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ソルの恋 -悪役令嬢は乙女ゲー的な世界で愛を知る?-  作者: 漆沢刀也
【第三章:流浪剣士編】
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第48話:男達の戦い

 ついに、このときがやって来た。

 剣術大会の決勝で、リオンはカンセルと相対した。

 危なげなく勝利を重ねてきたカンセルの姿を見て、かつて見た強さが全く劣っていないことに、リオンは震えを覚えた。


 試合には、それ用の革鎧一式と、木剣を装備して臨んでいる。涙型の盾を左腕に装着し、手首から先は手甲で守る形だが、手の動きは妨げられない。剣は片手でも両手でも持つことが出来るようになっている。

 この装備の規格は全国で統一されている。勝負の公平さもそうだが、戦時に備えた量産品を想定した結果である。


 競技場は屋外に設けられている。一辺が成人男子10歩分程度の枠を用意し、その中で戦う。実戦で戦闘の続行が不可能と思われるような一撃を入れる。もしくは、枠の外に相手を押し出せば勝ちとなる。

 リオンは剣を正眼に構えた。カンセルも同様だ。


 審判から開始の合図が言い渡される。

 しかし、リオンは動かない。カンセルもまた、動かなかった。

 下手な動きを見せることは出来ない。まずは、間合いを見極めなければ。

 距離を取り過ぎれば踏み込みが甘くなる。詰めすぎれば、仕掛ける前にやられる。どちらにしても、負ける。


 離れていても伝わる。強者の気配。ここまで対戦してきた相手達とは、全く格が違う。

 相手が強いなら、自然と相手は大きく近く見える。これは、人が戦うために相手に集中し、興奮した結果だ。しかしこれは、このような戦いにおいて、間合いを狂わせる不利益も生む。


 決闘に挑んで、緊張し過ぎた結果、相手に届かない距離から剣を振り下ろしてしまい。結果それが致命的な隙となり、敗れた。そんな、他人から見れば、一見すると馬鹿馬鹿しいように見えてしまう理由で命を落とした人間は少なくない。

 それで敗れた者を笑うような人間は、本当にそのような生きるか死ぬかの瀬戸際や、強敵に相対したときのことを想像出来ない人間だ。リオンはそう思っている。


 ゆっくりと、互いに間合いを詰めていく。じりじりと、決死の領域が近寄ってくるのを肌で感じた。

 その一瞬。

 自分の間合いと、カンセルの間合いが触れた気がした。

 考えるより速く、リオンは踏み込み、剣を振り下ろした。


 生木が破裂したかのような甲高い音が響き渡る。

 打ち込みはカンセルと全くの同時だった。

 全身の力を込めて、カンセルと鍔競り合う。


 ふ~っ! ふ~っ! と口から獣の唸り声のような声が漏れた。歯を食いしばる。

 リオンは脚を引き、剣を滑らせた。続いて、カンセルの右半身へと、体をよじりながら移動。

 無防備に見える。カンセルの首。後はこのまま、返す刀でその首を落とすように――


 咄嗟に、止めた。

 体を落とし、盾と剣を構える。

 強烈な一撃が、襲ってきた。


 確かに、カンセルの体勢を僅かにだが崩したはずだった。しかし、それもまた本当に一瞬でしか無かったということか。彼は捌かれた剣を半ば強引に横薙ぎへの形へと持ってきた。

 そのまま、立て続けに二撃、三撃と打ち込まれる。それらを無我夢中で捌きながら、リオンは後退した。


 再び、間合いが空く。

 力では、負ける。

 リオンは冷静に、そう判断した。たったこれだけの打ち合いで、腕の力が削られていくのを実感した。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 貴賓席に座って、ソルはリオンとカンセルの試合を見守っていた。太腿の上に置いた拳が震える。

 観客達は、どよめきと歓声に湧いていた。

 何も事情を知らない彼らにとっては、最高の余興だろう。しかし、ソルにはそんな彼らが腹立たしくて仕方なかった。


「ねえリュンヌ? 分かるのなら。教えなさい。リオンは、苦戦しているんですの?」

 恐怖をかみ潰しながら、ソルは傍らに立つリュンヌに訊く。


「そうですね。苦戦。と、一言では言いきれませんが、決して楽な戦いではないですね。ご覧になってきた通り、リオンもカンセルもここまでは何の危なげも無く勝ち進んできました。それくらいに、あの二人の剣の腕は、ここらの人間にとっては別格です」


 確かにその通りだ。ここまでの試合を見てきたが。二人を前にしてろくに勝負出来た者はいなかった。二人ともほとんどの相手を最初の一撃目で破っていた。その一撃目を凌げた人間が一人か二人いて、三撃目まで持ち堪えられた人間はいない。

 それが、この決勝で初めて、二人は何度となく打ち合う結果となっているのだ。次々と繰り出される打ち合い。かと思えばぎりぎりの見切りによる躱し合い。目まぐるしく移り変わってく攻防。端から見て、こんな戦い、それこそ物語か何かのワンシーンだ。


