第72話:お使いと化粧
創星日。軽く嘆息して、リュンヌは商店街へと向かった。
時刻は昼過ぎ。昼食は屋敷で摂ってきた。賑やかで、のどかな時間が商店街に流れている。
通りの名前を書いた門を通り抜けて、リュンヌは通りを進んでいく。
買い物メモを確認して、リュンヌは何をどういう順番で買っていこうか算段を付けていく。でも、どう頑張っても数時間はかかりそうな気がしてならない。
「あれ? リュンヌさんじゃないですか」
ふと、聞き覚えのある声が聞こえてきた。リュンヌは買い物メモから視線を上げ、声の主を探す。
少し離れたところ。手芸用品を扱っている店の手前で、はにかみながらセリオが小さく手を振っていた。お返しにとリュンヌが手を小さく振ると、彼女は駆け寄ってくる。
「奇遇ですね。リュンヌさんも、お買い物ですか? 今日は、ソル様は一緒ではないのですか?」
セリオの問いに、リュンヌは微苦笑を浮かべた。
「まあね。今日は、学校は休みだけど。僕はそれで、お屋敷の仕事が無くなる訳じゃないから。今日は屋敷の人達から頼まれたお使いだよ。ほとんどが、ソル様からなんだけどね」
「へえ。お使いですか。どんなものを頼まれているんですか?」
「そうだね。これ、見てみる?」
そう言って、リュンヌは買い物メモを見せた。
「うわ。こんなに沢山ですか? こんなの、あっちこっち回らないといけないじゃないですか。それに、持って帰るのも大変な事になりませんか?」
「なるだろうね。この袋の中身が、帰るときにはどうなることやら」
リュンヌは手にしたズタ袋を持ち上げてみせる。
「ソル様から頼まれた薬の材料とかもそうだけど、ユテル様に頼まれた工作道具や材料とかは嵩張りそうだね。ティリア様から頼まれた調味料も、探すのが大変そうかなあって」
「大変そうですね」
「まあね。でも、ここ最近は僕もソル様に振り回されて、色々と堪えていたから。羽を伸ばせる丁度いい時間だと考えれば、悪くもない気がしているよ」
「そうなんですね。ひょっとして、昨日も何かあったんですか?」
リュンヌは首肯する。
「うん。また酷い薬を飲まされたよ。味は、正直言って思い出したくない。一応、ソル様もここ最近の僕の扱いは気にされていたのか、疲労回復薬を出して貰ったんだけど」
「効果はどうでしたか?」
リュンヌは顔をしかめる。
「正直、微妙かな。これまでソル様が作っている薬と、大差無いように思えるかなあ。ひょっとしたら、少しは効き目が上がっているのかも知れないけど。でも、これなら、これまで通りの方がよっぽどマシだと思う」
「それは、残念ですね」
セリオが同情の視線を向けてくる。
「ところで、セリオも買い物? 家がパン屋だって聞いていたけれど、お店の手伝いとかは今日はしなくても大丈夫なの?」
「はい。私なら今日は大丈夫です。私も、少しだけお使いは頼まれていますけど。羽を伸ばして大丈夫だって言って貰えました」
「そっか。よかったね」
嬉しそうに、セリオが笑みを浮かべる。
「そうだ。よかったら、私にもリュンヌさんのお使いを手伝わせて貰えませんか?」
「え? そんな。悪いよ」
「いいんですっ! リュンヌさん。これだけの買い物をしたら、荷物を持つのも大変でしょう? それなら、私も手伝った方が安心出来ますし。一人であちこち見て回るのも楽しいですけど、リュンヌさんとお話しするのも楽しいですから」
「うーん、いや。でもね?」
「ダメ? ですか?」
途端に、セリオは捨てられた子犬のような目をして、上目遣いで見上げてきた。
思わず。リュンヌは呻く。
いや、だからその視線は止めて欲しい。男にとってはもはや凶器だから。
軽く息を吐いて、リュンヌは頭を掻き、セリオから視線を外す。
「分かったよ。そこまで言われたら、僕も断れない。今日はよろしく頼むよ」
「はいっ! 不束者ですが、お供させて貰いますねっ!」
明るい彼女の返事を聞きながら。
