EX10話:男が抗えないもの
静かに、恐々と少女は男の目の前で身に付けているものを脱いでいく。
深夜。僅かな灯りの中で、男はその光景から目が離せない。
目を離せる訳が無いのだ。こんなにも愛しく、美しいものを目にして、魅了されない男がどこにいるというのか。
はらりと、音も無く。それまで彼女が纏っていた白い下着が床に落ちる。
生まれたままの姿となった彼女は、恥ずかしげに顔を逸らしながら、それでもチラチラとこちらの様子を伺っている。
ごくりと、男は喉を鳴らした。
男の理性は、既に焼き切れる寸前だ。
今すぐにでも、少女が隠しきれていない溢れんばかりの胸や、くびれた腰の下にある股からその手を剥ぎ取って、滾る欲望をぶつけてやりたい。そんな衝動に駆られている。
「――」
男は少女の名を呼んだ。その想いに応えるように、その覚悟はあると、少女も頷き返す。
ゆっくりと、男は少女に近付いた。一歩一歩、近付くにつれて、待ちかねたと言わんばかりに、潤んだ瞳で少女が上目遣いで見上げてくる。
何も言わず。少女を恐がらせないように、壊さないように、男は少女の細い体を抱いた。
柔らかく滑らかで、弾力のある肌が、手の平から伝わる。背中に回るその手をゆっくりと下ろし、愛撫しながら、少女のより柔らかい場所を求めて這わせていく。
男の胸板に、少女の柔らかな膨らみが押し付けられ、その感触に男は更に昂ぶった。
少女は抵抗しない。
ただ、その吐息がほんのりと荒くなった気がして。またその吐息が芳しいものに思えた。
「私なら、大丈夫です。遠慮は要りません」
熱っぽい囁きが男の耳をくすぐった。
「本当に、いいんだね?」
「はい、私を好きにして下さい」
その返事を聞くなり、男は少女を寝台へと押し倒した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
無言でソルは本を閉じ、座っている寝台の傍らに置いた。
柔らかく震える果実だとか、花弁から溢れる蜜だとか、固く敏感に尖った蕾だとか。黒くて長くて太い剛直が少女を欲望のままに蹂躙して、うっふ~んであっは~んでいや~んなシーンの数々。それらはひとまず深呼吸して、頭の中から追い出す。
「リュンヌ。来なさい」
「お呼びでしょうか?」
いつものように素早く現れ、恭しく一礼するリュンヌに対し、ソルは冷えた視線を向けた。
傍らに置いた書物を手に取って、彼に見せる。
「リュンヌ? これは一体、どういうことですの?」
「げぇっ!?」
途端、彼はあからさまに彼は血相を変えた。
「何故それをソル様が?」
「質問しているのは私ですわ。答えなさい。あなた、いったいどういうつもりで、どこからこんなものを手に入れたんですの?」
リュンヌは顔と目を逸らした。
「それはその。男に生まれた以上はどうしても逆らえない、魂に刻まれた抗えない衝動と申しましょうか。僕もその、一応そういうものに興味がある年頃な訳でして」
しどろもどろに答えてくる。
大きくソルは溜息を吐いた。
「まあ、私も殿方のそういった習性に理解が無い小娘のつもりはありませんわ。男に生まれついた以上は、どうしても抗いがたいものなのでしょう」
「はい、その通りなんです。仕方ないんですっ! だって、男なんですものっ!」
「で? どこでこういうものを入手したんですの?」
「ゆ、友人から借りたんです」
「へえ? 友人から?」
ソルは蛇のように目を細めた。びくりと、リュンヌの体が震える。
「それはそれは、大したご友人ですわね。このような書物。そうそう表立って売れるものではありませんから、必然的にその流通量は少ないはず。また、購入出来るルートも限られていますわね。そしてこれだけの質の内容と挿絵を入れたものとなれば。そうですわねえ。その価格も結構な値段のはず」
「そうですねえ。ははは」
乾いた笑いをリュンヌが漏らしてくる。
「私も是非お近付きになりたいものですわねえ。こんな貴重品を購入可能なご友人とやらは。ええ、大変興味がありますわ。色々と、有益なお付き合いが出来るかも知れませんもの」
「それは、出来ればご勘弁下さい。その友人も、そんなことで知られたとなったら、恥ずかしくて堪らないと思いますので」
「それはそうですわね。でも、安心なさい。流石にそんな恥をかかせるような真似は、淑女としては控えますわよ?」
優しげにソルは笑みを浮かべる。
リュンヌは半眼を返してくるが。
「まあ、答える気が無い。それならそれでいいですわ。リュンヌにも男同士の付き合いというものがある。そういうことでしょうから」
「はい。ええ、まあ。そんな感じです」
リュンヌが軽く息を吐く。
このまま見逃して貰えそうだなあとか、そんなことを考えたのだろう。
「ところで?」
