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ソルの恋 -悪役令嬢は乙女ゲー的な世界で愛を知る?-  作者: 漆沢刀也
【第四章:肖像画家編】
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第70話:言い寄られた男の想い

 少し、参考にしてみたい話がある。

 なので、ソルはベリエの仕事部屋を訪れた。クッキーをボウルに入れ、差し入れとして持っていく。

 部屋を訪れると、彼は丁度、軽い休憩を取っているところだった。


「私に、訊きたいことですか?」

 ソルは頷いて、イーゼルの近くに置かれた机に、ボウルを置いた。

 ちらりと、肖像画の出来映えを確認する。もう、大分完成に近付きつつあるように思えた。


「あくまでも参考にしかならない話だとは思いますけれどね。ベリエさんって、これまでに多くの女性から言い寄られてきたんですのよね?」

「それは、まあ。その通りですが」

 ベリエはソルから視線を逸らし、呻いた。


「別に、そのことを聞いて咎めようとか。だから私に対する想いがどうとか。そんな、あなたに対する評価を変えようというつもりはありませんわ」

「はあ」

 怪訝な表情を浮かべるベリエに、ソルは続けた。


「ベリエさんは、過去にお付き合いされた女性から告白されたとき、嬉しかったんですの? それとも、本当は嫌だったりしたんですの? 女性から告白されたとき、殿方はどのように思うのか? それを知りたいんですの」

「そう。ですね」

 思い返すように、しばしベリエは虚空を浮かべた。


「伝え聞いた評判や見た目の問題から、どうしても受け入れられないという人も何人かはいましたけど。お付き合いさせて頂いた人は、多かれ少なかれ、そのときはやはり嬉しかったですね」

「そうなんですの?」

 「ええ」と、ベリエは頷いた。


「想って貰えるというのなら、やはり嬉しいものですよ。それで、だから私もその想いに出来るだけ応えたいとは思っていました。どんな女性なのか、そこまで深くは知らない人ばかりでしたけど。それなら、付き合っていく中で少しずつ理解していけばいいと考えていましたし」

「ベリエさんなりに、誠実にお付き合いしようとはされたんですね?」

「ええ、少なくとも、私なりに精一杯に想おうとしていたつもりです」

 ベリエは自嘲の笑みを浮かべた。


「でも、ダメでしたよ。無理に自分の心を偽ろうとしていたんだと思います。付き合っていた相手に不満があった訳じゃない。ただ、それでも深く想うことが出来なかった。やがて、それが相手にも伝わって、別れに至る。そんなことを繰り返していました」

 ベリエは、小さく嘆息する。


「ただまあ。それでも、こんな私を好きだって言ってくれた人達には感謝しています。相応に傷は負いましたが、やっぱり、好きだと言って貰えると嬉しいんですよ。流石に少し、自重して自分を見つめ直したいとは思っていましたが」

「そうなんですのね」

 なら、セリオがリュンヌに告白したとしても、彼は少なくとも嫌な気持ちにはならなさそうに思える。


「それならもう一つ訊きますけれど。ベリエさんには、過去にお付き合いされた女性達には、本当に不満が無かったんですの?」

 ベリエは押し黙った。


 少し待って、ソルは再び訊いた。

「答えられないんですの?」

 ベリエは頷く。


「はい。不満はありませんでした。それは確かです。けれど、本当に満足していたかというと、そうではなかったと思います。自分でも、理由はよく分からないけれど」

「それは、色々と視え過ぎているからではなくて?」

「と、いいますと?」


「私がどれだけベリエさんのことを知っているかというと、きっとどれほども分かっていないと思います。けれど、それでもあなたが人の心や魂といった、深いところまで視る眼を持っている人間だというのは理解しましたわ。そんな人間が、芸術家などという、美を追い求める真似をしているんですもの。相手に求める理想が、知らないうちにどこまでも高くなっていたのではなくて? それで、お付き合いした女性では物足りないと思うようになってしまったとか。そんなことは、ありませんの?」

 ベリエは苦笑を浮かべる。


「痛いところを突きますね。でも、そうですね。薄々自覚はしていましたが、そうだと思います。私は、自分が何を追い求めているのかもよく分からないままに、ただ際限なく相手に高い理想を求めて、そして勝手に幻滅していた。そんな、未熟な男でした。ソルお嬢様と出会って、それを思い知らされ、自分でも認めることが出来ましたけど」

 しかし、彼の表情は妙に清々しいもののように思えた。彼の中で、心の整理が付いたということ。そんな風に、ソルには思えた。


「なら、もしもですわよ? これまでのあなたのように、心の底からは相手を想うことが出来ない人がいたとして。けれど、そんな人間が仮に誰かと付き合ったとして。それでも、付き合っていくうちに本当に想えるようになるには、どうしたらいいと思いますの? そう、例えば今のあなたなら、過去の自分に言える助言ってありますの? 少しでも、相手が自分を想う気持ちに応えたいという思いがあるのなら」

