第55話:私が好きになった人
そもそも、考えて見れば、自分はどんな男が好きなのだろうか?
リュンヌを帰し、寝台に潜り込んでソルは考える。
有能な人物は好き。だが、それは恋愛感情の好きとは違う。そこから、繋がっていくものはあったかも知れないが。
強いて言えば、努力家で誠実で、そんな男が好きなようには思う。
だから、夢に向かってひたむきに生きるアプリルやリオンに惹かれた。そんな気がする。
あと一人、過去に想った男がいる。今でも、思い出すと胸が痛むが。
前世で自分を殺した王子。
どこに惹かれたのか? そこに、全く地位や財産を意識しなかったと言えば嘘になるかも知れない。けれど、それを目的に近付いた訳ではないつもりだ。
あの人は、優しかった。
初めて会ったとき、あの人にとって自分はただの花嫁候補の一人に過ぎなかったはずだ。にもかかわらず、あの人は自分をぞんざいには扱わず、真摯に向き合って話をしてくれた。優しい言葉をかけてくれた。慰めてくれた。励ましてくれた。
生まれて初めて、人間として、一人の女の子として扱ってくれる人に出会えた。そんな風に思えた。
胸が熱くもなるというものだ。だから、どうしても、どんな手を使ってでも、あの人を手に入れて、添い遂げたいと思ったのだ。
その瞬間から、悲劇が始まっていたのかも知れないが。
「こんな私を分かってくれる人。そうですわね。そんな人がいたら、いいですわね」
自嘲気味に呟く。
けれど、もしもまたそんな風に、自分のことを分かってくれそうに思える男が現れたなら、そのときは想ってみてもいいのかも知れない。
あくまでも、本命はアストル王子だけれど。
そんなことを考えつつ、ソルはまどろみの中に落ちていった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
翌日。学校の昼休みに、ソルはリュンヌを校舎の入り口に呼び出した。
「あのお方のその後ですか?」
「そうですわ。何か知っていまして? それとも、これも話せない話だったりしますの?」
「そういう訳ではありませんが」
前世で自分を殺した王子について訊くと、リュンヌは不思議そうな表情を浮かべた。
「ただ、何でまた急にというか。今更というか、そんな風に思っただけですけど。お屋敷に帰ってからでは、ダメだったのですか? そりゃまあ、ここで僕達の話にいちいち聞き耳立てるような人はいないと思いますけど」
更に言えば、そこそこ人がいる場所であり、自分達がただの主人と側仕えの関係でしかないことも周知されているので、逢い引きだとか疑われる心配も無い。
「今更と言われれば、確かにその通りなんですけれど。一度気になったら、どうしようもなくなってしまいましたの」
「なるほど」
まあ、そんな事もあるのだろうという感じで、リュンヌは納得したようだった。
「僕も直接見知っている訳ではないので、詳しくは知りませんが。まず、大事件だったので国が大揺れに揺れたそうです。何しろ、王子が結婚式でその相手を刺し殺し、その相手がまた色々とやっていたものですから。それから数年は、真相の解明や関係者の捜索、責任の追及が絶えませんでした。その、ソル様に対する評価については――」
「いいですわ。そんなものには興味ありませんもの。それより、あのお方のことだけ教えなさい」
「そうですか。分かりました」
そう言って、リュンヌは顎に手を当てて、間を置く。
「あのお方ですが。そんな風に国が揺れているうちは、ほとんどの女性からは距離を置いていたようです。ですが、それも少し落ち着いてきた頃に、彼を献身的に支えてきた女官と恋仲になり、やがて結ばれました。その女官も、公爵家に比べれば幾分か格は下がりますが、それなりの身分の出身でしたので、特に反対はされず、むしろその結婚は歓迎されました」
「そう。ということは、幸せになれたのかしら?」
リュンヌは俯いた。
「はい。祝福され、幸せな結婚生活を歩まれたそうです。死が二人を分かつまで」
「そう。ですの」
ソルは空を見上げた。雲一つ無い青空が広がっているせいか、妙に心が清々しい気がした。
「それは、よかったですわ。あの方が幸せになれて」
「よかった。ですか? 悔しいとは、思わないのですか?」
ソルはリュンヌに苦笑を浮かべた。
「どうしてかしらね? 確かに、悔しいって思いはありますの。いいえ、こちらの世界に生まれ変わった直後にそれを聞かされたなら、それこそ私は彼の結婚相手に対し、嫉妬で狂っていたでしょうね」
「今は違うと?」
ソルは頷いた。
「ええ、あの人が幸せだったなら、それでいいんですの。嫉妬より、そちらの気持ちの方が大きい。私を刺し殺す直前の顔。あの人に、あんな顔をさせてしまったから、少し心配でしたけれど」
リュンヌが、優しく微笑みを浮かべてくる。
「お変わりになられましたね。ソル様」
「そうかしら?」
「はい」
頷くリュンヌに、ソルは自嘲の笑みを浮かべた。
「でも、まだ私はどこかで、あのお方とのことを後悔していますわ。だからきっと、あの方ではないと分かっていても、アストル王子と結ばれて。そういう形でやり直したい。そう思っているのかも知れませんわね。勿論、アプリルやリオンのときのような事もあるかも知れませんから、そのときはアストル王子だけに拘るつもりもありませんけれど」
ソルは嘆息した。
「でも結局私は、過去の男の姿を追っているだけの、愚かな女なのかも知れませんわね」
そんな呟きに、リュンヌは静かに首を横に振った。
「僕は、そんなこと思いません。それに、それでもいいじゃないかと思います。そんな簡単に、何でもかんでも過去を吹っ切れる人間なんていませんし。むしろ、満たされなかったものがあるからこそ、人はそれを追い求めて生きていくのですから」
その言葉に、ソルは目を瞑って、小さく笑みを浮かべた。
「そう、かも知れませんわね」
ようやく自分は、あの最後に少しだけ心の整理が付けられるようになったのかも知れない。
それが自覚出来ただけでも、ソルは満足に思えた。
満たされなかったものがあるからこそ、人はそれを追い求めて生きていく。
これ、心理学用語で固着と言うそうです。
心が満たされ続けたなら、何も埋めたい傷が無いので、求めるものがなく。生きているかというと、ただ息をしているだけかなと。ある意味で幸せな人生ですが。
「~~したい」という意欲の元は、過去に満たされなかった思いを埋めたいという感情であり。それが、実際の行動に結びつく訳です。結果「生きる」ということに繋がっていくと。
ほどほどの傷と、それに対する行動は人生を豊かにするということですね。
毒親の下で育つとか、トラウマレベルの理不尽となると、またちょっと事情が変わりますが。
満たされなかったものを求めすぎ、対人関係の価値観が社会一般からは大きく逸脱し、本人も周囲の人間も傷つけ合う。そんな不幸な関係となったり。




