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ソルの恋 -悪役令嬢は乙女ゲー的な世界で愛を知る?-  作者: 漆沢刀也
【第四章:肖像画家編】
71/189

第61話:バラを見詰めて

2025/09/13

挿絵を入れました。

 ソルは庭園の片隅で、無表情にバラを見ていた。

 ティリアはバラも育てているのだが、なかなかに上手く育てていると思う。深紅のバラがまばらに開花し始めていた。

 前世で過ごした城の庭園でもバラは育てられていた。それに比べると随分と見劣りするとは思うが。そこは、本職の庭師の仕事が如何に優れていたのかという話だろう。


挿絵(By みてみん)


 先日に、ベリエと会話したときのことを思い出す。

 最初のうちこそ、ぎこちなかったが、話し始めると彼も緊張が解けたのだろう。彼本来の姿が見えてきたというか、軽やかな口調で話すようになってきた。

 それに引っ張られるような形で、ソルも和やかに会話が出来たと思う。


 たったそれだけで惚れるとか、そんな気はさらさら無いと自覚しているが、思いの外楽しい時間ではあったと思う。

 けれど、それ以上に気付かされたものがある。


「本当に、私のことをよく見ていますのね」

 溜息交じりに、ソルは呟いた。

 彼との会話を通して、自分という女が何に憧れ、何を大事に想い。そして何を恐れているのかがよく分かった。

 前世の身分がそうさせたというのはあるだろう。しかし、常に気高くあろうと思っていた。それだけは、決して失うまいと。


 では、気高いとは何か?

 我こそは高貴な身分であるぞと他者を見下し、ふんぞり返って生きることか? 教養や礼儀作法はそんなことを目的に身に付けてきたのか?

 違うと思う。

 そんな生き方は醜く、浅ましいと思う。そんな連中を心底軽蔑していたし、見返したかった。何故なら、自分の敵となった者達は、そんな連中ばかりだったから。


 なら、自分はどうだというのか?

 嫉妬に狂い、己の幸せのために多くの女を陥れ、殺してきた女だ。そんな、醜い罪に塗れた女だ。

 必死だった。ほんの少しでも幸せになりたかった。愛されたかった。それだけだった。それだけのために罪を重ねた。その結果、自分が侮蔑する連中以下の存在に成り下がった。

 本当に、何を今更だと思う。今更そんな風に思ったところで、前世の罪が消えるとでもいうのか? 覚悟してやったことでは無かったのか?


 "裁定を下す者"によって、相応の苦痛は与えられた。だから、自分の罪は許されるとでも?

 結局は、これこそが"裁定を下す者"の狙いだったのだろう。こうして自分の罪を自覚し、その重さに苦しみ悩む方が、人の在り方としてはよっぽど真っ当に思える。

 ソルは歯がみした。

 だが、こんな感情、いっそのこと理解出来ないまま、狂っていた方がよかった。理解することが、こんなにも苦しむことに繋がるというのなら。


 バラに憧れる。何故なら、気高く美しいから。

 バラに嫉妬する。何故なら、棘を持っていても愛されるから。

 でも、自分はバラではない。どちらかというと、牙を隠さなければ恐れられ、派手な柄で相手を威嚇する醜い毒蛇だ。


 今生の家族が見ているのはソルという愛らしい娘であって、自分ではない。一度自分の本性が暴かれることがあれば、彼らもまた離れていくのだろう。

 離れていって欲しくはない。生まれ変わって、ほんの一年と少しの付き合いだが、いつしか彼らが掛け替えのない存在になっていた。だから、自分はこのまま牙を隠して生き続けることしか出来ない。


「そう。誰も、本当の私を愛してなんてくれないのよ」

 ソルは自嘲し、呟いた。

 人は変われる? 成長できる? 確かにそういう面もあるだろう。

 しかし、育ってしまった牙を折ることも、今更罪を無かったことも出来ない。それをすれば、ここまでの自分の歩みを否定することになる。自分というものが、何も残らないものになってしまう。


 ソルは嘆息した。

 軽く首を曲げて、振り返る。


「いつまでそうして、私を見ているつもりですの? 何か、御用でもありまして?」

 ソルの視線の先で、ベリエが立っていた。気まずそうな表情を浮かべている。

 これでも、人の気配には敏感なつもりだ。いくら足音を消して近付こうと、暗殺者でもないただの画家の気配など、いくらでも気付けるというものだ。


「申し訳ございません。お気に障りましたでしょうか?」

「いいえ別に?」

 笑みとは裏腹に、ソルは胸中で告げる。目障りだと。


「ただ、何か私に言いたげでしたから?」

 そう言うと、観念したようにベリエは苦笑を浮かべ、こちらに近付いてきた。

「失礼しました。ただ、少しソルお嬢様が物憂げに見えたもので。それが気になってしまったものの。どうすればよいのか分からず、立ち尽くしていました」

「そう」

 努めて感情を込めずに相づちを打つが。それがかえって、我ながら冷たい響きに聞こえた。


 意を決したように、ベリエが息を飲む。

「ソルお嬢様。僭越ではありますが、もしや何か悩んでいることでもお有りなのでしょうか? であれば、私でよければ、お話し頂けないでしょうか? 必ずやお力になれるなどと自惚れる気はありません。ですが、胸に抱えているものがあるなら、話すだけでも少しは気分が軽くなるものもあるでしょう」

 真摯に、真っ直ぐにベリエはソルを見詰めてくる。


 濁りの無い、くり抜いてやりたいほどに美しい瞳だとソルは思った。この瞳には、いったい自分はどう映っていることやら。

 ソルは小さく、唇を歪めた。

 言葉は穏やかだが、彼の瞳には揺るぎない思いが見て取れた。「何でもない」と言ったところで、しつこく食い下がってくるだけだろう。

 そう判断し、ソルは諦めた。適当に、嘘でも本当でもない答えを用意する。


「少し、恐くなっただけですわ」

「何をですか?」

「私をベリエさんがどう描いて。それが王都の人達にはどう映って。果たして、本当にお父様やお母様の期待に応えられるような殿方に見初めて貰えるのか? 期待を裏切ってしまわないか? もし、見初められるというのなら、それはどんな殿方なのか? そんなことを少し思っただけですわ」

 そう伝えると、ベリエの表情が陰った。


「ごめんなさい。決して、そんなつもりはないんですの。でも、ベリエさんにしてみれば、心外な話ですわね。こんな話、ベリエさんを信じていないっているようなものですもの」

「いいえ、そんなことは決して」

 ベリエは首を横に振った。


「ですが、ソルお嬢様が抱える苦しみは、ほんの幾ばくかは分かったような気がします。それは、本当にお辛い思いだと思います」

 ソルは何も答えない。

 そう易々と、他人の心の苦しみなど分かるものかと。


「ソルお嬢様」

「何ですの?」

「ソルお嬢様が心配されているようなことには、させません。私は、あなたにそんな思いをして欲しくない。必ず、最高の絵を描いて、そんな不安からあなたを解き放ってみせます」

 ソルは優しく、微笑みを返す。


「そう? ありがとう。そう言って貰えると嬉しいですわ。期待しています。頑張って下さい」

「はい」

 ベリエは頷き、踵を返す。

 遠離って行く彼の背中を眺めながら、ソルは、冷笑を浮かべた。

 随分とまた、大した自信だこと。絵の腕は認めますわ。ですが、大言壮語が過ぎるのではなくて?

これを書いている人。あまりのクサさに、悶絶中。

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