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ソルの恋 -悪役令嬢は乙女ゲー的な世界で愛を知る?-  作者: 漆沢刀也
【第四章:肖像画家編】
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第58話:彼女を見る男達

 その日、ソルとの視察と薬草採集から屋敷に帰り。彼女と別れ自室に向かおうとしたところで、リュンヌはベリエに呼び止められた。


「すみません。ちょっと、いいでしょうか?」

「はい、僕に何か?」

 ベリエを見ると、彼は神妙な表情を浮かべていた。


「はい。リュンヌさんに、少し訊きたいことがあるんです」

「はあ」

 何の用かと、リュンヌは首を傾げた。

 それはともかく――。


「それは構いませんけど。僕のことはリュンヌと呼び捨てでいいですよ? 言葉遣いも、変に畏まらなくて大丈夫です。僕は、単なる使用人で。出自も、運良くここで育てて頂いて貰っているだけの孤児ですから。年齢もベリエさんよりは下ですし」

「そう? そう言って貰えると、助かるよ。実を言うと、私も貴人との接し方というのは慣れていなくてね。仕事を経験していくうちに、慣れていければと思っているんだけれど」

 そう言って、ベリエは苦笑を浮かべた。

 リュンヌも、笑みを返す。変に気を遣われるよりは、こっちの方が気が楽だ。


「それじゃあリュンヌ? 改めて訊きたいんだけれど。君は、いつもソルお嬢様と一緒にいるよね?」

「いつもではないですよ? まあ、何かと便利に扱き使われているのは否定しませんけど」

 リュンヌは微苦笑を浮かべた。


「それでも、あの人と一緒にいる時間は多いんじゃないかな? 今日も、二人で外出していたという話だし」

「ええ。お嬢様がやられている投資関係の為の視察と、薬草採集。その護衛のためにですけどね」

 リュンヌは半眼を浮かべた。


「まさかと思いますけど。僕とお嬢様の関係を何か疑ってます? 断じて、それだけは無いって否定させて貰いますけど?」

「いやすまない。そんなつもりで言ったわけじゃないんだ」

 とんでもないと、ベリエは首を横に振った。


「私が訊きたいのは、そんな話じゃないんだ。単に、君から見て最近のソルお嬢様の変化っていうのかな? そういうのに思い当たる節が無いかなって、そう思ったんだ」

「ソルお嬢様の変化?」

 はて? と、リュンヌは記憶を探るが。


「すみません。ベリエさんが何を言っているのか、僕にはさっぱりです。僕には、ソルお嬢様はこれまで通り、何も変わっていないように見えますが?」

「そうかい? じゃあ、お嬢様に何か特別、大きな出来事っていうのも無かったっていうこと?」

 リュンヌは首肯した。


「ありませんよ? あくまでも、僕の知り得る限りの範囲でしかないですけど。強いて言うなら、ベリエさんが肖像画を書くためにこちらに来たっていうことくらいでしょうか? 大きな変化って」

「そうか」

 しかし、ベリエは顎に手を当てて首を捻る。納得がいっていないという態度だ。


「そういう事を訊いていくるっていうことは、逆にベリエさんから見て、ソルお嬢様に何かがあったように見えている。そういうことですか?」

「まあね。とは言っても、上手く説明のしようがない話なんだけれど」

 そう言って、ベリエは頭を掻いた。


「少し話が逸れるし、話半分に聞いて貰って欲しいんだけれど。母の家系が代々占い師をやっていたせいか、彼女らが言うには霊感というか、霊視というか。そういう感覚が私にも少し宿っているらしいんだ。生憎と、本当に幽霊だとかを視た経験は無いけどね」

「なるほど」

 ベリエはそう言ったが、リュンヌは聞き流す気にはなれなかった。


 実際の占い師の仕事というものがどのようなものかは知らない。けれど、大凡ほとんど認識出来ないような、僅かな変化から心の機微や気配を探る。そういった感覚が極限にまで鋭いものを持っているというのなら、それはもはや人の域を超えた特殊能力だろう。

 そんな感覚をベリエは母親から受け継いだ。そう、リュンヌは解釈した。


「そのせいかな? 私は絵を描くときは相手の内面までも視て、それを描写しようと心がけている。単に見た目だけが精密というだけでは意味がない。その人の内面、魂まで描いて、それが伝わってこそ。絵には魂が宿ると思っているんだ」

