第44話:王手に向けて
2025/09/09
イラストを追加しました。
気を抜くと、ついつい昼間のことを思い出してしまう。
「ふっ」
あんなにも陰鬱だった、迫る剣術大会の日が今となっては楽しみで仕方ない。
「くっくっくっ」
そのときになったら、リオンは果たしてどんな言葉を自分に言ってくれるというのだろうか? 妄想が止まらない。
「くくくくくくくくくくくくっ!」
込み上げる笑いを抑えることが出来ない。輝かしい未来は、もうすぐそこまで来ているのだ。
「あ~っはっはっはっはっはっ!」
口元に手を当て、ソルは高笑いをした。
その姿を見て、リュンヌがじっとりとした半眼を向けてくる。
「随分とご機嫌なのは結構ですが。人を呼んでおいて、いきなり悪役三段笑いかますのは止めてくれませんか? 正ヒロイン云々以前に、凄まじく嫌な予感がして仕方ないですから」
「あら、ごめんあそばせ。今日のリオンとの逢瀬では本当に素敵な――。いえ、ごめんなさい。これ以上は言えませんわ。恥ずかしいんですの。あ、でもはしたない真似はしていないから、勘違いしないで下さいませ?」
「先に確認しておきますが。本心では話したいんですか? 本当に秘密にしておきたいんですか? どっちなんです? これまでみたいに、リオンとの逢瀬で何があったか話したいというのなら、僕はだいたいの部分を死んだ目をしながら聞きますけど。情報の確認は必要なので」
ソルは唇に人差し指を当てて、天井を見上げた。どうしようかなあと迷っている素振りだ。
「う~んとね? それは。ひ、み、つ❤」
ふりふりと人差し指を振り、ウィンクして答える。
リュンヌが大きく溜息を吐くが、それも気にならない。大概、失礼だとは思うが、今回は大目に見てやろう。
「ああ、そうですか」
力無く、リュンヌが投げやりな声を発した。
それに続いて、リュンヌは気を取り直すべく咳払いをした。
「そういう訳なら。では、僕からの報告をさせて貰います。例のカンセル=グランという男についての件ですが」
「ああ、その話ね。どう? どこまで分かったのかしら?」
「まず、職業ですが。ソル様が仰っていたとおり、騎士ではありませんでしたね。この街の警備隊に勤めているという話です」
「警備隊? 何故、そんなところに?」
「詳細は不明ですが、一年半から二年ほど前からこちらに来たようです。恐らく、リオンと同様に各地を旅して、武功を上げようとしていたのでしょう。それが、妻を娶り根を下ろしたみたいです。警備隊に就職したのは、当時はこの地に騎士を招く必要があるような話も無く、その上で少しでもこれまでの経験を活かせる職をと考えて、就いたのかも知れませんね。そもそも、騎士の求人なんてものは、庶民に出回るような話でもありませんし。経歴を考えると、辺境で警備隊をやるのも役不足だと思います。でも、まずは食べていくこと、家庭を養うことを優先したと考えれば、不思議ではありません。ただ、やはり実力から考えても他の警備隊の人間よりは抜きんでているらしく、既に小隊を纏める立場に出世しているとか」
「何か、性格や行動に問題があるとか、そういう噂も無いのかしら?」
「ありませんね。品行方正、冷静沈着、勇敢な人柄のようです。強いて挙げれば、あくまでも噂ですが、彼が妻と知り合ったときに、彼女に絡んでいたチンピラを喧嘩で叩きのめしたらしいとか。それぐらいですね。彼の荒れた話は」
「まあ、リオンが尊敬するような人物だから、それも当然と言われれば、当然かも知れないわね」
落ちぶれて問題を起こすような。つまりは、リオンに悪影響を与えるような、そんな人物ではなさそうという点では安心したが。
「とすると、住んでいるところも、それ程上等でもなかったり?」
「ですね。20番街の端にある家に住んでいるようです」
ソルは街の区画割りを思い浮かべる。領主が住まうこの屋敷や、その他各公的施設からそこそこ離れた、如何にも庶民層の住宅街だ。治安は悪くないところだったはずだが。
「では、そのカンセルの剣術の腕前については、何か分かりまして?」
「剣術ですか? そうですね。かなりのものと言っていいでしょう」
「そうなんですの?」
「はい。去年も今ぐらいの時期に剣術大会が開かれましたが。そのときは圧倒的な強さで優勝したそうです。近隣の本職の騎士も参加した上での話です」
「なら、相当に強いっていうこと?」
リュンヌは頷いた。
「僕は、彼が通っていると聞いた剣術道場に行って、軽く見ただけですが。強いですね。他にいた人達は警備隊の同僚か部下だと思いますが、その人達では、まるで相手になっていませんでした。まあ、元々近衛騎士団志望で、今も修練を続けているとなれば、それも当然でしょう」
「それは、リオンよりも強いという意味かしら?」
その問いに対し、リュンヌはしばし、首に手を当てて考えた。
「あくまでも僕の見立てにしか過ぎないので、正確なところは分かりませんが。正直に言って、いい勝負だと思われます。勝敗を分けるとすれば、それは気迫や気合い、意地。そんな精神論の領域になるでしょうね」
「なら、カンセルの大会に対する意気込みは、どうなのかしら?」
「僕の見た限り、かなり気合いが入っていると見ました。絶対に譲れない何かを背負っている。そんな風に」
「そう、分かったわ。よく調べてくれたわね。ご苦労様。もう、下がってよろしくてよ」
「はい。それでは、失礼致します。よい夜を」
そう言って、リュンヌは一礼して姿を消した。
それを見送って、ソルは親指の爪を噛んだ。
リュンヌの報告を聞くに。つまり、カンセル=グランという男は、自分とリオンの前に立ちはだかる障害という訳だ。
これは、絶対に何とかしなくてはならない。
ソル「幸せは歩いてこない」
ソル「だから、どんな手段を使ってでも捕まえるのですわ」
リュンヌ「うわぁ」