 ベリエは顎に手を当てて、目を瞑った。深く、考え込む素振りを見せる。

 そして、目を開けて訊いてくる。


「ちょっと気になったのですが。失礼ながら、それはソルお嬢様の話だったりするのでしょうか?」

「違いますわ。生憎、私は相手を想う気持ちというものが、どんなものか知っているつもりですもの」

「そうですか」

 ソルは少し逡巡したが、ベリエに確認する。


「ベリエさん? あなた、口は固い方でして?」

「ええまあ。無闇に秘密を漏らしたりはしない人間のつもりですが」

「本当ですわね?」


「はい。秘密を打ち明けられるという経験も、あまり無いですけど」

「なら、信用しますわよ? もし、秘密を漏らすようなら、このソル=フランシア。決してあなたを容赦しませんわよ?」

「はい。誓って、秘密は漏らしません」

 神妙に、ベリエは頷いた。


「最近、私はリュンヌに告白しようとしている女の子の面倒を見ているんですの」

「へえ? リュンヌ君ってモテるんですか?」

「ええ、そうなのよ。私には、あれの何がいいのかさっぱりですけれどね」

「そうですか? 彼、男の私から見ても格好いいと思いますが?」


「まあ、見てくれはね? でも、中身はとんでもない皮肉屋でしてよ? 主人に対する敬意も足りませんし、子供っぽいところも多いですし。あれを男として見るっていうのは、私には出来ませんわね」

「でも、根は真面目で正義感に溢れている。私には、そんな少年に視えますよ」

 むぅ。と、ソルは唇を尖らせた。


「兎に角、リュンヌは学校の女子達の間でも評判はいい方で、これまでにも色々と言い寄られていますの。なのに、あいつったら誰とも付き合おうとしないんですのよ」

「そうなんですか?」

「ええ。何に拘っているのか知りませんけど。頑なに。誰とも。何を意地を張っているのやらと」

「なるほど」


「痺れを切らした娘達が何人も、何度も私にリュンヌのことを聞きに来たりはするし。もう、いい加減にしなさいっての。だから、本当に彼のことを心から想っている娘に手助けをすることにしました」

「ソルお嬢様から見て、その娘はいい子なのですか?」

「ええ、そりゃもう? あれだけリュンヌのことを想えるというのなら、大したものですわ。あの娘なら、私も安心してリュンヌのことを任せてやれるってものです」

 腕を組み、うんうんと、ソルは大きく頷く。


「ただまあ? それで、仮に上手く二人を付き合わせるところまでやれたとしても? それで交際が長続きしなければ意味が無いじゃありませんこと? だから、ベリエさんに参考になる話は聞けないものかって。そう、考えたんですの」

「ははあ。そういう訳でしたか」

 合点がいったと、ベリエは頷いた。


「ただ、私から言える事って、結局のところはあまりありません。お役に立てず、申し訳ありませんが」

「そう。まあ、それならそれで、仕方ありませんわね」

 元より、過剰に期待していたという訳でもない。だから、ソルは特に落胆もしなかった。


「でも、そうですね。それでも私が何か言えることがあるとしたら。『自分の心を偽ろうとしなくていい』とか『気に病まなくていい』とか、そんな言葉になるでしょうか? それがきっと、伝わると返って相手を苦しめることになるから」

「なるほど」


「あとは、これは相手の女性に伝えておきたかった事になってしまいますが。『ただ、傍にいてくれるだけでいい』『無理はしないで欲しい』って、言いたかったですね」

「どうしてですの?」


「彼女達の望みには応えられなかったけれど、私の中にも、ゆっくりと、確かに彼女らに対する想いは育っていました。たらればを言っても仕方のない話かも知れませんが、彼女らもまた無理に私を振り向かせようと頑張って、疲れるようなことをせずに。ただ、一緒にいてくれれば、それだけで私は彼女らの心が折れるよりも前に、彼女らの想いに応えられるようになっていた。そんな気がしています。もっとも、当時はそんなことも思いつきませんでしたが」

「一緒にいる時間が長ければ、情が湧いてくる。そういう話ですの?」


「ええ、一目で落ちる恋もあれば、長く育む恋もある。そういう事なんでしょうね」

「確かに、そうかも知れませんわね」

 ソルは同意する。

 アプリルに抱いた想い。リオンに抱いた想い。それぞれを思い返せば、ベリエの言うことは分かる気がした。


「ありがとう。参考になりましたわ。お仕事、頑張って下さいまし」

「ええ、お役に立てたようで何よりです」

 踵を返し、ソルは部屋の外へと向かう。


「ソルお嬢様」

「何ですの?」

 不意に呼び止められ、ソルはベリエに視線を向ける。


「あ、いえ。クッキー。ご馳走様でした。美味しかったです」

「そう、ベリエさんのお口に合って、よかったですわ」

 ソルはにこやかに笑顔を浮かべる。一方で、ベリエの返す笑顔は、とても静かで穏やかだった。

すみません。「この異世界によろしく」ともども、都合により来週はお休みします。

場合によっては、再来週もお休みします。

外出などで時間が取れないためですが、それくらいで一山越えると思います。

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