「それはつまり、ソルお嬢様の内面についても視ている。そう言っているということですか?」

 ベリエは頷いた。


「あくまでも遠目から、お嬢様の様子を眺めるに留めているけどね。絵を描くのに、お嬢様の色々な面を視させて貰ってる」

「それで、今のベリエさんからはソルお嬢様がどのように視えているんですか?」

 リュンヌの問いに、ベリエは口籠もる。

 数秒後、軽く嘆息して、彼は口を開いた。


「何でだろうね? どこか、怯えている子供のように視えるんだ。何か、どうしようもない何かに怯えて、恐がって、泣き出しそうな。そんな小さな女の子のように視える」

「そうなんですか?」


「うん。特にご家族と一緒にいるときは、特にそんな風に思える。彼らのことを嫌っているとか、そういうのではないんだけれど。表面上は、本当に普通の仲睦まじい家族の様子にしか見えない。ご家族も、お嬢様に対して何か含むところがあるようには視えない。でも、だからこそ私にはどうしてそんな風に視えてしまうのか、不思議でならないんだ」

「少し、ソル様が心の中で壁を作っているような。そんな感じでしょうか?」

「うん。そうだね。そう言った方が分かりやすいかも知れない」


 しばし沈黙し、リュンヌは嘆息した。

「本当に、ベリエさんはよく見ていますね」

「じゃあ?」

「ああいえ? 僕も言われて、今初めて気付きましたよ。はっきりとは、僕にも分かりません。ましてや何が切っ掛けだったかなんて、見当も付きません。ですが、最近のソル様のご家族に対する接し方は、ほんの少しだけ、空気が以前と違っているような。思い返すと、そんなものも感じます。どこがそうかとは、僕にも上手く説明出来ませんが」


 強いて挙げるのなら、彼らと話しているとき、笑っているのに笑っていない。何かを頼むのにも遠慮がちになっている。そんな風にも思えるかどうかといった程度だ。声色とか、目付きとか。返事をするまでの間とか。そういうものが。


「そうか。でも、君にも心当たりは無いのか」

 ベリエは肩を落とした。

「すみません。お力になれなくて」


「いや。いいんだ。私としてもひょっとしたらという程度の思いで訊いた感じだから。むしろ、私の感覚が狂っていた訳じゃないと知って、ほっとしたくらいだよ。私が言ったことも、真面目に聞いてくれて嬉しかったし」

「そう言って貰えると、僕としても力になれてよかったと思います」

 ベリエは小さく笑みを浮かべた。


「でも、リュンヌも、よくソルお嬢様の事を見ているんだね。こういう話に気付くくらいに」

「まあ、何だかんだでよく付き合わされていますから」

「そうだね」

 と、ベリエは目を細めてきた。


「あのさ、リュンヌ? 私から君に、もう一つ言いたいことがあるんだ」

「なんです?」

「気分を害したらすまない。君とソルお嬢様の関係が、そういうものではないっていうのは、よく分かっているつもりだよ。それでも、君とソルお嬢様の間には、何か特別なものがあるんじゃないか? そんな風に視えるんだ」


 静かな口調で言ってくるベリエの瞳をリュンヌは見返す。

 彼の瞳は、どこまでも深く、こちらの心の奥底まで見通すような。そんな澄んだ瞳だった。人によっては、この瞳を直視することを心の底から恐れるのではないかと思ってしまうくらいに。


「何故、そんな風に思うんです?」

 訊くと、ベリエは微苦笑を浮かべた。

「そうだね。ソルお嬢様が、君といるときだけは。少し怯えを忘れ、最初に会ったときの通りの態度を見せているから。かな? まあ、だからこそ、ある意味では、君がソルお嬢様の変化に気付けなかったのも無理はないと思ったんだけど」


「はあ、そうですか」

「これも、話半分に聞いて欲しいんだけど。ひょっとしたら、君とソルお嬢様との間には、前世か何かで深い縁でもあったのかも知れないね」

「まさか。そんなことは、無いですよ」

 やれやれと、リュンヌは肩を竦めた。

 そんなリュンヌを見て、ベリエは何か言いたげに。でも何をどう言えば良いのか言葉が見付からないと言った感じで、曖昧に笑みを浮かべてくるが。


「それじゃあ、僕はまだ仕事があるので。これで失礼します。ベリエさんも、お仕事頑張って下さい」

「あ、うん」

 と、リュンヌは片手を挙げて、踵を返した。逃げ出したかのように思われるかなと、少し考えたが。

ソル「リュンヌ。お茶」

リュンヌ「はい」

ソル「リュンヌ。お菓子」

リュンヌ「はい」

ソル「リュンヌ。お金貸しなさい。今度の投資が終わったら返しますわ」

リュンヌ「……はい」

ソル「リュンヌ。情報収集の報告」

リュンヌ「はい」

リュンヌ「(……どこが怯えている子供なんだか?)」

ソル「何か思いまして?(引っ掻く構え)」

リュンヌ「イイエナニモ?」

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