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ソルの恋 -悪役令嬢は乙女ゲー的な世界で愛を知る?-  作者: 漆沢刀也
【第四章:肖像画家編】
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第59話:進捗どうですか?

 ベリエが屋敷にやって来て、もうじき一ヶ月が経とうとしている。

 こういう肖像画家の仕事というものが、どの程度の速さで行われるものなのか、その詳細をソルは知らない。だが、概ね数週間から数ヶ月といったところだと、聞いたことがある。


 ならば、そろそろベリエから、どの程度まで仕事が進んでいるのか、そういった報告や出来映えの確認といったものもあるだろうと思っていた。

 しかし、一向にその気配は無かった。


 エトゥルやティリアも、その点は気になっているのか、それとなく伺っては見ているらしい。それでも、彼は曖昧に口を濁すばかりだという。その口ぶりから、まず間違いなく仕事はしているようだが。

 何分、それも実物を見せて貰ってはいない以上、信用するのも限度があるというものだ。


 彼の行動には、不可解な点が多い。遠くからソルの様子を伺っている事が多い。その視線そのものはソルも気付いているし、理由も伝えられているので、さして気にはしていない。行動に支障が出るものでも無いから。

 ただ、そうやって見ている時間は結構多いのではないかと思う。その分、絵を描く時間に割り当てた方が有意義なのではないかと。


 また、彼に支払う報酬や契約は請負契約の形を取っている。

 仕事場兼寝床という形で、部屋は用意しているが、食事などは出していない。なので、食費といった滞在費用はベリエが支払うことになっている。

 前金だけで、ここと王都への旅費や1~2か月程度の滞在費に相当する額は払っているが、完成が遅くなればなるほど、彼の懐に入る利益は少なくなる。そして、報酬が手に入っていない以上、彼の懐事情もまた厳しいものとなる。


 なので、納品は速ければ速いほど、彼にとっては得なわけだ。無論、それで粗悪な質の仕事を納めたとあれば、今後の仕事にも悪影響を及ぼすので、そこは匙加減の問題だが。

 そして、もしもこのまま仕事を納められないなどということになれば、それこそ彼の信用は失墜し、二度とこのような仕事を請けることは出来なくなるだろう。だから、それだけは流石に無いと思うのだが。


「――と、いうわけでベリエに確認しにいきますわよ」

「何がという訳なんですか。しかも、僕の木剣まで持ち出して」

 ベリエ用にあてがわれた部屋から少し離れたところで、ソルはリュンヌを呼び出した。


「本当にこの数週間、何も仕事をしていないとなったら、とっちめるためですわ。その場合、腕の一本も折れば、真面目に仕事するでしょ」

「止めて下さい。それこそ彼の仕事に差し支えるでしょうが」

 リュンヌが半眼を浮かべてくる。


「それに、ソル様って剣は使えないでしょう?」

「リオンと会っていた頃、少しだけ教わりましたわ。これでも、筋がいいって褒められたんですのよ?」

 そう言って、得意げにソルは胸を反らすが。

 リュンヌは遠い目を浮かべた。


「ああ、そういえばそんな惚気もありましたね。見え透いたお世辞を本気にするとか、随分とまあ素直なことですね」

「何よ?」

 むっ、とソルは唇を尖らせた。


 「見てなさい」とソルは木剣を鞘から抜いた。鞘は脇に置く。

 リオンから学んだことを思い出しながら、構える。決して広いとは言えない廊下だが、大きく動かなければ剣を振り下ろすくらいのスペースはある。


「ふっ」

 鋭く息を吐いて、ソルは木剣を振り下ろした。小さいが、風を切る音が切っ先から鳴るのが聞こえる。リオンに教えて貰ったときに比べれば鈍く感じるが、上々だろう。

 にやりとソルは唇を歪める。


 しかし、リュンヌは小馬鹿にしたように「へっ」と嘲笑ってきた。「貸してみろ」と、手招きしてくる。

 憮然としながら、ソルは木剣をリュンヌに渡した。

 リュンヌは木剣を受け取り、正眼に構えて。


 次の瞬間、リュンヌはソルとは比べものにならないほどに鋭く息を吐き、剣を振り下ろし、風切り音を鳴らした。こんなの、まるで――。

 ソルは、以前に愛した男の姿を思い出した。


「生兵法は怪我の元ですよ」

 何事も無かったかのように構えを解いて。リュンヌは呆気にとられるソルの前で鞘を拾い、木剣を納めた。

「でもまあ、一つ訂正します」

「何をですの?」


「ソル様の筋が悪くないっていう話です。素人の振りにしては、悪くなかったと思います。それに、リオンの性格も考えてみれば、彼はそんなおべっかを言えるような男ではありませんでしたね」

