかった。
「そんなにも、泣きそうなくらい辛い顔をするなら、謝るくらいなら、素直に受け入れたらいいじゃありませんのっ!」
それを訊いた途端、リュンヌの目が細められた。睨まれる。
「リュンヌ? この私に向かって何ですの? その目は?」
リュンヌは、舌打ちをしてきた。
「ソル様に、俺の何が分かるっ!」
ソルの頭が沸騰する。
思わず、ソルは手を振り上げて――
その瞬間、リュンヌが息を飲むのが見えた気がした。けれど、振り下ろす手は止められない。
初めて、リュンヌの頬に手が当たった。乾いた音が鳴り響く。
その感触に、ソルは我に返った。
しかし、これは間違いなく現実だ。リュンヌの頬は、赤く腫れているし、ソルの手の平には、彼の頬の感触がこびり付いている。
ソルは、小さく呻き、唇を噛む。
「リュンヌ? もう、私に声をかけないで下さらないこと?」
「分かりました」
踵を返し、ソルはリュンヌに背を向けて、その場から立ち去っていった。
ソル「リュンヌの馬鹿っ! 私、もう知らないからっ!」
リュンヌ「そんな、どこぞの世界名作劇場のワンシーンみたいな真似しても、追いかけたりなんかしませんからねっ!」




