第66話:気になるあの人
それは、学校の昼休みも終わりに差し掛かった頃。
いつもの情報収集を終え、ソルは教室へと向かう。なお、あまり大した情報は得られなかった。
と、教室が間近に見えてきたところで、一人の女生徒が駆け寄ってきた。あまり見ない顔だ。大きな三つ編みを結った、栗色の髪をしている。
「あ、あのっ! 突然失礼します。ソル=フランシア様でお間違いないでしょうか?」
「え、ええ。そうですけれど?」
突然の出来事、そして彼女の必死な形相に、ソルは少し気圧される。
「お願いします。私にソル様と二人きりでお話しする機会を頂けないでしょうか? どうしても、話したいこと。伝えたい想いがあるんです」
「ええと? 待って下さいまし? いきなりそんな事言われても、どういう話なんですの? というか、ここではダメなんですの?」
訊くと、押し掛けてきた少女は顔を赤くした。もじもじと身をよじらせてくる。
「それは、すみません。流石にちょっとここでは恥ずかしいです。人目も多いですし。それに、次の授業まであまり時間もないので、ゆっくりと話は出来ませんから」
「ええ、まあ確かにそうですけれど」
ということは、結構長くなる話ということなのだろうか?
「なら、せめてどのくらいの時間になりそうなのか。どんな用件なのかくらいは教えて下さらない? でないと、答えようがありませんでしてよ?」
「はい。そうですね。すみません。ええと、時間は10分から15分くらいになると思います」
ふむふむと、ソルは頷く。
「用件は。あの、ちょっと。恥ずかしいので、話は後で、そのときにという訳にはいきませんか?」
「そんな事言われましても?」
半眼を浮かべ。なら、この話は無かったことにという気配をソルは滲ませた。
それは流石にマズいと思ったのか、少女は軽く呻く。
「分かりました。ですが、やっぱり恥ずかしいので少しお耳を拝借してもよろしいですか?」
「まあ、よろしくてよ?」
もう既に、このやり取りでそこそこ目立っているような気もするのだが。まあ、このやり取りがそこまで他人に注目されているかというと、そんなことはないだろう。気にしすぎるのは自意識過剰に思える。
耳を向けると、彼女は唇を寄せてきた。
"恋愛ごとについての話です"
その一言で、ソルは理解した。何故そんなに隠そうとしているのかと。
彼女に配慮して、ソルも声を潜める。
「分かりましたわ。それで? 場所と時間はどうするんですの?」
「はい、南校舎の裏にある大きな樹で。今日の放課後にお願いします」
「えっ!?」
ソルは目を丸くした。
ちょっと待って? そこって?
と、そこで次の授業が始まる鐘が校舎に鳴り響く。
呼び止める隙も無く、「では、お願いします」と言い残して少女はソルの元から駆け出していった。あっという間に遠離っていく彼女の背中を見送りながら、ソルは呻いた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
最大限に警戒しながら、ソルは南校舎近くにある大樹へと向かった。アプリルが気になった頃に知ったが、告白の聖樹として噂になっている場所である。
思い返すと、あの少女は妙に熱っぽい視線を浮かべていたように思う。伝えたい想いがあるとも言っていた。そして、用件は恋の話だという。
嫌な予感がしてならない。決して、自分にはそっちの性癖は無いのだから。
「ま、まあ。もしそうだとしても、きっぱりと断ればいいだけですわ。ええ、そうでしてよ」
何度も頷きながら、ソルは自分に言い聞かせる。それに、迎えの馬車が来る時間を考えても、長居を断るのに十分な理由だってあるのだ。
大樹に着くと、少女は既に待っていた。
「ああっ。ソル様。本当に来て下さったんですね。有り難うございます」
胸の前で手を組んで、うっとりとした視線を少女はソルに向けてきた。その視線に、ソルは背中がむず痒くなる気がした。
「ええ、来てあげましたわよ。それで? いったいどういう事ですの? それと、あなたは誰ですの?」
「そうでした。私ったら、自己紹介もまだでした。すみません。大変失礼致しました。私は一年のセリオ=リンフといいます。この町にある小さなパン屋の娘です」
なるほど。道理でその顔に覚えが無いのだとソルは納得した。学年が違おうと、有力者に連なりそうな人間のチェックは怠っていない。しかしそれでも、やはり学年が違えば影響力は小さいと判断するし、その上ただのパン屋の娘となるとなおさらチェック対象からは外れる。
「それでその。ソル様にお話ししたいことなのですが」
俯いて、少女は息を整える。
「こんな事、突然言われてもソル様も困ってしまうとは思います」
ごくりと、ソルは唾を飲んだ。
「ですが、もう私、我慢出来ないんです。そのお姿を遠くから見掛けるだけで、胸が張り裂けそうになってしまうんです。私なんかが告白しようとか、大それた事かも知れないって分かってますっ! でもっ!」
ソルは声を失った。
予想はしていた。しかし、本気で予想通りなことを言ってくるとは信じたくなかった。
一瞬、気が遠くなる。
しかし、すぐに我を取り戻した。咳払いする。
「そ、そうですの。それは、その。そういう想いの苦しさについては、私も分からない訳ではありませんわ」
「はい。本当にもう、苦しくて仕方ないんですっ!」
「ですけれど、私も。ええと? 力になれるかっていうと、なかなかそういう訳にも?」
きっぱりと断らなければいけない。そう思いつつも、思っていたようには拒絶の言葉が出てこない。声が上擦って、うまく言葉にならない。
「お願いしますっ!」
「ひっ!?」
突如として、セリオはソルの胸に飛び込んできた。引きはがそうと思うが、体が強張って腕が動かない。逃げなきゃと思うが、脚も動かない。
セリオがソルの胸元から、顔を寄せてくる。潤んだ瞳が、ソルを射貫いた。
ドキドキと激しくソルの心臓が高鳴る。
こうしてよく見ると、この娘も可愛らしい姿をしているのだ。素朴な清楚さとでも言うのだろうか? あと、小動物的で庇護欲を掻き立てられるような雰囲気を漂わせている。
こう、思わず抱き締めてしまいたくなりそうな?
だが、ソルはあぅあぅと呻く。
違う。この胸のドキドキは、恐怖。そう、恐怖でしてよ? 決して、ときめきとかそういうものではないんですのよ? 私は、決してちょっと告白されたくらいで誰にでも靡くような、そんな安い女ではなくってよ?
「私、好きなんです。本当に、どうしようもないほどに」
甘く、切ない声がセリオの小さな唇から漏れた。
密着し、伝わってくる彼女の温もりをどうしようもなくソルは意識してしまう。
「だから、お願いします」
「何を? ですの?」
「助けてえ! リュンヌぅ!」と、ソルは心の中で叫んだ。流石に、思っただけで来てくれるほど便利な存在だとは思っていないが。
"リュンヌさんのこと、教えて下さいっ!"
そう、真剣な声でセリオは告白してきた。
途端、ソルは我に返った。半眼を浮かべる。
要するに、彼女もまたリュンヌに懸想していたのだと、理解する。
紛らわしいですわっ!
リュンヌ「ジャンル、変えさせて頂きます?」
ソル「止めなさい。色々な人達に怒られそうですから」
ソル「私はそんな、チョロインではなくってよっ!」
リュンヌ「えっ!?」
ソル「シャオオオオォォォ~~っ!(南〇水〇拳の構え)」




