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ソルの恋 -悪役令嬢は乙女ゲー的な世界で愛を知る?-  作者: 漆沢刀也
【第三章:流浪剣士編】
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第42話:無視出来ない痛み

 静かに、リオンは杯に注いだ酒を煽った。

 酒の種類は、それほど酒精が高くないものだ。カンセルから聞いた話もある。彼のように、酒で過ちを犯す危険は避けるべきだ。

 もっとも、彼の場合は、それが悪くない方に転んだのだから、人生何があるか分からないと思うが。だが、彼がそんな風に幸せを掴めたのは、それまでを真っ当に生きてきたからこそだろう。


 部屋には、気分が落ち着く効果があると説明されたお香が漂っている。実際、この爽やかで柔らかい香りは、嗅いでいてそんな風に思える。

 しかし、それでも妙に胸がすっきりとしない。どうにも、今日は呑みたい気分だった。

 まあ、明日に残るような酒の飲み方だけはしないつもりだが。


 この香は、ソルから渡されたものではない。彼女が作ったものではあるらしいが、彼女の側仕えであるリュンヌから渡されたものだ。今日は、ソルは来なかった。代わりに来たのがリュンヌだった。

 ソルは病気で寝込んでいると伝えられた。ちょっと体調を崩しただけなので、一日休めば明日には元気になるだろうと、リュンヌは言っていたが。


 これまで世話になっていることもあり、見舞いを申し出たが、それは丁重に断られた。年頃の娘にとって、病気で弱っている姿を殿方に見られるのは恥ずかしいことだからと。

 言われてみればもっともな話だと思う。少し、気が逸り過ぎたかも知れない。その心遣いは、ソルにとって嬉しいものだろうから、喜んで伝えてくれると。そう、リュンヌは言っていたが。


 でも、今日はソルに会えなかった。

 リオンは苦笑を浮かべる。

 たったそれだけのことで? たかが、一日会えなかっただけじゃないか。そんなことで、酒を飲まずにはいられなくなるなど、あるものか。


 これはきっと、カンセルの話を聞いてしまったばかりに、変に意識してしまっている。彼らの馴れ初めを自分に重ねて、都合のいい願望を期待してしまった。それだけの話だ。

 一時の感情に過ぎないはずだ。

 ソルは領主の娘だ。そして、あの器量と才覚、気立ての持ち主だ。きっと、いずれはそれに相応しい身分と家柄の男の元へと嫁ぐことになるはずだ。


 見習いとはいえ、騎士の心を持つ者としては、そんな彼女の輝かしい未来に対して障害となるような真似はしてはならない。本当に、彼女の幸せを願うというのなら。

 最後に、大きく息を吐いて、杯いっぱいに酒を注ぐ。

 そして、それを一気に煽った。


 一瞬だが、くらりと頭の中が揺れた気がした。

 これでいい。これで、もう大分思考力は失えた。

 もう、とっとと寝ることにしよう。明日になって、ソルに会えることを期待しながら。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 翌日、ソルはこれまでのように来てくれた。

 彼女の元気な姿を見ることが出来て、それだけでリオンは安堵した。


「こんにちは、リオン。昨日は来られなくてごめんなさい。お昼ご飯は、大丈夫でしたの?」

「こんにちは、ソル。昨日は寝込んだって聞いたから、本当に心配したよ。でも、今日は元気そうでほっとした。ああ、お昼は近くに食べられるお店が無いか探して、何とかなったよ」

 本音を言うと、ソルが作ってくれていた料理の方が美味しかったように思うが。それは言わない。それを言うのは、流石に恥ずかしすぎるし、まるで口説いているかのように思われかねないから。


「そう、それはよかったですわ。代わりに、リュンヌには気分を落ち着かせる効果があるお香を持たせましたけど。お試し頂けましたかしら?」

「うん。それも、昨晩使わせて貰ったよ。上手く言えないけれど、優しい爽やかさのある香りのお香だね。落ち着いた感じのする。とても、よかったよ。ああいうものを使うのは、これまで男らしくない気がして、実は敬遠していたんだけれど。認識が変わったよ」


「まあ、それはお気に召したと言うことでいいのかしら?」

「うん。とても気に入った」

 そう、素直に伝えると、ソルは表情を輝かせた。


「そう言って貰えて、私の方こそ嬉しいですわ。よろしければ、またそれも持ってきますね」

「いいのかい? そうしてくれると、私も嬉しい」

「ええ、喜んで」

 ソルは大きく頷いた。


「それにしても、ソルは凄いね。滋養強壮の薬の他に、あんなお香まで作れるだなんて。あれは、どうやって作っているんだい?」

「ヒョウセツカズラとセイウンソウをベースにして、他にもアマメノバラとかミツノキを色々と使ってますの。それを――」


 楽しそうに語るソルの姿を見て、こんな可愛らしいお姫様を助けられた自分は、幸運だったのだなと。リオンは改めて思った。

 願うならば、この時間が少しでも長く続けばと思うのは、罪なのだろうか?

 さくりと刺さる胸の痛みをリオンは自覚した。この胸の痛みに、目を瞑ることは、出来なかった。

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