「はいっ!?」
だが、逃がす訳が無い。
「ざっと見た感じですけれど。この秘戯画集。色々なヒロインが出てきますのね」
「そう、みたいですね」
「それであなたは、どういう女性がお好みなのかしら?」
「べっ!? 別にいいでしょうそんなこと?」
「ふ~ん? あら? そういえば、端に小さく折り目があったページがありましたわね。長く塔に幽閉されていた、胸の大きな姫と結ばれるっていうシチュエーションの」
でもって、姫の豊満な胸をふんだんに使った色事が綴られていた。
リュンヌは、答えない。
「所詮は、胸? 男って、そういうものなんですの?」
「違いますから」
リュンヌが溜息を吐く。
「まあ、実際。白状するとそこの文章は何度も読み返しましたが。囚われていた姫を救い出して再会して、そういうのに至る流れとか心情が、心に刺さったんですよ。それだけです。もういいでしょう? 返して下さいよ」
いい加減、我慢も限界に達しつつあるのか、リュンヌの口調に怒りが混じってくる。
「分かりましたわ。そういうことなら、もういいですわよ」
口を尖らせつつも、ソルはリュンヌに秘戯画集を返した。
「でも結局、さっきも訊きましたけど。どうしてソル様がこれを?」
リュンヌの問いに、ソルは虚空を見上げた。
「これも、女の付き合いっていうのかしらね? 学校の女子の何人かから、頼まれたのよ。あなたの好みを教えてくれって。あなた、色々と言い寄られているくせに、ずっと誰とも付き合う素振りが無いじゃありませんの。おかげで、痺れを切らした連中が、何度も私に訊きに来るんですのよ。正直、あなたの好みなんて知ったことではありませんけれど、これ以上あの子達に付きまとわれても面倒だからと、探りを入れることにしたんですわ」
「それが、どうしてこういう。人が隠している秘戯画集を見つけ出すような真似に繋がるんですか? 好みなんて、僕に直接訊けばいいじゃないですか?」
「これまでも訊いたけれど、適当に笑って誤魔化していたじゃないですの。あなた」
「そうでしたっけ?」
「そうですわよ」
ふん。と、ソルは鼻息を鳴らした。
「それで、彼女らに訊いたら。このぐらいの男子ならこっそりその手の本なんかを隠し持っているものだって言われたんですの。そこからでも参考になるからって」
「そんな理由で」
げんなりと、リュンヌは肩を落とした。
「でも、よく分かりましたね。これの隠し場所」
うん? と、ソルは首を捻る。
「何を言っているんですの? 寝台の隙間の奥とか、ありきたり過ぎではありませんこと? 私も、教えられたとおりにやってみただけでしたけれど。まさかあれで、本当に隠し通せるつもりでしたの?」
「マジですか」
恐々と、リュンヌは冷や汗を流す。
「で? リュンヌ? あなたも胸の大きな女性が好きっていうことでいいのかしら?」
リュンヌは首を捻った。自己分析をしつつも、あまりはっきりしない様子だ。これまで訊いたときと、大体似たような態度に思える。
「どう? 何でしょうね? 正直、まったくの平らでもなければいいと思っていますけど。どういう胸が好きというより、好きになった相手の胸が好きになるというか。そんな風に思うので。あと、こういうのは花と同じで、どれも違う魅力があると言いましょうか」
「へえ。要するに胸なら何でもいいって事なんですのね。大した好色家ですこと」
「そういう言い方は止めて下さい。何でそんなにも突っ掛かるんですか?」
「別に?」
取りあえず、何かムカつくので、学友にはリュンヌの好みは幼めの容姿といった、ちょっと危ない性癖だとでも言ってやろうかと思った。
決して、なかなか思うように育たない我が胸へのやっかみではない。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
執務室にて。リュンヌはエトゥルに深く頭を下げていた。
机の上には、ソルに見付けられた秘戯画集が置かれている。
リュンヌに向かって座るエトゥルは、肘を立てて口の前で手を組んでいた。
「リュンヌ。君には失望したよ。まさか、これをソルに見付けられるとはね」
「申し訳ございません」
「まあ、処分されなかっただけまだマシというものか。俺の存在を隠し通し、これを守り抜いたという点は評価しようじゃないか」
「では?」
リュンヌは顔を上げた。
エトゥルが鷹揚に頷く。
「うむ。今回は大目に見よう。だが、次は無いと思い給えよ?」
「はい。寛大な処置に感謝致します」
と、リュンヌが頷こうとしたその瞬間。
「そこまでよっ!」
突如として外から解錠され、執務室の戸が開けられた。
「なあっ!? ティリア? どうしてここに? もう、眠っていたんじゃ?」
「ティリア様っ!?」
