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ソルの恋 -悪役令嬢は乙女ゲー的な世界で愛を知る?-  作者: 漆沢刀也
【第四章:肖像画家編】
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第57話:悪夢

 こんなはずではなかった。

 ソルは絶望にうちひしがれていた。


 肖像画は無事に完成し、王都に送った。

 けれど、どれだけ待とうとソルに対し、結婚相手として考えようという。そんな申し出をしてくる男は現れなかった。


 元々、過剰な期待は出来ないものだったとは、理屈では分かる。

 しかし、大金を出して結果がこれという状況に、日に日に家族の目が冷たいものへと変わっていった。


 エトゥルは事あるごとにこの結果に愚痴を言っては溜息や舌打ちを見せるようになった。

 ティリアはそんなエトゥルを宥めるだけで、ソルには何も言わない。

 ユテルは工作用の資金を無心するばかり。

 ヴィエルは以前のように遊んでくれなくなった。事あるごとに「いつ結婚するの?」「早くいい人が現れたらいいね」と、薄ら笑いを浮かべて嫌みを言ってくる。


 居心地が悪い。こんな家、早く出て行ってしまいたいくらいに。

 部屋に閉じこもっていると、不意に戸が開いた。


「喜べソル。お前を迎えたいという方が現れたぞ」

「えっ!?」

 思わずソルは、エトゥルの声に椅子から立ち上がった。

 上機嫌でエトゥルが笑みを浮かべている。彼のこんな顔は、久しぶりに見たかも知れない。


「さあ、こちらに」

 父の声によって一人の男が入ってきた。

「ソル。こちらが、お前を見初めた――様だ。さあ、ご挨拶を」

 その男の姿を見た瞬間。ソルは思わず息を飲んだ。


 その男は、大きく腹が出ていて、頭髪も薄く、豚と蛙を足して割ったような姿をしていた。年齢も、エトゥルと同じか、あるいは更にそれよりも上だろう。

 立派な服は着ているが。「ぐへへ」と汚らしい感情による笑みを隠そうともしていない。粘っこい視線に、ソルの背筋に怖気が走る。

 一歩、また一歩と近寄ってくるその男に、ソルは後ずさりする。


「い、嫌。嫌。来ないで」

 必死で首を横に振る。

「お願い。お父様。こんな話は嫌ですわ」

 懇願する。


「あ?」

 途端、くしゃりとエトゥルの顔が不機嫌に歪んだ。

「お前という奴はっ! ――様に何という無礼な態度をっ! 謝れっ! この馬鹿娘がっ!」

 一瞬、ソルの頭が白くなる。

 いつからだ? いつから、どうしてエトゥルがこんな事を自分に言うようになったというのか?


「そうよソル。そんなことは言うものじゃないわ。こういうのは、付き合ってみないと分からないものよ」

「お母様」

 ティリアも部屋に入ってくる。


「――様ったら、ソルを20番目の側室として迎えたいんですって。何でも、毎晩5人の側室を相手にするそうよ。逞しいわ」

 そう言って、ティリアは口元に手を当て、くすくすと笑った。


「だから、女の子の扱いにも手慣れているそうよ。案外と、ソルも一度――様を受け入れたら、もう二度と離れられなくなるかも知れないわよ?」

「なっ!?」

 あまりにも破廉恥なその言葉に、羞恥と怒りで顔が熱くなった。

 いくら何でも――もう限界だ。


「お父様。お母様。それが、それが実の娘に言う言葉ですのっ!?」

 絶叫する。

 一瞬、彼らの動きが止まった。


「……はっ? はっはっはっ! 娘? 娘かあ?」

「それも、『実の』? 笑える話よねえ」

 これは傑作だ。最高の冗談だと言わんばかりにエトゥルとティリアが笑い狂う。


"俺達は、知っているんだよ?"


 冷たい声と眼差しで、エトゥルが言ってくる。

「何をですの?」


"あなたの、前世のことよ?"


 ソルは声を失った。

 ぐにゃりと視界が歪む。


「いやはや、こんなにも残酷で最悪な真似をしてきた女が、僕達の娘だなんてねえ」

「そんな女が、優しくされたいのかしら? お笑い種よねえ」

「まあでも、美しく育ってよかったじゃないか」

「そうそう。――様にたっぷりとご奉仕して、女の悦びってものを教えて貰いなさい。きっと、それがソルに相応しい幸せだから」


 そんな声を聞きながら。

 そうか、そうか。つまりは全部、そういうことかと。ソルは頭の中が急速に冷静さを取り戻していくのを実感した。昔の自分を取り戻していく。

 ここにいるのはソル=フランシアではない。残酷で血も涙も無い、他人を踏み潰すことに悦びを感じる、ただの悪女だ。


 そして、目の前にいるのは家族でも恋人でもない。ただのゴミだ。

 すぅっと、ソルの目が細められた。

 さて、まずは目の前のこの豚ガエルだけど。どのように始末しようかしら?


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 目が覚めた。

「――っはっ!? はぁ、はぁ」

 息を飲んで、周囲を見渡す。

 音も光も無い静寂と、いつの間にか慣れ親しんだ寝台の温もりが、ソルを包み込んでいた。


 上半身を起こし、膨れあがった殺意を抑え込むように、ソルは自分の体を抱く。

「何を今さら――」

 生々しく蘇る悪夢の余韻に、ソルは身を震わせた。

ソル「夢オチなんてサイテー」

リュンヌ「爆発オチよりはマシでは?」

ソル「どっちもどっちですわ」

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