リュンヌは、自分が満更でもないことを自覚した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
創陽日。ソルはセリオのもとを訪れた。
彼女の家のパン屋は、小さいながらも客の入りは悪くないようだった。
店の手伝いをしているところを彼女の両親に断って、彼女の部屋へと向かう。
ちなみに、今日はリュンヌはユテルやヴィエルを優先する形で、家族の相手させている。なので、こうして一人で出歩いていても、それで彼が怪しんで尾行してくるなどという真似はあり得ない。
そして、昨日にお使いを頼んだのも、勿論セリオとデートをさせるためだ。時間と購入物、店を指定しておけば二人を遭遇させるように仕向けるのは容易い工作だった。
「昨日は、随分とお楽しみだったようですわね?」
にやにやと笑みを浮かべながら聞くと、セリオは顔を真っ赤にして俯いた。
「ええ。はい。その、昨日は少し、休憩がてら一緒にお茶を飲んだり、別れ際にはお礼にって花を買って貰ったりしちゃって。花屋のおじさんには、『恋人さんかい?』って訊かれちゃったりもして。他の人から見たら、そんな風に見えるのかなって。どきどきしっぱなしでした」
「ええ、お似合いでしてよ」
そう言ってやると、セリオは恥ずかしさに耐えられないのか、身悶えした。
「リュンヌの方も、あの様子では満更でもなさそうですわね。帰ってきたとき、上機嫌なのが丸分かりでしたわ。あれで隠せているつもりなら、随分と甘いものですわね。セリオ? 安心なさい。あれは、浮気とか絶対に出来ないし、隠せない男でしてよ」
「それは、そうですよ。リュンヌさんが浮気なんて、そんな真似する人な訳ありません」
うむうむと、ソルは同意し、頷く。
「さて、この様子なら、大丈夫ですわね。では、最後にあなたにこれを贈りますわ」
「何でしょうか?」
ソルは手にした小さな袋から、それを取り出した。
「頬紅と、口紅ですわ。これをあなたに分けて差し上げます」
「そんな? よろしいんですか? でも私、今までこんなもの付けたこと無いです」
「ええ。そう思いましたから、こうして来たんですのよ。どんな具合か、確認して起きたいですから」
「ソル様が、私に化粧をして下さるんですか?」
「ええ。その通りよ」
「ありがとうございます」
セリオが頭を下げてくる。
「それと、明日。学校でリュンヌに告白しますわよ。この、頬紅と口紅を使って」
「え? 明日ですか?」
「そうですわ。何か問題でも」
「ええと。その、やっぱり、心の準備が」
自信なさげに呻くセリオに、ソルは目を細めた。
「前にも言ったでしょう? 足踏みをしていては、何も手に入れられなくってよ。それに、本当にリュンヌって妙なところで勘が働くんですの。これ以上引っ張るのは危険ですわ。本気でリュンヌを手に入れたいなら、つべこべ言わずにやりなさい」
「はい。分かりました。覚悟を決めます」
力強く、セリオは頷く。
「あ、でも。学校でこんなものを付けていったら、先生に怒られたりはしないでしょうか?」
「そうね。そこは、放課後にささっと済ませますわよ。それなら、見咎められたりはしないでしょう」
「分かりました」
「さて」と、呟いてソルはセリオの顔に紅をさしていった。
数分もすると、そこにはソルも満足する出来映えの少女がそこにいた。
セリオ「あの? ソル様。もしかして、昨晩にリュンヌさんに怪しいお薬を飲ませたのって、あの人が話題作りをしやすいようにするためだったんですか?」
ソル「ええ、勿論ですわ。策というものは、繋がるかどうかはともかく、何重にも張り巡らせるものでしてよ」
セリオ「ソル様は本当に頭の良いお方」
アプリル編のところで少し書いた「創星日」とか「創陽日」。まんま、一週間の曜日だと思って下さい。
今後も出すかは不明ですが、現実世界との対応はこんな感じです
月曜日→創月日
火曜日→創火日
水曜日→創水日
木曜日→創命日
金曜日→創金日
土曜日→創星日
日曜日→創陽日