「そ、そうよね?」

 リュンヌは頷いた。


「そうですね。真面目に練習をサボらず、あと数年も続ければ結構良いところまでいけるのでは?」

 それを聞いて、ソルは半眼を浮かべた。

 そこまでのめり込む気になれるかというと、無理な気がした。


「流石にそれは、止めておきますわ」

「それが賢明だと思います」

 そう言って、リュンヌは苦笑を浮かべた。


「取りあえず、ベリエの仕事の進捗を確認したいというのなら、お付き合いしますよ。無いと思いますが、荒事が必要なら、そのときは僕に任せて下さい。ソル様が手を汚す必要はありません」

「え、ええ」

 リュンヌに先導される形で、ソルはベリエへの部屋へと向かった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 ソルはその部屋の様子に、唖然とした。隣に立つリュンヌからも、同じような気配を感じる。

 ベリエの部屋には、まさしく強襲した。

 ソルがノックして声をかけ、ベリエが僅かに扉を開いた瞬間に、僅かな隙間からリュンヌが木剣を差し込み、テコの原理で無理矢理にこじ開けたのだった。


 驚いたベリエに構うことなく、彼女らはそのまま部屋の中へと雪崩れ込んだ。

 そして、今に至る。

 部屋の中は、ソルを描いた絵があちこちに散乱していた。大半がスケッチではあるが、いったい何十枚の絵を描いたというのか。いくつか、キャンバスに本格的に描こうとしたものもある。


「これは一体、どういうことですの?」

 床にへたり込んで項垂れるベリエに、ソルは訊いた。

 大量に描かれた自分の絵を眺める。どれもこれも、かなり真剣に描かれたように思える。そんな熱をソルは感じた。

 イーゼルに置かれたキャンバスにも目を向ける。着色こそされていないが、素晴らしい出来上がりを予感させるものだ。


「申し訳ございません」

「謝罪は結構ですわ。どういうことなのか、まずは説明をなさい」

「はい」

 大きく、悔しげにベリエは嘆息した。


「描けないんです」

「描けない?」

 ベリエは頷いた。

 この男は一体何を言っているのだろう? こんなにも沢山、自分の絵を描いているのいうのに。ソルには、訳が分からなかった。


「何をどのように描いても。そうじゃない、ソルお嬢様はこうじゃないんだって、私の絵描きとしての何かが訴えかけてくるんです。それで、どう描けばいいのか悩んでいるのです」

 その言葉が嘘じゃないことはソルにも理解出来た。でなければ、こうも大量に、この男の試行錯誤の結果なのだろう。絵の山が出来上がるということは有り得まい。


「申し訳ございません。この命に懸けて、画家としての誇りに懸けて、必ずソルお嬢様の絵は完成させます。時間は掛かるかも知れませんが、もうしばらくお待ち頂けないでしょうか?」

「それは、私は別に構いませんけれど。あと、お父様達が了承するのなら」

 しかし、それでも懸念は残る。


「けれど、あなたの滞在費は大丈夫でして? 赤字になっては、元も子もありませんわよ?」

 訊くと、ベリエは深く頷く。

「それは、覚悟の上です。追加で報酬を請求しようなどとは、毛頭考えておりません」

 揺るぎない決意を固めた声色で、彼はそう答えてきた。責任感があるのは、いいことだとは思うのだが。本当にそれでいいのかというと、ソルには納得のいかない思いも湧く。


「ひょっとしてですが。ベリエさんが描けないのは、ソル様の心や魂が分からないから。それをどう筆で表現すればよいのか分からない。そういうことでしょうか?」

「私の魂?」

 リュンヌに訊く。


「以前に、ちょっとベリエさんと立ち話をしたことがあるんですよ。何でも、絵を描くときにはその人の魂までも視て、それを描き、作品に魂を込めるんだとか」

「へえ」

 これも、芸術家としてのこだわりというものなのだろうか。ソルにはよく分からなかったが。


 自分に対して、それだけの情熱や拘りを持って仕事に取り組んで貰えているというのは、悪い気はしないのだが。

 躊躇いがちに、ベリエは口を開いた。


「そう、ですね。リュンヌの言う通りです。どう描こうとしても、なんだかソル様の内と外がちぐはぐになってしまうように感じて。そうやって描いた絵では、見る人にソル様の本当の魅力というものが伝わらない。そんな風に思えてしまって。描けないのです」

 ソルは、小さく息を飲んだ。

 ひた隠しに隠していたものを暴き立てられたような、そんな恐怖だ。


「それでは、今度は見ているだけではなく、直にソル様と接してみては如何です? 一緒に出かけてみるとか、お話ししてみるとか」

「ちょっとっ!? リュンヌ? 何を勝手に――」

 と、ソルは呻いた。ベリエから、必死で懇願するような視線が突き刺さってくる。


「分かりましたわよ、好きになさい」

 しばし迷ったものの。断る理由が思い浮かばない。

 軽く嘆息して、ソルは了承した。

進捗どうですか?

人って、どうして締め切りぎりぎりまで動けないんでしょうね?

脳内でソルちゃんが「あなたに計画性が無いだけでしょ」と冷たい目で見てますけど。

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