 とてもソルには、カンセルが八百長に乗っているようには思えない。

 約束を破られた? 最悪の結末が頭によぎり、ソルは身を抱える。


「勝負は互角です。強いて挙げるのなら、技はリオンが。力ではカンセルが僅かに勝っているように思われます。リオンは最初の打ち合い以降、構えを変えました。剣を脇に構えて剣筋を見え難く、また予想もし難くしています。そうやってカンセルの攻撃を捌きつつ、フェイントを織り交ぜて崩し、隙を伺っているんです」

「そ、そうなの? それじゃあ、リオンに勝ち目はあるのね?」

 リュンヌは頷いた。


「そうですね。しかし、一方でカンセルもそんなことは分かっているんですよ。そう簡単なフェイントには騙されないし、崩れない。その上、むしろ崩したと思ったその瞬間こそが危ない相手です。立て直しが速く、無理な体勢からでも力任せに強引に必殺の一撃を繰り出しています。リオンとはまた別の理屈で、隙がありません。カンセルがリオンを攻めあぐねているように、リオンもまたカンセルを攻めあぐねている。そういう状況です」


 言われてみれば、最初の打ち合いのときほどには、激しく剣がぶつかり合う音は聞こえていない。

 その上で、リオンもカンセルも、色々と試しているようにも見える。突進からの突きを繰り返したかと思えば、横や背後の取り合いのような動きも見せている。

 しかし、時折打ち合うときの一撃はやはり重いのか、ソルにはリオンの顔が苦痛に歪んでいるように見えた。


「でもこの戦い、筋力の差から、長引けば長引くほど、リオンには不利かも知れませんね」

 それを聞いて、ソルは心からカンセルの敗北を呪った。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 まったく、大したものだと思った。

 最後に会ったときから、どれだけの修練を重ねたというのか。数年前のままなら、最初の一撃を返した時点で、こっちが勝っていただろうに。

 肩で息をしながら、カンセルはリオンを心の中で褒め称えた。


 目の前のリオンもまた、肩で息をしている。この短い時間の間に、お互いどれだけ剣を振ったことか。

 こんな戦いが出来て、剣士冥利に尽きるというものだ。

 だが、そんな時間ももうそろそろ終わりだ。


 リオンが剣を構える。背中の後ろに隠れて、刀身は全く見えない。そのくせ、上段斬り、袈裟斬り、横薙ぎ、下払い、突きとどんな攻撃も繰り出してくるのだから、迂闊に仕掛けられない。

 筋力の差で、身体的なダメージはリオンの方が負っていると見ている。だが、それも僅かな差だ。リオンの剣が軽い訳じゃない。剣を握る手から、大分力が抜けてしまっている。


 そして、精神的なダメージはというと、擦り切れる限界だ。いつ集中力が切れてもおかしくない。思えば、ここまで長くやり合ったことは初めてかも知れない。

 リオンの呼吸が整っていくのが見えた、

 これを最後の一撃と。彼も覚悟を決めたようだ。残りの体力を考えれば、合理的な選択だろう。 

 だからきっと来るのは、リオンの正真正銘、渾身の一撃。


 ここまでだな。

 カンセルもまた、覚悟を決めた。リオンの目から力は失われていない。絶対に負けられないものを背負っている。そんな目だ。どれだけ打ち込もうと、闘志が衰えない理由が少しだけ分かった気がした。今の自分には、無いものだ。

 カンセルは基本に忠実に、正眼に構えた。

 来るなら来い。これが最後というのなら、お前のすべてを見せてみろっ!


 試合開始直後のように、ゆっくりと間合いを詰めていく。

 まだだ。まだ。まだ。あともう少し――

 カンセルは虚を突かれた。

 まだ、互いの間合いは触れていない。そのはずだ。

 だというのに、リオンが飛び込んでくる。


 馬鹿なっ!?

 驚愕しながらも、カンセルは大きく剣を振り上げた。

 一瞬の出来事だというのに、妙にゆっくりと、目の前で何が起きているのか見えた気がした。

 リオンの体が深く、沈み込む。想定よりもずっと速い踏み込みで。


 カンセルは理解した。間合いを読み間違えていたのは、自分の方だと。

 乾いた音と、強烈な衝撃が胸を襲った。心臓部分が綺麗に薙ぎ払われている。

 惰性に任せて、カンセルは剣を力無く振り下ろし。膝を落とした。


 時間の感覚が戻ってくる。

 観客から、盛大な歓声が降り注ぐ。

 これでいい。これでいいんだ。カンセルは自分に言い聞かせる。

 見上げれば、呆然とリオンが自分を見下ろしていた。


 そんなリオンに、カンセルは寂しげに笑う。

 そんな顔するなよ。お前ならきっと、王都の近衛騎士団に入れるはずだ。そう、お前は俺とは違うんだから。

力のカンセル

技のリオン


古い仮面ライダーですな。いえ、自分も当時のことはよく知りませんが。

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