時刻は深夜である。リュンヌもエトゥルも、他の人間が寝静まった頃にここに集まったのだが。それまで全く、何の気配も感じさせずに、彼女は現れた。
「ちょっと、気になることをソルから聞いたのよ。リュンヌが猥褻な書物を隠し持っていたとかなんとかって」
「そ、そそ。そうか。それについてはあれだ、今まさに俺からもリュンヌに言い聞かせているところなんだ。年頃の男子としては、こういうものに興味を持つのは仕方ないが、ソルやヴィエルもいるんだから、くれぐれも注意してくれと。な?」
エトゥルの促しに応じ、リュンヌも頷く。
「そうです。その通りです。何でも、ソル様はご学友からの誘いで僕の部屋を探ったそうなのですが。結果的にご不快な思いをさせてしまい、申し訳なく思っております。エトゥル様からは、深くお叱りを頂戴したところでございます」
そう言って、リュンヌはティリアに向かって頭を下げた。
「あら、そうだったの? でも、リュンヌはそんな間違いを起こすような悪い子じゃないって、私も心配はしていないわ。でも――」
ティリアの目が細められる。その視線の先に気付いた瞬間、エトゥルの頬が引き攣った。
「気になったのは本の内容なのよねえ。確かその本、私が昔、捨てて頂戴って頼んだものだったわよね?」
「そ、そうだったかな? あは、あはははは」
あからさまにティリアからエトゥルは顔を背けた。
つかつかと、ティリアが執務室の中に入り、机の上に置かれた本を手に取った。
「あらあら。懐かしいわね。確かに昔、私が見掛けたものと同じ本ね。どういうことかしら?」
「さ、さあ?」
何の誤魔化しにもならないながらも、とぼけるエトゥルにティリアは大きく溜息を吐いた。
「まあ、私も当時のような、この屋敷に来たばかりの小娘ではありませんから。男の性がどういうものか少しは分かっているつもりよ。ですから、今更捨てろとか、そんな事を言うつもりは無いわ」
「じゃあ、許してくれるのかい?」
「ええ」と、ティリアは笑顔を浮かべた。
「でも、ずっと嘘を吐いて、隠していたのは愉快じゃないわね」
「というと?」
「これは『たっぷりと搾って』あげないとね?」
そう言って、ティリアはむんずとエトゥルの首根っこを引っ掴み、無理矢理立たせた。そのまま、引き摺るように執務室の外へと向かっていく。
「ああああああああっ!?」
エトゥルが悲鳴を上げ、手を伸ばしてくるが、リュンヌには何も出来ない。せめてもの無事を祈るだけだ。
まさに部屋の外に出ようとしたそのとき、エトゥルは真剣な表情で、頷いてきた。何かを訴える、強い意志を宿して。それは、死地へと向かう男が見せる覚悟の顔。そして、後顧を託すときに見せる顔だ。
その思いをリュンヌは即座に汲み取った。「任された」と深く頷く。
そのまま、エトゥルの気配が廊下の先へと完全に消え去ったのを見計らって。
リュンヌは未発覚の秘宝の隠蔽工作へと着手した。ひとまず、自分を含めこの囮が見付かることによって、本命を防衛する時間は稼げたと見ていいだろう。
俺達の戦いはこれからだっ!
ソル「なにを最終回っぽい台詞言っているのよ」
リュンヌ「まあ、第三章完ですし?」
この世界の男性にとって、エロ本は本当に、文字通りのお宝です。
間違っても河川敷や藪の中に捨てられていたりはしません。
特に地方の人間にとっては、都会を訪れた際、大金を握りしめて厳選した一品を購入し、愛用するといった代物となります。
故に、性癖と合わないものを買ってしまったときや、迷っている隙に好みのものを先に買われたときのショックは相当なものとなります。
家によっては、父から息子、息子からそのまた息子へと代々受け継がれ。
残された妻や娘が、父や夫の宝の地図を頼りに目的地に行くと、そこには大量のエロ本が隠されていたということも。まあ、高値で売れるんですけどね。
井戸端会議で「秘戯画集を捨ててから夫の様子がおかしい」とかいう話が出てきたり。
そんな設定が、これを書いていて、ふと溢れ出てきました。まあ、まず今後の本編に関わることは無いと思いますけど。
というか、今の若い子達って、そういうのはネットを漁った方が効率良いから、河川敷や藪の中に探しに行くとかいうことも無いんだろうなあ。これも時代の流れって奴かなあ(しみじみ)。
あと、1話の後書きで書きましたが、今回までは1日1話ペースの投稿でしたが、ストックが乏しくなってきたので更新ペース落ちます。年末年始に、突如としてネタが降りてきたエロチートスキル物語を書いていなければ、また別だったのでしょうけど(遠い目)。
「この異世界によろしく」の連載もあるので、1~2週につき1話を週末に投稿していこうと考えています。
出来るだけ、1週につき1話で頑張りたいですけど。そこは体力とスケジュール次第かなと。




