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ソルの恋 -悪役令嬢は乙女ゲー的な世界で愛を知る?-  作者: 漆沢刀也
【第一章:転生編】
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第8話:死に至る意固地

 まさか、神も自分がこうくるとは思わなかっただろう。

 静かに、ただ冷ややかに、ソルはほくそ笑んだ。このまま死ねば、あの忌々しい"裁定を下す者"や神の実験とやらも、台無しということだ。この後に地獄に落とされようが、刹那的な今の愉悦が心地よい。


 暖炉はあるが、それでもまだなお寒さを感じる部屋。

 ベッドの中で無言のまま、天井を眺める。既に日はとっくに落ちている。珍しく吹雪が無い、月明かりが部屋に差し込む。静かな深夜だ。側には誰もいない。

 飲まず、食わず。たったそれを二日繰り返しただけで、病み上がりらしい体は効果的に弱っていった。

 最初は空腹感も喉の渇きもあった、しかし"裁定を下す者"に与えられた責め苦に比べれば、どうということもない代物だ。


 体が弱るにつれて、そんな体の「生きたい」という欲求すら、微弱になってくる。

 この二日。代わる代わる、お見舞いと称して父が来た、母が来た、弟が来た、妹が来た。他の使用人達も、少し様子を見に来た。

 取りあえず、これで屋敷に関わる人間達の顔ぶれは一通り確認したということになる。

 もっとも、それも大して意味が無い話になるのだが。


 何故、何も食べないのか? 何も飲んでくれないのか?

 誰もが、似たようなことを訊いてきた。何度も、何度も。

 しかし、ソルは無表情を返した。心の中で冷笑を浮かべながら。


 目の前に温かな食事を並べられたりもした。香ばしい香りのスープを口先に持ってこられたりもした。

 それでもソルは、口を閉ざした。

 餌付けされる犬扱いされているように感じて、そのような行為には虫酸が走る。


「失礼します」

 唐突に、リュンヌの声が聞こえた。視線を向けると、ベッドの脇に彼が立っていた。どうやら、誰もいないという状況なら、こちらが呼びつけなくても来ることが出来るらしい。

 一人きりになれる時間も終わりかと、鬱陶しさを感じる。

 あと、どうやらこいつは、深夜に娘の寝所を訪れることにすら、抵抗を覚えないようだ。


 彼の手には、スープが入った鍋とパンが置かれた皿があった。それらをテーブル脇のサイドチェストに置いた。

「これは、奥様が作ったものを温めて持ってきました」

 そうか。と、視線だけを彼に向ける。


「やっぱり、食べたくありませんか?」

 ソルは無言を貫く。どいつもこいつも、くどい問い掛けを繰り返すものだ。馬鹿なのかと思う。

「何故ですか?」

 無言を返す。


「ご覧になったでしょう? この屋敷にいる人達、みんなあなたを心配しているんですよ」

 確かに、そんな風に見える顔を浮かべていた。心の中ではどうだか知らないが。

 リュンヌから、小さく嘆息が漏れるのが聞こえた。


「このままだと、本当に死んでしまいますよ?」

「それは、何日後の話?」

 我ながら、声が掠れていると思った。


「僕の見立てでは、あと数日。下手したら明日死んでもおかしくありません。水すら、手を付けていないのですから」

 そうか。と、ソルは微笑んだ。あともう少しで、終わりなのか。あともう少し、頑張れば。

 本当に笑みが浮かんだのか。それをリュンヌが見ることが出来たのかは分からないが。まあ、どうせこの暗さだ、気付くまい。


「何が、あなたをそうさせてしまったのですか?」

 ソルはその問いに、唇を震わせた。答えようかと迷った。

 けれど、無言。


 言っても、どうせ分からない。

 というか、こんな事を訊いてくるということは、こいつは自分のすべてを知っているというわけでもないのかと。そんなことを判断した。


「僕には分かりませんが。ソル様をそうさせてしまった、何かがあるんですね?」

 リュンヌの口から、沈痛な声が漏れるのが聞こえた。

 ソルは目を細める。妙にそれを心地よいと思ってしまった。それだけで、少し報われた気がする。


「仕方ありません。少し、僕から退屈な話をさせて貰います」

 好きにしろと思った。

「昔々、あるところに羊飼いの娘がいました。ある日、娘は、放牧している羊を数えることにしました。羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹、羊が四匹――」

 後は、ひたすら羊の数が増えていくだけだった。


 本当の本当に、つまらない話だ。

 そのうち、数え終わってオチが付くのかと思ったが、そんな様子も無い。

 ソルは、早々に聞き飽きた。


 止めろと言うのすら、もはや億劫だ。

 ただでさえ弱っている体で、今は深夜だ。否応なしに、意識が朦朧としてくる。

 瞼が、重い。

 ほんの少しだけ、目を閉じようか? ああ、ひょっとしたら、それでこのまま、死を迎えて――


「ソル様、失礼します」

 その声に、途切れかけていた意識が一瞬戻る。

 唇を塞がれ、生温いものが口から流れ込んだ気がした。

 そこで、意識を失った。

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